滝を昇って龍と成れ   作:登り語彙

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VSピチュー その➁

 目が覚める。()()の視界に飛び込んできた、自然物ではなく無機質な金属の壁だった。

 反射的に跳ね起きれば、自身の下に敷かれていた肌触りの良いフワフワとしたもの(毛布)がズレる。

 同時に、全身に刻まれていた鈍痛と極度の疲労感が綺麗サッパリ消え失せていた。

 幼いながらも聡明な頭脳が、回る。

 

 そして、思い出した。

 

 自分が噛み付いても、電気を流しても一切怯むことなくジッと自分と視線を合わせ続けた少年の姿を。

 

 寝起きで混濁していた記憶と頭の中が時間経過でスッキリしていく中で、ふと思う。

 悪い事をしてしまったのではないか、と。

 

 彼女の生まれは、ワイルドエリアに無数に存在する巣穴の一つだった。

 両親とそれから数体の兄弟姉妹たち。過酷な環境でも、力を合わせて暮らしていた。

 

 ()()()()()

 

 弱肉強食は世の常だ。突然現れた一際大きな砂嵐の化身と、その一体に引き連れられた複数の種族入り混じった群れ。

 狙いなど無かったのかもしれない。単なる気紛れだったのかもしれない。

 それでも、その穏やかな日々は終わりを告げた。

 彼女は、一匹だけ逃がされた。大荒れの暴風雨に紛れる様にして崖を飛ばされ、やがて辿り着いた草むら。

 傷だらけになり、しかし周りのポケモンたちも信じられず、ただただ自分の無力さと弱さを呪ったあの時間。

 

 そして、出会った少年。

 

 不意に、聞きなれない音がして壁の一部が開かれた。

 

「!良かった、気が付いたのね」

 

 入ってきたのは、見た事のない人間だった。反射的に、警戒心から頬の電気袋に溜まった電気をスパークさせれば、それ以上近付いては来ない。

 

「貴女が起きるのを、彼は待ってたのよ。直ぐに呼んで来るわね」

 

 そういうと、人間は壁に開いた穴?より出て行った。

 体が万全に動くのだ。そこに行けば出られると理解し、しかしはたと止まる。

 ここに居れば、あの時の少年に出会えるかもしれない。そう考えた体は、その場に留まる事を選択した。同時に、体も癒えたのだからもしも何かがあっても対応できるという判断でもある。

 程なくして、再び壁が開く。

 

「やあ、起きたんだね」

 

 ひらりと手を振って、あの時の少年がそこに居た。

 そのまま近付いてきた彼は、彼女の数歩手前で止まると膝をつく。

 

「初めまして。僕は、マユス。君をこのポケモンセンターに連れてきて、治療してもらったんだよ」

 

 治って良かった。そう言って、少年(マユス)はふにゃりと笑みを浮かべた。

 警戒心が緩む。ピチュー(彼女)は走らせた火花を収めてジッとその笑みを見つめ返していた。

 ピチューが落ち着いた事を確認して、マユスもまたその場に座り込む。

 

「幸い、深い怪我は無かったってさ。君、三日も寝てたんだよ?そのお陰で、確りと治療できたってジョーイさんは言ってたけど」

 

 怪我の功名だね、とマユスは微笑む。

 

「とりあえず、君を住処に返そうと思うんだ。ピカチュウは五番道路には生息してないから、近くのワイルドエリアから抜け出してきたんだと思うから……とりあえず、ルリ姐さんたちに任せて――――」

 

――――!

 

 住処。蘇る記憶の欠片。

 

「ピチュー?」

 

 突然動かなくなった小さな子ネズミに、マユスは首を傾げる。

 だが、次の瞬間その大きな真ん丸の瞳が潤んだかと思えば、唐突に雫が零れ落ちた。

 ギョッとする間もない。涙は止めどなく溢れていく。

 止まらないどころか、その量は増していき比例するようにしゃくりあげる様だった嗚咽は天井を仰ぐ泣き声へと変わっていく。

 慟哭が部屋の中に木霊する。

 

 寂しい、悲しい、悔しい、苦しい。その胸に集った色んな感情がごちゃ混ぜとなって、涙と慟哭としてただただ吐き出されていく。

 

 そんな孤独な子を、不意に温かさが包み込んだ。

 

「…………」

 

 感電するかもしれないリスクを一切考慮する事無く、マユスは泣いて座り込む小さな子を抱き上げて、抱きしめる。

 その背を優しく叩きながら、少しでもその心を軽くできる様にと願いながら。

 

 悲しみの奔流の中で、温かさに包まれたピチューは縋りつくように、ただただ泣いて、泣いて、泣いて。

 

 どれ程の時間が立っただろうか。

 あれほど激しかった泣き声は随分と小さくなって、ぐずる様に鼻を小さく鳴らす音だけが部屋に響く。

 

(……ちょっと痺れたなぁ)

 

 パリッと逆立った髪は、静電気をたっぷりと含んでいる。

 もっとも、そんな事はどうでもいい。肝心なのは、今腕の中に抱いている小さな子の精神的なケアの方なのだから。

 ポンポンと優しく背中を叩く。程なくして、泣き疲れたのか小さな寝息が聞こえてきた。

 腕の中を覗き込めば、マユスのシャツを確りと掴んで目じりに涙を残したあどけない顔がある。

 

「君に、何があったんだろうね」

 

 胡坐をかいて座り込み。左右にゆらゆらと揺れながらマユスはピチューの涙をぬぐう。

 尋常ではない泣き方だった。同時に、最初に出会った時の傷だらけの様子含めて何かが起きたのだろうと推察する事はそう難しい事ではない。

 問題は、マユスはトレーナー資格を持たず、ワイルドエリアへの立ち入りも許可されていないという点。

 

「……とりあえず、相談しないと」

 

 出来ない事を抱え続けても、出来ないものは出来ない。ならば、さっさと出来る人間へと相談した方が建設的だ。

 この辺りの見切りが、マユスはかなり早い。

 優しさと才能の嚙み合いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バウタウンのジムリーダーは、眉間を揉んでいた。

 彼の悩みの原因は、少し前から面倒を見ている少年から齎された情報。そして、その情報を基に調査した結果報告書の二つ。

 

「大規模なポケモンの群れ、か」

 

 再三再四となるが、ガラル地方の自然環境は厳しい。その最たる例は、やはりワイルドエリアだ。

 他地方と比べても強力なポケモンが多く。同時に、この強力なポケモンに対抗するために他種族が手と手を取り合って群れを形成する。

 だが、今回は少々毛色が違った。

 

「こりゃもう、一つの国だな」

 

 パサリと置かれた資料。

 そこに掛かれているのは、一体のポケモンをトップに据えた巨大な群れ。

 発端は、ワイルドエリアの砂塵の窪地と呼称される大きな砂漠地帯。

 主に地面タイプや岩タイプのポケモンが生息しており、過酷な環境だが多くの命が根付いている場所の一つでもあった。

 ただ、先の通り過酷な環境だ。砂嵐が吹き荒れ、乾燥と日光のダブルパンチ。

 そして、生き物はより良い生育環境を求めるのは当然でもあるといえた。

 この徒党は、砂塵の窪地から更にストーンズ原野にまでその勢力を広げている。

 生半可なトレーナーでは太刀打ちできない。しかし、かといってジムリーダーやチャンピオンがこれを討伐に乗り出すかと問われれば、これもまた難しい。

 そもそものこの群れが形成された理由の一つに、密猟者の存在が挙げられる。

 ワイルドエリアのポケモンは、強力、或いはその土地特有のポケモンも居る。そんな彼らを不法に捕えて売り飛ばす者達が少なからず居る。

 一応、リーグ運営委員会や各街のジムからジムリーダーやジムトレーナーが見回りをしているが、広大なワイルドエリアの全てを監視する事など不可能だった。

 そんな、密猟者に対抗するための群れ、という側面が先の集まりにはある。

 他ポケモンの生息域を脅かすのは宜しくないが、だからといって人間が原因の一端を担ってしまった彼らを一方的な悪として排除する事は難しい。

 何より、今の所の人的被害はゼロ。彼らの行動範囲へと足を踏み入れる事が無ければ襲われる事はまずあり得ない。

 もし仮に、リーダー格のポケモンを失ってしまった時、この集団がどのように動くのか予想がつかない。

 以上の点から、今のところは静観を余儀なくされている。

 

「……さしずめ、隻眼の魔王って所か」

 

 遠目に撮られた、一枚の写真。

 元々大柄な体格ではあるが、更に通常個体よりも二回りは大きく強靭な外骨格。丸太と見紛う太い尾。

 何より目立つ、左目に大きく刻まれた傷痕。

 野生にとって身体欠損の負傷は、そのまま生死にかかわる問題だ。況してや、片目を失ったとあれば猶の事生きるのに苦労するだろう。

 

 故に、強い。

 

 砂塵を纏う、隻眼の魔王。その名は、

 

 ――――バンギラス

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