これから第三章、終章と続いて一旦終了します。長い目で応援くださいませ。
1
「イエヤス様、完全復活!」
いまだ静けさが勝るスラム街に、能天気な青年の声が響く。イエヤスその人だった。
イエヤスはしきりに身体を動かし万全になったことをアピールしていた。
「朝から元気ね、家畜二号は」
それを朝の冷気と同じ冷たさを持つ言葉で一蹴したのはアリア。金色に輝く髪をひとかきして優雅に言った。
家畜二号とはイエヤスのことだ。一号はタカアキ。アリアはあの日から何故か二人をそう呼び始めた。
「産卵期なんだろ、多分」
アリアに続いてスラムの家から顔を出したタカアキ。適当にそんなことを返してみた。あー魚が食べたい。そう思いつつ。
「よし、元気で結構」
最後に顔を出したのはドク。いつも通りにボサボサの白髪をかきあげる。
今日からタカアキたちの本格的な修行が始まることになっている。イエヤスも全快し、ドクの言う“教師”の目処もついたらしい。
「ほら、今からそこに行け」
タカアキたちは一枚の地図を渡された。帝都の外れにある森の中に丸印が付けられている。そこが教師との集合場所だ。
ドクはシェーレの治療のために残り、引き続き帝都の情報を集めるそうだ。
「
タカアキは険の含んだ声色で言ってから、ドクの背後━━家の扉の隣に身体を預ける黒髪の男性を見た。シェーレを助けた夜、タカアキ自身も助けてもらった男性だ。
「あ? 何か文句あんのかよ、小僧」
相変わらず気だるそうだ。タカアキはいや、と首を振って前を向き直った。今は彼を気にしている場合でもない。
「それじゃ、行ってくる」
深い森を三人で進む。普段人が滅多に足を踏み入れない場所で、危険種も多数存在するらしい。
「こんなところで修行させる気?」
森を進みはじめて早一時間。アリアが頭にくもの巣を引っかけながらごちる。思った以上に過酷で、タカアキとイエヤスでさえも不満を溜め込んでいた。
そんなこんなでようやく広場の様な場所に出た三人。目印代わりか、ご丁寧に白い布が巻き付けてある木の棒が中央に立っていた。目的地に辿り着いた様だ。
三人は安堵のため息をもらすが当の教師が現れていない。
「こんなに頑張ったのに、出迎えの一つもない訳?」
「ま、まあ、時間も指定してなかったし」
「けどわざわざドクが朝っぱらから起こさせてここに来させたんだぜ? あのじいさんのことだ。俺たちがここに着く時間も計算してるだろ」
それを否定出来ないのがドクの怖いところだ。ということは待ち人もすでにいそうだが……。
「気配がないな……」
タカアキは周囲を見回し、人の気配を探る。しかし周囲に気配はない。
「なあ……その気配とかってどう感じるんだ?」
イエヤスが常日頃から疑問に思っていたことを口に出した。村にいた時からタカアキはそういったものを鋭く感じていたのだ。タツミはもちろん、共に訓練していたサヨさえも気配など感じ取れなかったのに。
「どうって……なあ?」
同じく気配を感じられるアリアに、タカアキは視線を送る。彼女は肩をすくめた。
「私の場合は、何かそこにいるなって感覚がふわふわと伝わって来るのよ。もしかしたら人の血の匂いを感じ取っているのかも」
「こ、こえーこと言うなよ」
「ふふ、何で? 私は血を見るの、大好きよ」
「やっぱこえーよ。この女悪魔だよ、絶対」
イエヤスは質問も忘れてタカアキの陰で震え出す。
その様子を見て嘆息したタカアキだが、次の瞬間に自らに飛びかかってくる“何か”を察した。それが何かは分からないが、タカアキは条件反射で飛びかかってきた何かから、イエヤスを庇った。
「んな!?」
「しまった━━」
イエヤスとアリアの声が遠くで聞こえる。━━死ぬのか俺。
迫る刃を目の前にそう考え目を閉じた。
━━そして刃が自らの身体をすり抜けていく感覚を味わった。ああ、斬られた。死んだ。そう思ってはいたが、痛みはない。
恐る恐る目を開けると、そこには金髪の男性が立っていた。
見事な金色のモミアゲを自慢気になぞる。スーツ姿の様だが裾はよれよれになっている。しかもそれは崩されていて、男性が型にはまらない人間だと言っている様だ。
手にしているのは━━巨大な鎌。立派な装飾を施されている点といい、とても戦闘用には見えない。
その男性は口角を楽しげに吊り上げていた。その口を開く。
「……合格。お前さんは立派な人間になるだろうなぁ」
タカアキはポカンとしてしまった。イエヤスもアリアも突然の出来事で硬直している。
そんな彼らを見て男性は悪い悪いと頭をかいた。
「ドクに聞いちゃいたが、一応試させてもらった。兄ちゃん……」
男性は鋭くタカアキを見据えた。その瞳が楽しげに揺れる。
「十分すぎる。逸材だ。王の器っつってもいいくらいだぜ」
ものすごく褒められているのだが、当の本人は目をぱちくり。状況が全く飲み込めていない。
「え、と……ドクの知り合いか?」
ここまでくればもはや想像がつくだろうに、先ほどの斬られた様な衝撃も相まって間抜けな問いをしてしまうタカアキ。
そんな彼の問いに、男性は笑って答えた。
「ホリマカ。今日からお前らの教師やらせてもらうぜぇ。よろしくな」
「こ、こんなちゃらんぽらんな男が……?」
ドクがタカアキたちを鍛えるために呼んだ教師、ホリマカにアリアは絶句を隠せない。
「男はみな、飄々とあるべき生き物だぜ、アリアのお嬢さん。特に俺は、特定の波止場を持たない流浪の船さ」
「それって要するに、帰る家ねぇってことか?」
あごに指を当ててポージングをしてみせるホリマカ。本人的には決まっているつもりなのかもしれないが、内容は身のないものだった。おかげでイエヤスのツッコミをくらう。
「ま、立ち話もなんだ。来いよ。俺の彼女を紹介してやる」
「話の流れがおかしくない? 別に貴方の女なんてどうでもいいんだけど」
くるりときびすを返したホリマカだが、アリアの言葉に立ち止まる。そこで顔だけをこちらに向けた。
「誰が女っつったよ? いいから来いよ。民間人に見せんのは初めてだぜぇ?」
タカアキたちは一度顔を見合せたが、結局着いていくことにした。アリアは、また森の中を歩かなくてはならないことに不服だったが。
目的地はすぐだった。ホリマカに先導され、五分十分歩くとホリマカが立ち止まった。
周りには木しか見えず、時に何かがある様には思えない。
しかし。
「そこ……いくつか人の気配を感じる」
タカアキはホリマカが立つ丁度目の前の森を指差した。
「ほんと。それによく見たら……ハリボテ?」
アリアの言う通り、目の前の木々は本物ではなかった。ホリマカが実際にそれを掴んだことで、カムフラージュ用の木々が描かれた布だと分かった。
ホリマカは布を握る手に力を込める。
「ご対面だぁ。しっかりその目に焼き付けろ━━」
そして勢いよく布を引いた。
生い茂る木々が取り払われ、“それ”があらわになる。
白。真っ白だ。まず最初に目に入ったのはその色。次にシャープなその形。巨大すぎて“それ”が何だか分からなかったが、ようやく布が取り払われたことにより、“それ”がどういうものか分かってきた。
本来こんな場所にはあるはずのないもの。
普通は陸の上にはないもの。
そもそも海の上でしか、その力を発揮出来ないもの。
━━そう。船だ。いや艦だ。大きさは百数十メートルほど。船としては大きく、艦としては小さい。純白の装甲には傷や汚れ一つなく、全体的に流線形な船体に、簡素に主砲や副砲が収まっている。
「こいつが、俺たちの持つ最愛の彼女……閃光の白船、セントビーチェ号だ!」
ホリマカの自慢気な声もタカアキたちには届いていない。ただ、圧巻されていた。美しさと共に気品を兼ね揃える、この純白の艦に。
「いや、で、でもよ、どうやってこんなとこまでこいつを?」
イエヤスの疑問ももっともだ。船は水上を走るもの。近くに川もない。
ホリマカは不敵に笑って空を指差した。
「飛んできた」
飛んできた。
トンできた。
分からなくなってきた。いや、元々訳が分からない。さすがのアリアも目眩を感じ、タカアキなど考えることを放棄したかの様に口をポカンと開けている。
「ま、百聞は一見にしかず、だ。飛行戦艦……その身で味わってみな」
艦は実際に飛び上がった。甲板にタカアキたちを乗せ、大空へと舞い上がる。
初めはビビりまくっまていた三人だが、風を切る感覚を数分も味わえばもう虜になっていた。
「これは……気持ちいいわね」
「ああ! サイッコーだぜ!」
「まさに鳥になった気分ってやつだな。こいつなら空から魚が取れそうだ」
「そうだろう? いいだろう? 最高だろう? これだから空を飛ぶのは止められねぇ」
三人の賛辞を受けホリマカは満足げに頷く。共感を得られたことがよほど嬉しいらしい。
「でもこんな鉄の塊がどうやって飛んでいるの?」
「何で今までこいつが帝国に知られてなかったんだ? 革命軍にも情報はなかったぜ?」
「こいつで漁出来る?」
「いっぺんに聞くな! 順番に答えてやるよ……」
ホリマカは興奮気味の三人を手で制する。そして一つ咳払いをした。
「こいつ━━セントビーチェ号は俺とドクで造り上げた。確かに普通は空なんぞ飛べるモンじゃあねぇ」
ホリマカは流れる下界に視線を落とした。甲板に出るために高度と速度を落として飛んでいるため、下界の動きはゆっくりだ。
「だが空飛ぶ危険種の飛翔機関を何とか組み込めてなぁ。ドクは天才だよ」
「それって……」
つまり帝具と同じなのでは? 皆まで言わずともアリアの言いたいことがわかっていたのか、ホリマカは強く頷く。
「まるで、どうすれば危険種の特性を道具に乗せられるか知ってるみたいだった。付き合いは長いが、謎の多いジジイだぜ」
「……そうね。彼については分からないことの方が多いわ」
タカアキがシェーレを助けた時に彼を救った男性もしかりだ。ドクから男性が何なのかは聞いていたが、納得は出来ていない。
「次はイエヤスだな。知らない理由は簡単。バレないからだ」
ホリマカは簡単に言い切った。
「飛翔機関はさっき言った通り危険種のもの。大きな音は出さねぇし、大して燃料も食わねぇ。そして空にいるこいつは下からは見えねぇ」
ホリマカが言うには海鳥と同じ様に、腹の部分を空と同じ色にして地上からは見えにくくしているらしい。
「それと基本は高い高度を飛行するからなぁ。普通は見えん」
「空を見上げるってこともしねぇしなぁ」
人が空飛ぶ船に乗って空中散歩中、なんて言われても信じる人間はいないだろう。今の時点では空を飛ぶ方法は、危険種の背に乗るか帝具を使うかのニ択だ。
「……とまぁ、こんなモンだぜ。もうお前らはセントビーチェの虜だろ?」
「漁が出来るか答えてねーぞ、こらー」
「お前はうるせーよ」
ホリマカは軽くタカアキの頭を小突く。王の器だの何だの褒めていたわりに、タカアキの扱いはぞんざいだ。
そのままちょっとした喧嘩に発展したが、タカアキがふと地上を見下ろした。視線の先には湖。
「ん? ギョガン湖か。あれがどうかしたか?」
ホリマカもタカアキに倣って覗き込む。眼下には大きな湖と、それを取り囲む木々が生い茂っているだけだ。
「何だろう……何か」タカアキは目を細めた。「懐かしい……? ふるさと……みたいな」
「んー?」
ホリマカは首を捻った。イエヤスに目で訊ねるが、彼は首を振った。
「……まぁいい。次は船内を案内してやる。高度を上げたいし、中に入れ」
タカアキは何故だかあの湖……もしくは湖の近くに何かある様な気がしてならなかった。ならなかったが、それが何かはわからない。
後ろ髪を引かれながらも、タカアキは艦内へと入って行った。
閃光のリベリオンはつまり何が言いたいかっていうと、
ルシフェルマジかっこいい!!
って話です。
お、俺はイルミナティの人間じゃねえよ?(震え声)