ウタとブルックの会話が弾み、すぐに仲良くなることができたのはどちらも音楽を愛していたからに他ならない。
セクハラめいた発言をナミが未然に防いだからでもあるが、豊富な知識や高めた技術だけでなく自分なりの音楽への見解、経験、好みに至るまで。共通するものもあれば相反する思考もあったとはいえそれさえも楽しい。
ウタにとっては故郷以外の土地で初めて音楽談義をした相手。
初めて出会ったシルクには自身の心根まで明かしたが、専門的な知識を持たないとあって大まかな考えしか伝えていない。
だからこそ今回の相手には音楽についてのみ伝えるほどの興奮を見せている。
対するブルックもまた、仲間たちに伝えるほどでもないと思っていた知識を明かし、何気ない会話に思えるのに喜んでもらえる状況を微笑ましく思っていた。
白骨化するほど死んでいたとはいえ実年齢は70歳を越えている。スケベ心は健在だが他者を思いやれる余裕もあった。
同じく音楽を愛する者として、互いに影響を与える存在。
滅多にない出会いに心が躍っていた。
ジャランとブルックがギターを鳴らせば、ウタは興味津々に揺れる弦を見つめる。
「すごいね。バイオリンだけじゃなくてギターも弾けるんだ」
「年の功ですよ。ウタさんだって一通りはできるんでしょう?」
「一応ね。作曲するのに必要だったし」
再度チューニングを行って音を整え、皮膚と肉のない骨だけの指が弦を弾く。
ブルックの演奏は優しく、聴く者の心を癒すほど穏やかだ。
あらゆる楽器を演奏できるゴードンとはまた違った印象を覚えて、どちらも演奏技術は高いのだが音色が異なることがはっきりとわかる。
海が見える高台で道端に座って、ポロンとつま弾いて、その音色に気付く通行人は少なくない。人通りが多ければそれだけ注目される機会もあった。
衝撃的な見た目なのだ。知らずとも彼の姿に目を止める者まで居た状況だった。
「いかがです? 少し歌ってみませんか?」
「え? ここで?」
「ええ。あなたの歌声は私も知っています。先程も言いましたが、とても素晴らしい」
人を癒す優しい音色とは裏腹に、その一言で強く緊張する。
ウタが表情を変えたのを見ても変わらず、ブルックは導くように声をかけた。
「私、こんな見た目ですから、仲間と離れている間に見世物のように扱われてましてね。音楽を奏でられるから重宝されたことがきっかけでステージに立つことになり、“ソウルキング”と呼ばれるようになったわけです」
「見世物って……檻に入れられるみたいなあれ?」
「ええ、そうです。中々面白い見た目になった自覚はありますからね。ヨホホホ」
軽快な笑い声を聞くのだが、同じように笑う気にはなれなかった。
悪魔の実の能力のおかげで今も生きているという話なら聞いた。白骨化した人間が飄々と生きているのだ、気にならないわけがない。悪魔の実と聞かされたからには「そういうものか」と素直に納得したとはいえ、死の経緯や、その姿となってからの人生については聞いていない。
簡単には語れない何かがあるのだろう。ウタはそう納得して唇を固く結んだ。
彼が奏でる音楽がそうさせるのだろうか、先程とは雰囲気が違っている気がした。
ブルックは手を止めずに音楽を作る。
足を止める人間はまだ少ない。けれど確実に注目されてはいる。傍を通りかかればちらりと目を向けられて、また別のきっかけがあれば聴いてもらえそうだ。
曲調が変わった。
この曲は知っている。ウタはすぐにそう思った。
配信で彼女が発表した曲だ。懐かしくて穏やかでどこか寂しい、馴染み深い曲。
「私に何もかもを言う必要はありません。でも私には、あなたが何か迷っているように思えて仕方ないんです。こんな時こそ、大好きな歌と向き合ってみてください」
「でも、私、しばらく歌ってなくて……知らない人の前で歌うこともほとんどなくて。電伝虫の配信と誰かが目の前に居るのじゃ全然違うよ……」
「大丈夫です。私が手助けしますから」
笑う筋肉すらない顔なのに、ウタの目には不思議とブルックが微笑んだように見えた。
「ほんの少しの勇気で何かが変わったりするものですよ。私のように」
ウタは思案する。
スランプに陥っている自覚はあって、麦わらの一味が再出航したと報じられて以来、口ずさむ程度ならいざ知らず本腰を入れて歌うことはなかった。アイデンティティを見失って苦しむ自分を支えた歌なのに、歌いたくないと思ったのである。
シルクの前ならほんの少しなら歌うことができた。そうなるまでにも時間は必要だったが、ほんの少し声を出すだけですら大きな前進に感じられたものだ。
誘うように音を奏で、覚えのある曲が繰り返される。
歌えと言われている一方、強制されているわけではない。優しく手を差し伸べられている。
戸惑うウタは不安そうな顔を見せ、視線は自然と地面へ向かおうとしていた。
「歌えないはずないじゃないですか。だってあなたはこんなにも音楽が大好きなんですから」
「でも……私は」
「ウタ」
放っておいた方がよかったのかもしれない。
彼女は一人でも答えを出せたのかもしれない。
それでも気付けば声をかけていて、振り返ったウタの不安そうな顔を見たシルクは、彼女に笑いかけて穏やかな声で言った。
「私、聞きたいな。ウタの歌。だってずっと楽しみにしてたから」
「う、歌えないんだよ……どうしてかわからないけど、歌いたくても歌えない」
「今はそうかもしれないよ。でもそれは、多分ちょっと疲れてるだけなんだよ。歌や音楽が嫌いになったんじゃないって思う」
「どうしてそんなことがわかるの? そんなの……」
「ウタが自分で言ったんじゃない。歌いたいのに歌えないって。本当は歌いたいんだよ」
その言葉を聞いて、反射的に息を吞んだウタの手をシルクが掴む。包み込むように優しく、加えた力はほんのわずかで、言葉とは異なる気遣いを感じた。
シルクがそうしたことでウタは視線を上げることができて、彼女と目を合わせる。
「失敗したっていいよ。大丈夫。私が守るから」
「え……守るって」
「音楽の詳しいことはわからないけど、ちゃんと傍に居るから。ね?」
にこりと微笑むシルクは少女のようで、それでいて言葉だけでなく、見守ってくれているのだという安心感を覚える。
彼女の目を見て少し考え、決心したウタは恐る恐るだが頷いた。
ブルックの隣に立ったウタは海を眺めた。
通行人を見る勇気はない。
本当に歌えるのか? シルクに応えたとはいえ自信はない。仮に歌い出せたとしても、最後まで続けられるとは限らない。
不安でいっぱいだった。いざその時を前にしたら、立っているだけで足元がぐらついている気がしてくる。
前と同じ感覚。スランプだと自覚して以降、心を込めて歌おうとすると声が出ない。頭の先からつま先まで不安に苛まれて、何も考えられなくなる。
青ざめたウタの体が小さく震え始めて、あまりの様子にブルックまで不安になった。
「ウタ」
思わずといった様子で演奏が止まったその時、シルクの声が聞こえた。
振り返ると視線は迷うことなく彼女の笑みを確認する。
そうだ、シルクのために歌おう。
決心がついたのは自分でも驚くほどすんなりと葛藤もなくだった。笑顔で見守るシルクを見たことで不思議と安心し、表情が緩む。
すうっと大きく息を吸って、静かな歌い出し。
演奏は止まっていた。彼女のアカペラで歌が始まる。
出だしこそ不安を残した小さな声だったとはいえ、何度も繰り返し歌った一曲であり、来る日も来る日も練習したことで高まった技術は寸分のミスもない。
一聴でわかる、美しい歌声だった。
初めは小さかったそれは、目を閉じて故郷の情景と友の顔を思い浮かべ、昔からずっとそうしていたように海へ向けて徐々に大きくなっていく。
風に乗って高台から町へ歌声が広がっていく。
小さく口ずさむのではなく、不意に出会った大切な友達へ伝えるための歌。
美しく澄んだ声で、彼女の想いが込められたその歌は、自分とは何の関係もない、ただ居合わせただけの人々にまで伝わっていた。
純真無垢で子供のような、けれど歌の楽しさを知っている技術の粋を極めた歌唱。
人々は時が止まったかの如くぴたりと足を止める。
聞き惚れていたブルックだがハッとすると同時に手を動かした。ギターを弾いて、いつの間にか止めていた演奏を再開する。
そうすればギターの音色と彼女の歌声が上手く合わさり、一つの音楽となる。
技術とは裏腹にどこか不安定だが、だからこそ完成されているようでもある楽曲であった。
ウタはいつしか笑みを浮かべていた。
誰かに聞かせることを恐れていた。世界中の人へ届けるために始めた配信を止めたのも自分の意思で決定したからだ。
いつ以来だろう。こんなに気持ちよく歌えるのは。
今は誰の反応も気にならずに、自分とシルクのために歌っていた。
気持ちよさそうに、自由を感じているのだろうと思う様子で歌うウタは美しい。
シルクはふと表情を変えて不安を滲ませた。
思わず足を止める観衆と同じく、隣に立って聞き惚れるナミへ、ぽつりと尋ねてみる。
「私、海賊にならない方がいいかな」
「ん? どうしてそう思ったの?」
聞き返したナミの言葉にすぐ返事をすることができず、シルクはわずかに口ごもる。
「ロビンと一緒に行けなかったから?」
「……邪魔になっちゃうのかもしれないと思って」
「違うわよ。別にそんな理由で連れていかなかったんじゃない。あんたのことを認めたからあの子を任せたの」
どういう意味なのかわからない。
シルクが不思議そうにナミを見ると、視線がウタを捉えたままでいることを確認する。再び彼女へ目を向けて、それからウタのことを言っているのだと気付いた。
「そりゃ危ないかもしれないとか、ロビンの場合はあんたを信用できないかもしれないとか、理由は色々あるんだと思う。でもそれ以上にウタから引き離さない方がいいって思ったんでしょ。それは私も同じ意見」
「ウタが、寂しそうにしてたから?」
「きっとね。あんたは困ってる人を助ける海賊になりたいんでしょ?」
暗にウタを守ってやれと言われているのだ。
それもそうだ。出会ってから今日まで一緒に過ごした時間は決して長いとは言えない。だが短期間であろうとも自分たちは親しくなり、心を通じ合わせたと理解している。不安に苛まれている彼女を見捨てようなどとは思わない。
ナミもロビンも自分に助力してくれたのだろうか。
シルクの視線を受けたナミは悪戯っぽく笑った。
肩をすくめて、仕方ない、とでも言いそうなその笑顔はまるで妹を持つ姉のようだ。
「手のかかる連中の相手ならもう慣れっこよ。今後のことはルフィに会って話してから決めればいいけど、乗り掛かった舟だし、それまでは面倒見てあげるわ」
「ありがとう、ナミ」
「いいって。うちの船に乗るならいつか借りは返してもらうしね」
親指と人差し指を合わせて輪っかを作り、お金を求めていそうな彼女の仕草に苦笑する。
もしそうなったら大変そうだけど、仲間になれた嬉しさで苦にならないかもしれない。上手くしてやられそうだ。
想像するだけでわくわくする。
やっぱり自分は海賊になりたいのだ。シルクはそう自覚した。
やがてウタが一曲を歌え終えて、ふう~と深く息を吐く。
同時にわっと歓声が上がった。
歌声を聞きつけて集まっていた群衆が輪を作り、彼女たちを眺めている。ようやくその状況に気付いたらしいウタがわたわたと慌てていた。
歌っている間は別人かのようだった。でも歌い終わればいつも通り、素直で少し子供っぽくて天真爛漫な彼女の姿。
直接褒められるのは慣れていないのか、大勢の人間から大きな歓声と拍手を受けて、ウタは照れて頬を赤くしながら頭を掻いていた。
やはり彼女は“歌姫”だ。たった一曲で人々の心を掴んだ。
この一件がウタのためになればいいと思いながら、シルクもまた拍手を送る。
「シルク! ありがとう!」
照れながらも観衆の拍手に手を上げて応えた後、ウタはシルクの下へ駆けつけてきた。
跳ねる足取りを見ただけで良い反応だったのだと思う。変わらず笑顔で迎えてやり、えいやと胸の中へ飛び込んでくる体を受け止めてやった。
「すごかったねウタ。感動しちゃった。こっちこそありがとう」
「ううん、シルクのおかげだよ! 私、やっぱり歌えないと思ったのに、シルクが待ってくれてるから歌おうって思ったら歌えちゃった!」
「本当? 私も役に立てたかな?」
「もっちろん! シルクが居なきゃ歌えなかったよ! だから、ありがと!」
初めて彼女の笑顔を見た気分だった。
そんなはずはないのだが、そう思えてしまうくらいウタの笑顔は晴れやかだった。
「ちょっとウタ、それ言うのは大切だけどいつまで待たせるつもり?」
「え? 何が?」
「悪いけどここに居る人、一曲だけじゃ満足するつもりないみたいよ。せっかくだからもう一曲くらい歌ってあげたら?」
ナミに言われて周囲を見回せば、拍手をやめようとしない観衆が大勢居る。今のだけでは満足できないと主張しているのだろうか。
真意はわからなかったがうずうずしてきたのは事実だ。
ようやく歌えたという喜びも手伝って、喜色満面のウタはパッと表情を明るくして、離れる寸前にシルクの顔を覗き込む。
「私も聞きたい。もう一曲いい?」
「えへへへ。もお~、しょうがないなー」
飛び跳ねるようにして離れたウタは再び先程の位置へ戻っていく。
すでに準備万端といった態度でブルックは待っていて、座っていた先程とは違って立ち上がってギターを構えている。
観衆が一際盛り上がり、答えるためにウタが右腕を掲げた。
「それじゃーもう一曲! ブルック、いける?」
「ヨホホ、もちろん。合わせてみせます。なんでもどうぞ!」
「オッケー! 聞いてください、“新世界”!」
ウタがリードして、ブルックが即席で反応し、次の曲が演奏される。
数多の拍手で迎えられて、大勢の人間が聞き惚れ、一時現実を忘れるほどの感動を覚える。
素晴らしい歌声だった。顔を隠している噂の“歌姫”だとバレてもおかしくないほどに。
微笑んだまま見守っていたシルクは、不意に隣に立った人物に気付いた。小柄な人物からふと声をかけられたからだ。
歌声を邪魔しないように小さく、それでいて不思議と聞き逃さない。
感情の薄い声だと反射的に思った。
「いやぁ、大したもんだ。おれは音楽なんて聞いてもなんとも思わなかったんだが、この歌だけは別だな。上手く言えねぇんだが……すごいと思ってるよ」
「本当? ありがとう。あの子、私の友達なんだ」
「ああ、そうだろうと思ったよ。さっきの見てたからさぁ」
妙に顔色の悪い少年だった。目元には濃い隈が刻まれている。
どこか不気味な様子でにやりと笑う彼を見下ろし、シルクは微笑みかけていた。平等の精神がそうさせるのか、そんな相手にも警戒心は抱かない。ウタが愛する音楽を誉められたのも素直に受け入れる理由の一つになったはずだ。
「あいつは、噂になってる例の“歌姫”なんじゃねぇか? たまたま聞いたあの歌だし、声がそっくりそのままだし、生で聞くと迫力が違うな」
「えーっと、それは……」
「あぁ、悪い。言いたくないなら言わなくていいんだ。ただおれがそう思っただけだから」
何気なく自分の爪を噛んだ少年は、人知れず爛々と輝く目をウタへ向けていた。
「おれの友達がさぁ、娘が居るらしくてさぁ……そーかそうか、なるほどな。別に死んだわけじゃなかったんだ。あの野郎上手く隠してたってことだ」
「友達?」
「あぁ、今のは忘れてくれ。ただの独り言だ。つい嬉しくなっちまって」
そう言って少年はくつくつと笑って、シルクは不思議そうにしながらも深く追求はしなかった。
気付けば町は夕日に照らされていた。
結局、リクエストに応えて数曲を歌い切ったウタは、その歌声と肌で感じる迫力により、まさか配信で伝説的な存在となった“歌姫”なのではないかと察されることとなり、慌てて逃げ出す羽目になったのである。
幸い、泥棒として数々の修羅場を潜り抜けてきたナミと、骨だけになって常人よりよほど身軽で足が速いブルック、そして幼い頃からお転婆で大人に怒られては脱兎の如く逃げ出していたシルクの助力があって、無事に囲いを破って逃げることができた。
落ち着けそうな場所まで必死に走り、ようやく落ち着いて、故郷では味わえなかった刺激的な出来事にウタはぷはっと息を吐き出し、満面の笑みで脱力する。
ただただ気持ちよかった。思い切り歌うことも、観客とやり取りすることも、思い切り走って必死に逃げることですら。
生きている、と実感するのだ。その感動は今までと比べてもより大きい。
きっと歌うことができたからなのだろう。
興奮は冷めやらず、今もまだ体がふわふわしている。
長らく忘れていた本気で歌うその衝動に体がびっくりしていて、人々が行き交う広場で足を止めたその後も、その場でうろうろして落ち着けない状態だった。
「はあ~っ……すっっごく、楽しかった! みんなありがとう!」
「よかったね、ウタ」
「楽しかっただけで終わらせるのも大したもんだけどね。あんな大騒動……」
「こちらこそ楽しかったですよ。いつでも我々を頼ってください。ではウタさん、パンツを――」
ブルックがナミに殴られてすっ飛んでいく。彼が身軽なせいなのか、それともナミのパンチが異様に強いのか。どちらにせよ凄まじい光景だった。
テンションが上がったままのウタは「おおっ!」と嬉しそうにブルックを見送り、なんとなく事情を察したシルクは苦笑し、まあそれもよかったのだろうと判断する。
ウタの様子を確認したシルクは静かに思案する。
何が要因だったにせよ、突発的なさっきのセッションでウタは歌えた。とても楽しそうだったし歌い終えた後も中々落ち着けないままでいる。やはり彼女は歌が好きなのだ。
ふと考えることがある。
自分は麦わらの一味に加わりたいと考えているのだが、彼女は今後どうするつもりなのだろう。
故郷へ戻って配信や楽曲制作など、歌手活動を続けるのか。それとも島々を巡ってライブ活動をするのか。そもそも“歌姫”であることが知られた可能性があって、これまで通りの生活に戻れるという保証はない。話題になった人物なだけにひょっとすると危険な目に遭う可能性だってある。
様々な心配があると同時に、シルクはただ素直に、彼女と離れるのは寂しいと考えるのだ。
ウタを海賊に誘ってみてはどうだろう。
海賊嫌いという噂は知っているし、海賊への嫌悪感は感じている。だが誰しもにではない。
麦わらの一味に属するナミやサンジ、ロビンやブルックが悪い人間だとは思っていないはずで、可能性はゼロではないと思った。
シルクは本人に確認してみようと、自分の考えを明かそうと、歩み寄ろうとする。
がやがや、というより、ざわざわ。或いはそれ以上だろうか。
異様に広場が騒がしくなったのは急速に人が集まり始めていたからだった。
四方八方から町の中心に位置する広場へ大勢の人間が雪崩れ込んできて、なぜそうなったのだと思う暇もなく人の波を目撃する。
「クソ紙野郎! てめぇの性根を叩き直してやる! かかってきやがれ!」
「やだよそんなの。もっと平和的に話し合わない?」
「ふざけんな! 話し合う余地なんか与えねぇ! 蹴り飛ばして燃やしてやる!」
「まあまあそんなに怒らないで。確かに君がオカマに追いかけられてる間に僕は色んな人のをたくさん揉んだけども」
「こんのゲス野郎がァアアアアアッ‼」
サンジが戻ってきたかと思えば、仲間に怒声を浴びせていて、無事に帰ってきたのは確かだが何かがあったらしいことが伝わってくる。
彼らの傍には微笑むロビンと共に、ウタやシルクにとっては見知らぬ人物の姿もある。
多くの人間が一堂に広場へやってきた。
不意に気付いたのは本当に偶然だったのだろう。
視界の中に飛び込んできた古びた麦わら帽子。豪快な笑い声。子供のように感情を爆発させる楽しそうな笑顔。
咄嗟に動いたのはウタだけだった。
まるで誰かに背を押されるように、気付けば走り出している。
「ルフィ!」
「ん?」
振り返ったその顔は、幼少期の面影を残しながら成長し、精悍だった。
かつてを思い出す一方で時の流れを感じる。変わらないのは嫌というほど見覚えのある、赤いリボンが巻かれた麦わら帽子だけだ。
ついに幼馴染のモンキー・D・ルフィを見つけ出したのである。
眼前に立ち、ウタはしばし何も言えずに、ただ見つめ合っていた。