海賊だから踊ろうぜ   作:ヘビとマングース

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前日譚
白蛇


 雪の降る寒い夜だった。

 島に到着したばかりのトラファルガー・ローは小舟を降りて港に立つ。

 ちらほらと明かりが見えるとはいえ、小さな村だ。迎えなど期待していなかったが、街灯の下でぽつりと立っている人影を見つけて近付いていく。

 

「やあ、生きて会えて何より」

 

 軽く手を上げて気楽に挨拶してくる青年に、白くなる息をわずかに吐き出す。

 辺り一面が雪景色だというのに、真っ白な髪と真っ白なコートの人物だ。以前とさほど変わらない風貌で、もう19歳になるはずなのだが少年のようなあどけなさが残っている。にこにこしている顔を見ると尚更そう思えた。

 中性的な容姿を持つが間違いなく男である。寒そうにしながらひらひら手を振っていた。

 

「寒いね」

「当然だ。雪だぞ」

「これだけ世界が広いならさ、暖かくても降る雪ってあるのかなぁ」

「興味はない」

「冷たいなぁ。あっ、雪だけに?」

「黙れ」

 

 冷たくあしらっても楽しげに笑う顔を見て再び嘆息する。

 彼はキリという名前だ。若いが海賊として名を上げていて今では広く知られていた。そもそもはこうして話す間柄ではなかったはずなのだが、あれやこれやと時間が経つ内に距離が近くなって、肩を並べて歩くほどになっている。

 彼が驚くほどフレンドリーだからだというのもある。人間不信の気があるローとは対照的な態度で易々と他人に話しかける彼だからこうなっているのは間違いない。

 

 雪かきされた後の道を歩く。

 ちょっとした階段を上がるとメインストリートに入るらしい。

 小さい村だが、それ故に雪に包まれたその場所は雰囲気があって悪くない気がした。

 

 どこへ向かうのかは聞いていない。それでも問題ないと思っていた。今更彼に騙し討ちをされるとは思っていなくて、ローにしては珍しいほどに警戒していない。

 心底信用している、などとは思っていない。むしろ彼ほど信用ならない相手は居ないとさえ認識していたのだ。そう思っている事実とは裏腹に、身に纏う雰囲気は些か穏やかになっている。

 

「やっぱり一人で来たんだ」

「あいつらには別件を頼んでる。おれの個人的な用だしな……死なせたくねぇんだ。危険に巻き込むのはお前らだけでいい」

「危険だから協力したいんじゃないの? これで死んだら恨まれるよ」

「死ぬつもりはねぇよ。だからお前を頼ってる」

「うちの船長を見習ったら? 嫌だって言っても巻き込んでくるよ。仲間だって度胸つくし」

「考え無しなあいつと一緒にするな。おれは計画に沿って行動する」

「頭でっかち。意外と熱いくせにさ」

 

 お得意の軽口だと理解していたがギロリと睨みつける。そうするとキリは怯えるどころかむしろ笑みを深めるのだから面倒に思えてならなかった。

 視線を外して前を見る。

 夜になったばかりとはいえこれから気温は下がる一方だ。家屋に明かりが点いて、誰かが外へ出てくる気配はない。静かな夜だった。

 

「予想はしてたけどやっぱり忙しなくなりそうだね。まだこっちに来たばっかりだよ。なのにもう今後の予定とか計画とか考えなきゃいけなくてさ。嫌になる」

「それがお前の仕事だろうが」

「別に安定や安全を求めてるわけじゃないけど、これから長い戦いになりそうだからどうも色々考えちゃって。頭脳労働で頼られると何も考えたくない時間ってあるもんだね」

「一緒にするな。おれはない」

 

 ローは素っ気なく返事をするものの、キリは全くペースを変えずに言う。

 

「そういう時はこれが意外と開き直る勇気も出てくるもんだよ。なんだかよくわからないけどとりあえず行っちゃおうって。そういうのが得意な仲間も多いしね」

「おい、やめろよ。おれは計画を立てた上でお前らに会うって決めたんだ。今更反故にして勝手に動くなよ、いいな?」

「どう?」

「だめだっつってんだろ。確認した後で聞くな」

 

 危機的な状況ではないとはいえ、キリは緊張感もなくへらへら笑っていた。

 平時は大抵これで、緊急時も大半はこれだ。柔和な笑みと穏やかな態度は初対面の人間に緊張感を持たせない一方、見た目にはどうしても頼りになるとは思えない。

 彼のことはよく知っているつもりだ。今更考えを変えるつもりはない。有事の際には頼りになるだろうと理解している。

 

 それとこれとは別にして、平時の彼が中々に鬱陶しいのもよく知っていた。

 ペースを握られるのは好ましくない。

 普段は無口であるとはいえ、今は必要な時だと判断したローは自らキリへ質問をする。

 

「ここはお前らの拠点か?」

「たまたま立ち寄っただけだよ。なんせ途中からログを無視して勝手に進んじゃったもんだから、航路がめちゃくちゃになって適当に進んで、偶然見つけたってだけ」

「その割には馴染んでるようだな」

 

 ローが足を止めて窓から内部を確認したのは酒場だった。

 緑髪の剣士と巨体のサイボーグが飲み勝負をしているようで、次々にジョッキを空にしている。周囲では仲間であろうオレンジの髪の女性と村民がやんややんやと囃し立て、黒髪の美女がにこやかに微笑んで見守っていた。

 

 店の隅ではアフロの骸骨がバイオリンを弾き、店内の盛り上がりに貢献している。鼻の長い男や鼻の青いトナカイと共に麦わら帽子を被った青年が大声で歌っていた。

 少しの間見ていると、店の奥から金髪でぐるぐる眉毛のコックが料理を運んできて、思わず飛びつこうとした麦わら帽子の青年が蹴られる。

 みんなキリの仲間たちだ。

 

「得意だからね。うちのみんなはこういうの」

「後にするか……ここに入っていく気がしねぇ」

「苦手そうだもんね。あの人たちと一緒に行動したら多分慣れるよ。大体ああだから」

「勘弁してくれ」

 

 店の外にまで声が聞こえる大盛り上がり。

 嫌そうに首を振ったローは店の前を素通りして、気分を害するでもなく笑顔のままでキリは彼の背中についていった。

 

 雪かきをしても少し経てばすぐに積もる。

 店先を離れれば、ぎゅっ、ぎゅっ、という音がやけに大きく聞こえるほど静寂に包まれる。

 

 目的地などない。初めて訪れる場所だ。しかしローの歩みに迷いはなく、珍しいことにきっとなんとなく進んでいて、坂を上って村を見下ろせる場所へ行こうとしていた。

 道中、通りがかった家の扉が開いて中から子供が出てくる。

 しっかり防寒着を着込んだおそらく兄弟が、キリを見てあっと声を発した。

 

「何やってんだキリ。酒場で飲んでたんじゃないのか?」

「その人誰?」

「デート中だよ。ちょっと抜け出してきたんだ」

「おい」

 

 冷たい声で呼びかけて睨みつけるのだがキリの態度に変化はない。

 顔を見合わせる子供二人は何やら試案しているようで、じっとローの顔を見つめた後、揃って不思議そうに首を傾げた。

 

「男だろ?」

「男だよな?」

「キリさん守備範囲が広いってことだよ。みんなには内緒ね」

「お前……それでいいのか」

 

 あぁ~と感心する様子の二人は疑問が晴れたのだろう。何度か頷いてすっきりしていた。

 ふっと笑うキリは肩をすくめる。

 

「酒場に行くの? 体冷えないようにね」

「大丈夫だよ。すぐそこだから」

「コートも着てるしな。それよりずるいんだぜ、父ちゃんと母ちゃん。おれらには早く寝ろって言うくせに全然帰ってこねぇんだもん」

「みんなさっき大声で歌ってたよ」

「やっぱり! ずるいんだよな大人って」

「大人ってずるいんだよ。おれらも行ってやろうぜ」

「悪酔いしないように気をつけてねー」

 

 はーいと返事をする二人が元気よく駆けていった。これから酒場へ突入して開口一番に両親へ文句を言うのだろう。その後は馬鹿みたいに騒ぐ宴だ。

 容易に想像ができて、きっと彼らのせいなのだろうなと思う。

 呆れた目で見送ったローは、隣でぽつりと呟くキリの声に振り返った。

 

「多分ね、ローが目つき悪いからだよ」

「は?」

「信じてもらえなかったの。かなり不思議そうにしてたもんね」

「ふざけるな。信じてもらえなくて何よりだ」

「最後は納得してたみたいだったけど」

 

 今度はキリが先に動き出して先導する。不満そうなローはすかさず追いながら舌を打った。

 

「否定しておけよ。無意味な嘘をつくな」

「ご自分でどうぞ。僕は別にいいもん」

「これだからこいつは……その行動に何の意味があるんだ」

「無駄を楽しめってことさ。人生が今よりもっと豊かになるよ」

「わけのわからない嘘で豊かにしたくない」

「残念」

 

 見晴らしが良くて雰囲気があるだろうと判断して高台にやってくる。

 辺り一面雪景色。空気は冷たく、吐く息が白い。

 ようやく落ち着いて話せると判断して、村を一望したキリが口火を切った。

 

「ここ、できたばっかりなんだって。世界政府には加盟してないし、そんなお金もないって感じ」

「だろうな」

「初めて海賊が来たって大騒ぎだったんだ。僕らは略奪が目的じゃなかったから割とすぐに落ち着いたんだけど、まあ、警戒されて当然だよね」

 

 何を話し出したのかと思ったものの、ローは黙って続きを聞く。

 村にある建物を指すキリは仲間について説明し始めた。

 

「フランキーがおだてられて調子に乗っていくつか家を建てたんだ。あっちの厳ついデザインは子供たちの遊び場にって拘ってね。外観は男子に好評で、内装は女の子たちと相談してたから女子に好評だったよ」

「そうか」

「子供たちからすればウソップはすっかり遊びの達人だし、ルフィとチョッパーも飽きもせずに元気に駆け回ってる。ブルックは見た目が面白いから人気者でさ。ナミとロビンは言わずもがなで、サンジは相変わらず女性にばかり構って、ゾロは密かに男衆から支持を得てる」

 

 小さな村だ。住民全員と顔を合わせることはきっと難しくない。

 それでいて彼らからは攻撃の意思が感じられず、好意的に接しているのなら親しくなるのも不思議ではなかった。

 ふーっと深く息を吐いて、キリがぐっと背筋を伸ばす。

 

「拠点にするってのも悪くないと思うんだけどね。あいにくルフィはそういうの考えないし、うちは人数少ないから分けて行動するのも難しくて」

「仮にナワバリにしても守りようがねぇか」

「まあねぇ。さすがに旗だけで抑止できるほど大物じゃないしさ」

 

 悩ましいんだ、と彼は気の抜けた顔をする。緩み切って微笑む表情は驚くほど間抜けだ。

 記憶にある顔つきとは違っている。

 ローがそう感じていたことに気付いたのだろう、キリから切り出した。

 

「今は楽しいよ。みんな無事でまた集まれて。変わってないけど強くなった。だから安心してる」

「そうか」

「君のとこに居た時がつまらなかったって意味じゃないんだ。ただやっぱり帰ってくるのはこっちなんだって実感してる」

 

 ローに気遣ったのか苦笑して言った。だが迷いはない。きっぱりと本音を告げている。

 

「みんなが思ってるよりずっと僕は単純だからさ、首輪を巻かれてる犬みたいなもんだよ。ご主人様になでなでよしよしされたくて頑張るんだ。嘘をつくし体を売るし殺しだってやる。それで自分の仲間が生き延びるならなんだってやる」

「知ってるよ。お前がそういう奴だってことは」

「ローには感謝してるんだ。短い間だったけどお世話になったから」

 

 一時、およそ半年ほどの間だっただろうか。キリはローが船長を務める海賊団に所属し、活動した経験がある。

 仲間たちが修行のために方々へ散っている間、海賊“麦わらの一味”を忘れるなと主張する彼はただ一人表舞台で生き続けていた。

 

 おかげで懸賞金が1億ほど上がって、船長と同じ4億ベリーとなっている。

 今や大物海賊の一人と認識されていて、一人で生きる術を知りながらやはり一味を離れるつもりもなく右腕の立場に固執しているらしい。そういう奴だとローは理解していた。

 

「計画が上手くいって、その後はどうする気?」

「まだ先の話だろ。すぐに結果が出せるわけじゃない」

「ドフラミンゴでしょ? 復讐ってさ、やっても意味ないとかよく言われるじゃん。大丈夫?」

 

 平然としているがふざけているわけではない。キリの声色は静かで穏やかだった。

 ローが言葉を飲み、しばし沈黙する。

 彼には事情を話していた。だから知っていても不思議ではない。むしろよく今までそうして指摘しなかったなと驚いてしまった。

 

「止めはしないよ。やりたいようにやればいい。コラさんが何を思って死んだかはローにしかわからないんだし、結局それだって想像だ。死んだらみんな骨になるだけ。復讐なんてしてほしくないとか敵を討ってほしいとか、そんなの全部生きてる人間が勝手に言ってることだよ」

「お前は結局討ったんだったか」

「まあね。でもそうしなきゃってよりは結果的にだったし、今の仲間のためにそうしただけ」

 

 お前は耐えられるのかと聞かれているのだろう。

 指示するつもりはない。命令しようなどと最初から考えていない。けれど敢えて問いかけるのは心配されているのかもしれないと受け取る。

 

 手摺に乗った雪を落として、柵にもたれるようにして頬杖をつき、だらしない姿勢になったキリは淡々とした声で尋ねていた。

 本音を語る相手は多くない。口数が少ないのは対話による相互理解を拒んでいるからでもある。

 それでもローは滅多に見られない態度で話した。

 

「おれは眠るのが嫌いだ。嫌な夢を見るからでもあるが……些細な物音でつい起きちまう」

 

 ふむ、とキリが返事をした。

 気にせずローは村を眺めたまま言い切る。

 

「一人で眠るのはこんなに難しいのかと、初めて一人になった日から今でも思ってる」

「添い寝してあげよっか?」

「バカ、そういう意味じゃねぇ」

「わかってるよ。“凪”でしょ?」

「コラさんのことは今でも惜しく思う。あの人が生きていてくれたらと本気で思うさ。だがあの人に関連付けて理由を考えようとすりゃいくらでもできるんだ。ただおれは」

 

 一旦言葉を区切って、馬鹿馬鹿しいと思いながらもやはりローはその言葉を口にした。

 

「あいつを討てばまたぐっすり眠れるんじゃねぇかって。あの人が眠るのを怖がるおれを寝かしつけてくれた頃みたいに。今考えてるのはそんなどうしようもねぇことだ」

「いいね。そっちの理由の方が好きだよ」

 

 柵を離れてキリが振り返った。

 正面にローを見据えて、いつもと変わらずにこりと笑って発言する。

 

「うちと一緒に来なよ」

「フン、何を言い出すかと思えば……」

「別に仲間になれってわけじゃなくて。ハートの海賊団は存続させて、ただうちと同盟を組んでそのまま活動していったらどう? って話。どうせドフラミンゴを消した後の展望はあんまり考えてないんでしょ? 本気で海賊王目指してたっけ」

「さあな。そう言われりゃ確かにあまり興味はねぇが」

「じゃあ尚更」

「そんな先のことまで考えられるか。とにかく今はあいつだ」

 

 厳しい表情になってローは意固地なまでに意見を変えない。こればかりは誰が何と言おうと譲らないのだろうと思わせた。

 何よりも優先して果たすべき目的。彼自身がもう何年も前から決めている。

 理解していたはずだが、苦笑するキリはやれやれと肩をすくめた。

 

「おれは殺しが嫌いだ。だからあいつを最初で最後にする。あいつさえ討てば、おれはようやく自由になれるんだ。それまで長く生きるつもりだってねぇ」

「危ういねぇ。うーん、そういうのわからなくはないけど」

「お前だって同じだろ。仲間を生かすためなら喜んでてめぇの命を差し出す気だ」

「そうだね。もしそうなったら、最高のご褒美だよ。置いていかれるより惜しまれて死ぬ方が幸せなんだろうって思う」

「フン……」

 

 無邪気に笑ってそう言うのだから調子が狂う。

 ローは逃げるように視線を逸らした。

 

「あ! 居たぞ! デートしてる!」

「キリィ~! 誰とデートしてんだ!」

「あれ、見つかっちゃった。あの二人喋ったな」

 

 がやがやと急に騒がしく、酔っ払いとテンションが上がった仲間たちが近付いてくる。

 もう少し落ち着いてから紹介、そして至極真剣な計画について話す、という格好がつく展開を望んでいたのだがそれは不可能らしい。

 坂を上ってくる一行へひらりと手を振り、ローに振り返ったキリが朗らかに笑った。

 面倒だ、と態度で告げて、ローは険しい顔で帽子を目深に被った。

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