海賊だから踊ろうぜ   作:ヘビとマングース

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SCENE:2 ルフィ&キリ

「島が見えたぞォ~‼」

 

 船首から大声が聞こえて船上に居たクルーが視線を動かした。

 確かに船の進行方向に大きな島が見える。噂を聞いてから心待ちにしていて、ついに待ち侘びた瞬間が来たのだ。

 船長のモンキー・D・ルフィが騒ぎ出したのを機に仲間たちも騒ぎ始めた。

 

「おっ! ついに来た!」

「うお~っ! 海賊万博だぁ~!」

 

 欄干から身を乗り出したウソップが喜びをこれでもかと表して大声を出した。

 つられるようにして小柄な二足歩行のトナカイ、トニー・トニー・チョッパーがはしゃぎ、欄干に飛び乗って海へ落下する危険性を恐れずに島を確認する。

 

 仲間たちが和気あいあいと話し合う中、とんとんと軽い足取りで船首へ向かう青年が居た。白髪と白いコートが印象的であり、中性的な容姿でにこにこ笑っている。

 獅子を模した船首の上に居るルフィが見える位置まで赴き、笑顔で話しかけた。

 キリの声に気付いたルフィは上機嫌に振り返る。

 

「ようやく来たね」

「おう! いやー楽しみだなー。だってなんでもあるんだよな?」

「なんでもあるよ。世界中から人も物も集まってくるんだから。ただ喧嘩も売られやすいと思う」

「心配すんな、負けねぇよ」

「そういうことじゃないんだけどなぁ」

 

 能天気に笑うルフィは心底楽しそうだ。

 おそらく何が起こるか予想さえしていないだろうから問題はすぐ起こるだろう。

 仕方なさそうに笑うキリは止めるつもりすらない。

 

「まあでも、楽しめそうだしそれでいいよね」

「肉はあるかな?」

「そりゃもちろんあるんじゃない? 売り買いしてるなら世界中の肉が集まってきてるかも」

「うっほ~! 腹減ったなー。いやー楽しみだ」

「喧嘩すると食べるチャンスなくなるからね。気をつけてよ」

「大丈夫だって。メシ食うだけなんだから」

 

 軽い足音と共にチョッパーが駆け寄ってきた。

 船首から甲板へ戻ってくるルフィを見上げて質問する。

 

「ルフィも海賊万博初めてなのか?」

「ああ。でもシャンクスたちに聞いたことあんだぞ。大昔にやったことあるんだってよ」

「シャンクスって、ルフィの恩人の大海賊だ!」

「見習いの頃に開催されたとかって話だったな。キリ知ってるか?」

 

 ルフィとチョッパーがぐるりと首を動かし、期待した目で見つめてくる。

 わからないことがあれば彼に聞けば大抵のことは教えてもらえる。操船や生活における雑務はさぼってばかりの彼だが常日頃から情報収集には余念がない。二人が知らないこともたくさん知っているのだ。

 キリはにこりと笑って答えた。

 

「ロジャーが現役だった時代に一度だけあったって話は聞いてるよ。その時も世界中から海賊やら海兵が集まって、結局大戦争になったんだってさ」

「ええ~っ⁉ じゃあ今回もやばくねぇか⁉」

「まあ……大丈夫なんじゃない? あの時はロジャーが嫌われ者だったからねぇ。白ひげも血気盛んだっただろうし、何より金獅子がロジャーに勝とうと必死だったから」

「海賊王が死んだから今回は平気なのか?」

「いや、何かしら問題は起こるだろうけど」

「やっぱ危ねぇんじゃねぇか⁉」

「気にしないでよ。楽しくやろう」

 

 へらへら笑うキリの態度はいつも通り。だからといって安心はできない。

 ルフィが楽しみで仕方ない様子で笑顔でいる一方、チョッパーは不安に苛まれる。しかし万博が楽しみなのは変わらず、忘れたわけではないがついつい顔がにやけてしまい、ルフィと同じ態度で心待ちにしているのは隠しきれなかった。

 

「早く着かねぇかなぁ~。そうだ! クー・ド・バーストしよう!」

「ダメ。もうちょっとで着くから我慢して。全速前進中だよ」

「しっしっし。早く肉くいてぇなー」

 

 上機嫌そうなルフィを見て、チョッパーはふと表情を変えた。

 これまでの経験上、楽しげな彼が独断行動で大きな騒ぎを起こすのは恒例であるとすら考える。

 こそりとキリへ尋ねると考えもせずに答えられた。

 

「何か起きるかな?」

「何か起きるね。間違いなく」

「先にルフィを止めといた方がいいんじゃないか?」

「それでも無理だよ。強引に逃げて何かするんだから」

 

 はぁ~とため息をつくチョッパーに対して、キリは慰めるために彼の顔を覗き込む。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。海賊が集まるようなこういう場所には多かれ少なかれ暗黙の了解があるものさ。そうそう簡単に戦争にはならないし、いくら海賊でも袋叩きにされかねない状況で喧嘩するのは一部の絶対的な強者かバカか世間知らずだけだ。滅多なことでもない限りは争いなんて起こらないよ」

「ルフィはそれに当てはまらねぇのか?」

「当てはまるし、最速で問題を起こしそうな気がする」

「あぁ~やっぱりだぁ……おれたちもきっと巻き込まれるんだろうなぁ」

「一味のトップがこれだからね」

 

 今回もまた大変な事件に巻き込まれるに違いない。

 そう思うチョッパーは肩を落とし、降りかかるだろう苦難を想像して疲れた顔をする。

 ルフィが上機嫌であればあるほど心配だ。だからこそキリも笑顔で言った。

 

「もしもの時のために今回は僕が近くで見てるよ。何かあるだろうから対応するね」

「頼むぞ。おれは海賊万博楽しみたい」

「大丈夫だって。本格的な戦闘なんてみんな避けたがってるんだから」

 

 キリの言葉を信じることにして、チョッパーはふっと緊張から解放されて笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「ああああアアアああアアアアアァ~っ‼」

 

 突然の絶叫で通りに居た多くの人間が振り返った。

 肉を口いっぱいに頬張るルフィと、わたあめを口いっぱいに頬張るチョッパー、ジュースを片手にストローを銜えるキリが大声を出した人物を目にする。

 

 容姿端麗な青年が、顎が外れんばかりに驚いて直立していた。さらりと揺れて先端がカールした金色の長髪、貴族かと見紛う優雅な身なり、視界に入れば見惚れずにはいられない高貴なオーラまで感じられる。

 噂に聞いた“海賊貴公子"こと“白馬のキャベンディッシュ”。

 美しい顔が原型を忘れるほど歪められて、急速に興奮が高まっていった。

 

「なんだお前。肉喰いてぇのか? やらねぇぞ」

「わあため喰いてぇのか? あげねぇぞ」

「どっちもいらないと思うけど」

「む、むっ、むむむむむむむみぃ……!」

「む?」

「麦わらァアアアアアアアッ‼」

 

 突然叫び出したキャベンディッシュが、スラリと剣を抜くと同時に飛び掛かってきた。美しい刃渡りの直剣が凄まじい速度で風を切る。

 首を狙われたルフィは咄嗟に反応し、背を反らせて首を傾けさせる。

 キャベンディッシュの奇襲を紙一重で回避して、避けると同時に二人が地面を蹴った。

 

「おわっ⁉ なんだなんだ⁉」

「麦わらのルフィイイイイッ‼ まさかここで出会うとはッ‼」

「なんだよお前! 肉やらなかったくらいで! ちゃんと自分で買って食えよ!」

「黙れ! 僕は君らのせいで名声を失くしたんだ! 首を寄越せ“最悪の世代”‼」

「なんだそりゃ⁉ そんなもん知るか!」

「知るかだと⁉ ああもうっ忌々しい! 僕の人気を返せェ!」

 

 鋭く、素早い連撃が間髪入れずに繰り出される。

 剣技の一つ一つまで美しい。急所のみを狙う、全てが必殺の一撃。憎悪や怒りを主とする激情をぶつけながら前進を続けており、避けながらもルフィは後ろへ逃げることしかできずにいた。

 

 突然始まった戦闘に周囲は騒然となった。ただ近くに居ただけの多くの海賊が悲鳴を上げながら逃げ出し始めて、相手が悪かったせいか乱入しようなどとは考えない。

 億越えの懸賞金がかけられたキャベンディッシュの強さは広く知られている。市民を救う英雄を気取るような海賊らしからぬ変人。そうした意見は少なくないが、彼自身は自分が人気者になりたくて目につく海賊を狩るついでに地道な人気獲得活動を続けているだけだ。

 

 唐突に海賊に襲われて逃げ出し、どんどん遠く離れていくルフィを眺める。

 上陸からほんの数分。騒動に巻き込まれるにしてもあまりにも早い。

 チョッパーは慌てふためいて顔を青ざめさせていた一方、動じない上に表情すら変えないキリは動くつもりさえなかったようだ。

 

「まさかここまですぐとは。五分もかからなかったのは流石に新記録だろうね」

「呑気なこと言ってんなぁ⁉ ほっといていいのかよ! ルフィが襲われてるんだぞ!」

「大丈夫だと思うよ。あの人がそう簡単に死ぬわけないじゃん」

「そ、そうだけど……!」

「でも僕が面倒見るって言っちゃったのか。失敗した。ちょっとめんどくさい」

 

 言葉通り面倒そうな顔をしたキリがぶつくさ言いながら歩き出した。

 ぎゃーぎゃー言い合いながら移動する二人の声はだんだん遠ざかっていく。見失えば更なる面倒を呼び込んでくる可能性が高い。

 仕方なく様子を見るために同行することを決め、走り出す前にキリがチョッパーを見た。

 

「そういうわけだからちょっと追いかけてくる。チョッパーは好きに楽しんでてよ」

「えー? みんなどっか行っちまったのに。おれ一人……」

「余裕があったら後で合流するから。夜にはどうせ宴するだろうし、またね」

 

 そう言って振り返ろうとするキリを、チョッパーが少し寂しそうに止めた。

 

「危険なことないよな?」

「大丈夫だよ。言ったでしょ? 基本はみんな争いごとなんて避けたがってるんだから」

 

 今度こそキリが走り去るのをチョッパーは手を振って見送った。

 

 

 

 

 ペラリと肉体が紙になる。

 薄っぺらくなった体がひらりと動いて攻撃が空を切った。

 ペラペラした体でも自らの意思によって軽やかに動き、伸ばされた腕に足が絡みついてぐいっと強引に引っ張る。

 体勢を無理やり崩させた後、体は元の姿に戻り、素早い蹴りが顔面へ突き刺さった。

 

 帽子を被り、マスクをして、長い前髪で片目を隠した青年だった。ちょうど蹴られた箇所が黒く染まっていてまるで鉄を蹴ったかのような硬度。ダメージがない様子でギロリと睨まれる。

 蹴りつけたキリは軽やかな動作で着地し、後ろへ跳んで距離を取った。

 

「武装色つっよ」

「フン……!」

 

 冷静ではあるがやる気が漲り、ページワンが急速に接近してくる。

 大股で歩いて前へ出てきて、対応するキリは後ろへ下がりつつ、繰り出される拳と蹴りを最小限の動きで躱していた。

 正確に反応するキリが笑みを浮かべたまま避け続けるせいか、ページワンの表情が曇る。

 

 大したものだと認めてしまうほどの動きだ。妙に動作が軽くてひらひらと紙のよう。それでいて無駄な動きをせずに攻撃や回避など最善手を取り続けている。

 能力も相まって先読みがし辛い。縦横無尽、変幻自在、非常に自由な戦法だ。

 

 互いに様子見とはいえだんだんと理解を深めていく。

 攻撃を先読みしてすり抜けるように避けてカウンター。自分の攻撃は当ててすぐに逃げていく。しかし敢えて避けもせずに受けるページワンは正確に防御していてダメージはない。戦ってみれば非常に正反対であることがわかる。

 ページワンは攻撃の最中にマスクの下で口を開いた。

 

「おい、紙使い」

「はいはい、なんでしょう」

 

 薙ぎ払うような蹴りを跳んで回避し、キリがおよそ一メートル離れた位置に着地した。

 敢えて追わずにページワンは彼へ語り掛ける。

 

「お前の噂は聞いてる。頭が回るらしいな」

「いやぁ、どうだろう。そうであってほしいけどね」

「おれはお前を高く評価してるんだ。おれに何が足りないかは理解してる。だからお前を認めようとしてるんだ」

 

 彼らが居る場所だけぽっかりと大穴が開いたかの如く人の姿が消えている。離れた場所で眺めている観衆のざわめきは気にせず、落ち着いて話を始めようとしていた。

 意外にも真剣な様子で語るページワンが罠を張っているようには感じられない。立場を考慮しない発言に興味を抱く。

 足りないものとはそこなのか。策謀の気配はなかった。

 

「麦わらの一味が消えていた間、唯一表舞台に残って活動を続けていたお前の行動は新世界(おれたち)への名刺だったと言ってもいいはずだ。おれの右腕になれ。おれの武力とお前の頭脳が合わされば大看板を潰すことも不可能じゃねぇ」

「おや、意外な展開。まさかそこまで言ってくれるだなんて」

「うちは実力主義で武闘派だ。戦って勝つ奴こそ評価される。おれと互角に渡り合えて頭も使えるんならお前の利用価値は高い」

「そう言ってもらえるのは悪い気はしないなぁ」

 

 微笑むキリへ厳しい視線を向け、ページワンは淡々とした声で言う。

 

「もちろんお前を信用するつもりはない。信用ならねぇ奴だと聞いてるしな。だがおれの部下になることの利点は理解しているはずだ。百獣海賊団(うち)が世界的にどんな存在か、この海で生きててわからねぇはずがねぇだろ」

「有難い申し出だけど素直には喜べないかな。条件次第で考えるって感じ」

「何が不満だ? それとも何か欲しいのか?」

「どちらかと言えば後者。君の右腕にしてもらえるのは悪くないけど、カイドウの部下になるつもりはない」

 

 事も無げに迷いもせず言い切られてページワンの目つきが変わる。表情の大部分は隠されていたがだからこそ目元の変化はわかりやすい。

 キリは笑みを湛えたまま、緊張感のない態度で語り出した。

 

「僕は大物海賊の右腕であるっていう事実に喜びや矜持がある。今の船長を裏切って君の下につくのは構わないよ。でもそれは君が面白そうだからだ。カイドウがいくら強くても興味が湧かないし協力したいとも思わない」

「カイドウさんはおれを育ててくれた恩人だ。おれはあの人のために動く」

「育てたって、本当に? ミルクでも飲ませてもらった? 適当に自分の一味に入れて後はほっといただけでしょ、どうせ。その中で出世したのは君自身の力だよ」

「たとえそうだとしても、あの人が作った海賊団だからこそできたことだ。他の連中に頭を下げるつもりはねぇし、あの人を裏切るつもりもねぇ」

 

 わざとらしく嘆息して、やれやれと言いながらキリが頭を横に振った。

 

「確かにカイドウは腕っぷしこそ強いだろうけど国政や外交なんかじゃビッグ・マムに劣る。組織のトップから最底辺まで戦闘狂の戦争屋ばっかり。世界を変えるほどの力はないよ」

「口の利き方には気をつけろ。その戦争屋がいくつも国を潰してるって事実を忘れんな」

「いつまでも前時代の遺物に頼ってられないでしょ? それならいっそのこと君がトップになればいいよ。それなら僕は君に従う。新時代を作る組織が作れるはずだ」

 

 今度はページワンが嘆息した。肩を落として、面倒そうに頭を振る。

 

「拷問は得意じゃねぇんだが……」

「あれ? そういう話になっちゃう?」

「生意気な野郎はとりあえずボコす。詳しい話はそれからだ」

「優しくしてね」

 

 軽口をやめる気配がなく腹立たしい。ページワンが迷わず駆け出した。

 必要としていたのは汚れ仕事も躊躇わない策謀家だ。よく口が回って攻撃を仕掛けられても飄々としており、自信が感じられる。これまでの経歴を確認すれば各地で悪事を為し、一味の頭脳として知られていた。それだけでなく戦闘力も低くない。

 多少の苛立ちを感じつつ、だからこそ欲しいと思う。そのためにボコろうと決めたのだ。

 

 突き出された拳をキリが倒れ込むような姿勢で避ける。素早い動作で、狙い澄まして紙一重で回避していて、ギリギリ触れない距離感で冷静に攻撃の軌道を見ていた。

 荒々しい喧嘩殺法だが敵を破壊するための攻撃であり、気を抜けば簡単に人体を破壊することができるだろう。

 

 大振りのパンチ。体ごと回転して繰り出される蹴り。一連の動作が高い威力を感じさせる。

 キリは軽やかでありわずかな動きで回避を続ける。

 いつまでも回避するだけで過ごそうかとも思ったが、長くなりそうなのでそれも途中でやめた。

 

 人差し指を伸ばした状態で、ひょいと右腕を振り上げると、彼のコートが独りでに動いた。一部分が伸びて意思を持つかのように動く様はまるで触手。

 攻め気で距離を詰めてくるページワンの顎を下から打ち抜いた。

 

 強い衝撃。ぐらりと視界が揺らぐ。しかしそれは防御に失敗していればの話だ。

 寸でのところで肌を硬化し、顎を守ったページワンは攻撃の衝撃こそ覚えど、ダメージは皆無の状態ですかさず四肢を振り回す。

 げっと声を漏らしたキリは嫌そうに彼から離れようとした。

 

「そこそこ強めに入れたつもりだったのに。勘がいいんだねぇ」

「バカが。お前の相手するのに油断するわけねぇだろうが」

 

 一発逆転を狙ってしばし遊んでいた。しかし上手く防がれてしまい、面倒に思ってキリは距離を取ろうと後ろへ跳ぶ。その行動を許さずにページワンはすかさず追った。

 離れようとしてもぴったりついてくるため中々離れない。ページワンは何度となく攻撃を繰り返してキリに当てようとしている。

 

 相手を倒すために力を注げばもっと異なる展開になったかもしれない。

 決着がつく気配が感じられないのはどちらも全力を尽くそうとはしていなかったからだ。

 ページワンは手早く、最短、可能な限り余力を残した状態での勝利を望んでいる。対するキリは逃げるばかりで反撃をほとんど行わず、そもそも戦闘それ自体を望んでいない。

 両者が「いつまで続くかわからない」と思っている現状は、どちらかが本気を出せば一瞬にして変えられるものの、その一瞬の隙を狙われているのなら安心はできない。

 

 攻撃がほとんど当たらず、ページワンがわずかに苛立ちを見せ始める一方、キリが油断や気の緩みを狙っているのは明らかだ。だからこそページワンは本来の戦闘を用いない決断をして、苦手な持久戦に挑む心積もりであった。

 そうした態度を感じ取ってキリもまた面倒だと思っている。

 終わりが見えないやり取りの中、先に異変に気付いたのはキリだった。

 

「あーあーなるほど。弱点わかったよ」

「はぁ?」

「ちょっと失礼」

 

 突如として彼のコートがバラバラと分裂を始め、連結していた小さな紙片が解放されて散り散りになり、宙を舞う。

 視界は白い紙に覆われて極端に狭くなり、ついに本領発揮かとページワンが警戒する。

 

 “紙使い”の異名は彼の能力にこそ起因する。

 食べたのはペラペラの実。能力は肉体を紙にする。だがキリは能力を磨いた結果、同質である紙を硬化・浮遊させる等の操作を可能としている、との噂があった。

 情報は少なからず聞いていたが、小さな紙片が動き出したことでようやくだと悟る。

 そもそも彼が着ているコートそれ自体が大量の紙で出来ていたらしい。

 

 好戦的にマスクの下で笑い、ページワンは戦闘を楽しもうとしていた。

 キリは勢いよく後方へ跳んで一気に距離を取る。姿が掻き消えるような移動。先程までの移動とは明らかに違っていた。だからこそ楽しくなる。

 ページワンもまた能力を使用する素振りを見せ、ざわざわと外見が変化しようとしていた。

 

 そうした矢先、突如として邪魔が入る。

 キリが離れたのは逃げるためではなくその邪魔にならないためだった。

 コンマ数秒のやり取りの中、横槍を入れるようにしてページワンに頭突きする女性が現れる。

 

「見つけたぁ~! ぺーたんっ‼」

「うおわああぁっ⁉」

 

 脇腹に弾丸が突き刺さるかの如く、抱き着こうとして結果的に頭突きが刺さってしまって、身構えていたページワンが勢いよく吹き飛ばされた。二人はごろごろと何度も地面を転がり、抱き着いたまま倒れ伏した状態で止まる。

 停止した時には仰向けに倒れるページワンの腹の上に女性が座っていた。

 手配書で見た顔である。ページワンの実の姉、うるティが嬉しそうに声を弾ませた。

 

「もうっ、どこに行ったかと思ったら! ずいぶん探したでありんすよ!」

「お前……何やってんだ⁉」

「お・ま・えぇ~⁉」

「船団の指揮はどうしたんだよ! 先遣隊はおれ! 本体がお前! 後続がドレークだろうが!」

「そんなのドレークに任せておけばいいんでありんす。大体カイドウ様だって来てるんだし。普段離れてるから私はぺーたんと一緒に♡」

「勝手なことすんなよな!」

「何をぉ~⁉ 嬉しいって言えコラァ~‼」

 

 仰向けに倒れるページワンの首をうるティが絞め始めた。じゃれているわけではなく本気で絞めているのは苦しげな声が漏れたことからも確実だ。

 仲睦まじい姉弟の姿、と見ても構わないのだろうか。

 離れた場所で棒立ちになって見ていたキリは緊張感のない緩んだ顔をしている。

 

「ぺーたん?」

「アァッ⁉ そう呼ぶんじゃねぇよ!」

「あ、ごめんごめん。可愛い呼び名だなーって思って。やっぱりお姉さんだけ特別に呼べるの?」

「はっ⁉ 違っ――!」

「そういうことでありんすか! もうぺーたんったら♡」

 

 うるティが嬉しそうにページワンを抱き締め、頬と頬を擦り合わせる。

 姉の喜びようとは裏腹に弟は心から嫌がっている様子だった。

 

「ふざけんな! おいやめろ! 離れろって!」

「やめろだとぉ~⁉」

「お邪魔みたいだから失礼するよ。さっきの話、機会があったらまたしようねぺーたん」

「ぺーたん言うな!」

「おいっ! お前が勝手にぺーたんって言うんじゃねぇよ!」

 

 なんだか見ているだけでも楽しそうな状況だが、あまり長居すれば何かの拍子にまた攻撃されてしまうかもしれない。怖いというより面倒だ。

 好機と見たキリは攻撃のチャンスだとは思わずに、気楽な足取りで歩き出し、笑顔で手を振りながら挨拶をしてその場を離れようとした。

 ページワンはうるティに抑えられていて動けない。離脱はスムーズに済んでしまう。

 

「おい待て! 紙使い! 逃げんな!」

「ぺーたん♡」

「どけよ姉貴!」

「どけだとぉ~⁉」

「この島は平和だなー」

 

 騒がしい声を聞きながらキリは遠ざかっていき、振り返ることなくその場を後にした。

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