海賊だから踊ろうぜ   作:ヘビとマングース

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幕間 訪問

 その一室を探り当てたのは偶然ではなかった。

 長らくこの時を待ち侘びていた。地位を得て情報を集め、計画を何度も練り直して、ここぞという時までチャンスを待った。

 今がその時なのだと理解しており、しかしこれはまだ始まりだとも理解している。

 

 静かに、一歩ずつ、部屋に踏み入ったローは笑みを浮かべていた。

 脱力した様子で椅子に座る男、ドフラミンゴはサングラス越しにそんな彼を見ている。

 緊迫した空気。正面に立ってからローが口を開いた。

 

「ずいぶん疲れてるようだな。平気か?」

「平気か、だと? そりゃあまた、意外な言葉が聞けたもんだな」

 

 ローの問いかけにドフラミンゴは思わず笑ってしまう。

 なぜこうなってしまったのか。理由はとっくにわかっていた。

 世界を滅茶苦茶にできるという甘言を敢えて聞き入れ、警戒していたはずだが一時の喜びと高揚感で安易に隙を見せてしまい、いい様にやられてしまったからだ。

 彼が知らないはずはない。きっと嘲笑いに来たのだろう。或いはその先を見据えてだ。

 

「噂を聞いたんだ。大海賊同盟は所属する人間の持ってる物を奪い合うための括りで、勝者は多くを得るが、敗者は仲間を奪われるとか」

 

 ローがテーブルまで歩み寄り、散乱していたコインを一枚手に取った。

 不敵な笑みを浮かべて嫌に冷静だった。だからこそ何も作戦がないとは思えない。

 

「その様子を見ると本当らしい」

「わざわざ笑いに来たのか? お前がおれの前に現れる時は復讐する時だと思ってたがな」

「いいや、改心したんだ。どこぞのガキにいいようにやられて、ファミリーの一部を奪われ、あまりにも哀れなお前の姿を見て可哀そうに思った」

 

 いちいち癇に障る言い方だ。わざとそうした言葉を選んでいるに違いない。

 ドフラミンゴは他者に見下されるのを何よりも嫌悪する。

 その性格を知らないはずはない。ローは幼少の頃にドフラミンゴの部下だった。自ら志願して世界の何もかもを破壊するつもりで一味に加入し、素質を見出されて、ドフラミンゴには自身の後釜として期待されていたのである。

 

 離反したのはドフラミンゴの弟が原因だった。荒み切っていた幼少期のローを強引に連れ出して二人きりで旅をし、時間は要したが彼が人間らしさを取り戻す大きなきっかけになった。

 再会する時は、間違いなく敵討ちだろうと察していたドフラミンゴにとって、この状況は決して喜ばしいものではない。

 

 コインを手の中で弄ぶローが振り返る。

 顔には笑み。その余裕の態度がさらに怒りを覚えさせる。

 黙ってはいたがドフラミンゴには笑う余裕すらなくなっていた。

 

「雑魚はともかく、幹部が減って困ってるんだろ?」

「白々しい。わかってるからお前はここに来たんだろうが」

「三大勢力の一角として戦力は低下し、一国の王として信用を失い、闇商人として多くの契約相手も金も失った。違うか?」

「そうか、お前の工作か……組んでるのは誰だ? いいや、聞かなくてもわかる。“紙使い”とワニ野郎だろう。まったく面倒なことをしてくれたもんだ」

「手を貸してやろうか?」

 

 その一言でぴくりと眉が動いたのを見てもローは発言を改めなかった。

 

「おれが、ハートの席に座ってやるよ」

 

 瞬間、ドフラミンゴの全身から隠し切れない殺気が漏れ出た。

 座ってやる、という言葉は、彼にとって何よりの屈辱。わかって言っているとしか思えない最大級の侮辱に思えた。

 

 ドフラミンゴが率いる一味には最高幹部の地位が用意されている。スペード、ダイヤ、クラブ、ハートの四席から成り、彼らはそれぞれ軍団を率いて仕事を分配して、それぞれの特色を用いて事に当たる。

 確かに先代コラソンの失踪の後、ハートの席はずっと空席であり、その配下となる軍団も用意されずにこれまで活動していた。同じく失踪したローを見つけてその席に座らせる未来を考慮していたのも事実である。

 

 仮にそうした展開があったのなら、ドフラミンゴがローにハートの席を与えてやるのだ。

 座ってやるなどと、明らかに上の立場から物を言い、奪い取るようにして命令する。そんな発言を許していいはずがない。

 プライドを刺激されたドフラミンゴはついつい笑ってしまって、思わず頭を抱えた。

 

「フッフッフ……フッフッフッフ! お前、しばらく見ない内にずいぶん面白ェことを言うようになったじゃねぇか。本気か?」

「ああ。至って真剣だぜ」

「大人をからかうもんじゃない、ロー……! 自分が何を言ってんのかわかってねぇようだ」

「コラさんはハートの最高幹部だった。おれがその後を継ぐことに何か問題があるのか?」

 

 冷静にならなければならないと努めていたドフラミンゴだが、ついに反応せざるを得なかった。

 椅子を蹴り飛ばすほど勢いよく立ち上がり、前のめりになってローを睨みつける。

 

「大ありだッ! コラソンは海軍におれの情報を売った裏切り者で、お前はその子分! おれの事業をワニ野郎が邪魔してんのはお前の入れ知恵のせいだ! わざわざおれの首を獲りに来た奴を最高幹部にするだと? おれがこのままお前を野放しにしとくと思ってんのか……!」

「“SAD”は作るのが難しいそうだな」

 

 小さな呟きで再びドフラミンゴの表情が動く。

 ローが懐から取り出した物体を彼にもよく見えるようテーブルに置いた。

 青い半透明な膜で覆われた四角い物体。中では心臓がドクンドクンと動いており、偽物や作り物には見えない外見で、ここではないどこかにある肉体へ血液を送り続けている。本来人体の内部にある臓器を無理やり外へ連れ出した形だ。

 

 それを見て、先程の言葉を思い出し、すでに察するものがあった。

 ドフラミンゴは怒りの形相だが口角を上げて笑みを作っていた。

 

「偶然、本当にたまたまなんだ。おれの部下がシーザー・クラウンを見つけたのは」

「お前……!」

「あいつが“SAD”の製法を誰にも伝えなかったのは自分の首を切られないためだ。殺されないために自分には価値があると主張する必要があったんだな。そして確かに価値はあった」

 

 ローの口ぶりからして、そこにあるのはシーザー・クラウンの心臓と考えるべきだ。だがドフラミンゴはそう考えず、ここにあるのは替え玉。本物は本体から抜き取ってあるが別のどこかに隠しているはずだと考える。

 これまでローの行動に気付かなかったのは大海賊同盟が鬱陶しかったからであると同時に、徹頭徹尾クロコダイルの陰に隠れて行動していたからに他ならない。

 用意周到に準備していた男が、奪われかねないこの状況で本物を出すわけがなかった。

 

「まさか、おれを脅す気か? お前が? フッフッフ、フッフッフッフ!」

「脅すなんて人聞きの悪い。ただおれは、お前と仲直りして認めてほしいだけさ」

「ハートの席に座るだと? そんなことをして何になる」

「困ってるお前を助けたいんだ。一時無沙汰をしたが、おれを育ててくれた恩人じゃねぇか」

 

 間違いなく、嘘だ。

 改心して頭を垂れてくるような男ではない。それどころか言外に命令している。表面的にきれいな言葉を並べ立て、その奥ではこれ以上に苦しめてやろうという魂胆が見え見えだ。

 それは理解している。だが激動の世界情勢の中で苦境に立たされているのも事実だった。

 

 部下の一人を人質に取られ、しっかりと脅迫されており、受け入れれば統治する国家を含めて仕事場を踏み荒らされることになる。しかし背けば部下は消されてしまい、戦闘力では敵わない別の脅威が自らの前へやってくる。

 わかってやっているのだ。そうとしか考えられない。

 非常にいやらしい手だと苦悩するドフラミンゴへ、ローが穏やかに声をかける。

 

「これはもしもの話だが、頭のいいあんたならもうわかってるだろう。もしもシーザーがこのまま帰らず“SAD”の製造が途絶えれば“SMILE”が作れない。そうすると最大の契約相手であるカイドウとの取引が上手くいかなくなる」

 

 当然わかっている。歯を噛み締める音が妙に大きく聞こえた。

 

「あいつは戦闘力が高い奴と利用できる奴には寛容だ。殺されることは多分ないだろう。だがここでミスをすれば間違いなく従属を迫ってくる。契約を続けられないならおれの部下になれと。お前がイエスと言うまでどんな方法を使ってもその答えを引き出そうとする」

 

 そうさせるためにシーザー・クラウンを狙ったに違いない。彼は所属のないはぐれ研究者でモラルこそないが腕はそこそこ。ベガパンクほどではなくともそれなりの働きはする。御しやすい性格であったことからもこれまで上手く利用してきた。

 攫われたとなれば非常にまずい。彼にしか作れない薬品の供給が途切れてしまう。こんなことならやはり拷問してでも聞き出すべきだったと後悔してももう遅い。

 

 “百獣のカイドウ”は誰もが恐れる大海賊。

 正面からやり合えば七武海であるドフラミンゴですら敵わない。わかりきっていることだ。

 長期的な計画で搦め手を使えばどうにか排除することも可能だろうが、状況がわかれば相手はそれを許さず一気に攻めてくる。もしもの場合を警戒しているのは相手も同じだろう。

 

 手を出さないと見て、テーブルに置いた心臓をローが手に取る。

 やけになって暴れ出すこともなく、どうやら冷静に状況を確認できたようだ。

 黙り込むドフラミンゴへ語り掛ける声は冷静で淡々としていた。

 

「おれならなんとかできる。あんたを救いたいんだ」

 

 むしろ逆だ。こいつは破滅させるためにわざと姿を現した。

 何を狙っているのかバレていても実行する。勝つ自信があるというだけではない。ついにお前を負かす時が来た、と言外に伝えているのは確実だった。

 

 それがわかっていても、ドフラミンゴには打つ手がない。

 何よりの痛手は幹部が奪われている状況だ。

 マッドダイアルは嘘だった。あれもまたセブンが自由に使える手駒を増やすために彼らを利用したに過ぎず、大海賊同盟はそのために作った組織であった。

 自由に動かせる、信頼できるファミリーを失い、権威を失って転がり落ちる一方。

 そこへ現れた生意気なガキを前にしても、手を出すことはできなかった。

 

「答えは一つしかないと思うが……どうする?」

「フッ……フッフッフ。フッフッフッフッフ」

 

 数秒の沈黙の後、ドフラミンゴは笑った。

 冷静になれたわけではない。だが開き直る程度の時間はあったのだろう。

 

「いいだろう。ちょうどおれもお前を迎えたいと思ってたところなんだ。3代目コラソンの座はお前に与え、ハートの席をやる」

「ありがたき幸せだな」

「だが当然お前はおれの部下になるってことだ。命令には逆らうな。なりふり構わず動けばお前一人消すくらいはなんてことのない仕事なんだ。今この場でできるほどにな」

「ああ、わかってる。おれはあんたが怖くて仕方ねぇよ。だから逆らったりしない」

 

 いけしゃあしゃあと、心にもない嘘の言葉が並べ立てられている。彼が命令に従うことなどあるはずがなく、チャンスを見つけ次第後ろから寝首を搔きに来る。それだけでもはらわたが煮えくり返るというのに隠そうともしない態度なのだからよほどこの場で殺そうかと考えるほど。

 ぞれでもドフラミンゴは自分を押し殺し、いずれ彼を殺すための判断をした。

 すでに計画を変える決断を下している。“不老手術”は後回しにして先に殺そう。そうでなければ膨れ上がった怒りで満足に眠ることすらできそうにない。

 

「話はそれだけだ。おれはせっかくの祭りを楽しむことにするよ。必要があるなら呼んでくれ」

「おいロー」

 

 無防備にも背を向けて退室しようとしたローを、ドフラミンゴが呼び止めた。

 足を止めこそするが振り返らず、わずかに首を動かすだけに留められた。

 

「良い“お友達”ができたようだな。お前のボスはおれだ。今度挨拶させてくれ」

「ああ。きっと気に入るだろう。ぜひそうさせてくれ」

 

 誰を指すのか、何を意味するのか、多くは言わないがそれとなく察している。

 ローはその足で部屋を出ていき、静かに扉を閉めた。

 ドフラミンゴは、沸き立つような怒りに支配されていたのだが、テーブルや椅子を蹴飛ばす気力も失っていたようで、しばらくただ座っているだけだった。

 

 

 

 

 昔、旅をしている頃に聞かされたことがある。

 

「おれはドフラミンゴを恨んでるわけじゃない。あんな奴でも幼い頃はおれを守ってくれた。ゴミを漁ってた頃もできるだけきれいな食いもんをおれに渡して、腐ったもんは自分で食ってた。血を分けた兄貴であることは変わらねぇんだ」

 

 やけに暗い表情で話していたのを記憶している。

 数多の後悔を抱き、しかし覚悟を感じさせてもいて、静かで寂しい声だった。

 

「だがあいつはやっちゃならないことをした。そして今もまだやり続けている。誰かがあいつを止めなきゃならない……それなら、せめておれの手で」

 

 立場を隠したままだった。だが本音で話していたのは明らかだ。

 それ以前から疑問は持っていたものの、確信を得たのはその時だったように思う。

 助けようと必死に駆け回る恩人は海賊だと身分を偽る海兵だ。故郷を陥れた連中と同じ嘘つき。家族を助けてくれなかった正義の集団。

 失望しなかったと言えば嘘になる。だがその心情を黙っていたのは、彼が本当に心配してくれているのを肌で感じていたから。

 

「病気が治ったら、お前は自由に生きろよ。おれからも離れていってよ、どこに行ってもいいしなんでも好きなことやれ。あぁ、海賊はちょっと困るな。まあでも、おれたちみたいに何かに縛られたりせずさ……今まで辛かった分嫌ってほど幸せになってくれ」

 

 ローは嘆息した。

 きっと望まれた未来ではなかっただろう。だが死人に口なし、あの人ならばなんて言っただろうだなんて言葉に意味はない。生きている人間の勝手な妄想だ。

 やらなければならない。やると決めた。これが自分なりの自由。

 

「もう後には退けねぇよ。片付けるのは他の誰でもねぇ。おれの手で、だ」

 

 路地を歩くローは気配を感じて足を止めた。

 曲がり角の向こうから、影の中から音もなく出てきた、大きな人型の影が覗き込んでくる。

 その傍らには相変わらず無感情な顔をするホーキンスが静かに立つ。

 一度目を伏せ、記憶を頭の隅へ押しやり、即座に思考を切り替えたローが口を開いた。

 

「予定通り、決行は明日。七武海を狩る」

 

 ホーキンスはほんのわずかに頷き、声の出ない巨体の影はケラケラと笑っていた。

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