空が赤く燃えていた。
夜の闇を切り裂き、赤土の壁を照らし出して、誰もが予想しなかった光景が作られている。
港一帯が燃えていた。
建物を破壊し、木々に火を点け、この港を利用する権力者のために美しく飾られていた風景が、一片も残さず悉くを壊されていた。
「どんどん行け~。欲しいもんがあるなら持ってけよ。滅多にないチャンスだぜ」
大勢の人間が町を駆け回っていた。掲げた松明で木々と建物を燃やし、目につく物は後先を考えずとにかく破壊して、逃げ惑う人が居れば問答無用で殺す。
有無を言わさず瞬く間に行われる虐殺。
港に立ったセブンはその光景を笑顔で見守っていた。
「アハハハッ。こりゃ楽でいいや」
襲撃から三十分足らず。粗方終えただろう。港を守る護衛団も海兵も手応えがない。
明日への期待から油断して人員を割いていなかったのだろうか。それにしたって期待外れ。
港にある施設は“
たったこれだけで高くそそり立つ巨大な壁“
この行動に意味があるのか否か。セブンはさほど考えもせずに動いていた。
ただ少しみんなを驚かせてみたかっただけなのだ。世界中の人々が認識しているであろう、世界貴族こと“天竜人”に危害を加えてはいけないという絶対的なルールに逆らってみたかった。本当にただそれだけだ。
本人が居なかったことが残念だ。どうせなら磔にしたかった、などと考える。
けらけら笑うセブンは上機嫌だった。
思い付きでやってみた襲撃は大成功と言っていい。この一件は大きく報じられるだろう。
実行犯が知られれば明日の海賊万博もさらに注目されるに違いない。
「キャプテーン! 海から海軍の軍艦三隻が接近!」
「おーうそうか。報告ご苦労」
手下の一人が声を張り上げて報告してみる。
振り返って確認してみれば確かに水平線に軍艦が三隻見えた。夜の海は暗いが港全体が轟々と音を立てて燃えているためいつもより遠くまで確認できる。
にやりと笑うセブンはその場を動かず、ポケットに手を突っ込んだままだった。
「まあ慌てることはねぇよ。こうなると思ってすでに兵は伏せてんだ。大好きな海賊ごっこと戦争ごっこが同時にできるなんて贅沢だよな? どうせならおままごともやろうか」
振り返る彼の傍には特級戦力のバーソロミュー・くまが居た。専属の護衛と化している彼は自分の意思では動かずに、セブンの命令ならばどんな内容でも応える。命令として伝えればおままごとだってすることを彼は理解していた。
反応がないため会話にはならない。いつも一方的に声をかけるだけだ。
すぐに視線を外したセブンは慌てて近付いてくる軍艦を眺める。
「さあ、いつでもいいぜ野郎ども。近付く奴はどんどんぶち殺せ。でも少し残してもらえると増援を呼んでもらえるだろうから有難いな」
彼は港で見ているだけだった。
自分が動かずとも命令はすでに下している。後は待ってさえいれば勝手にやってくれるはずだ。
海軍の軍艦の上では慌ただしく戦闘準備が行われていた。
緊急指令を受けて急ぎ駆け付けた寄せ集めの部隊だ。ここに海軍中将が乗っていたのは不幸中の幸いであり、誰がなんと言わずとも全ての指揮権は彼に委ねられた。
中将のモモンガは自らも刀を携え、走り回る海兵たちに大声で指示を出す。
「砲撃準備! 先に奴らの船を沈めろ! 誰一人として港から外へ出すな!」
軍艦はますます速度を上げて標的に接近していく。射程範囲内にさえ入れば即座に砲撃を開始して敵の機動力を奪うため船を沈める。本格戦闘はその後だと考えていた。
敵も船団。容易には落ちないだろう。
すぐに港付近に停泊している船が動き出し、こちらを向いて戦闘に入る。そう思っていた。そのせいで他の可能性を思案しなかったのである。
初めに気付いたのは大砲の整備を行っていた海兵だ。
暗がりにぬぼーっと立っている大きな人影に気付いて、もしや人なのか? と半信半疑で近付いて確認しようとした。
結果として、確認するよりも早く首を掴まれて絞められ、声も出せずに意識を失う。
船倉で大きな爆発が起こるまでそう時間はかからなかった。
積んでいた火薬が爆発した。誰かのミスか、と思うよりも先に、やられた、と気付く。
振り返るモモンガは素早く駆け出し、呆気にとられて立ち尽くす一兵卒へ檄を飛ばした。
「敵が船に乗り込んでいるぞ! 戦闘準備! 武器を取れェ!」
言いながらも自らが敵を仕留め、船上の安全を確保するために真っ先に船内へ向かう。しかし彼が入ってくるのを許さず、待ち構えていた大柄な人物が先に攻撃を仕掛けた。
気付いた時にはすでに遅く、自らが油断していたのだと気付く。
気配を完全に隠していた恐るべき強者。強烈な一撃をまともに受ける羽目になってしまった。
「ブリリアント・パンク‼」
左腕から肩までダイヤモンドに変質したジョズが、反応できないほどのスピードでタックルを仕掛けてきたのだ。
モモンガは直撃し、硬いダイヤモンドに激突して鼻血を流しながら宙を舞う。それでも彼は海軍中将となるほどの実力がある。吹き飛ばされながらもカッと目を見開き、自らが油断していたことを反省して、空中で姿勢を整えると待つ暇もなく行動した。
強靭な脚力で空気を蹴って飛ぶ。ボンッと大きな音が響いて小さな爆発が起こるかのようだ。
二度ほど空気を蹴って空中を移動し、距離を測って隙を伺う。ジョズはタックルを終えた直後で姿勢が悪い。迎撃するのは容易くない。
モモンガは意を決して懐へ飛び込むと、居合の要領で素早く刀を抜き取ろうとする。
「ダイヤモンド・ジョズッ‼」
「ぬううんっ!」
刀を抜いた、という姿が海兵に見えた時には、すでに四度の斬撃が繰り出されていた。急所のみを狙った攻撃が当たればただでは済まない。しかし自らの肉体をダイヤモンドと化していたジョズは真正面から受け止め、無傷でモモンガの姿を見下ろしていた。
右腕を失ったとはいえ、流石は世界最強の“白ひげ海賊団”で三番隊隊長となった男。長引きそうだと舌を打ち、振り抜かれるパンチを避けるためモモンガは跳んだ。
ジョズとモモンガが甲板で戦闘を開始した後、二度も三度も船内で爆発が起こる。
間違いなく敵が侵入して攻撃を行っているのだ。しかし指揮官であるモモンガがジョズに止められるという状況は非常にまずい。
海兵の動揺を見逃さず、次々に爆発が起こって、軍艦に大きなダメージが与えられていく。
一隻だけではない。三隻全てで同様の状況があった。
急いで駆けつける必要があって、迎え撃つ準備ができていなかったとはいえ、あまりにも一方的な攻撃で戦場は瞬く間に大パニックになる。
右の軍艦ではシャーロット・クラッカーが無数に生み出すビスケット兵で攻撃を行っていた。
左の軍艦ではジーザス・バージェスが巧みで派手なプロレス技を次々披露していた。
中央ではジョズがモモンガを引き付け、隙だらけの他の面々へ雪崩れ込むように船上へ現れた海賊たちが襲い掛かる。
海軍の船団は瞬く間にパニックに陥った。
船が燃え上がり、悲鳴が木霊している。
そう時間も手間もかからず想像通り。港から眺めるセブンは楽しげに笑っていた。
「悲しいもんだよなぁ。どんだけ頑張って訓練してても、強ェ奴適当に集めて適当に襲わせるだけでああなっちまうんだもんなぁ。世は無情ってやつだな」
数多の怒号と悲鳴が響き渡る状況下、セブンは小さく肩をすくめた。
傍に居るのは物言わぬくまのみ。
ふと彼に振り返り、大きな体を見上げて笑みを見せる。
「お前も悲しい奴だよな。今幸せか? もうそんなのもわかんねぇか。政府に恨みがあるならおれが代わりに潰してやろうか? あぁ、それも面白いかもな」
答えがないとわかっているからこそ待つ時間などなかった。
はあーっと大きく息を吐いて、笑みを消す彼は海の上にある炎を眺めながら語り出す。
「お前はもう聞いてたっけかな。別によぉ、復讐なんかするつもりはねぇんだぜ。そりゃ薬くせぇ大人たちに体中弄くり回されて脳みそくちゅくちゅされてんだ。あいつらは嫌いだしもう殺したんだが罪悪感を覚えることはねぇよ」
ただな、と続けて、セブンはくまにだけ聞こえるように話す。
「あいつらを殺したのだってなんとなくなんだ。殺してぇって思ったことはあったが本当言うとどうしてもってわけじゃなかった。ただそのチャンスがあったからついでに殺しといただけだ。おれにはその辺の恨みとか憎しみってやつがないのかねぇ」
フンと鼻を鳴らして自嘲気味に笑う。
「おれがこんなことしてんのはよぉ、ただの自己表現なんだ。おれらを利用して作った兵器を世の中の奴らにお披露目してやるんだ。何年もかけてようやく出来上がったのが政府のための兵器で、しかも作った後になって非人道的だっつって棄てられたんだ。おれらの人生その物がな。天才か何か知らねぇがおれは唯一ベガパンクだけは大嫌いだよ」
ごそごそとポケットに入れていた物を取り出し、両手に乗せて持つ。
掲げるようにして海へ向け、くまにも見えるようにした。それでいて主張してもいる。誰かに見られて聞かれるのならそれでもいいと思っていた。
「おれたちがこの世界に居たってことを知らしめてやるのさ。殺して壊してめちゃくちゃにして、おれたちの全てを見せてやる。だっておれたちゃそれしか知らねぇんだ。まずい実食わされて腹ん中開けられて飽きたらぽいで殺される。おれたちが知ってるのはこれしかない」
首だけでくまに振り返り、セブンは子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。
「狂ってると思うか? いや、お前は何も思わねぇか。だからここに居るんだもんな」
哀れだとは思わない。むしろ似たような境遇だと判断して親しみを覚えてさえいる。
セブンがくまを自身の護衛として重用しているのは、無口で命令に逆らわず、ただ単純に強いだけでなく、境遇と見た目を気に入っているからでもあった。
まるでお人形遊びのようだと思って、彼にだけは話すことも多かった。
「どうせいつか死ぬこの人生。やりたいことやってから死のう。お前もちゃんと連れてってやる。誰も見たことない新世界へ行こうぜ」
軍艦の一隻が大爆発を起こした。
セブンとくまは何も言わずにその光景を眺める。
濛々と立ち昇る黒煙に、不思議と最高の気分であった。