滝を昇って龍と成れ   作:登り語彙

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VSピチュー

 バウタウンの少年、マユス。

 彼の趣味は、昼寝と釣り。

 だが、ここ最近別の趣味も身に付け始めていた。

 

 それは、散歩。父から貰ったポケモンの卵を両手で抱えて歩き回る。

 

 場所はバウタウン内から西にある五番道路。手持ちが居るとはいえ、緊急時以外はジムリーダーのお膝元以外でポケモンを出す事は許されないマユスは、なるべく草むらなどには近寄らずに人の目が在る場所を選んで歩いていた。

 

「良い天気だねぇ」

 

 まろい頬を緩めて、マユスは空を見上げる。

 ここ数日は、ハリケーン顔負けの雨嵐のせいでろくに外へと出られなかったのだ。その反動と言わんばかりに、今日の空には、雲が一欠けらも無く燦々と陽光が輝いていた。

 マユスに抱えられた卵は、時折ピクリと動いている。そろそろ、新しい命が生まれようとしているのかもしれない。

 トレーナーとして旅に出るかは、はっきりとは分からないがそれでもマユスとしては新たなポケモンとの出会いは心が躍る部分がある。父であるマルクが、どんなポケモンが生まれるのかハッキリと教えてくれない事も楽しみに拍車をかけている。

 顔馴染みのトレーナーに片手を挙げて、マユスは大きな橋の方にまでやって来た。

 ガラル地方の名物の一つとして、ワイルドエリアが挙げられる。

 ほぼ完全なポケモンたちの生存競争の場であり、同時に毎年行われているジムチャレンジというイベントではトレーナーたちが鎬を削り、手持ちのポケモンたちとの友情を育む場所でもある。

 ただ、一般人にとっては危険地帯である事には変わりない。その為、入場にはジムバッジの所有数や、そもそもの最初の時点での入場制限が掛けられ、交通の便を図る場所だけ大きな橋が掛けられていた。因みに、この橋にもリーグ運営委員会からの派遣が定期的に行われており、ジムリーダーやジムトレーナーが持ち回りで見回っていた。

 

 その橋の近くにある草むら。

 

「ん?」

 

 何かに気付いたマユスが視線を向ける。

 ガサリと揺れた茂み。出てきたのは、灰色の毛並みが印象的な二足歩行の小猫のようなポケモン。更に続いて、二足歩行の両腕の長い頭が蓮の葉の様になったポケモンと、尖った鼻に頭の上にある一枚の葉が印象的なポケモン。

 三体も同時に出てくれば、ポケモントレーナーでも緊張する場面。だが、マユスは卵を抱え直してから、右手を上げた。

 

「やっ、久しぶり。無事で良かったよ」

 

 彼にとってこの三体、ニャスパー、ハスブレロ、コノハナは顔馴染みのポケモンたちだった。

 本来は、他種族共生など珍しい事。だが、この五番道路はワイルドエリアの近くだ。崖があり、ポケモンたちでも往来が難しいとはいえ、ワイルドエリアからやってくるポケモンもゼロではない。

 そんな強力な相手に対抗するため、こうして生息域の被ったポケモンたちが共に行動する事は屡々あった。

 彼らも、そんな集まりの一つ。一体ずつは弱くとも数が集まれば、強敵にも抗える。

 そんな彼らだが、好んで人に近づく訳ではない。マユスとの馴れ初めも、偶然卵を抱えて歩く彼にニャスパーが興味を持ったことに始まる。

 

「………何かあったの?」

 

 服の裾を引っ張ってくるニャスパーに、マユスは首を傾げる。ハスブレロとコノハナも何かを気にしている様子だ。

 流石に、無視する訳にもいかず、マユスは抱えていたタマゴをモンスターボールに収めると三体に導かれる様に草むらへと足を踏み入れた。

 水気が残る下草を踏み分けて、果たして見つけるのは黄色い毛並み。

 

「えっ………ピチュー、だっけ?」

 

 レモンイエローの毛並みに、黒い縁取りの尖った耳。薄ピンク色の電気袋が頬にあり、黒い稲妻型の尻尾はアースの代わりも果たす事が出来る。

 マユスがこの小さなポケモンを知っているのは、父親の書斎にあるポケモン図鑑を読んだことがあったから。

 そんなピチューが、泥に汚れ傷だらけの状態で草の上に横たわっていた。

 近くには、少し黒く焦げた幾つかの木の実が転がっており、しかし口を付けた様な形跡はない。

 

「この子を、どうにかしてほしいんだね?」

 

 マユスが問えば、三体は頷く。その表情は、迷惑というよりは心配が勝っているように見えた。

 頼られたのなら、無視は出来ない。何より、横たわったピチューの表情は苦し気で刻一刻と時間が削られている事がありありと見て分かったから。

 意を決して、マユスは歩み寄る。

 残り二歩と言った所で、ピチュー瞼が重々しく開かれた。

 

――――!

 

 警戒。ボロボロの体に鞭打って震えながら立ち上がり、その体からバチバチと電気を走らせる。

 

「…………」

 

 対してマユスは、スッと目を細めるとその場に膝をついた。

 膝立ちのような格好となり、ジッと警戒する小さな毛玉を見つめる。

 ぶつかり合う、二つの視線。言葉は交わさず、まるで心をそのままにぶつけ合うかのような沈黙がそこにはあった。

 ジリッと、マユスがにじり寄る。

 ピチューからの電気が飛んだ。だが、元々電気の扱いが下手であるピチューという種族。加えて、ボロボロの状態では真面に攻撃とすら機能しない。

 掠めて痺れるが、マユスは怯まなかった。

 更ににじり寄り、触れる事が出来る距離。

 伸ばされる手。電気が意味を成さないと思ったのか、その手へとピチューは勢いよく噛み付いた。

 血が滲む。如何に小さなポケモンでも、本気で噛み付けば人の皮膚など容易く突き破ってしまえた。

 同時に、溜めるのが下手な電気が漏電を起こして、ピリピリとマユスの体を痺れさせる。大人ならば未だしも、まだまだ幼い彼には息が少し詰まってしまう程度には苦しい。

 それでも、マユスは振り払おうとはしなかった。

 ニャスパーたちに頼まれたから、だけではない。見捨てたくなかったからだ。

 培われた善性は、確かに少年の中で根付いていた。

 時間にすれば、どれ程だろうか。マユスの艶のある黒髪が逆立って、先がチリチリとなり始めた辺りで二つの視線がぶつかった。

 

「…………ッ、連れて行くよ」

 

 ピチューが離れた。そのまま倒れてしまうのを受け止めてから、痺れる足に檄を飛ばして立ち上がる。

 今すぐにでも倒れてしまいたい所だが、腕に抱え上げた小さな命がここで意識を飛ばす事を許さない。

 

「元気になったら、連れてくるから……!」

 

 それだけを三体のポケモンたちに言って、マユスは小走りに草むらを抜けた。

 もつれそうになる足を、どうにかこうにか動かして向かったのはバウタウンにあるポケモンセンター。

 息を切らせて飛び込んできた少年に、受付に居たジョーイさんは目を向いた。

 

「マユス君!?」

「こ、この子……怪我………!」

 

 差し出してきた傷だらけのピチューを見やり、彼女は直ぐに状況を把握。

 少年の手からピチューを受け取り、同時に緊張の糸が切れて崩れ落ちる少年の体を支える。

 

「すみません!この子をお願いします!」

 

 近くに居たトレーナーにマユスを任せ、ジョーイさんはセンターの奥へ。

 少年は、運命的な出会いに愛されていた。

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