燦々と晴れた一日であった。
海が光を受けて輝くかの如く美しい。
世界は活力で溢れている、そんな風に感じる温暖な気候だった。
「島民諸君の皆々様ァ! 毎度おなじみ王下七武海の“千両道化”バギーでございまーす! 今日は皆様により良いご相談! お買い物中の奥様もお仕事に精を出すお父さんもちょっーとばかり足を止めて聞いてってちょーだい!」
拡声器を装備した電伝虫の受話器に語り掛け、高い櫓の上から大声を張り上げる男が居た。
政府直轄の海賊“王下七武海”の一角、ピエロのような赤く丸い鼻を持つバギーだ。
大きな町では大勢の住民が話を聞いている。櫓の周囲にも集まってきてざわついており、決して歓迎的なムードではなかったが興味は持っている様子だった。
「世はまさに大海賊時代! 海賊王ゴールド・ロジャーの処刑こそが間違いだった! 今の世の中海賊が横行して明日の安全すら保証されなくて非常に危険で頼りがない! さらに昨今は大海賊同盟の台頭によってさらに脅威が増える始末! 平穏に暮らす皆様方は毎日海賊に襲われる恐怖に震えて夜を過ごさなければならない……! そんな状況にわたくし心が痛みますっ!」
感情豊かに時に笑顔で、時に悲痛な顔で、同情や共感を示しながら身振り手振りは大きくなる。
バタバタと騒がしいがだからこそ子供にまで伝わりやすく、その声を聞く市民は多かった。
「聞けばこの島は政府非加盟国なのだとか! それはなぜですか⁉ そうです、天竜人に払う金が用意できないからです! 世界最高の権力を持つ世界政府が金を支払わなければ守ってくれないだなんてどうかしている! 正義を謳う海軍が金のない人々を守るつもりがないだなんて許されていていいものか! 嗚呼、この世界はなんて残酷なのだろう!」
次第に芝居じみていくが世界情勢がそうさせるのか、身に覚えがある人々にとっては表情を変えずにはいられなかった。
黒煙が上がる廃墟は彼らの住処。縛り付けられて櫓の下に転がされる海賊は彼らの仇。
やけにうるさいが暴力を使わずに語り掛けてくるバギーの姿は彼らにとって鮮烈な存在だった。
「もはや政府や海軍には頼っていられない! なればこそ! 我々が立ち上がらんとしてどうされますでしょうかァ!」
ぐっと拳を握って叫んだ後、両腕を広げたバギーの体は空へ浮かび上がった。
「我々海賊共和国はァ! 皆々様の了解を得てこの島の安全を保証しましょう! なぁにお金は取りません。ちょっとばかし場所を貸してもらうだけ。むしろ皆様の生活を今よりさらに向上させることを誓いましょう」
慣れていなさそうなにんまりした不気味な笑顔で、手をすりすりと擦り合わせ、高所から見下ろしているが下手に出る態度で喋っている。
マントをはためかせ、上半身だけでふわりと飛び回る彼は大勢の人の顔を見回して、可能な限り目を合わせて喋ろうと動いていた。
「この荒れた時代で海賊に苦しむ人々を少しでも救いたい……! そこでわたくしが考えました! 我ら海賊共和国に加盟すればいいじゃない!」
おおっと声を漏らす者が居た一方、直後には首を傾げてしまってあまり伝わっていない。
バギーは気にせず声を響かせる。
「加盟したからには必要に応じて適切なデリバリーサービスをご用意! 食料、荷物、ぶちのめしたいあいつに海賊派遣、なんでもござれの海運業! バギーズデリバリーにどうぞご案内!」
所々には芝居も入り、多彩な動作で人々を惹きつける。
「え? 頼むための金がない? そこにある物でいいじゃな~い。野菜ができたらハイお裾分け。魚が獲れたらあなたもどう? もしくは粗暴な村の弾かれ者、海兵の首に政府の機密情報、はたまた秘密の目撃証言。あなたの誠意があればいい、そんな優しい報酬システム!」
語るほどにバギーの声に宿る熱量がどんどん高まっていった。
「んん? 海賊を島に入れるのは怖い? 乱暴されそう? それならば! 顔は怖いが心は優しいゾンビ兵団をご案内! 食費要らずの宿要らず! だけど休憩と娯楽はしっかりね! 戦うための死の軍団があなたの町と平和を守る! 今なら無料で
腕をぐるぐる回してテンションは最高潮だった。
バギーの嬉々とした声は確かに人々へ届き、顔色を変えさせる。
「さあ皆様! 並の海賊じゃ頼りにならない、政府や海軍は助けてくれない! そんな時こそ我ら海賊共和国が存在します! 共に幸せを勝ち取りましょう! 安全で豊かで何者にも縛られない、腕も足もの~びのびできる自由な生活を、あっどうぞどうぞ‼」
観衆が大声で応えるところまでが映像に収められていた。
映像
どうやら上手くいったようだ。
顔を上げた白髪の青年はふむと頷いて、苦笑とも微笑とも取れる表情で肩をすくめた。
「こういう時は生き生きしてるよね。なんだか楽しそうだ」
「口だけの男が時には役に立つもんだ。表のことはあいつにやらせておけばいい」
声を聞いて振り返り、葉巻を銜えた強面の男が数枚の紙を机へ放るのを目にする。
左腕は金色に輝くフックであり、身綺麗で風格がある姿は相変わらず。近頃は再び潜伏していたはずだがかつての威光はそのままである。
クロコダイルは睨むような目つきで彼を見て、白髪の青年はにこやかな笑顔で応えた。
「民衆を騙して“優しい略奪”を行うことは難しくもない。あいつでも相応の結果を出すはずだ」
「経験で知ってるからね。元オーナー」
「問題なのは裏の世界だ。慈善事業じみた洗脳じゃ大した成果は期待できん。甘い汁を垂らせば必ず寄ってくる害虫どもが居る。ここでどう立ち回るかが重要だ」
クロコダイルが呟くと先回りするかのように白髪の青年が呟く。
「ライバルは
「あり得ねぇ展開について話すつもりはない。奴が持つルートを奪って情報を得る。国の弱みを握ればこっちも動きやすくなるからな」
「こわー。相変わらず反省してないや」
緊張感もなく気楽に話す青年はだらしない姿勢で椅子に座っていた。クロコダイルを前にしても普段と態度を変えずに過ごしている。
クロコダイルもまたそれを許している様子だった。呑気に座っている彼に呼びかけ、部屋を出る前に声をかけた。
「そろそろ行くぞ」
「はいはい。案外忙しないなぁ」
面倒そうに立ち上がってクロコダイルの後ろについていく。
その際、もう一人部屋を出る人物が居た。
話題のルーキー“最悪の世代”に数えられる一人、“死の外科医”トラファルガー・ローである。
無口で決して背中を取らせない警戒心の高さを感じるが、無茶をするようにも見えない。新たにこの場へ来た新参者ではあるものの期待はできそうだ。
その一方、クロコダイルは初めから他人を信用するつもりがないため、彼に対する興味など微塵も感じられなかった。
到着したのは屋敷の中に設けられた広大な一室だった。
本来は宗教的な集会を行う場所だったのだろう。詳しく知らずとも見れば察する装飾、珍しい形をしている窓、壁際に専用のスペースが作られて置き去りにされた像。見覚えはないがどこぞの神なのかもしれない。
誰にも使われなくなったそこに大きな円卓を置き、すでに集まっていたメンバーが囲うように置かれた椅子に座っていた。
多くはないが、必要最低限のメンバーが揃っている。
誰が名付けたか、海賊議会。
権利と立場は平等であるとされていて、選ばれるのはほんの一部。
丁寧に話し合う場などではなかったものの、他とは一線を画す海賊が集まる場所として、それなりに重宝されている。この場に参加していない海賊に権威を見せるためには役立った。
入室した彼らに対して、殊更クロコダイルの後ろに居るローに対して驚きがあったが、誰かが質問するより先に大声を張り上げる人物が居た。
おかげで面子について聞く機会は失われ、バギーの声が高い天井に響き渡る。
「おせぇぞお前ら! 聞いたか⁉ 大海賊同盟だとよ! 言っとくがおれ様は戦争なんかするつもりはねぇからな! 迷惑かけねぇようにお前らだけで勝手にやってろよ!」
口を開けばギャーギャーと騒がしく非常に逃げ腰だ。だがこれこそが本来の姿であり、部下や市民の前で見せる姿など虚構。強がりと調子に乗った姿が誇張されて伝わってしまい、数多の嘘と時の運で王下七武海の地位を得たのである。
今日もバギーは不安に駆られていて、代表としての威厳は微塵も感じられなかった。
「
席についたクロコダイルが淡々と告げれば「なにィイイイイッ⁉」とバギーの悲鳴が響く。
表舞台に立たせれば役に立つだろうと声をかけたが心底信用しているわけではない。正しく使えば成果を上げられるが間違えれば何の役にも立たない。わかっているからこそ冷たく言い放って、そのまま放置しておくつもりであった。
「今は放っておけばいいんだ。あいつらが四皇を狙うようなら混乱に乗じておいしいところを頂くチャンスが増えるってもんだろ? 言っとくがワノ国はおれがもらうぞ!」
丸々とした巨漢、人間には見えない風貌のゲッコー・モリアがナワバリの支配権を主張した。
以前から言い続けていることだ。海を支配する大海賊“四皇”の一人、“百獣のカイドウ”はいずれおれが首を獲る。私怨があるらしく繰り返しそう主張している。
彼らは正面から戦った過去があり、その時はカイドウが勝利しているのだ。
可能か否かは別として、目的と意思がはっきりしているのは悪くない。
ナワバリの支配権についてはまた荒れそうな話題だが、今は事を荒立てないようその件について誰も議論しようとしなかった。
「気は進まんが、戦力を整えた後は各々が標的を定めて侵略を行う。それでよいのか?」
腕組みをしてため息交じりに言う水色の肌の魚人、ジンベエが尋ねた。
新参者である彼は快くこの場に参加しているという表情ではなかったのだが、わざわざ億越えの賞金首を三人ほど撃破し、捕らえて連れてきたことから席を与えられている。
元来の性格からして、参加する人物には思えない。誰かの入れ知恵で来たのでは。
そういった疑惑を抱きながらも、戦力の増強を第一とする状況によって受け入れられていた。
「そういうこと。ここではあくまで戦力の分配、能力の共有、情報の交換なんかをしてる。一応海賊であれば誰もが平等だなんて謳ってるけど、実際はこの席に座ってる連中が陣頭指揮を執るし、まあ方便だよ」
あっけらかんと軽快に言う白髪の青年があははと笑っていた。
ジンベエの視線を受けても態度は変わらず、柔和に笑ってだらしなく椅子に座っている。背もたれに体重を預けて、両足をだらりとさせた状態だった。
「それでも四皇に勝てる確率は50%にも届かない。ここまではまだ準備の第一段階でしかない」
タロットカードで占いを続ける男、バジル・ホーキンスが呟く。
常に占いや確率を基に行動を決める風変わりな海賊である。勝ち目のない戦いには挑まないのが当然と考えている一方、取っ付きにくい見た目に反して、条件さえ揃えば海賊との同盟も進んで肯定する柔軟さを持ち合わせているらしい。
淡々と告げて、目の前に並ぶ海賊たちには微塵も興味を示していなかった。
「とにかくだ! おれ様は四皇とやり合うなんざごめんだぜ! こちとら七武海になって安泰と安定した収入があるんだ。部下どもの働きでな。外で何かやる分には構わねぇが頼むからお前らが台無しにしてくれるなよ!」
「それは無理じゃないかなぁ。小規模とはいえ勝手に共和国なんて名乗ってるんだからバレたら大目玉だよ。これから拠点も増えていくし、難癖つけて色々持っていかれるかも」
「はあっ⁉ ふざけんな! 政府なんぞにおれ様の物を渡してたまるかっ!」
「でも七武海の称号取り下げられるかもしれないし」
「そしたら戦争じゃあっ! 大海賊バギー様の戦力を舐めんじゃねぇぞコラァ!」
「それを僕に言われても」
怯えたり勇んだり騒がしい男だ。落ち着かない様子のバギーに白髪の青年がのほほんと答えて、相手にするつもりがない他の面々は口を閉ざしている。
彼は表情がよく動いて感情がわかりやすいだけにその気にさせるのは難しくない。
雄々しく叫ぶバギーを見て白髪の青年が身を乗り出した。
「まあ、このまま僕らの動きだけで上手くいくとも思えないし、他がどう動くか、状況の変化を見ながら運を頼りつつおいしいところをかっさらっていこうよ。楽に利益を上げるのが第一だ」
「おぉ~しやったらぁ! 世界政府がなんぼのもんじゃあ! こちとら王下七武海だぞ!」
「それは政府の直轄の海賊だけどね」
「そうだった⁉ バレたら称号剥奪されるじゃねぇか⁉ やべぇ~!」
「同盟組んだんならそこまで固執する必要ないと思うけどなぁ」
意味はなくとも頻繁に発言するのはその二人だったが、議論が盛り上がることなど稀。
そもそも彼らは個人主義の集まりであり、一味を率いる船長が、自らの利益のために協力する姿勢を見せているだけという事実は周知の事実であった。
対抗する組織が台頭してきたと知り、否が応でも士気は高まりつつある。
ジンベエが呆れる一方で、バギーとモリアがやる気を見せ、青年が無責任に囃し立てていた。