滝を昇って龍と成れ   作:登り語彙

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VSコイキング

 潮騒の町、バウタウン。

 

「~♪」

 

 その灯台のある岬にて、8歳程の少年が釣り糸を垂らしていた。

 艶のある黒髪に、ふくふくとした頬。眠たげに細められた目は、ぼんやりと浮きを眺める。

 マユスと名付けられた彼の趣味は、釣りと昼寝。齢8歳で随分と老成した趣味を持っていた。

 もっとも、今回の釣りにはエサを付けていない。釣り針を垂らしただけであるため、よっぽどの馬鹿なポケモンしかかからない事だろう。

 柵の上に腰掛けて、鼻歌を歌う。そんな彼の耳がとある音を拾った。

 

「……うん?」

 

 そこは、灯台側の岸壁で陰になっている所。

 凝視すれば、()()が見えた。

 不思議に思い、マユスは釣り針を引き上げると竿に巻きつけてこれを肩に担ぎ見つけた不思議なものの傍へと近付いていく。

 軽い動作で柵を乗り越えて、僅かな岩の出っ張りを足場に下って行けば、

 

「……コイキング?ピッカピカだ」

 

 ちゃぷりと海面から顔を出した一匹のコイキング。だが、その体色は通常の鮮やかな赤ではなく、金色。

 よくよく見れば弱っているようで、マユスが近づいても逃げ出す素振りも無い。

 目が合った。

 

「ちょっと、待ってて!」

 

 眠たげだった目が開かれて、マユスは勢いよく斜面を駆け上がるとそのまま走って何処かへと行ってしまう。

 見送った側のコイキングは、動けずにいた。

 彼は、俗に言う所の体色不良。色違いというもので、結果として群れを追い出されてしまったのだ。

 そもそも、ポケモンたちの体色は基本的に野生環境で生き抜くために進化して身についたもの。

 コイキングの赤い体色も水中ならば見難くなり、カモフラージュ効果があるのだ。

 だが、色違いの金色は光を反射してしまい、同時に群れに混じると目立ってしまう。そして、目立てば群れの危険率も上がる。

 オマケに、下手な色違いはトレーナーの餌食。最弱のコイキングでもその金色を求めて、只管に狙われる。

 彼は、疲れていた。いっそこのまま果てる事も――――

 

「お待たせ!」

 

 目を閉じようとしたところで、声が届く。再度目を開ければ、先程の少年が釣竿を置いてその両手にきのみを抱えて斜面を下ってくる所。

 オレンの実やモモンの実といった定番から、ザロクの実やウブの実などの変わり種迄。

 コイキングの傍まで降りてから、マユスはきのみを差し出した。

 

「嫌な事はね、お腹いっぱい食べてよく眠れば忘れられるんだよ」

 

 そう言って、マユスもきのみの一つへと口を付ける。

 差し出されたきのみとマユスの顔を交互に見比べてから、コイキングはきのみへと口を付けた。

 生まれて初めてだった。ここまで他生物に優しさを向けられたのは。

 きのみを一つ二つと食べ進め、体力も戻った頃、不意に小さな手が伸びてきた。

 

「うーん……怪我はもうないね。良かった良かった」

 

 マユスは一頻り、その金色の鱗を撫でて傷の有無を確かめる。

 ダメダメなコイキングではあるが、その一方で生命力という点においては恐らくポケモンの中でもトップクラスだ。

 如何なる環境でも適応し、群れる事が出来る。例えそこが大海原でも、街の傍の用水路でも、どこかの池や沼、湖であろうとも。

 生命力の高さは、回復力の高さ。同時に、実の所コイキングは防御が高かったりもする。

 一頻り確認して手を放したマユスは立ち上がった。

 

「それじゃあ、ね。あんまり人の居る所に近づくと掴まっちゃうから気を付けるんだよ」

 

 最後に一撫でして、マユスは崖を見上げて、

 

「ん?」

 

 ぴちゃりとその短パンから露出した足に水が掛かって下を見た。

 見れば、見上げてくるコイキング。その真ん丸な眼がジッと少年を見上げてくる。

 

「あー、僕の所に来るかい?」

 

 問えば、頷かれた。

 ただ、

 

「僕はトレーナーじゃないんだけどな……」

 

 ポケモントレーナーに成れるのは、十歳を過ぎてから。マユスの場合は、後二年は先の事だ。モンスターボールも持っていない。

 だが、コイキングとて諦められない。

 初めて優しくされたのもそうだが、何より恩義には報いる義理堅さがあったのだ。

 暫くジッと見つめ合ってから、マユスは頭をかいた。

 

「はぁ……しょうがないなぁ」

 

 徐に、マユスは履いているサンダルに手を伸ばした。

 固定の為のマジックテープを剥がして、サンダルを脱いでから勢いよく片方ずつ投げ飛ばす。

 狙い通り、サンダルは柵の下を転がる様にしてどうにか崖の上にあげられて、マユスは素足となった。

 そうして膝から下を海に付け乍らコイキングの側に近づいて抱え上げる。

 十キロの体重。一メートル弱の大きさ。年齢一桁の子供が持ち上げるには中々に難儀するサイズだ。

 それでも抱え上げる事が出来たのは、マユス自身のポテンシャルの高さと、あちこちに出かけるヴァイタリティによって磨かれた年齢不相応の身体能力があったおかげだろう。

 そのまま、コイキングを抱えて斜面を指先で掴みながら一歩一歩登っていくマユス。

 幸い、斜面が崩れたりすることも無く、登り切る事が出来た。代償としては、息も絶え絶え、汗もダラダラの有様だったが。

 

「ちょ、ちょっと休憩……!」

 

 コイキングを地面に下ろして、マユスは座り込む。

 ぴちぴちと地面の上で跳ねる金色。

 そのしっとりとした硬い鱗に触れたマユスは、空を見上げる。

 

 これが最初の出会い。滝を登った鯉は、龍となる。

 

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