ここ数ヶ月は怒鳴られるのが習慣となっていた。
入社して半年。これから忙しくなると豪語する社長の一声によって記者の数は増え、もっと情報が必要だと新入社員を増やして世界各国へ送り込んでいる。
その中には当然仕事ができる者も居れば要領の悪い者も居て、敢えて順位をつけるならば間違いなく彼女が最下位だった。
「新人! まただめだぞ! こんな記事が載せられるか!」
呼び出された若い女性は社長の前に立たされ、びくっと肩を震わせた。
社員たちの前で怒鳴られるのは何も見世物にしようとしているわけではない。このところやけに機嫌が良い社長が自らデスクの間を飛び回り、記事の執筆状況を見てあれこれ口出しをしているのである。その途中で呼ばれたものだから周囲の目があるのは当然だった。
世界経済新聞社の社長、モルガンズは大きな白い鳥だった。並の人間より大きい彼は白い羽を器用に使い、おそらく提出されただろう原稿を持って怒っている。
バサバサと手に持った紙を振り回し、テンションが高いせいでやけに声が大きかった。
「使い古されたネタ! 核心を突かない情報! 全体的に満遍なくピンボケの写真! こんなものを世間に出せるはずがない!」
「す、すみません……」
「世界とおれが望んでいるのはもっと革新的で新しいビッグ・ニュースだ! 何かわかるか!」
「わかりません!」
「バカ! 海賊に決まっているだろうが!」
無駄に声が大きいモルガンズにつられて新人と呼ばれる女性も声を大きくした。
社員はわかっていたことだが彼女はあまり利口ではない。やる気と体力はあるのだが空回りしているせいで今日もまた人前で堂々と説教されている。
金髪ボブにハンチングを被り、パンツルックに身を包む若者だ。
可愛らしい顔をしている小柄な女性だが日頃から落ち着きがなくて、よく転んでよく物を壊し、撮影が苦手で大抵はピントが合っていない写真を量産する。
父からもらったという古びた鞄を肩からかけて、怒られると所在なさげに立っていた。
社長から怒られるのはすでに日常茶飯事だがいまだに慣れていないようだ。
モルガンズはやたらとテンションが上がって、対する女性もあわあわと混乱し始める。
「新人! お前の名前はなんだ!」
「コッコと申します!」
「ではお前が撮りたいものはなんだ!」
「ビッグ・ニュースです!」
「その通りだ新人! 見るだけでハッとして心が踊り出すような危険で予想だにしない情報だ! それがビッグ・ニュースだ! 我が社はこぞってこれを手に入れようとしている!」
「はい! わかっています!」
「なら超ペンギンの出産シーンなんか撮ってる場合かっ! しかもピンボケだ!」
「ひうっ、すいませぇ~ん……!」
机を叩いて叱りつけるモルガンズだが、しかしその新人の謝る姿など見飽きている。
コッコという女性、どこか抜けている癖に体力と度胸だけはあって、使い所さえ見極められれば仕事ができそうな予感はするのだ。ただその力の使い所が理解できていないだけで、経験さえ積めば良い記者になるかもしれない。
ただそうなってほしいという希望でしかないかもしれないが、厳しく叱りながらもモルガンズはいまだに諦めてはいなかった。
そこで必要なのが、彼女が成長するだけのチャンスと特別なビッグ・ニュースだ。
「ええいまどろっこしい! こうなったらおれが直々に指導してやる!」
「ええっ⁉ 社長が直々にですか⁉」
「そうだ! 流石のお前もこればっかりは聞いているだろう! 失踪していたブエナ・フェスタが主催して数十年ぶりの海賊万博が開かれる! つまりそこには今話題の海賊たちが世界中から続々と集まってくるわけだ!」
「は、はあ……」
「勘が悪い! いいか新人、お前はそこに行って海賊に関するビッグ・ニュースを何としても入手するのだ!」
「えええっ⁉ そんな⁉」
驚くコッコは「私には無理だ」とでも言いたげな顔をした。
そんな顔をしてモルガンズが許すはずがなく、全て言い切る前に彼女の返事を遮る。
「心配するな。今回ばかりはおれもお前について現場に入る。勘の悪いお前も何度かおれの注意を受ければ何を狙うべきかわかるはずだ」
「そ、そうでしょうか……私、海賊を追うよりも野良猫を追う方が得意なんですが」
「バカ! そんなもん地元の子供記者でも十分に撮れるだろう! 記者になったからには大人も子供も海王類も驚くビッグ・ニュースを取れずしてどうする!」
「海王類は、新聞は読まないと思いますけど……」
「口答え禁止ィ!」
「うひゃあっ⁉ すす、すいませんでしたぁっ!」
バサッと両の翼を大きく広げたモルガンズが威嚇してくる。
その翼で殴りつける程度には戦闘力を持つことを知っているせいか、社員を殴ることなどないのだが思わず怯えてしまい、コッコは小さくなって頭を下げた。
「新人! お前には正しい記者としての経験が欠如しているだけだ! おれが正しい経験を積ませてやれば、お前でも一人前の記者になれる!」
「わ、わかりました! 頑張ります!」
「その意気だ新人! 心配するな、お前には他の記者にはない特別な力がある! もしも海賊に怪しまれるようなことがあって身の危険を感じたら!」
「覚えています! 秘策ですね!」
モルガンズの勢いに乗せられ、ついに笑顔になったコッコが元気よく頷く。
瞬間、彼女の体に大きな変化が起こった。
ざわざわと外見が見る見るうちに変わっていき、体が大きくなると共に白い羽に覆われる。
「おや! そこに居るのは誰だ⁉」
「いえ、自分、ただのニワトリですから」
身長が伸びて二メートルほどのサイズになり、大きなニワトリがきりりとした顔で立っていた。証明すると言わんばかりにコケーっと大声で鳴いて見せて、その声はフロアに響き渡る。
その場に居た社員たちは息を吞み、秘策と聞いた後で見せられたそれに絶句して、まさかと思いながら動けずにいた。
「よし! 完璧だ!」
「ありがとうございます!」
「いけるぞ新人! おれがお前をスターにしてやる! 記者のな!」
「はい! どこまでもついていきます!」
「ビッグ・ニュースを取りに行くぞ!」
「おおーっ!」
「バカ! ここはラジャーだ!」
「ラジャー!」
種類こそ違えど白く大きな鳥が二羽。
バサバサと意味なく翼を動かしている様が騒がしく、風が生まれるためデスクにある紙が何枚も飛んでしまい、周囲の社員は見るからに迷惑そうにしていた。
何がそうさせたのかは謎だが、異様なテンションの彼らを止めることは難しい。
早速作戦会議だと慌ただしく駆けていく二羽を社員たちは無言で見送った。