イエヤス「やると思ってました。ええ、思ってましたとも!」
タカアキ「今日は出世魚についてレクチャーするぜ」
タカアキ「出世魚はその名の通り、進化する魚さ!」
イエヤス「進化って単語はどこから…」
タカアキ「まあ、魚の呼び方は帝国各地(都道府県)によって違うから、一概にこうとは言えんが……」
タカアキ「ただ一つ言えることは! コイは出世するとリュウになる!」
イエヤス「それは迷信だし、本当に出来たら進化だ!」
ドク「登竜門な」
タカアキがスラムにあるドクの家に到着した頃。逃走したマインもまた、ナイトレイドのアジトに辿り着いていた。
両腕の骨を折られそれでもパンプキンは落とさずに、帝都から離れたアジトに帰ってきたのだ。
這這の体で逃げ出したマインは腕の治療を施されつつ、ことのあらましについて話した。
「……そうか。シェーレが……」
青い髪色をした義手の女性が頷く。名はナジェンダ。ナイトレイドを統括するリーダー、つまりボスだ。
「ま、待てよ! まだシェーレが死んだとは決まってないだろ!」マインの報告に、タツミがたまらず異議を申し立てた。「アキもいる! あいつなら帝具使い相手でも……」
「タツミ。そのアキって青年とつるんでるのは、あのアリアだぜ?」
タツミの言葉を遮って言葉を発したのはレオーネだった。それによって、タツミは押し黙ってしまった。
タツミとて理解していた。アリアはナイトレイドを赦さない。例えタカアキがシェーレを上手く連れて帰れたとしても、アリアが殺してしまうだろう。彼女は瀕死だろうが何だろうが、ナイトレイドであるシェーレに慈悲をくれる可能性はない。
「でも……でもよ……!」
反論したい。しかしレオーネの言い分は正しい。タツミはただ拳を握りしめ、俯いて涙を堪えることしか出来なかった。
タツミの姿を見て、マインもまた歯を噛み締めた。セリューかアリアか。どちらにしろ、シェーレは殺されてしまうだろう。マインは悔しくて仕方なかった。
いや、この場にいるナイトレイド全員が同じ気持ちだろう。シェーレは共に過ごしてきた仲間だ。
「もはや、放っておく訳にはいかんな」
広間に広がっていた静寂を打ち切ったのはナジェンダだった。その鋭い眼光には静かに炎が揺らめいていた。
「アリア及びタカアキを」
二人にはナイトレイドと遭遇しながらも、二回も逃げられた。しかし手配書が増えていない━━帝国に顔がバレているのは元将軍のナジェンダ。元々は帝国側に属していたブラートとアカメ。そしてしばらくの間、帝都で独自に暗殺を行っていたシェーレの四人だ━━そのことを考えると、
二人がナイトレイドの情報を帝国に流していないことは分かっていた。
しかしだからと言って放置しておいていい訳ではないし、特に問題はタカアキだった。
「あの青年は、確か━━ダンテと言う別人格を呼び出し、パワーアップをする」
「ダンテがあのダンテなら千年前の英雄だな。ま、一閃流を使ってたことといい、帝具なしで帝具使いと互角になったことといい……あながち嘘でもないかもしれねぇ」
ブラートは以前タカアキ━━いやダンテに受けた傷をさする。
ナジェンダはたばこを吹かしてから、マインにその視線を向けた。
「マイン、タカアキがこちらに下る可能性は?」
「ないわ。タツミがいても無理だと思う。とことん人殺しを拒否してたから」
「ハッ! 人殺しの外道と行動共にしてるくせに。訳分からん兄ちゃんだな」
おそらくアリアのことだろう。レオーネは苦々しく吐き捨てた。
「……仲間にならないなら、どうするつもりです、ナジェンダさん」
タツミをちらりと横目で見つつ、ラバックが問う。答えは分かっているも同然だったが、ラバックが訊かなければタツミが訊いていただろう。
「ああ。アリア共々……抹殺する」
分かっていた。分かっていたがタツミは動揺を隠せない。
「まずは居場所を突き止め、一人ずつ殺す。特にタカアキは要注意だ」
「ま、いくらダンテを出しても、村雨で斬れば死ぬでしょ」
「ああ。感触からして、私とブラートが全力で戦えば恐らく勝てる」
「ちょ、待てよ!」
タカアキを殺す算段をし始めたナイトレイドのメンバー。タツミは声を張ってそれを止めた。
「殺すとか……アキは……アキは悪いやつじゃない! 帝都の連中みたいに腐ってる訳じゃない! なのに……!」
「タツミ。アリアは帝国側の人間だ」たしなめる訳でもなく咎める訳でもない、優しい声色でナジェンダは言った。「そんな人間と一緒にいる以上、いつ敵になるか分からない。アリアにはこちらの工作員も殺されている。どちらも危険で、見過ごす訳にはいかない」
タツミに配慮して本人には言っていないが、工作員とはイエヤスとサヨのことだ。イエヤスの行方は掴めていないが、サヨは確実に殺されている。
「タツミ……ナイトレイドにいる以上、そういった覚悟も必要だ。最初に言っただろう? ━━ここは修羅の道だと」
ナジェンダはタツミをナイトレイドに誘う際、そう言ったのだ。いつ死ぬとも分からない、ただ大義のために修羅の道を突き進む、と。
シェーレの死に対しても同じことが言える。本人も━━ナイトレイド全員が覚悟していた。殺し屋などしているのだ。いつ殺されてもおかしくはない。
タツミはただ、項垂れるしかなかった。
「よし、決まりだ。今後は今までと同じ様に、依頼をこなしながらアリア及びタカアキを討伐する」
ナジェンダは凛とした声で言い放った。
「アリアは最優先で殺せ。二人いた場合はタカアキを無視しろ」
ナジェンダの命令は簡単だった。以前と同じく、タカアキはそのままなら速攻で撃破。アリアといた場合はアリアを先に殺す。
「ダンテを出された場合は、アカメとブラート……この二人がいない時は戦うな。そしてダンテ戦は……私も出よう」
ナジェンダは不敵に笑って見せた。同時にナイトレイドたちの間にざわめきが広がる。
「ボス自ら……行くのか?」
「無論だ。片腕を失ったとて、私も将軍だ」
アカメがナジェンダの義手となった右腕を見やると、ナジェンダはそれを力強く握ってみせた。
「これは革命軍本部の勅命でもある。総員! 覚悟を決めろ!」
ナジェンダの号令で沸き立つナイトレイド。その中でタツミだけは静かに……しかし確実に覚悟を固めていった。
━━━━国の、村を救うために幼馴染みを斬る覚悟を。
「……俺だって、ナイトレイドだ。シェーレのためにも……」
少年は今日、修羅の道へと足を踏み出した。
革命軍。それは今や腐りきった帝国を変えるため、数人の有志が立ち上げ巨大化させた組織。
ナイトレイドはいわば帝都のゴミ掃除。日の目を浴びることもなく、歴史にも残らない。
ならば日の当たる場所で自らがそうだと名乗る者も必要だ。
革命軍最高幹部。彼らは革命軍を纏め上げる存在である。
「これよりッ! 革命軍最高幹部員による、議会を執り行うッ!」
石畳が敷き詰められた部屋に男の大声が響く。部屋自体はさほど大きくないが、男の声は大きかった。
小さな窓と必要最低限の燭台以外には、中心に据えられた円卓しかない簡素な部屋だ。
その円卓に五人の男女が座っている。先ほど大声を張り上げたのはゲンブ。ひときわ身体が大きく、椅子から完全にはみ出るほどの巨体だ。
さっぱりと短い髪に意志の強そうな太い眉。完璧にへの字に曲がった口。二メートルはあろうかという巨体。最初にゲンブを見た者は大抵腰を抜かしてしまう。
「うるせぇなぁ。もうちょい静かに出来ねぇのかよゲンブゥ〜」
ゲンブの隣の席。そこに腰かけた線の細い青年が避難の目でゲンブを見る。
青年の名はスザク。ゲンブとは対称的に体つきは細く、ともすれば女性の様だ。しかし彼の鋭い眼光に捉えられれば、そんなことは言えまい。
「何か文句があるのかな?」
「だから大有りだっ! うるせぇってんだよ! いつもいつも……」
「それではまるで……俺が悪いみたいではないかッ!」
「何自分は悪くねぇみたいな顔してんだ、テメエ!?」
スザクはとうとうゲンブに掴みかかりそうになるが、スザクのほぼ真正面に座っていた女性が止めた。
「喧嘩はよくないわよ〜ん。二人とも〜」
穏やかに、そしてどこか間の抜けた声で二人を止めたのはセイル。女性と言うよりは、外見は少女に近い。
ボブカットにされた髪は可愛らしく揺れ、それによって彩られる瞳もまた、大きく可愛らしい。
が、そんなセイルの可愛らしい容姿に反比例して、彼女が放つ殺気は剣呑なものだった。思わず二人が黙り込むほどだ。
「あー、いじめだ。いじめよくないんだー。いじめカッコ悪いんだー」
それを見た、今にも死にそうな外見をした男が口を開いた。
ビャコウ。目の下に大きな隈をこさえ、顔色もお世辞にも良いとは言い難い。むしろ最悪の部類。頬も痩けており、実年齢より確実に十歳以上老けて見える。
しかし小さく開かれた目だけは、キラキラと子供の様に輝いている。
「ふひひ……」と笑うビャコウに他三人はひきつった笑みを見せた。
その様子を今まで黙って見ていた五人目が、手を叩いて注目を集めた。
他四人はすぐさま姿勢を正した。円卓とは本来、力の上下関係を平等にしようとして作り出された机だ。だが、手を叩いた男性がこの中で最高の権力を持つ者だというのは一目瞭然だ。
彼こそ革命軍を統括する総長、ミカエル。大臣のやり方に疑問を感じ、帝都の腐敗を正すため革命軍を立ち上げだ人物だ。
そんな人物像とは反対に、ミカエルは物腰の柔らかい男性だ。柔和な笑みを浮かべる顔は下手をすれば女性にも見えるし、体つきもがっしりしている訳ではない。
特徴的な銀色に輝く髪は長く、頭の後ろで一纏めにされている。争い事など無縁そうな男性だが、その実革命軍最強の実力を誇る。
「元気なのも結構だが、そろそろ本題に入ろうじゃないか」
本人の柔らかい物腰と同じく、声も柔和なものだった。
ミカエルの要望に答え、ゲンブが資料を手に立ち上がる。
「今回集まってもらったのは他でもない。この帝国で発見された『ツバサ持ち』についてだ」
「報告書は呼んだわ。サヨとイエヤス、しくじったのねん」
つまらなそうにセイルが言う。彼女は革命軍内の諜報部隊の育成も行っている。サヨとイエヤスはセイルから直接勲董を賜った数少ない人物だった。
「自分の直属とも言える部下が死んだんだ。悲しくはないのかい……? ヒッ」
酔っ払いの様にしゃっくりをかましたビャコウ。セイルは目を伏せた。
「そんな訳ないじゃない……悲しかったわぁ。天国でも安らかにね」
安寧道式の祈りを捧げるセイルを、スザクは横目で胡散臭げに見る。
一つ鼻を鳴らした。
「ハッ。テメエの部下がどうなろうが関係ねぇケドよ、『ツバサ持ち』についてはどーすんだ。ほとんど情報ナシだろ」
「お前は報告書を読んでないのか?」
ゲンブはぎろりとスザクを睨む。
イエヤス及びサヨがもたらした情報は二つ。一つはタカアキが確実に『ツバサ持ち』であること。二つ目が、タカアキにはダンテが取り付いているかもしれないことだ。
「あーあー、読んだ読んだ。だから何だ。ターゲットは『ツバサ持ち』です。ダンテとか言う英雄だか何だか知らねぇやつを身体に宿します。……四年かけてたったそれだけか? 諜報部隊も大したコトねぇなぁ」
「あらん? 喧嘩売ってるの? 買うわよ? 買っちゃうわよ?」
「止めんか貴様らッ!」
火花を散らし出したスザクとセイルを、ゲンブが一喝。納得出来ない顔をしながらも、二人は一応矛を納めた。
「重要なのは『ツバサ持ち』の彼が、革命軍につかないってことじゃないの?」
「その通り! だから俺はナイトレイドに抹殺指令を出しておいたッ!」
イエヤスとサヨの報告書に、ナイトレイドの連絡。二つを鑑みた結果、タカアキが革命軍側につく可能性は限りなくゼロに近いと判断された。
「……ナイトレイドで相手になるかしら?」
セイルが手元の資料を弄ぶ。その資料にはタカアキのデータやダンテの出現について書き記されている。
「『ツバサ』の力を使うのではなく、ダンテを召喚するみたいな書き方されてるね。……力を使わないなら楽勝さぁ。私の愛しいナジェンダもいるしねぇ」
「だが“もしも”って時には……
青ざめた表情とは裏腹にうっとりとした眼差しのビャコウを、スザクは横目で見る。
ミカエルはゆっくりと深呼吸をした。
「近年、大臣も『ツバサ持ち』を手に入れた。詳細は不明だが、我々にとってこれは絶望を意味する」
革命軍はその実、帝具よりも『ツバサ持ち』を警戒していた。いまだ発見数はニ。もしかしたら二人だけなのかもしれないし、帝国の外にまだいるのかもしれない。
「さらに、この資料にある青年が大臣側につかないとも限らない。芽は早い内から摘み取っておくのが得策だ。もしナイトレイドがしくじった場合━━」
ナイトレイドは帝具を持つ少数精鋭の部隊だ。それが標的を討ち漏らすなど考えにくいが……実際二度に渡ってタカアキを逃がしている。
それを鑑みての判断。
「私が出よう」
空間の雰囲気が変わった。ミカエルがそうさせたのだ。他四人はピリピリしたとミカエルの静かなる殺気を受け止めた。
「もう一人の『ツバサ持ち』についても同様だ。例え君たちでも戦うな。もし出会ったら逃げろ。やつは革命軍決起の日……その日まで大臣と同じく無視だ」
戦えば命はない。革命軍を指揮するミカエルが、たった一人の人間に対してそう言ったのだ。この場の幹部は、改めて『ツバサ持ち』の恐怖を新たにした。
大臣お抱えの『ツバサ持ち』の姿を見た者はいない。正確には、
以前、帝具使い三人精鋭五十人の遠征部隊が、その『ツバサ持ち』たった一人に全滅させられたこともある。
「エスデスに加え、厄介だぜ全く!」
「こっちの全戦力を投入して勝てるかしらぁ?」
「西の異民族、安寧道の教徒たち、革命軍の諜報、暗殺、実働部隊。……これだけ揃ってるんだ。勝てるさぁ」
「うむ! 我ら幹部に加え、革命軍最強の総長殿もいらっしゃる! 負ける訳がないッ!」
「その通りだ諸君。負ける訳にはいかない」
総長━━ミカエルは幹部一人一人の顔を順番に見た。
「決起まであと僅かだ。それまで耐えてほしい」
あと僅か。あと僅かで大臣も終わりだ。民を虐げてきた報いを受ける時が来る。
幹部たちは、それぞれ平和な未来を夢見て牙を研ぐ。
「数ヶ月後には……世界は変わる」
ミカエルはそっと呟いた。
それは吉か凶か。革命軍が勝つか大臣が勝つか。
未来はそれで……決まる。
第一章 完