その先輩の名前は、
友人が必死の形相で「ミノワちゃんがヘルメット団に連れさられちゃった!」と泣きついてきた直後にSNSで犯行声明が上がったため、私はミノワちゃんを連れ去った人たちと同じかその子に確認をした上で、校舎の首長室まで走りました。
そこにいたのはプエラ分派の首長の証である髪飾りを付けた人が、首長席に座る人をニコニコと眺めているおかしな光景。
一瞬この人たちで大丈夫だろうかと思ったものの、気を取り直して現状の説明を二人に対して行います。
こちらを見て話を聞いてくれる首長の髪飾りをしている人――カタネさんというらしい――はともかく、首長席に座る人はパソコンに向かっているだけであまり話を聞いていないように見えました。かと思えば、おもむろに部屋のプロジェクターを運んできてその犯行声明を映し出したので、どうやらちゃんと手を動かしてくれていたみたいです。
そこに安心するとともに、このプロジェクターを用意したということはもう既に会議をする用意があるということ、すなわち彼女を何らかの方法で救おうとしてくれていることを察して、私は感銘を受けました。
「この、相手は……」
リツカ先輩が犯行相手のSNSを見て呟きを漏らします。
その見た目の違いが分からない――本人たちは明確な違いがあると主張していますが――ヘルメット団の見分けが付くのか、まるで知ってる相手だと言わんばかりの声色でした。
そこに少しだけ嘲笑と呆れの色があったことに気付いたのか、カタネさんは元気よく殴り込みのメンバーを集めに飛び出していってしまいました。
私には気付かないぐらいの語気の揺らぎなのでしょう。とてもではありませんが私には先のリツカ先輩の言葉は驚きと警戒のそれにしか思えませんでした。
お二人の過ごしてきた時間を感じます。リツカ先輩は最近ティーパーティーから移動して来たと聞いていたのですが、恐らくこちらに来る以前から何かしら交流があったのでしょう。あのカタネさんの様子を見るに、話しかけたのはカタネさんからな気がしますね。
「どうぞ」
考え込んでしまっていた私がリツカ先輩の動きを追っているうちに、紅茶の入ったティーカップがソファの前のテーブルに置かれました。
リツカ先輩がお茶を入れ始めたときは何をしているのかわからなかったのですが、どうやら私のために淹れてくれたみたいです。
リツカ先輩と二人で部屋に残されてしまって気まずい空気になるのかと思っていたのですが、その予想は良い意味で裏切られました。先ほどまではカタネさんが相づちをうってくれたり私を促すような言葉を掛けてくれたりしたので、こんな気遣いをしてもらえるとは思ってもみなかったのです。
その心遣いに感謝しながらも、彼女の冷静さに舌を巻きながら席に着席しました。
そして紅茶に口をつけて、一口でその技術の高さを思い知らされました。
「この状況下でこの余裕……彼女は一体……」
口の中だけで言葉が漏れます。
着任早々にこんな重大事件が起こって彼女も少なくない焦りがあるはずなのに、私のことを慮ってこんな絶品を淹れることができるなんて。しかも、私の感覚が正しければこの茶葉はあまり上等なものではなかったはずです。淹れ方に特におかしなところや特異な手順は混じっていなかったと思うのですが、こうまで差が出るとは。
ティーパーティーという組織の質の高さを感じます。それゆえに、なぜこの分派に来たのかという疑念も少なからず覚えますが。
「戻りました!」
ほどなくしてカタネさんが分派の武闘派の皆さんを引き連れて現れます。
リツカ先輩が入れてくれていた紅茶が美味しくてお代わりまでもらってしまった私は、扉が開かれた瞬間に舌鼓をうっていたティーカップを慌ててソーサーに戻したがためにわずかにカツリと音を立ててしまいます。部屋に入ってきた方々の目線が一瞬こちらに向き、肩をすくませました。
そんな私とは違ってリツカ先輩は部屋に入ってきた先輩方に気にすることなく瞑目しながら紅茶を嗜んだ後、音一つ立てることなく上品にティーカップを戻して部屋に並んだ面々を一瞥します。
彼女はカタネさんに一つ頷きかけると、カタネさんもまた頷き返し、皆さんを誘導します。皆さんがソファに向かってきたので、私は席を立ってお茶淹れに回ることにしました。
私がこんな場にいていいのだろうかと思いつつ、悪いと思いながらも少しだけ会議の内容に耳を傾けてみます。会議は私の話を聞いていたときと同じくやはりカタネさんが主導で進めているようです。
しかしお世辞にも私たちプエラ分派の人間の理解力は高いとは言えません。しかも武闘派の皆さんとなれば残念なことにそれはより顕著になります。
どうしてこんなにスムーズに会議が進んでいるのだろうかと不思議に思って観察していると、皆が見ている先のプロジェクターに映し出されている情報をもとにカタネさんが器用に会議を誘導しているのだと気が付きました。
そう、私はカタネさんが会議を主導していると勘違いしていたのですが、実際にこの場を支配していたのは何も語らずに情報を画面に出し続けるリツカ先輩の方だったのです。
そして狙撃ポイントまで提示し、後ろは任せろとばかりに自分も作戦に組み込ませ、完成した作戦は素人の考えですが人数の不利を考えても普通に成功しそうな感じがしました。
「あ、あの!」
会議が一段落したところで、自分をリツカ先輩の護衛として作戦に組み込んでほしいとお願いします。彼女の実力を、この目でもっと見てみたいと思ってしまったからです。
作戦立案をしたことになっているカタネさんは少しリツカ先輩の方も見ながら悩むような素振りを見せましたが、リツカ先輩と見つめ合った後に軽く頷い了承してくれました。言葉にしてはいないですが、きっとお二人の間でだけ通じる視線のやり取りがあったのでしょう。
そんなお二人のやり取りを見ていたからか、皆さんの表情も自信に溢れています。なぜかわかりませんが、この人たちなら大丈夫だと思わされるのです。
圧倒的なカリスマとはこういうことを言うのだと実感しました。
それから私はリツカ先輩の護衛という立ち位置なので、彼女の後ろ――分派の前から二番目の位置で進軍しました。正直、後ろにいる先輩たちのことを考えると生きた心地がしなかったですが、リツカ先輩の堂々とした背中を見ると少しだけ緊張が和らぎました。
それからの先輩の活躍は、語るまでもないでしょう。
狙撃ポイントにつくなり本隊に紛れていたヘルメット団の潜入工作員を打ち抜いたのです。これからの方針を相談しようと私が声をかけた矢先に躊躇なく放たれたその弾丸に、私の出る幕などないのだと思い知らされました。
きっと、最初にこのヘルメット団が犯人だと見た時からこうなることも想定していたのでしょう。彼女の口からこぼれた言葉に警戒の色が入っていたのは間違いではなかったのです。
そうなると、リツカ先輩とカタネさんにとってこの狙撃は作戦に組み込まれていたのでは。皆の士気を上げるためにわざと潜り込ませる隙を作って、こうして対処を行ったのでは?
そう考えると、本隊だけで充分遂行可能に思われた作戦にリツカ先輩がわざわざ自分を組み込んだ理由も理解ができます。
それを理解した私はリツカさんの鼓舞に続いて通信越しにこちらの状況を皆さんにお伝えすることにします。
私のその行動は読めていなかったのか、リツカ先輩がこちらにチラリと視線を向けてくださいました。きっと、私が先輩の行動を理解するとは思っていなかったのでしょう。
「移動する」
私の考察が間違っていなかったことを示すかのように、リツカ先輩は場所を移ることを宣言しました。きっと、この場所はあの工作員を打ち抜くためだけに設定された場所だったのでしょう。
しかし彼女の移動手段は、私が想像していたものとはかけ離れたもので。
「へ?」
あまりの事態にショートした私から気の抜けた音が吐き出されます。
リツカ先輩はさもそれが通常運転だといわんばかりに、建物の屋上から隣の建物へと飛び移ったのです。
いやいや。……いやいやいやいや。
「嘘……」
屋上の縁から顔を出して覗き込んでみれば、リツカ先輩は平然と着地してもう次の建物に跳んでいました。
一度こちらをちらりと確認して私がついてきていないことがわかったのでしょう。今回の作戦用に作られた回線にリツカ先輩から通信が送られてきます。
それ故に私は一瞬、私との合流ポイントを間違えて全体に送ってしまったのだろうかと邪推してしまいます。ですがリツカ先輩がそんな単純なミスをするわけがありません。であるならば、これは私が見逃したどこかの一瞬でリツカ先輩が発見した今回の作戦における重要地点なのでは?
『総員、作戦変更です!』
私がビルの階段を駆け下りているところに、カタネさんから通信が入ります。
どうやら本来の作戦地点で温泉開発部が暴れているので、そちらの対処を優先し、リツカ先輩の送ってきたポイントには一部隊だけを向かわせるということが伝えられました。
まさか、作戦立案がスムーズだったのはもともとこの作戦が温泉開発部の凶行を察知したお二人がすでに作戦を立て終えていたからなのでは。
そこに気付いてしまえば、カタネさんが少し芝居じみた様子で人を呼びに行った理由が補強されます。もともと温泉開発部対策としてピックアップしていた面々を好機とばかりに呼びに行ったのでしょう。今回の誘拐の件が余裕そうに見えたのは、実際このヘルメット団の対処事態はリツカ先輩だけで問題なかったが故のこと。
「なんて、なんて人だ……」
先ほどリツカ先輩から送られてきた座標はヘルメット団のアジトなのだ。
工作員の対処が終わり目視でそのアジトの座標が確認できたが為に、カタネさんの指揮を信じてその座標を皆に連絡したのでしょう。カタネさんが一部隊だけそこに向けたのは、残党狩り程度ならそれで事足りるから。
次元が違う。
きっと、私の出る幕などない。
私が追いつくころにはもう、きっとすべて終わっている。
だけどその雄姿を目に焼き付けたくて、私は走る。彼女の戦う姿を少しでも見られればいいなと思いながら、私は息を切らしながら座標へと向かうのだった。
この作品、自分で書いてて紛らわしいと思います。なんでこんな設定にしたのか。
主人公(カタネ)はリツカのことを「リツカさん」と呼ぶし、他の人は主人公のことを「リツカ様」「リツカさん」と呼ぶのでセリフ回しには苦労します。多分いつか間違える。
基本的には主人公視点でリツカの名前を呼ぶときは本物のリツカのことを指していて、他の人が「リツカ」を呼ぶときは主人公のことを呼んでいると思ってください。
念のための補足でした。