風雲急を告げる。
海賊万博開幕を明日に控えて突如起こった大事件は世界経済新聞社を大混乱させた。
明日こそ勝負。そう思っていた多くの記者にとっては寝耳に水の出来事。時間はないがこれを明日の記事にせねばどうすると、動ける社員を総動員して仕事にかかったのだ。
「現場の写真はまだか!」
「大急ぎで向かっていますがもう少し!」
「詳細が必要だ! もっと急がせろ! 被害状況と死者の数! 犯行メンバーとその目的! 手に入るものは全て手に入れてこい!」
バタバタと大勢の社員が駆け回る中、指揮を執るモルガンズが大声で叫んでいた。
かつてないビッグ・ニュースが起きる時ほど興奮する。どんな美味いメシよりもどんな美しい女性を見た時よりも、世界を揺るがす事件が起きる方が比べ物にならないほど嬉しい。
天竜人がレッドラインとの行き来で唯一使うレッドポートが破壊されたとなれば、我が物顔で下界を歩き回っていた天竜人は怖くてもう出歩けない。
お前らを殺すぞと、堂々と宣戦布告されたに等しい。
たったそれだけのことが世界にとってどれほど衝撃的な事実か、国家として成立している国であればあるほどよく理解している。
ついに来た。
いずれ来るだろうと待ち望んでいた世界の変わり目が今、この瞬間に来ている。
しかし今ですらまだ序章に過ぎない。
やはり明日だ。数十年ぶりに開催される世界的な大イベントでこそ何かが起きる。そのための今日なのだろうとすでに察していた。
「こんな大物後回しにできん! 明日の一面で出すぞ! 新人!」
「はい!」
大声で呼びつけるとすかさずコッコが駆け寄ってきた。
仕事を任せられない人物であるためちょうど暇を持て余していたところだ。まるで遊んでほしい子犬のように嬉々として駆け寄ってくると、わくわくした面持ちを見せている。
バサッと両の翼を広げるモルガンズは彼女を見下ろした。
「お前に記事はまだ任せられん! コーヒーを大量に入れろ! それから仮眠室とシャワー室の準備を指揮して急がせろ! その後は寝ろ!」
「ええっ⁉ テンションが上がってしまって寝れそうにありません!」
「バカ! 本番は明日だぞ! ビッグ・ニュースの群れに飛び込むのに疲れを残してどうする!」
「そ、それは確かに……」
自分が記者として非力なことは理解していた。散々ミスをして叱られてきたのだ。どれほど勘が悪かろうとそれくらい受け入れられなければ社外に放り出されてしまう。
ビシッと敬礼をしたコッコは即座に順応した。
今できることをやれ。社長と共に異様なテンションになっているのを心配され、先輩からかけられた言葉を思い出す。そうだ、自分にもできることがあるはず。
「わかりました! みなさんのサポートを終えた後で寝ます!」
「うむ! では行け! 時間は有限だぞ!」
「はい! 社長もどうか早く休んでください! 明日のために!」
「心配するな! ビッグ・ニュースはおれにとって麻薬のようなものだ! 心躍らす情報がある限りおれが倒れることはない!」
大声で笑うモルガンズが上機嫌に大きな翼をはためかせ、風が巻き起こるため社員が迷惑そうにしていた。この二人が揃うと碌なことがない、とすでに不評の様子である。
任務を果たすためにコッコが離れていったのと同時に少しの安堵が広まった。
引っ切り無しに鳴り続ける電伝虫がまた取られた。
ハッとした社員がすぐに顔を上げ、手早く指示を飛ばすモルガンズへ声をかける。
「社長! お電伝虫です!」
「おれにか? どうせサイファーポールの揉み消しだろ。腹が痛いとか今死んだとか言っとけ!」
「い、いえ、それが、襲撃の実行犯だという方で……大海賊同盟の、セブンという人です」
モルガンズがぴたりと固まった。
自分が犯人だ、と連絡してくる偽物は少なくない。騒ぎに便乗して少しでも目立とうという愚かで面倒な人間だ。それだけならば気にもとめはしない。
大海賊同盟。セブン。そのキーワードで確信した。
以前、世界政府の暗部についてリークしてきた人体実験の当事者だ。
「モルガンズだ! お前が実行犯か⁉」
《いやぁ、ただ近くで見てただけさ。急だったもんで、今大変なんじゃねぇかと思ってな。写真が必要なら送ってやるよ》
カタカタと物音を聞いてモルガンズが勢いよく振り返る。あまりの勢いに社員がビクッと震えるが気にしている余裕はない。
本当に写真が送られてきた。燃え盛る港。轟沈する三隻の軍艦。まるで記念写真のようにずらりと並ぶ実行犯の姿まである。
何枚も何枚も送られてくるが、恐れる社員とは違ってモルガンズは歓喜していた。
《好きなの使ってくれ。面倒だから喋りたくねぇし、文章も任せる。なに書いたって怒らねぇからできるだけ派手にしてほしいな。みんなに知ってもらえるように》
「フフフッ、フハハハッ! 任された! 最高のビッグ・ニュースを全世界に届けよう!」
《頼んだぜ。それから、お前ら政府に睨まれて大変だろ? 前の話も揉み消されちまったし。だからこっちで護衛を用意したんだ》
「護衛?」
不思議に思って視線を動かすと、部屋の入口に音もなく現れた三人の姿に気付いた。
白いスーツと仮面。CP-0の構成員。
ボロボロになった海軍中将モモンガ。
なぜかラーメンを持ってきたサイファーポールの構成員。
通信を阻止しようという素振りも見せずに、出入口に立ったままで微塵も動こうとしない。人形のように立ち尽くしてモルガンズを見ていた。
《社員を傷つける奴を殺すように言っといた。みんなお利口さんだぜ。もっと必要なら送ってやるから言ってくれ》
「おいおい……これは何の能力だ? いや違うな、何らかの兵器だ。人間を洗脳できるんだな? 誰にでも通用するのか?」
《おれは今すぐ教えたっていいんだけどよ。タイミングは今じゃねぇだろ?》
そう言われてモルガンズはぐっと首を引き、電伝虫の受話器に向かって嬉しそうに言った。
「明日っ」
《明日だ。おれを見つけたら全部教えてやるよ》
楽しみにしてる。
そう言い残して通信は切れた。
居ても立っても居られないモルガンズは送られてきた写真を一枚引っ掴み、入り口に立っていた三人を押し退けると急いで廊下を駆け抜けた。
「新人!」
「うわぁああああっ社長⁉ 違いますよ、私のためじゃないです! みなさんにどうかと思ってのおにぎりであってまだ一個しか食べてません!」
「そんなことはどうでもいい! これを見ろ!」
仕事に邁進していたコッコはほっぺたにご飯粒を付けていた。
そんなことはどうでもいいとモルガンズは写真を差し出し、写っている一人を指差す。
「こいつだ! こいつの顔をよく覚えておけ! お前が明日見つけなければならない人間で、この男の独占インタビューに成功すれば今までのミスは全て帳消し! それどころかお前は一躍我が社のヒーローになる!」
「本当ですかっ! それだけで⁉」
「だがそれが難しい! いいか新人! 明日は世界を変えに行くぞ!」
「はい!」
「バカ! ここはラジャーだ!」
「ラジャー!」
「よし!」
上機嫌なモルガンズはバサバサと翼を動かした。
応じるためにニワトリになったコッコもバサバサと翼を動かした。