厄海の方角から轟いていた爆発音が止み、空が晴れたのが観測されると、ギルドは真っ先に厄海へと船を出した。
そして見た。青く晴れた空の下、横たわる未知のモンスターとその横で眠る大水獣を。大水獣を守るかのように立つモガのハンター達を。
だがギルドはモガのハンターが恐れている様な事は一切起こさなかった。
大水獣はモガのハンターと同様、ギルドやハンターから英雄として見られていたからだ。
モンスター相手に褒められた事ではないが、今暫くは、誰一人として文句を言われない心情。それを察したのか、モガのハンターは漸く一息つく。
ギルドの職員は、全身に酷い火傷を負っている大水獣を治療しようとした。だがその手は、大水獣の表皮を見て止まってしまった。
大水獣の傷は、既に再生を始めていたのだ。
パリパリ──と、枯れ葉を踏む様な音が潮風に乗って耳を打つ。
音に導かれる様に視線を移すと、大水獣の体に脱皮した際に出る古皮が浮かんでおり、それが二重三重と重なって捲れていた。
そして、今も皮の層が増え続けている。
既知のモンスターに起きた未知の現象。好奇心と同時に、あり得ないものを見た恐怖が沸き起こる。
「大水獣は大丈夫。その理由も知ってるし、ちゃんと報告もする」
しかし、モガのハンターの言葉によって、ギルドの職員達は落ち着いた。
そうして禁忌モンスターの死亡を確認し、証拠となる部位を剥ぎ取ると、モガのハンター達はタンジアへと帰投する。大水獣をその場に残して。
■
厄災たる禁忌モンスター討伐の報を受け、それを成した英雄の帰投に湧き上がるタンジアの港。
直後に緊張が解れたのか気絶したモガのハンターに騒然としたが、祝勝と厄災の鎮魂を祈る祭りは三日三晩続いた。
丸一日眠りについていたモガのハンターは、大事を取って祭りの最終日に参加。そしてその場で本人による戦いの様子が語られる。
口数の多くないモガのハンターだったが、盛り上げ上手なユクモのハンターの合いの手や、周囲の質問に答えることで本人の忘れかけていた話が出ることで、臨場感のある報告書が完成したのだった。
タンジアの港。そこに間借りしたギルドの一室で、モガのハンターが口頭による報告書作製に応じていた。
「──そうして大水獣に促されてグラン・ミラオスの素材を剥ぎ取りをしました。その後に大水獣は眠りについて、後は昨日のやつと、迎えに来た人の報告書通りです」
「……うむ。改めて、ありがとう、モガのハンターよ──して、まだ報告してない事がある、とは……?」
モガのハンターとギルドマスターの二人しかいない応接室。そこで二人でいる理由が、祭りの最終日に語った話にモガのハンターが「話せたら話す」と秘した部分を確認するためだった。
「……グラン・ミラオスの不死の心臓、その話は読みましたか?」
「ああ、何とも頭の痛い話ではあるが、しかと見た」
そう言うと、ギルドマスターは改めて報告書に目を向ける
その最後の部分には『大水獣がグラン・ミラオスの死に真似を見抜き、心臓を引き摺り出して引き裂いた』とある。
「この部分か?」
「はい、そこです。大水獣は心臓を引き裂いたのではなく、全部食べたんですよ。」
「た──食べたぁ!? 禁忌の古龍の、その心臓をか!?」
「はい、なんならグラン・ミラオスそのものすら捕食してました」
モガのハンターによって語られた真実に、ギルドマスターは久方振りに胃がシクシクと痛む感覚に襲われる。
だが、モガのハンターは追撃を止めない。
「それに──」
「そ、それに……?」
「私も食べたんです。グラン・ミラオスの肉」
「おおう、もう……」
人間による古龍の捕食。モガのハンターは「あ、加熱はしましたよ」と見当違いな注釈をしてきた。
ギルドマスターは頭を駆け巡るあらゆる情報を横に置き、モガのハンターへ「後で検査を受けてくれ」と言うのが精一杯だった。
なので、その後に食らった追い打ちの一言に耐えられなかった。
「それと大水獣──宝玉、食べちゃいました」
「ほ──ほう……なんて?」
「グラン・ミラオスの宝玉です。大水獣が捕食の際に一度顔を出したんですが、その時に咥えてて、その後に飲み込んだのを確認しました」
「ほ、宝──ほおおおっ…………」
「あれ、ギルドマスター!?」
ギルドマスターはしめやかに気絶した。
■
【大水獣監視報告書】
モガのハンターによる報告に必要と判断し、特別に観測気球を派遣。大水獣並びに煉黒龍の死体を監視する。
大水獣は煉黒龍の死体の側で丸まって眠っている様子。異常な速度と回数の脱皮現象を観測。気球から数えてみると、合計八~十六層の脱皮を確認。明らかに異常だ。
備考:その時の大水獣の見た目はクリサンセマムの様だと同僚と話す。私は黄キャベツだと言ったが、無駄な争いになると察し会話を止めた。
丸一日経った後、大水獣が蛹が羽化する様に古皮を砕き目覚めた。潮風に舞う欠片が太陽光を乱反射し輝いていた。その神秘的な光景に、私達は新たな王の誕生を世界が祝福するかのように見えた。嘗て見た“天使の羽根が舞う様”という表現はこの事を指すのだろう。
脱皮後の大水獣は更に巨大になっていた。火傷痕もなくなっており、むしろ成長している様に見えた。
鱗は重厚な輝きをみせ、筋肉はより躍動している様に見えた。
先端が溶けていたトサカは長く伸び、鬣はより量を増し、尻尾を覆って尚余る程だ。
そして尻尾にも変化が有るらしく、大水獣も気になっている様子で確認していた。真上と左右斜め下部に伸びる甲殻の先端が伸びており、櫛の様に変化していた。
その尻尾が伸びた鬣を支えている様で、大水獣は尻尾を動かし、ドレスの裾の様になった鬣を振り回して動きを確認している。
同僚が「変態だ! 大水獣のヤロウ変態しやがった!」と叫んでいる。意味合い的に虫等に見られる体の作り変わりの事だろう。大水獣の急激な変化から見て、それに一考の余地ありと見る。
大水獣が此方を見た。同僚の声が聞こえたのだろうか。
大水獣が体を此方側に向けている。ブレスを──
一瞬だが海が割れていた。空を見ろと五月蝿い同僚に従い空を見る。雲が一直線に削れている。
大水獣を見る。本竜も驚いている様子。身体の変化についていけてないようだ。
暫くすると、大水獣は再び我々を睨み、ブレスで威嚇してきた。危険と判断し即座に観測を終了。撤退する。
【煉黒龍調査報告書】
厄海周辺を探索した結果、グラン・ミラオスの移動痕を確認。現地のハンター達に調査の協力を依頼した結果、グラン・ミラオスが深海から来た事が分かった。
しかし、深海への調査は技術的に難しく、周辺の安全も確保できていないため、調査を一時中断する。
グラン・ミラオスの死骸の調査は難航。大水獣が寝ている時の僅かな観察報告と、モガのハンターから買い取らせてもらった素材の調査しかできていない。
グラン・ミラオスの死骸に近づこうとすると、大水獣が放水して妨害してくる。それでも近付こうとすると、今度は水流ブレスで境界線を書き、以降は射線をピッタリと向けて来くる。
唯一上陸を許されているモガのハンターに調査依頼と大水獣へのコミュニケーションを依頼した。
依頼は両方とも成功。煉黒龍の素材を幾つか得る事が出来た。
大水獣の意志を確認。モガのハンター曰く「
■
【モガの村ハンターのメモ】
ギルドより大水獣に関する報告書の所感を求められた。それらを読み改めて大水獣との出会い等を思い出す内に、途轍もない違和感を覚えた。
モンスターである彼は、何故私に攻撃せず隣に並んだのか。その後も幾度と無く共に戦ったのか。
意味ある文字を読み書き出来て、武器も扱えて、独自の文化を持っていて。そして未来を知っているかのような態度。まるで人の様だった。
人? 大水獣は、元人間? 本人に聞く。
グラン・ミラオスと戦ってから数日たったくらいか? 俺は今も厄海の陸地で寝転がりながら、時折グラン・ミラオスを食って生きていた。
(なに、孤島には帰らないのかって? それができないんですよ奥様。──奥様って誰だよ)
あまりにも暇過ぎて独り言を漏らす。だがそれも仕方無い。何せ俺は謎の急成長をした結果、何と身体のサイズがマム・タロトと同じサイズになってしまったからだ。
(この前ハンターちゃんに協力してもらったから分かったんだ。ハンターちゃんの身長と比較したら見慣れたサイズ比になってたし、間違いではないと思うんだよな~)
大きさは一つの理由ではあるが、問題はそれだけではない。
(力も強くなってるんだよな。いやー、あれは俺もビビったぜ)
目が覚めて早々に自分自身の変化に驚いていた俺は、股間をおっ広げている所を観測気球に見られた。
今考えればそんなのどうでもいい事だったが、その時の俺は焦っていた。
(それで
観測気球へ「あっち行け!」と警告も兼ねて放った水流ブレスは、海を割り、空を削った。
そして気付いた。もし、自身の力が跳ね上がった事に気付かず孤島に帰っていたら?
(帰れんよなー……
グラン・ミラオスを倒して以降、厄海は随分と様変わりした。紫色の暗雲立ちこめる空は青さを取り戻し、真っ赤に煮立った海は、今や海産物の楽園となっている。そんな海洋資源を求めて、遠海に漁船も来るようになった。
そんな中に、変わらないものが一つあった。それはグラン・ミラオスの死骸だ。
この場所で月を五回程見た。だと言うのに、グラン・ミラオスの死骸──肉体は今だ腐敗しておらず、一定の温度を保っている。
それだけなら「流石古龍だ!」で済む話だった。
(でもこいつ、
グラン・ミラオスを倒した後、俺は傷付いた体を回復させる為、致し方なくグラン・ミラオスを捕食した。その時に胸を掻っ捌き中身を喰らって眠りに就いたんだ。
そして目を覚まし、腹が減ったのでグラン・ミラオス見た時だった。そしたらさ、復活してたんだよ。
グラン・ミラオスの空っぽの胸の中。そこに脈打つ、小さい小さい、人間サイズの心臓が。
(しかも傷口が塞がった跡があったからな)
つまり、俺が厄海から動かない理由は『このまま放置したらグラン・ミラオスが復活するから』に他ならない。
(別に俺がやる必要はないし、復活も数年後だと思う。……だが、どうにも落ち着かないんだよな。)
あの時は長い眠りの直後で、恐らく寝惚けていたから戦えていた。その後も、寝惚けている内に傷を付けることが出来たからとどめを刺すに至ったんだ。
(なら、もしグラン・ミラオスが最初から全力で、更に一度勝った俺達を殺しに来たら?)
孤島に帰ろうとする度に頭を過る考え。強迫観念とも言えるそれがある限り、俺は厄海から動けない。
『なら、これを回収してもいいのよね?』
(おお!?)
背後から聞こえた圧のある声に驚き、俺は巨体を翻して警戒する。
そしてそこには、グラン・ミラオスの死骸を背に立つ、白いドレスの少女が立っていた。
(あ~、本日はお日柄も良く……えーっと、いっすよ)
下手な挨拶は不要の様で、白いドレスの少女による鋭い視線に返事をする。
『そう。それじゃあ、ボーナスタイムは終了ね』
(ボーナスタイム?)
『そう。でも、このままではあまりにも不自然──……それと、ズルになってしまう
(ん? 変わった?)
白いドレスの少女の雰囲気が、会話の途中で変わる。その高貴だが普通の人間の様な雰囲気になった少女に疑問を持つが、直後にその理由が解った。
グラン・ミラオスの頭側に縦に大きな黒い穴が広がったからだ。
(はは、今は勝てねぇな……)
その黒い穴から、白い龍が顔を出す。そして俺を一瞥すると、グラン・ミラオスの首を咥え、穴の中に引き摺り込んだ。
「あ、それでは私はこれで」
(ああ、はい。ご苦労さんで)
穴へ向かってトテトテと歩く白ドレスの少女を眺めつつ、俺は頭に浮かんだ考えをまとめていた。
(あれを見て、俺は『今は勝てない』と考えた……だが、遊ぶくらいなら付き合えそうとも思えた……)
喜びに心拍数が跳ね上がる。トサカが王冠の如くそそり立ち、両腕が隆起して赤く染まる。
(俺は、強く成りたかったんだ。死なない為に、この世界で生き残る為に……それが、成っていたッ!!)
そうして高笑いをする俺の視界に、モガのハンターが映る。
驚いた表情に身構えている様子から、今の俺に警戒しているようだ。
(恥ずかしいとこ見られたな。まあいいや)
興奮を鎮める様に深呼吸をし、体を伏せて腕を組む。そしていつも通り挨拶。
(ようハンターちゃん。今日はどんなご用事で?)
ハンターちゃんは問題ないと判断したのか、挨拶を返し、側に来てこう言った。
「大水獣、貴方は何者? 元人間……とか?」
どこか確信を持った質問に、俺は普通に答える。
前脚を動かして地面に書き出した文字を、モガのハンターが声を出して読み上げた。
「……【ロアルドロスに転生した話】……?」
このお話はここでおしまいです。
御愛読いただきありがとうございました。
次回はオマケです。