イエヤス「まさかの続編かよ…」
アリア「前回のアイアンメイデンは正確には拷問器具ではないわ。だから今回も拷問器具ではなく、拷問の方法をみんなに解説するわね♥」
アリア「そうね~、嫌いなやつを全部が緑色に塗られた部屋に放り込んでみなさい」
イエヤス「……訊くのが怖いけど、どうなるんですか?」
アリア「発狂するわ。ふふ、私、精神的に責める方が好きなのよね」
イエヤス「え、と、じゃあ、アレを、全部の壁に魚が描かれた部屋に放り込むとどうなるんだろうな」
タカアキ「魚、そう…それは宇宙の神秘。そして真理!」
アリア「うん。発狂するんじゃないかしら」
イエヤス「最初から狂ってると言えなくもないけどな…」
艦内へ戻ったタカアキたちは、乗組員への挨拶がてら艦内を見回った。
意外にも小綺麗にされており、手入れが施されていた。まるで新造艦だ。大切に扱われている証拠だろう。
ブリッジや居住区など主要な場所を回った後、三人は食堂の休憩スペースで腰を落ち着かせることにした。
飲み物を貰いあおりつつも、話をする。
内容はすでに艦のことではなく、ドクのことだった。
「まっさかドクが帝具使いとはなぁ」
イエヤスはギシリと背もたれに体重をかけた。
ドクは帝具使いだった。それはついこの間……タカアキがシェーレを助けた時に判明したことだ。
「確か生物型の中の人間型帝具……疾風迅雷マスラオ、だったかしら」
「そう言ってたな。とんでもない強さだった」
タカアキは同じく生物型帝具であるコロを、いとも簡単に蹴り飛ばしたマスラオのことを思い出した。いかにもやる気がなさそうな人相だったが、実力はある。
「生物型は普通と違って消耗少ねぇからな。ジジイでも使える」
「そのジジイが何で帝具なんか持っていたのか気になるけどね……」
ドクを問い詰めてもその辺りは教えてくれなかった。
「ま、それもそうだけど、俺はなんでお嬢様のお前が、スラムのジジイなんかと知り合いになったのか知りてぇなぁ」
イエヤスが恐る恐るといった体でアリアを流し見る。アリアは方眉を上げる。
「あら、言ってなかったかしら?」
「おう、聞いてねぇ」
タカアキが頷いたのを見て、アリアはコップをあおった。
「そうね……私が産まれたばかりの時の話よ。お父さんとお母さんの話だと、私は産まれたばかりだというのに、ろくにミルクを飲まなかったらしいわ」
「まあ、そういう赤ん坊もいるかもな」
イエヤスは頷いてみせる。
「そう。別にこれは珍しいことじゃないけれど、ここからよ」
アリアは机の上で手を組みその上にあごを乗せた。その瞳が怪しげな光を発し出したのを認めたタカアキとイエヤス。
無意識に唾を飲み込む。
「そのまま本当に何も口にせず、一週間二週間は平気な顔でいたらしいわ」
「
「おい、やっぱ悪魔だってこの女。マジやべえって!」
お互い抱き合って震え出した男二人を無視して、アリアは続ける。もはや怪談をしている雰囲気だ。
「さすがに医者に連れていったみたいだけど、異常はなし。健康そのものだったそうだわ」
アリアは続ける。
「当時まだ貴族ではなかったお父さんは、スラムにいるある医者の話を聞きつけ、彼にかけることにした」
「ドク……か?」
タカアキの言葉に頷くアリア。ドクは性格はいい加減だが腕は確かだ。十五年近く前から医者をやっていたとしても不思議ではない。
「ドクのところに連れていかれた私は治療を受け、普通にミルクを飲む様になりました……と」
「あや、案外あっさりと」
「お父さんから聴かされた話だし、はっきり言うと信憑性にかけるわ。ドクも何も言わないし。まあ、ドクとの交流が始まったのはお父さん伝いだし、あながち嘘じゃないかもね」
ふっと顔を綻ばせて、アリアは手を離した。
「私の話はこんなところよ。大して面白くもないでしょ?」
「いや? お嬢さんの過去なんかそうそう聞けねぇからな。俺には有意義だったぜ」
「あ、ホリマカ」
いつの間にかアリアの背後にはホリマカが立っていた。ホリマカはおどけてウインクをかましてみせる。
「艦内見学はもういいのかよ?」
「ああ、サンキュ! 最高に有意義だったぜ!」
好奇心の強いイエヤスにとっては、この艦はおもちゃ箱も同然だろう。彼は顔を子供の様に綻ばせた。
「面白い話と言や、ホリマカ。最初に会った時、俺斬られた気がしたんだけど」
確かにタカアキはあの時、ホリマカの持つ鎌で斬られた感覚を味わった。刃が身体をすり抜けた感覚は本物だったし、死を覚悟するほどだったのだが、実際生きている。斬られた痕もない。
「ああ、あいつは帝具だ」ホリマカは事も無げに言った。「奇奇怪怪アダユスっつって、鎌を振るとその軌道上の好きな場所、角度に斬撃を発生させられんだよ」
「ほえ?」
目を丸くするタカアキ。理解出来ていない。
「つまり縦に鎌を振っても、縦に斬撃が発生するとは限らないってことだよな?」
「よく分かったな。見た目より頭いいな?」
「失礼じゃね? それ」
イエヤスは一回の説明で理解出来た様だが、タカアキはまだ頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「そうね……例えば鎌を縦に振る。普通なら鎌が通った場所が斬れるわよね」
「まあ……当然だよな」
アリアの身振りにタカアキは頷いてみせる。
「ところがアダユスは帝具。斬った場所が斬れるとは限らないの。使い手の意思で、斬り裂いた方向とは別方向に斬り裂ける……って感じよね?」
「んー? 刀を振るのは縦だけど、斬れるのは横って感じか?」
「任意でな。ちなみに威力、範囲は実際に振ったものと同じな上、何回でも複製出来っからアダユスを一周させりゃ、全方位に攻撃出来る」
アリアがかみ砕いて説明すると、微妙な顔付きながらもタカアキは納得した。
「一筋縄じゃいかない帝具ね。使いにくそうだわ」
「俺様くらいになれば、チョチョイのチョイだがなぁ」
自慢気に胸を張る。ホリマカ。だが全員がスルー。ガックリとホリマカは肩を落とした。
「そ、そういや」それを見たタカアキが不憫に思ったか、ホリマカに問いかける。「この艦どこに向かってるんだ? ずいぶん飛んでるけど」
「ああ、言ってなかったか……極東の島国、ジパングだよ」
そこでしばらく修行してもらう、とホリマカは言った。
「ジパング? そこって確か鎖国中だったよな?」
「他国と貿易はしないってやつね。そんな話も聞いたことあるわ」
ジパングとは、帝国を東にずっと行った場所にある国だ。島国であるため、船を使わなければ辿り着くことは不可能。
それを利用してか、数百年前から鎖国をしている。
「そいつはそうなんだが、セントビーチェなら関係ねぇんだな、これが」
「まあ……空飛べるしな」
空を飛べるのは大きな利点だ。制空権を取れば戦闘のみならず、あらゆる方面で優位に立てる。
「向こうに知り合いもいる。ちょくちょく行ってっからな。メシも美味いしいい国だぜ?」
不敵に笑ってみせるホリマカ。ジパングの食事に余程自信がある様だ。だがそれよりも、タカアキはジパングに行けることそれ自体に胸を躍らせていた。
ジパングは一閃流開祖ダンテの故郷だ。そこの産まれだと伝えられている。
一閃流を扱う者としてジパングに足を運ぶことになるのは、これ以上ないほど嬉しいことだったりする。
「どんな国なんだろうな……」
タカアキはジパングに想いを馳せていた。
セントビーチェ号の速度は素晴らしく、ニ時間足らずでジパングに辿り着いていた。船で帝国から行くと五、六時間はかかるらしい。
ホリマカはしばらく滞在することになる村の近くの森に、セントビーチェ号を降ろした。曰く、「知り合いの方が多い村だが、さすがに住民が驚く」だそうだ。
「また歩くのね……」
村まで少し距離がある旨をホリマカが説明すると、アリアはゲンナリした。
「戦闘に体力は必須だぜ。これから嫌ってほど鍛えるんだ。これくらいでガタガタ言うなよ」
まさにホリマカの言う通りで、それはアリアも理解していた。一行はホリマカの仲間にセントビーチェ号を任せ、村へと向かった。
セントビーチェ号は村から数キロの場所に停泊してあり、徒歩でもすぐに村に着くことが出来た。
森を抜け、しばらくのどかな平原を歩く。すると段々と民家が見え始めてきた。
のどかな場所だ。
帝国とは違い木製の建造物が点々と建っており、全体的に雰囲気が落ち着いている。森が近くにあるためその温かさもあるのだろうが、どことなく平和そうだ。
争いごとなどとは無縁で、呑気に畑を耕している人や、花畑で蝶々を追いかけている子供までいる。
「……何か……平和そう、だな」
イエヤスが知らずに呟いた。帝国ならこんな感想は抱けないだろう。地方であっても、大臣の圧政のせいで貧困に苦しんでいる。
ここは帝国とは対照的だった。
「ま、村は後でゆっくり見れるさ。……時間なのに来てねぇな」
ホリマカが懐中時計に目をやる。そして苛立たしげに眉を上げた。こちらはしっかりと定刻通りに村に着いたというのに、出迎えるべき人間が来ていないのだ。
「誰か来るのか?」
「おお、俺たちが泊まる旅館の案内人に、この時間に来る様に頼んだんだがよ……」
いない。辺りを見回しても畑と花畑と青空が広がるだけだ。ホリマカはため息をついた。
と、その時遠くから駆け寄ってくる影があった。
「あ、転んだ」
遠目で分かりにくいが、その影が地面にキスをしていた。思わず全員で呟くほど豪快だった。
影は起き上がり、再びタカアキたちの元に駆けてきた。
近付くことで影が女性だと判断出来た。服装はこの村の人たちと同じ和服。走りにくいこの服のせいで転んだのだろう。
セミロングの髪は寝起きの様にボサボサで、整えられている様子が微塵もない。と言うより、表情からして寝起きだろう。まだ視点が定まっていない。
その女性の髪の色は━━柔らかいクリーム色だった。タカアキの表情が徐々に強張りだす。
ようやくタカアキたちの目の前まで来ると、女性は膝の上に手を置いて息を整える。
「おせーぞ、オイ」
「すみません〜。昨日は天体観測がはかどってしまいまして……」
「あー、分かった。分かってた。そうだったな、うん。お前はそういうやつだ」
ホリマカと会話する女性の顔を見て、タカアキは完全に絶句した。何故なら、
「ザ、ザンクの幻影に出てきた……女の子……!」
その人だったからである。
「え? 彼女が?」
アリアは女性をまじまじと見つめる。タカアキが以前言った様に特徴的なクリーム色の髪をしているし、和服も着ている。
「……私の顔に何か付いてます? ━━ハッ!? 寝起きだし、よだれ!?」
「……は付いてない、けど」
ずいぶん利発な人だ。見かけはどちらかと言えば清楚な佇まいなのに。
「落ち着け」ホリマカは女性の頭を乱暴に掴んだ。「こいつはユセ。これから村の案内や色々と世話してくれるやつだが……知り合い……じゃねぇよな?」
タカアキとアリアの反応があまりに不自然だったので、ホリマカも困惑気味だ。
「初めましてのはずだけど……どっかで会ってないよな?」
間抜けにもタカアキはそんなことを訊いてしまった。タカアキは帝国から出たことはなく、ジパングも鎖国中だ。ユセという女性が帝国に来ていた訳もない。
「貴方と会うのは初めてですけれど……」ユセは上品に顔を傾げると、にっこりと笑ってみせた。「初めて会った気がしませんわ。運命を感じてしまいますわね」
「いっ!? さ、さすがに初対面の人間に……それは重いぜ……」
「これは失礼しましたわ」
ユセは屈託なくころころと笑った。
「からかうのはそんくらいにしとけ」
ホリマカは一つ嘆息して頭をかいた。ユセは誰にでもこうだ。特に気に入った相手は、からかいの対象となる場合が多い。ホリマカも一時期よく遊ばれた。
ユセは佇まいを直してタカアキたちに向き直った。
「ようこそいらっしゃいました。ここはジパングの
そして深々と頭を下げた。
接客態度としては十分なのだが、
「アタマ何とかしろよ、アタマ」
寝癖が強く付いたクリーム色の髪が、ホリマカのつっこみと共に、揺れた。