海賊だから踊ろうぜ   作:ヘビとマングース

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冒険の夜明け

 それはある日の昼時のこと。

 彼女が散歩に出たのはただの偶然であった。朝の日課である剣の修行を終え、汗を流し、何気なく町の近くにある砂浜へ赴いたのである。

 そこで見つけたのが、うつ伏せに倒れる人間だった。

 

 海から流れ着いたのだろう。全身が水に濡れていて、気を失っているらしい。

 状況から見ればどこかから流れ着いて来たようだ。近くに人が住む町がないことは知っている。ということはその人は遠い場所から来たのだろうか。少女は倒れた人物の顔を覗き込む。

 

 あどけなさを残す顔。見覚えはない。赤と白の髪を持つ少女だ。

 やはり知り合いではなく、町の住人でもなさそうだった。

 曲げていた背筋を伸ばした彼女は少女の顔を眺め、次いで辺りを見回す。乗っていた船が壊れたようで少量の木材が浜辺に打ち上げられていた。その他には何も見当たらない、と思ったその時、波打ち際で水に遊ばれている麦わら帽子を発見する。

 彼女の持ち物だろう。そこを目指して歩き出す。

 

 波で靴が濡れないよう気をつけて、帽子を拾った。

 軽く帽子を振って水を飛ばし、太陽に透かして見てみる。中々古い物だ。白いリボンが巻かれていて、何度も修繕したのだろう跡が残っている。何か不思議な魅力を感じる一品だった。

 

 再び少女を振り返る。

 胸が動いていることから生きていることはわかった。とりあえず死んではいないらしい。それだけわかってほっとした。まだ助けることはできそうだ。

 少女に近付いて膝を折り、しゃがんで確認する。穏やかな寝顔である。

 きっと死にかけただろうにあまりにも落ち着いた顔に見えて、少女は苦笑した。

 

 得体の知れない相手だが助けようと思う。見た目からは海賊には見えない。かといって若すぎるため商人にも見えず、冒険家といったところだろうか。とにかく悪い人間といった風貌ではない。

 倒れているのは同じくらいの体格の女の子。細くてスタイルもいいことだし運べるだろう。

 そんなことを考えて、少女は見知らぬ少女にそっと手を伸ばした。

 

 

 

 

 その日は珍しく静かで、部屋の中から歌声が聞こえてこなかった。

 ノックを二回。返事を待ったのだが何も聞こえず、入るよと声をかけて扉を開ける。

 中にはやはり彼女が居た。窓の外にある海を眺めてぼーっとした様子で窓辺に座っており、声をかけても返事がない。様子がおかしいのは明らかだった。

 

 ふと床に目を向けて、新聞が落ちているのを見る。

 これが初めてのことではない。閉ざされた環境にある島の中では娯楽が少ない。塞ぎ込んでいた彼女は多くを望まなかったとはいえ、幼い頃は笑ってほしくてあれやこれやと与えてみたものだ。しかしどんな玩具も食べ物も興味を示さず、唯一音楽だけは興味を持ったとはいえ、それも一時の些細な反応にしかならず。

 自らねだるようになったのが新聞だった。彼女が欲したのはそれだけだ。

 

 外の世界について知らせることに、抵抗がなかったわけではない。

 それでも気落ちしていた彼女が初めてしたおねだりだ。そんな程度の物でいいならばと、迷ったのはほんの一瞬ですぐに与えた。

 彼女は閉ざされた世界の中、新聞だけを頼りに外の世界を求めていた。

 

 ニュースクーによって届けられるそれはまず最初に彼女が読んで、それから自身が読む。いつの間にやら習慣となったから違和感はない。

 床に落ちている新聞に触れる寸前、指先がぴくりと震える。

 

 大きく掲載された記事を見て良からぬ予感がした。

 彼女が関心を寄せる話題は大きく分けて二つ。“赤髪”と“麦わら”だ。

 歌声が聞こえない今日、整理整頓が得意なのに床へ落とされたままの新聞、写真と共に掲載されているメインであろう記事。

 あぁ、と声が漏れたのはそれだけで察するものがあったからだ。

 

「ねぇゴードン……私、海へ出たいな」

 

 恐れていたことが起こった。否、恐れていたのは彼女を心配してのことだ。

 或いはそれは彼女を過小評価しているかもしれないと自覚している。

 

 若く未来のある彼女が廃墟同然の灰色の島に閉ざされていることがどれほど辛い境遇か。本来ならば自分が育てるのではなく、外の世界へ出て伸び伸びと暮らしてほしい。それこそ、海賊のように自由に。

 そんなことを思う日々があって、それでもそうしなさいと言えなかったのは、真実を知った彼女がどうなるのだろうと予想もつかなかったからだ。

 

 彼女のためを想って引き取った。

 精一杯愛を伝えて育ててきた。

 しかしそもそもその判断が間違いだったのではないか。

 

 たとえ大きなショックを受けるとしても真実を明かし、強い絆で結ばれた彼らと共に暮らしていた方がよかったのではないか。

 月日が経っても悩みは尽きず、今もまだ迷っている。

 時が来たと感じた今でもまだ言い出せない。

 

 ここには彼女と共に過ごした家族同然の島民たちが居る。

 かつて大災厄に遭って、全滅を免れはしたが生き残ったのはほんの少数。だからこそ彼らは互いに手と手を取り合って廃墟同然の国で暮らしてきた。

 

 ゴードンと呼ばれた男は静かに目を伏せる。

 何を言っても、きっと彼女は行ってしまうのだろう。止める術はない。

 

「ルフィに会いたい……会いに行かなきゃ」

 

 いつもとは違う、物憂げな声に何も言えなくなってしまう。

 彼女の覚悟はすでに決まっていた。

 手に取った新聞を確認して、“麦わらの一味完全復活”の文字を確認した後、ゴードンは彼女と向き合うために振り返った。

 

 

 

 

「はっ」

 

 ひょんなことから唐突に目を覚ました時、自分が家の中で眠っていることに気付いた。真っ先に視界へ飛び込んだのは木目の天井。見覚えなどない。

 ほんの少し前まで海に居たはず。寝ぼけた頭でもそれがわかり、普通なら天井が見えるはずもないことを知っていた。見えるべきは空である。

 

 不思議に思いつつ意識は覚醒し切れていないようで眠たげな目をした少女は部屋の中を見回す。

 上体を起こしてベッドの上で座り、ふと右手で頭に触れた時だ。

 自らの髪に触れる。それ自体は大して不思議なことではないだろう。しかしそこで、自身の宝と称する麦わら帽子がないことに気付いた。ハッとして目が丸々と開いて、何度頭を撫でてみても、そこに帽子はなかった。慌てて部屋の中を見回しても見つからない。

 どうやら失くしてしまったようだ。そう気付いた瞬間、意識が変わる。

 

 呆然と手を下ろした少女は動きを止める。

 目を見開いたまま呆けること数秒。

 状況を理解した少女は突然叫び出して勢いよく跳び上がった。

 

「あっ⁉ 帽子がないっ⁉」

 

 命より大事な宝が見つからず、少女は慌てて動き出して探し始めた。

 見つからなければ一大事である。眠気は吹き飛んで目が冴え、ベッドの下を覗き込み、室内にあるタンスや棚を次々開けて中身を散らばらせ、部屋の様相は一気に変わってしまった。

 

 それでも見つからない。少女の焦りは深まるばかり。

 尚も慌てる彼女は扉を破壊しかねん勢いで開いて飛び出し、すぐに見つけた階段を転がるようにして急いで下りていった。そうして階段を下り終えてすぐの空間へ飛び込んだ時、建物中に響くほどの大声を出していた。

 

「帽子~っ!」

 

 強く床を踏みしめて立ち、その場が酒場らしいことがわかった。

 席の一つに座る人物を見つめ、にんまり笑って見つめられる。

 手に持っていた麦わら帽子を頭に被って、そこに居た少女はくすくすと肩を揺らした。

 

「おはよう。よく眠れた?」

「あ~! それ、私の帽子だよ!」

「うん、わかってる。勝手に持ち出してごめんね」

 

 がたんと席を揺らして立ち上がり、少女は正面から彼女へ近付く。

 

「私、シルクっていうんだ。よろしくね」

「ん? え、私は、ウタ……よろしく」

 

 差し出された手を思わず取ってしまった。

 金髪の少女、シルクは嬉しそうに笑い、赤と白の髪の少女、ウタは不思議そうに首を傾げた。

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