島での生活は非常に退屈であった。
そもそも住人が少ない島に住んでいるため、生きていくために必要な仕事を手伝う機会は多い。それでも一日の時間を潰し切るほど忙しいわけではなくて、のんびりとした時間が流れる島内での過ごし方はいくつかかある。
子供たちの相手をして遊ぶか、一人部屋に籠って曲を作るか。もしくは何も考えずに歌うか。
選択肢は限られていたが助けられて生きている自覚がある。文句はなかった。
新聞を読むのは数少ない楽しみの一つだった。
記事の内容によって一喜一憂して、大抵は興味がなくて読み飛ばしてしまうものの、彼らの話題だけは欠かさず熟読している。
麦わらの一味。
懸賞金2000万ベリーの“ノコギリのアーロン”を打倒し、裏金で彼と癒着していた海軍大佐の情報を新聞へ売りつけて、海軍への批判を招くと共に世界的に知られるきっかけとなった。華々しいデビューを飾ったのである。
手配書で見た船長“麦わらのルフィ”の顔は、不思議と見慣れたものだった。初めて見た時は目を剥いて驚愕し、まさかと思って信じられず、一晩中考えたものだ。
どれだけじっくり眺めて、もっと知りたいと思っても情報は手に入らず、考え続けた末にようやく状況を理解する。
昔、一時的に滞在した島で出会った幼馴染だ。
あれから何年も経ち、海賊として海へ出た。
信じたくない状況だったが、そりゃそうかと思う気持ちもあって、しばし呆然とする。
海賊が嫌いだと言い始めたのは、海賊が今居る島を襲ってボロボロにしたからだ。
新たな故郷となったエレジアの大半は廃墟と化していて、生き残った人間は少ない。島を復興させるほどの労力はなく、それでも互いに励まし合って生きていくくらいの人数は居る。
海賊がこの島で暴れなければ、音楽の国と呼ばれた栄華は今も続いていただろう。
全ては海賊のせい。そう思い込むことにしていたのだ。
「この人ね、私の友達なんだ。小さい頃に会ったことあるの」
手配書を手にして、島の子供たちを前にしてウタは語った。
いつかと比べてずいぶん成長した姿になり、いつかと同じで変わらない笑い方。見覚えのある麦わら帽子を被っているからそれが異名になったらしい。
そのままだな、だなんて思いながらふっと笑みを浮かべる。
「海賊なのか?」
「新聞読んだよ。悪い海軍と海賊をやっつけて人を助けたんだって」
「じゃあいい海賊だ」
「海賊に良いとか悪いってあるの?」
興味津々という態度で覗き込んでくる少年少女たちに、ウタはうーんと考える素振りを見せる。
実を言えば考えはまとまっていない。けれどみんなが話しかけてくる以上、黙っていては無視をすることになってしまう。何か答えなければならなかった。
「いい海賊なんて居ないよ。海賊なんだから」
「でも困ってる人を助けたんでしょ?」
「それが本当とは限らないじゃん」
「でもウタの知ってる奴だ! 絶対いい奴だよ!」
元気な男の子が嬉しそうに主張すると、どうやら子供たちの総意であるらしいことがわかる。
日頃から彼らの面倒を見る一番上のお姉さん。それがウタの認識。子供も大人も少ない環境下で彼女はその中間に位置し、大人には頼られることもあれば可愛がられていて、子供たちから信頼を得て愛されている。
ウタの知り合いだから大丈夫。なんて安易な考えだろう。
それが適用されるなら、島を滅ぼした相手は。
考えかけて嫌な気持ちになり、思考を止めたウタは努めて笑顔を作る。
「私が知ってる人でも、みんながみんないい人じゃないよ。だって海賊は悪い人なんだから」
「えー?」
「そうかなぁ……でも助けてもらった人も居るのに」
「海賊はわがままで、自分勝手な人ばっかりだよ。みんなも信用しちゃだめだからね」
はーい、と素直に返事をする子も居れば、ううんと考え込んで返事をしない子も居る。強要するつもりはないが、自分のようにはなってほしくない気持ちが強い。
パンッと手を叩いて鳴らし、意識を変えさせる。
ウタはいつもの笑顔に戻って子供たちの視線を集めた。
「ほら、みんなそろそろ勉強の時間だよ。ゴードンが暇そうにしてるから相手してあげて」
「はーい」
「しょうがないから付き合ってやるか」
「ウタと遊んでる方が楽しいのにー」
子供たちが渋々という態度で立ち上がり、学校代わりに使っている建物へ向かっていく。
輪の外に立ち、彼らのやり取りを見ていたゴードンは無表情であったものの、どこか寂しげな様子にも見えた。
先に歩き出した子供たちが彼の脇を抜けて去っていく一方、ゴードンはウタを見つめていた。
「ウタ……話したいことがある。どうしても知っておいてほしいことだ」
「いいよ。聞きたくない」
視線を逸らして、ウタはゴードンと向き合おうとしなかった。
何気なく海を眺めて小さく息を吐き、表情が確認できないせいか、寂しそうな声に聞こえる。
「本当は何があったとしても、何も言わずに私を置いて行ったのは変わらないじゃん」
何も言い返すことができずに、ゴードンはすまないと一言謝って踵を返した。
子供たちが呼んでいる。
近隣国からの支援があるとはいえ、決して豊かとは言えない生活。彼らへの教育が少しでも助けになり、仮に海外へ出ていくとしても生きていけるようにしてやりたい。そのための教育だ。
ゴードンがその場を離れた後でもウタは動かなかった。
月日が経ち、度々その名前が新聞に載るようになる。
旅を続ける彼らは各地で事件を起こし、大小様々な出来事で悪名を大きくしていった。
殊更に大きいのはエニエス・ロビー襲撃事件とインペルダウン大脱獄事件。そして頂上戦争への乱入と、その後生死不明とされた期間があり、再び海軍本部へ殴り込んだ事件だ。
確かに子供の頃から海賊に憧れていた。海賊として名を上げた現状は夢を一つ叶えたことになるのかもしれない。だが悪いことをしているのも間違いないのである。
一体なぜそんなことをするのか。本人に問いただしたくなった。
新聞で知られるのは概要と憶測だけ。
本人に話を聞けば真実を知ることができるかもしれない。そんなことを思った。
しかし会いに行こうにも居場所がわからず、その方法もない。また自分を情けないと思うもののそんな勇気がないのも事実だった。
今更会って何を話せばいいのか、考えてみてもわからなかった。
海賊に対して良い感情を持っていないのは嘘ではなくて、何度思考してももやもやする。
みんなの前では笑顔で居ても、しばらくすっきりしない日々が続く。
麦わらの一味が消息を絶って何一つ情報が得られなくなってしばらく経った後。
偶然島を訪れた海軍将校と話をした。
「待っていたって何も手に入らないよ。気になることがあるなら自分で調べないと」
にこりと微笑む青い髪の女性だった。
知りたいと願うばかりで行動しようとしなかった彼女に大きな影響を与え、自分から動いてみようかと考えるきっかけになった。
そしてついにその決断を固めることになる、背中を押す出来事が例の記事だ。
「麦わらのルフィが帰ってくるんだって」
ゴードンは顔を上げると言葉を失った。
いつか来ると思っていたその日がやってきただけ。引き留める理由はない。当然心配はするのだがだからといってずっとこの島に居ればいいとは思わなかった。
いつかは広大な海へ漕ぎ出して、自分らしく生きればいいのだと思っていた。
形は違えども、海賊のように、彼女には自由に生きてほしい。それが心からの願いだった。
「幼馴染なのだろう?」
「うん……だから、色々聞いてみたい。話したい。なんで海賊になったのか、なんで色んな人たちを困らせたのか。ちゃんと本人の口から」
そうかと呟いて、ゴードンは同意した。
彼女が旅立つための準備を手伝ってやり、もしもの時は自分が助けに行く覚悟もある。
ついに巣立ちの時だ。
「シャンクスのことは、何も聞かなくていいのか?」
「聞いたって変わらないでしょ。本人はここには居ないんだから」
「そうだな……そうなんだが」
「ねぇゴードン。私は海賊が嫌い」
旅立つ間際、島民たちに見送られるウタは言った。
「特に何も言わずにどっか行っちゃうような海賊は大っ嫌い」
子供のような無邪気さで、悪戯をするように笑っていたが、ゴードンの目にはその笑顔に寂しさが混じっているように思えてならない。
結局彼女は何も聞かずに旅立ち、連絡が来たのは海賊万博へ向かう直前の頃だった。
手に入れられる情報と言えば新聞だけだった。
旅立った頃から常に追っていたとはいえ、結局はほんの一部でしかなくて、それも新聞社の意見が込められた言葉でしかなくて当事者が語る真実ではない。時として海軍や世界政府の意向を汲んで事実を歪めることだってある。
彼らについて知っている。一方で、本当の彼らについては何も知らなかったのかもしれない。
「はぁ~~~っんなんって可憐なんだ! 君を見ただけで胸を貫くこの衝撃はそう、恋! こんなにも心が打ち震えた出会いはきっと初めてだ……! おれは君たちに恋をした!」
「あら、それじゃ私のことはもういいのね?」
「そんなことないよんナミすわぁ~ん! おれが君を諦めるだなんてとんでもない! 恋の炎は順調に燃え広がり中です!」
「あっそ。そろそろいいわ、うるさいから」
一度は飲み物を買ってくるよう頼んで遠ざけたのだが、戻ってきた途端にやたらとうるさい男を素っ気なく制して、オレンジ色の長い髪を持つ女性が二人をまじまじと見る。
手配書なら見たことがあった。彼女は“泥棒猫”と呼ばれる航海士のナミだ。
先程からうるさい金髪ぐるぐる眉毛の男は“黒足”のサンジ。確かに黒いスーツ姿で、コックであり戦闘員でもあり、女性には滅法弱いのだという。
ウタは幾分緊張した面持ちで固くなっていて、シルクはわあと頬を綻ばせていた。
本物に会うために島を出たのだ。念願かなって“麦わらのルフィ”に繋がる人物に出会えた。当初の目的通りの状況なのだが、いざその時を迎えると思わず緊張してしまう。
サンジは噂通りで女性を見ると目がハートになってやたらと話しかけてきて、なんて軟派な人なのだろうという印象を抱く。シルクは平然としているがウタはあからさまに引いていた。
ナミは二人に笑いかけているのだが、物珍しそうに、どこか試すようにも感じられた。話し合いの場は設けられたがそうなっても仕方ないだろう状況だと理解している。
「ルフィに助けられた子に、ルフィの幼馴染かぁ……相変わらずトラブルの種なのね。今回は戦いとかじゃなくてよかったけど」
「幼馴染⁉ なんだそのステキ属性は⁉」
「黙ってサンジ君。話が進まない」
「はい! 黙ります!」
「えっと……心配しないで。私たち、争いたいわけじゃないから」
「そう思いたいけど、驚くことがいっぱいだからね。あの“歌姫”がこの子で、海賊嫌いだっていう噂だし、しかもルフィの幼馴染って。設定だとしたら詰め込み過ぎじゃない?」
「本当だよ! その、海賊嫌いっていうのも嘘じゃないけど、全員がってわけじゃなくて。特にあのルフィが悪いことするとは思えない、って思ってるから」
疑われていると知ってウタは焦りを見せた。
海賊嫌いであるという噂は言うなれば身から出た錆。電伝虫を使った配信の中で自らが発言したために視聴者の間で囁かれたものであり、決して嘘などではない。実際に彼女自身は海賊を嫌っている自覚がある。
基本的には、だ。
その中でも一部とはいえ例外があることは彼女の故郷に住む人間以外には伝わっていなかった。
ウタは表情の変化が大きい。見ているだけで嘘が苦手なのではないかと思えるほど。彼女が気まずそうに視線を逸らすのを見てナミは静かに考えた。
こういうのは苦手だ。本来なら他の仲間に任せたいところだがこの場には居ない。唯一居るのは女性に滅法弱いサンジだけ。
自分が判断しなければならない。
彼女たちを警戒しようとして、それでも非情になれないナミは顔を曇らせた。
「それにしてもルフィの幼馴染かー。あいつ一人で助けた相手ってのも気になるけど、ここへきて重要な役割が出てきたわね」
「ルフィの野郎ォ……! なんであいつにこんな可愛い子ちゃんの幼馴染が居るんだ! おれには居ないのに!」
「心配しなくてもあんたの考えそうなことは何もないわよ。だってあのルフィなんだから」
「そりゃそうだ! あのルフィがまさかそんな……いやでも悔しい! 幼馴染ってだけで!」
「もう向こう行ってなさい」
うるさいサンジを落ち着かせて、ナミは冷静に二人を見つめる。
居心地が悪そうなウタとは対照的にシルクは意気揚々といった様子。楽しげで嬉しそうな笑顔は麦わらの一味に会えた事実に対して素直に喜びを表していて、二人が並んでいると違いが鮮明でなんとなく楽しい。
「それで、うちの一味に入りたいって?」
「うん。私はね」
「あ、私は違うよ? ただルフィが居るかなーって思って」
「あんたたちもなんかありそうね。引っ掛かったのがルフィだなんてとんだ災難じゃない」
一味のためを思えば安易に信用して受け入れるのはまずい気がする。
可愛らしい女の子が二人。海賊が集まる土地。自分たちを狙っている誰かが繋がっている可能性は捨て切れない。そして残念なことに狙われるという自覚もある。
怖がりな彼女は可能な限り戦闘は避けたいと常々考えていた。
その反面、かつてルフィに助けられた経験があるナミは何か感じ取るものがあったようだ。
彼女たちがスパイであるとも思えずにいる。
嫌になって大きなため息をついてしまう。
やはりこういうのは向いていない。
一人で動いていた頃ならともかく仲間ができてからは気が抜けていたのだろうか。仲間に頼る機会が増えたことも関係しているのだろうと思う。
役に立たないサンジが親しげに二人へ語り掛ける姿を横目に、彼と二人で居る際の自分の役回りに嫌気が差して思考を止めた。
こんな時、仲間に全て丸投げしてしまいたいと思うのだ。
「ロビンとキリはどこ行ったのかしら。せっかくバカンスを楽しめると思ったのに、どこ行ってもトラブルは避けられないわね」
「やっぱり疑われてる、よね」
「そんなことないさシルクちゅわ~ん! 君ならいつでも大歓迎だよ! 仲良くしようねぇ~!」
「あんたは黙ってて。こんな海賊だらけのとこでそう簡単に信用できるわけないでしょ。しかも自分からあの“歌姫”ウタだなんて……」
「本当だってば! なんなら歌おうか⁉ それが一番の証明でしょ!」
確かに歌声を聞けば証明になる。“歌姫”ウタが発表した曲は世界中で大きな話題を呼び、当然の如くナミも聞いた覚えがある。
本物だとすればそれはそれで問題があるはずだ。あまり注目は浴びたくない。ナミはこの島で平穏に過ごして何事もなく脱出したいのだ。
「それはダメ。もしあんたが本当だったとしたら歌うだけでバレちゃうじゃない。そしたら周りの海賊どもが殺到するわよ。あんたの曲大人気なんだから」
「あっ。じゃあファンってことでしょ? いいじゃん」
「バカねぇ、のんきな顔してるけどここに居る連中が海賊ってこと忘れちゃだめよ。律儀に聞いてくれる人だけじゃなくて、あんたのこと攫ってどうにかしようってバカな連中も居るわ。安全のためにちょっとの間歌うのは封印しときなさい」
「え~?」
「心配しないでくれウタちゃん! どこの馬の骨が来ようがおれが守る! だから君は大好きな歌を思う存分歌ってくれ! おれのために!」
「あんたいちいちうるさいわね」
腕を組むナミは嘆息しながらも周囲を見回した。
海賊嫌いは自身も同じ。基本的に海賊なんて連中を信用するつもりはない。しかし島を訪れた海賊が出店を開き、物々交換や商売を行っている様には興味がある。
仲間の言によれば治安維持のために王下七武海を呼び寄せて協力を願っているらしく、無遠慮に暴れ出すのはよっぽどのバカか上昇志向の塊かの二択なのだとか。
一応は安全が保障されているのだろうか。
心からは信用できないとはいえ、楽しみたい気持ちはある。
「ねぇ……あんたたち、私たちの敵になる気はないんでしょ?」
「もちろん」
「私は、ルフィと話がしたいだけだよ」
「わかったわ。信じるわけじゃないけどしょうがない。行くわよ」
一歩、跳ぶように軽くステップを踏んだナミがにこりと微笑みかける。
ウタとシルクは顔を見合わせ、不思議そうな顔をする。
どこへ行くつもりなのか。わからないままナミに連れられ、いつになくやかましいサンジを連れて移動を始めた。
満面の笑みを見てきれいだと思った。
手配書や新聞で彼女の美貌を知った気になっていたものの、肉眼で目の当たりにしたそれは愛らしい少女のようであり、美しい大人の女性だとも思えて、どちらの魅力も持ち合わせる人物なのだと納得する。
「可愛い~! やっぱり私の見立てに間違いはないわね。あ、こっちもいいんじゃない?」
試着室で服を着替えられるよう言われたウタとシルクは着せ替え人形の如く、言われるまま次々に服を着替えて、上機嫌なナミの笑顔を見ていた。
先程の警戒心は何だったのだろう。二人を連れ出し、無邪気にショッピングを楽しみ始めた彼女はまるで別人のように見える。
ナミのコーディネートで決められた服がどんどん購入されていき、山と積み重なった。
「ナミさん! 恋の荷物持ち、いつでも準備完了です!」
「じゃあこれ全部お願いね」
「あ~いっ! お任せあれ~!」
「さあ次行くわよ。ちゃんとついてきなさい」
購入された商品は全てサンジが持ち、どれだけ乱雑に渡されようとも、両手で抱えたその上に放り乗せられようとも、ナミがやることなら目をハートにしたまま嬉しそうに受け入れていた。
その態度には流石に驚かずにいられなかったが、害がないどころか優しくしてもらっているのも事実であって、これがルフィの仲間なのだとウタとシルクは受け入れようとしている。
驚くほど人がごった返した雑踏。その中に迷い込んだ自分たちがちっぽけに感じる。
人の少ない土地で育った二人には何もかも新鮮な風景。
その中で悠々と歩くナミの姿は驚くほど自由で、何よりも輝いて見えた。
「何やってんのよあんたたち。もう疲れたの? まだ祭りは始まったばっかりよ」
「えーっと、なんていうか……」
「なんで買い物してるの?」
「ん? 買い物したいからに決まってるじゃない」
二人の問いかけにナミは平然と答えた。
警戒心を微塵も感じない変わり身の早さに何を言えばいいのかわからない。戸惑いを隠せないウタとシルクはついていくことしかできずにいる。
それでも黙ってはいられなくて、質問をするのに躊躇いはなかった。
「あのー、私たち疑われてたんじゃ……」
「そうなんだけど。考えてもわからないことってあるしさ、せっかくこういう場所に来たんだから精一杯楽しまなきゃ損じゃない。一応奢ってる感じだけどお金のことなら心配しなくていいわよ。海賊が相手なら心は痛まないから」
「さすが海賊専門の泥棒猫……」
「どういう意味? 泥棒なの? 何か盗んだの?」
わからないという態度のウタが顔を覗き込むとシルクが教える。
噂なら聞いていた。ナミは海賊のみをターゲットにする凄腕の泥棒。直接的な戦闘よりも静かに気付かれることなく獲物だけを盗み取っていく行為を得意としている。その様はしなやかで艶やかな猫に例えられて、仲間の悪名に隠れるかのような様子にさえ尊敬する者も居る。
泥棒だと聞き、人は見かけによらないことを知って、ウタはぽかんとした顔になった。
「泥棒って、普通に悪いことしてるじゃん!」
「だってあの人も海賊だから」
「何言ってんのよ。そもそも海賊が真っ当に稼ぐわけないんだからこいつらが持ってるのは大抵誰かから盗んだお金よ。海賊は勝った負けたの弱肉強食。むしろ品物だって盗んでもいいくらいなんだからちゃんとお金払って買ってることに感謝してほしいくらいだわ」
「ねぇ、ルフィって本当に悪い海賊じゃないの? そうは思えなくなってきた」
「いい海賊のはず、なんだけど……」
上機嫌に言うナミにウタとシルクはひそひそと会話する。海賊のイメージを考えれば不思議ではないのかもしれないが、これほど優しそうな人ですら海賊の生き方が染みついているのかと驚いてしまって、彼女の経歴がやけに気になる。
少しの絶望を感じつつ、一方では興味も尽きない。そのままついていこうとしたのは何も離れることを怖がったからではなかった。
二人の態度に目敏く気付いたサンジが二人へ振り返る。
荷物で顔がほとんど隠れながらも覗き込み、優しい表情で笑いかけた。
「二人ともびっくりしたかい? でも彼女を誤解しないでほしいんだ」
「誤解?」
「泥棒なのに?」
「確かにナミさんは海賊には容赦しない泥棒だが悪い奴以外からは盗んだりしない。子供にだけ優しいお姉さんだし美しいし可愛いし。おれたちはしょっちゅう殴られたり蹴られたりしてるけどそれも彼女の愛らしさなのさ」
「それはDVなのでは」
「不幸な家庭の話だ」
おそらくフォローする予定だったのだろうがサンジの発言で表情が曇る。
ウタとシルクは顔を見合わせ、不安そうな顔になった。麦わらの一味がどんな海賊か、さらに判断が難しくなってしまう。
「ちょっとサンジ君、変なこと吹き込まないでよ。殴るのはともかく蹴ったりしないわよ」
「すみませんナミさん♡」
「でもね、海賊になったらこんな程度じゃ驚いていられなくなるわ。私だっていまだにあいつらに振り回されて四苦八苦してるの。泥棒くらい可愛いもんよ」
「ナミさんは可愛いんだから当然さぁ!」
「ありがと。でもそういうことじゃないの」
飄々としてどこか可愛げがあり、だからといって甘いわけではない。
迷う瞬間はあったがウタとシルクは互いを確認して意思を同じくする。
まだしばらく、少なくともルフィに会うまでは同行しようと決めて妙な二人組の後ろに続いた。