滝を昇って龍と成れ 作:登り語彙
バウタウンジムトレーナーのルリナ。
ジムリーダーに成る事が約束された彼女は、気に掛けている少年が居た。
色違いのコイキングを連れて、事務内にある練習用のバトルフィールドの隅で戯れる艶のある黒髪の少年だ。
マユス。十歳程離れた弟分。そんな彼がある時連れてきたコイキング。
色違いのポケモンというのは、希少だ。場合によっては、その希少性を目的として裏取引が行われたり、非合法な捕獲が行われて問題になるほど。
ただ、
(コイキングなのよねぇ…………)
世界最弱のポケモンの一角。特筆すべきは生命力と環境適応能力で、それ以外は雑魚という言葉をそのままに体現している。
好んで手持ちに入れるトレーナーは、少ない。その進化先もまた、扱いに困る存在である事も相まって。
だが、
(勝っちゃったのよねぇ)
ルリナはその時の光景を今すぐにだって反芻できる。
事の発端は、マユスがジムに出入りするようになってから。
代々、バウタウンのジムは海が近い事もあって水タイプのジムとなっている。ジムリーダーもジムトレーナーも水タイプが専門だ。
まだ十歳ではないマユスは、ポケモンの所持が認められない。しかし、彼に懐いたコイキングは他のトレーナーに管理される事を嫌がった。
そこで、ジムリーダーが特例として自身の管理範囲のみのポケモン所持と育成を認めたのだ。豪快な海の男が故の、これまた豪快な判断。
ポケモンリーグに関しても、腕のいいトレーナーが増えるのは歓迎する所であるらしく、ジムリーダー裁量という事で許可が下りた。
問題は、その後だ。
ポケモントレーナーというのは、総じて
どれ程おっとりしているように見えても、落ち着いているように見えても、誰しもが勝ちたいからこそバトルをしているのだから。
その中でもジムトレーナーともなれば猶の事。ついでに、エリート意識が強い者も居た。
端的に言って、絡まれたのだ。といっても、ヤンキーのような喧嘩ではなくポケモントレーナーの先達として色々と教える体で。更に、ジムリーダーもこれを黙認した。
曰く、遅かれ早かれそういう輩とは出会う。色違いのポケモンを持つなら猶の事、らしい。
かくして始まった、指導という名のポケモンバトル。
マユスは勿論、コイキング。対するジムトレーナーは、初心者用の低レベルでカムカメと呼ばれる小さな子亀のようなポケモン。
約三倍の体格差があるのだが、ぴちぴち跳ねるコイキングの何とも言えない頼りなさよ。
実際、タイプ相性は互角でもほぼ一方的にコイキングは負けていた。
たいあたりを覚えてはいたが、それだけ。攻撃を当てる前に躱されて、散々に噛み付かれてたいあたりと水鉄砲に吹き飛ばされてしまった。
結局、その日は一勝も出来ずに終わる事に成る。
子供ならば泣いてしまいそうな惨状だったが、マユスは違った。
彼は冷静に、ジッとフィールドを見つめていたのだ。
変化は、その翌日。
最弱のポケモンとも呼ばれるコイキングだが、その実スピードに関しては存外馬鹿に出来ないものがある。
この速度を発揮するのが、尾鰭である。
『はねる、続けて体当たり』
変化は指示の内容。
ただ突っ込むだけの体当たりではなく、ぴちぴちと跳ねるだけで本来は意味を持たない技である“はねる”を推進剤代わりとしたのだ。
更に恐ろしいのが、この体当たりを避けられた後。
なんと、コイキングはフィールドを再度跳ねる事によって反動をつけて、再び相手へと襲い掛かったのだ。
宛ら、ピンボール。
ルリナ含めて、ジムトレーナーのみならずジムリーダーすらもその戦法には眼を見開いた。
無論、荒はある。所詮はコイキングだ。その体当たりも反動をつけたとはいえ、鍛え上げたポケモン相手では意味を成さないだろう。
問題なのは、この戦法を
『運命的な出会い、って奴か』
そう呟いたジムリーダーの言葉を、ルリナはよく覚えていた。
ポケモントレーナーとその手持ちのポケモンたちの中には、相棒とも呼べる出会いを果たす者達が居る。
ルリナにも相棒と呼べるポケモンが居る。マユスにとってそれが、あの色違いのコイキングであった。
ジッと見つめていた少年の背へと、ルリナは足を向けた。
「マユ」
「!ルリ姐さん」
上げられたあどけない顔。ふくふくとしたまろい頬。
その頬を左右から挟むようにして、ルリナは捏ねた。
「んむむむむ……
「ねぇ、マユス。貴方ってジムチャレンジには参加するの?」
「んー……」
捏ねていた手を止めて、ルリナは問う。
この世界では、十歳で旅に立つ子供たちが珍しくない。自立の早い世界だ。
一方で、厳しい環境のあるここガラル地方において、旅立ちは必ずしも十歳ではない。
「……多分?」
色々と考えているルリナに対して、マユスはポンヤリと気の無い返事。
バトルのセンスはある一方で、この少年は勝利に対する熱意というものが欠けていた。
何というか、バトルへの姿勢がフラットなのだ。一日負け続けた事に対しても、特に堪えた様子も無かった。
コイキングの方もバトルは嫌いではなさそうだが、戦う理由はトレーナーであるマユスが指示を出すからで、自分から率先して戦う様子は無い。
散々と連ねたが、まだまだ彼らはトレーナーとしての道を歩き始めたばかり。今後の出会いで大きく変わっていく事だろう。
(もしも、マユスが勝利への渇望を手に入れたのなら……)
それは、どれほどの爆発力を生むのだろうか。ルリナは自然と笑みを浮かべていた。
「バトルしましょう、マユス!ちゃんと手加減するわ!」
「……うん。行こうか、コイキング」
いずれ自分と相対するかもしれない強者を、自分の手で育て上げる。
未来への投資だった。
*
バウタウンの一角。海を臨むその場所に、マユスの実家はあった。
両親とそれからマユスの三人家族。
「マユスーーーー!!!」
「むぐっ……痛いよ、お父さん」
「だって、一ヶ月ぶりだからねぇ!うーん、相変わらずのぷっくりほっぺだ!」
「髭が痛い……」
ぷらんと持ち上げられて、頬ずりされるマユスはされるがまま。
マユスと同じ黒髪に、褐色の肌をした成人男性。彼こそが、マユスの父親で今日一ヶ月の出張から帰ってきた所だ。
出張先は、イッシュ地方。
「あ・な・た?」
「!」
じょりじょりとまろい頬に髭を擦り付けていた彼は肩を大きく跳ねさせた。
さび付いたブリキの玩具の様に振り返れば、笑っているのに笑っていない深い青の髪を揺らした女性が腕を組んで立っていた。
「熱烈なハグね、マルク」
「ソ、ソティス……た、ただいま?」
「ええ、おかえりなさい。それはそうと、マユスのほっぺが真っ赤になってるんだけど、どういう事かしらね?」
「あ、あはは……ごめんなさい」
「頬ずりは、髭を剃ってからにしなさい!!!」
特大の雷と共に、タイキックがマルクの尻を襲う。
意地でも抱えていたマユスを放り出す事はしなかったが、それはそれ。ゆっくりと床に置いた後に悶絶するマルク。
割といつも通りの光景だったりする。親馬鹿が過ぎるマルクと、その被害に遭うマユス。そして、マルクを物理的に鎮静化させるソティス。
家族仲は良好。スキンシップの範疇だ。
「あいたたた……さ、ってと。マユスにお土産があるんだ」
ひりひりとする尻を擦って、マルクは自身の荷物である大きなリュックサックを手に取った。
取り出すのは、一つのモンスターボール。
「ソティスからの連絡で、コイキングをゲットしたって話は聞いたんだけどね。出張先で仲の良くなった人にマユスの話をしたらポケモンの卵を貰ったんだ。最初の手持ちにどうかと思ったんだけど……」
受け取ってくれるかい?とマルクは首を傾げた。
おずおずと、両手で差し出されたモンスターボールを受け取ったマユス。ボールを開けば、中から一抱えもある大きさのポケモンの卵が飛び出してきた。
抱え上げた卵の重さは、命の重さ。
そして、マユスの二体目の出会いでもあった。