ポケモン短編集(仮)   作:森茶民 解夏禾 フドロジェクト 山岸

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甘辛!ヤドンの尻尾カレー

 

 

 

 風が吹く。自転車でも、ビルとビルとの間でも、道路の上でだって感じられ無いような、力強く、けれど抱擁してくるかの様な優しい風が吹き、少し生臭い川の水面が揺れ動く。

 

 今はもう陽が赤く染まり沈み行く時間。空は遠くに行くほど青へとグラデーションしている。

 やにわに、ぽちゃん。という音が連続して鳴り始める。川を見遣れば、魚たちが飛び跳ねながら上流側へと移動していた。

 この時間帯に成ると毎回起きる現象だ。

 風に魚にと水面が転がされ、ユラユラユラユラとどこか規則的に波立ち、川全体が揺さぶられている。

 

 最近、どうにも優れない気持ちが拭い切れ無い。なにか、憂鬱と言うか、息苦しいと言うか……どう表せば良いのだろうか?そんな気分に成る。ここを見付けてからだろうか?それとももっと前からか。

 ああ、とにかく……そう、面倒くさい。とでも表現しようか。そんな気分なのだ。

 確かにハイスクールへの道は自転車を使っても一時間はかかるし、生物学は殆ど無いし、携帯獣学は全く無い。だけど、別に授業がつまらない訳でも、宿題が嫌な訳でも、友人親類関係に軋轢を感じている訳でも無い。

 

 何なのだろうか?何でも近年、旅に出ずに長く親と一緒に暮らしていると罹る精神病──ひきこもりと言うらしい──が巷を賑わせているらしいが、それの一種だったりするのだろうか?

 

 それとも、まだ自分はポケモンと一緒になれて居ないから?

 

 「……駄目だな」いつもの様に声に出す。また厭世的になっている。と自嘲する。

 

 だからと言って、何をどうすることも無い。だって、なんだかんだここは居心地が良いのだ。

 少し背の高い水草や、風に揺れて、逐一輝きを変化させる水面。時折跳ねて水音を起てる魚。

 対岸には、影に呑まれた何かの工場らしき建物や、少し背の高い団地の様な古そうな建物も見える。

 それぞれは夕陽に赤く色付いていて、鈍く眩しいそんな静かな景色。

 

 ここはヨシノシティ郊外の河川堤防の高水敷(こうすいじき)

 都市の中とも、湿地や森などの都市の外とも違う。どこか奇妙な静けさがあった。

 ぼんやりと空が青み掛かって来た頃、そんな静寂が、至近から発された水音によって破られた。

 珍しく額に皺が少し有るピンクとベージュの生き物が、大きな目と口をかっ開いた間抜け面のまま、陸へのっそりと這い上がって来た。

 「ヤドン……」この辺りでは珍しい。

 欠伸のような気の抜けるような高い声を静かに響かせ、ぼんやりとした黒い瞳を此方へ向けてきた。

 間抜けだ何だと言われるが、ヤドンも一応怪獣タイプなのだから、舐められてなるものかと、じぃっとその黒い瞳と見詰め合う。

 

 のほほんとした瞳。数回の瞬き。薄く開かれた口と少し持ち上げられた頭。空は濃く藍に染まって、少し冷えた緩やかな風がふんわり流れ、水草や水面、僕の髪の毛やヤドンの体毛を優しく揺らして、さっきまで有った温かさの加護が途切れてしまったかのように肌がほんのりと粟立って、実りの季節が着々と近付いて来ているのだと知らせる瑞風かのようにも感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、ほぼ毎日下校途中に立ち寄っては絵を描いたり本を読みに行っているが、ヤドンは必ず青みが増し始めた夕暮れに姿を現した。その度に、高い気の抜けたような鳴き声を発しては此方をじっと見つめたり、目を閉じてじっとしていたり。そんな日常を過ごしていた。

 そんなある休日の時、夕暮れ前に行くとヤドンは居るのだろうか?と言う疑問を抱いた。どうにも気になってしまって、昼食のカレーを食べた後に行って見ることにした。

 僕は、ヨシノシティ30番道路側の川の近い郊外にある団地に住んでいる。年寄りや、私と同じ様な片親などが多く住んでいる場所だ。隣りには、放ったらかしにされた草叢を挟んで、元々学校の校舎だった物をそのまま再利用している大型トラックが沢山並んでいる場所と、その更に向こうにはペンキ工場がある。

 どこか寂れた印象を感じてしまう様な静かな場所。

 そんな団地の向かいにある居酒屋や製麺所を抜け、何に使われているのか分からない、光らないネオンの柱に囲まれた土が剥き出しの土地や木造の家々。更に進むと漬物工場やコインランドリーとかが有って、何やら店が沢山入っているマンションと、常に白い煙を上げている何かの工場とに挟まれた、急勾配な小さな坂を上がれば、いつもの堤防に到着できる。

 胸程の高さの垣ののような天端の塀をよじ登って、備えられている階段を使って降って行く。そして下流側へと進んで行くと、果たして、ヤドンは居た。ひっそりと、少し背の高い水草の群れに、目を閉じ口を半開きにした、額の薄い皺がチャーミングに見えなくてもないアホ面を晒しながらも、それと意識しながらでなければ見付かりそうに無い場所にぐでんと転がっていた。

 そっと近くに寄ってしゃがみ込む。

 気持ち良さそうな呆けた顔。息遣いの音と共に上下する桃色の丸い背中。風に吹かれて草が鳴り、ヤドンの顔が陽に照らされては遮られて明暗が揺れる。

 ゴウと一際強い風が吹けば、ヤドンは鼻を引くつかせながら薄っすらと瞼を上げて、瞬間、ガサと跳ね起き目を瞠り、額の皺を深めながら口をキュッと結んで首を擡げさせヨタヨタと後退した。

 突然僕が近くに居てビックリしたのだろう。思わず笑みが零れる。

 「こんにちは」

 罪悪感からだろうか?何か言わねばと思い、そう口から零れた。

 ヤドンは安心した様に口元目元と額の皺を緩め、草叢から出てからまた足を横にして寝転んだ。

 「すまんね。何も持っていないけど」

 今度はオボンでも持って来ようかなどと考えながら、ヤドンのほど近くに座り込んで、いつものように風の音や草擦の音。細やかな水面が震えている音に、飛沫を時折散らす打ち据えては引いていく波の音。青空には白い雲がほわほわ点々としていて、黒い鳥たちの影と一緒に流れ動いている。

 穏やかな風景に閑やかな音色。

 小さく深呼吸をすると、少し生臭い水の臭いに微かな青臭さを感じる。

 あぁやっぱり良いな。音と香りに身を委ねるのは、何度やったって、上向くような、けれども落ち着くような……得も言われぬ和やかな気持ちが胸一杯に広がって、心地よい。

 

 呆っと眺めながら背を壁に預けて脱力して行く。ズリズリと背中が曲がり、座高が下がって行く。暖かな陽射しが心地良い。背凭れに頭を預けてもう一度目を瞑ると、ちゃぽんと音がした。いつもの跳魚かと思い目を遣ると、ヤドンが尻尾を川に沈めていた。ヤドンと呆けた顔同士で視線が絡み合う。

 跳ね音はしない。ヤドンの尾が沈められた音だったらしい。

 暫く見つめ合っていると、突然尾をスイングするように水中から引き揚げる。地面には一匹小さな魚がぴちぴち跳ねていた。もそもそ食べ始めるヤドン。食べ終わるともう一度尾を川に沈めた。

 あんな風に狩りをするのか。

 何だか嬉しい気分に成って、息を吐くように朱が入り始めた空を仰ぎ見た瞬間、バシャとまた先程と同じ水音が聞こえ、もう獲ったのかと顔を下に向けると、何も無い。ヤドンを見ると、目が細められ、心做しか口端が上がっているようにも見える。

 「……………」

 見つめ合う僕とヤドン。

 ボチャン。ボチャン。ボチャン。

 ヤドンの後ろからどこか緩慢な水音が響く。ピンクと白の三角がちらりと見えては消え、またちらりと見えては消える。

 「かふかふ」と私をじっと見つめて来る目を細め額の皺を濃めたヤドンから音が鳴る。具体的には喉辺りから。

 「は?」

 お前それ絶対笑ってるだろ。

 「ていうかお前、そういう事する生き物だったんか」

 取止めの無い思考が溢れ出す。取り敢えずとヤドンにピントを合わせると、のっそりと横腹を此方に向けており、尻尾が水面を抉る様に此方に振り抜かれた。

 バシャという音と共に私のズボンが濡れる。

 「かふかふ」と音を鳴らしながら、尻尾をぶんぶん振り回し、ばしゃばしゃと何度も水音を響かせる。

 「おま、やめろ!お前、この、イタズラっ子め……!楽しそうにしやがって」

 ぐいと起き上がり、その勢いの儘ヤドンへと飛び掛かる。

 

 ふに

 

 「え柔らか」恐らくは皮下脂肪。思わず声に出てしまう程の弾力。ぶにぶにと揉み込んでしまう。

 「かふかふ」と擽ったそうな楽しそうな声が聞こえる。たぶん、僕の喉からも。

 

 この日はいやに水平線へと太陽が沈むのが早くて、名残惜しく振り返りながらも堤防を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 「ねえねえ!今日はいつもと違うルーにしてみたんだけど、わかった?」

 

 とある朝、なんだかハヤシライスじみたコクを感じる、けれどもモッタリとした旨味も感じるカレーを食べていた時、そのカレーを作った張本人である母親が問い掛けて来た。何でも最近人気のカレールーを使ったらしい。

 ぼんやりとしながら問答を繰り返していれば、ふいにテレビの音声が耳へとこびり付いた。

 

 ───がガラルヤドンを密輸し、違法な遺伝子操作を行って販売していた事が発覚しました。これに対し企業は、安くフレーバーを増やすためにやった。大変申し訳無く思う。と犯行を認めています。また、飼育施設は劣悪な環境であり、機動隊が突入した時には既にゲージが壊されており、壊れ方から見て脱走している可能性が高い。との情報です。額が黄色いヤドンや、何か違和感を覚えるようなヤドンを見掛けましたら、此方の電話番号へと───

 

 漫然と流していたテレビから、カクテルパーティー効果的に脳へと浸透した情報。

 これ、あの堤防の子じゃ……?でも額の色……もしかして雑種だったり?

 

 あの子、大丈夫かな……?

 

 あの子はぱっと見だと普通のヤドンだけど、カントー種とガラル種の違いは額以外じゃ見分けが付かないし、それに、あそこにヤドンが居るのは滅多に無い事……。潜る瞬間だけだとしても、見られたら通報されるかも、いや、もうされているかもしれない……。

 あの子は……あの子が捕獲されたとしたら、ガラルに?でも雑種……というか普通に似てるだけな可能性も……いや、そうだとしても、キチンと調べないと判らないんだから、やっぱり捕獲される?カントー種だったとして戻って来るのかな?雑種だったらどうなる?どっちにしても長く居なくなるかも……?

 もし雑種だとしても、でも、僕は……

 

 食べていた昼食もそこそこに立ち上がり、ラップをして、冷蔵庫に入れてから自室へと飛び込む。どこへ保管していたかなと、引き出しを引き押ししながらやっとこさ見付けた卒業記念に貰った白に赤いラインが入ったスクール校章が上部に刻印されたボール。言うならば、プレミアプレミアボールとでも言うべき代物をガラガラと引き抜いて、玄関で自転車の鍵を手に取り、「ちょっと出てくる」と言い終わらない内に飛び出して、堤防へと急ぎ漕ぐ。

 

 息を切らせて坂を駆け上がり、堤防の細く突き出た垣のような天端が少し見えて来れば、そのまま道の脇に自転車を停めて、鍵を掛けながらいつもヤドンがいる場所へと目を遣ると、珍しい事に、そのほど近くで竿を垂らしている者が1人居た。

 只の釣り人だろうか?それとも、行動力の有るヤドンを狙う人……?

 釣り人を横目でチラチラと見ながら、さも「ちょっと散歩に来ただけですよ」と自分へ言い聞かせて前方に集中し、目的地へと足早に動いた。

 

 いつもの水草がそこそこ茂っている場所に辿り着き、以前のように覗き込めば、そこにヤドンは居なかった。時間で言えば前より少し遅い時分。狩りにでも出掛けているのかもしれない。

 そう言い聞かせてその場所で座り込み、いつもより青く、白く輝いている景色を眺めてみる。

 だけれど、胸の裡に焦燥感だとか後悔からの悲しみや怒りだとかが蟠り続けて、いつものように穏やかな心持ちになれなかった。

 

 白々と斑に輝いて底を見通せない水面。灰に暗く佇む堤防敷の壁やフェンス越しに見える集合住宅や何某かの工場。ぽちゃん……ぽちゃん……と竿の錘が水面へ沈む音が不定期に響いて、どうしてもその度にそちらへと意識が行ってしまう。

 ボチャボチャと鳴る波濤。鳥たちのざわめき。風が、頬や肩や背中と撫で押して、水草がガサリガサリと音を立て、水音は一瞬消える。

 

 ……たぽ

 

 一際大きく表面張力が破られて、水草の合間から眉間に薄い皺が刻まれているヤドンが顔を覗かせた。

「あ……」

 途端に蟠っていた焦燥が立ち消えて、ヤドンが這い上がってくるピチャピチャちゃぽちゃぽした水滴の音や、その背中や尾に擦れてカサリカサリ震わせる水草や、その薄く開かれた(まなこ)と、半開きになった口から漏れ出た眠たそうな間延びした高音が、心を落ち着かせるオルゴールみたいに成って、僕は暫くの間ポケットの中のボールに触れたまま、つい、呆然としてしまう。

「その……」

 逸る気持ちを何とか乗り熟そうと言葉や感情を捏ねくり回して、何と話そうか口籠ってしまう。

 言えば良い事自体は解ってる。一緒に来て欲しい。ただそれだけ。だけど、今までキチンと気持ちを確かめ合った事が無いから、どうしても“もしも”を怖れてしまう。

 だから、何か上手く言い包められやしないかと、ハイスクールでの現代文や古文や倫理の授業から、スクールでの国語やポケモンやレクリエーションだとかの授業までウンウン逡巡して、丁度良い言葉を願い惑う。

 

「フャアン」

 

 間の抜けた独特の声音が耳根へふれた。

 

 見れば、ヤドンは僕の横でゴロリと前足に頭を乗せた状態でゴロ寝していて、その穏やかな全身像が合わされば、また、気の抜けたような音が僕へと拡がって、「ああ、そうだよな」何だか心が洗われたような気持ちで、別に迷う必要なんか、どこにも無いよなと何だか変に吹っ切れて、自然と強張っていた体が認識できて、その力を抜くように小さく息を1つ吐いた。

 

「これからもずっと、僕と一緒に、来てくれませんか」

 

 欠伸のような、小さな空気がすり抜けたみたいな高音が短く鳴って、僕は自然と、ポケットから純白のボールを取り出すことができた。

 

 それを微睡むような瞳で捉えていたヤドンの口端は、いつものようにほんのりと上がっていた。

 

 

 







 多分、脱走したヤドンの幾つかは方々の企業に捕獲され、「カントーで捕獲されたクリーンなヤドン」として各企業のポケモンふれあい広場だか傘下の育手屋だかで繁殖させられ、ガラルの規制緩和と伴にスタートダッシュとフレーバー追加でニコニコしてるんじゃないかな。たぶん。



 ガラルヤドンの尻尾カレーや、ガラルヤドンの尻尾はスパイシーという記述。
 カントーヤドンの尻尾は甘く、子どものおやつにもなったという記述。
 では、この2種を交雑させれば様々なフレーバーの尻尾が出来るのでは……?
 という発想を元にした話。

 カレーと言えば子ども、おやつと言えば子ども。という偏見から、主人公は学生にしました。
 そのために、インスピレーション素がスパイス程度に成ってしまいました。



         カレーだけに



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