イエヤス「お、おう」
タカアキ「俺は暗唱してる上に、振付けまで完璧だ」
イエヤス「そ、そうか…」
タカアキ「…………」
アリア「嫌よ」
タカアキ「なんで」
アリア「なんでじゃない。嫌」
タカアキ「本当は踊りたいんだろ?」
アリア「そんな訳ないでしょうがっ!」
イエヤス(三年前の夏の日…大変だったなぁ)遠い目
「大丈夫ですよ、このくらい。すぐに治りますわ」
全身に包帯を巻かれたミイラが、優しい声色で言った。
いや、ミイラの様になってしまったユセだ。彼女は連れていかれた病室で、止血のために全身を包帯で巻かれてしまった。特に肩は重点的に処置され、ひとまずは出血は収まった。
現在は病室のベッドの上で安静にしている状態だ。
起き上がったのは先の事件から六時間後。日も傾き始め、それぞれの家で晩御飯の支度を始める時間帯だ。
イエヤスとアリアは責任感からかその間付きっきりだった。
むくりと起き上がったユセがそのことをすぐに察し、笑ってみせたのだが、
「ごめんよすまない悪かった許してくれ〜!」
イエヤスにベッドにすがりついて泣かれてしまった。
真っ白のシーツに染みが広がる。それでもイエヤスは泣き止まなかった。
「その……私も悪かったわ……大事な肌なのに傷が残ったら……」
アリアの方は泣きはしないまでも、目を伏せてユセと向き合わない。
「そこは気にしなくても問題ありませんわ。傷が付くくらいへっちゃらです」
「いえ、そういう訳にも……」
女の子の肌に傷が残ってしまったら、それこそ謝るだけではすまない。その辺りの感覚は同性のアリアがよく分かっていた。ユセ本人はあまり気にしていない様子だが。
「見舞品の魚だぜ━━っと、起きたのか」
目に見えて落ち込んでいる二人。ユセが二人をどう慰めるか考えあぐねていると、バスケットを持ったタカアキが病室に訪れた。
ユセはこれ幸いとばかりに口を開いた。
「ありがとうございます、アキさん。どうぞお二人に振る舞ってあげてくださいな」
「おお、すぐそこの川で釣ったやつだ。すぐ食べないともったないしな!」
やたら嬉しそうである。すでに刺身にしてあり、食べる気満々だった様だ。
イエヤスとアリアの方はまだ浮かない顔をしている。
「みんなで食いたかったけど、食えそうか?」
「食欲もありますし……食べられそうです」
「おいおい、タフだな」
タカアキがベッドの傍の机にバスケットを置く。そのタイミングでホリマカも顔を出した。
「肩えぐられて麻酔も射たれたみたいなのにな……」
「こう見えて頑丈ですから」
いつもの様に笑ってみせるユセ。だが、顔も半分以上包帯巻きなのでよく見えない。
「んじゃ、魚食おうぜ魚。もう腹減ったしな〜」
「……何も言わないのね」
タカアキが全員分の醤油皿に醤油を注いでいると、唐突にアリアが口を開いた。
タカアキは二人を責めなかった。怪我をした本人でさえも。
どころかユセは二人を慰めようとまでしている。アリアは髪を振り乱して叫んだ。
「そんなの優しさじゃないわよ、何考えてるの!? 少しは責めて、くれないと……」
「何って言われても……」
タカアキは困った顔をユセに向けた。彼女も同じ様に困惑を含んだ笑顔を返した。
「お前らのそれはお前らが解決するモンだしな。俺はアリアを赦した。赦したっつか、責めてもしょうがないっていうか……。憎まれ口も慣れれば可愛いもんだぞ」
「私は……そうですね。お二人の事情は分かりませんけれど、今は仲間なんですよね? ならいつかきっと仲良くなれますわ」
イエヤスはアリアを見やった。
サヨを殺した相手。革命軍の秘密を吐かせるため、彼女に拷問を行った。イエヤスにはせず、わざわざ彼にサヨの拷問を見せつけたのは、イエヤスに恐怖を植え付けるためだ。例えサヨが事切れてしまっても、サヨが吐かなくても、イエヤスを使って確実に吐かせるため。
アリアはそういった残虐極まる方法を選んだのだ。赦せるはずがない。
「でも……俺は、こんなやつ」
「こら」
イエヤスがシーツを強く握りしめる。とユセがイエヤスの眉間を軽くつついた。
意味が分からず、イエヤスはきょとんとしてしまう。
「決め付けはよくありませんわ。人にはいいところと悪いところが必ずあります。今は悪いところばかり見えてしまうかもしれませんが……その内アリアさんがいい人だと分かりますわ」
その言葉。使う単語こそ違うが、かつてドクがタカアキに言ったものと同じ。
人の二面性。捉え方次第だと。
「まずお前さんたちはそっからだな」
今まで静観していたホリマカが口を開いた。
「訓練はタカアキ一人にやらせる。お前らはペアを組んでしばらく雑用な」
「ぺ、ペア!?」
「おい、マジかよ」
アリアとイエヤスはそれぞれ絶句した。当然だ。ホリマカは一日中、ずっと二人でいろと言ったのだから。
「おいおい、そんな反応でいいのかよ〜? ユセに傷負わせたんは誰だ?」
こんな風に言われたら黙るしかない。二人は不承不承といった様に黙った。
「よし。決まりだな。しばらく二人でいりゃ、色々見えてくるモンもあんだろ。人間、成長が必要だぜぇ」
こうして二人の……最悪コンビの結成が確立した。
その日の夜。タカアキは光明館をこっそり抜け出し、夜風を浴びがてら村を散策した。昼にも歩き回ったが、クセみたいなものだ。初めて来る場所は昼と夜、両方見なければ安心出来ない。
夜の村はやはり静かだ。虫の音がしみじみと響き渡り、夜の星が地上に降り注ぐ。
しばらく歩きながらタカアキはアリアとイエヤスについて考えていた。アリアはともかく、イエヤスはアリアが嫌いであるのは間違いない。タカアキを介してしかアリアと口は利かないし、どこか怖がってもいる。
これから仲間としてやっていくのに、これでは駄目だ。分かっているが、どうすればいいか分からない。ホリマカは荒療治をするつもりの様だが、こじらせてしまっては元も子もない。
それにこの間はうやむやに終わったシェーレの件。アリアはまだ殺す気でいるのか。ドクが手のひらを返したおかげで、一時的にシェーレは死なずに済んだ。
そちらもどうにかしたかった。
だがいい案が浮かばず、タカアキは考えあぐねていた。
と、その時人影を見た。
起きている人間など、自分しかいないだろう。そう思っていたのだが、見当違いだった。ミイラが夜道を歩いている。
ユセだ。
歩いていると言うより、壁伝いに這っている……と言った方がいいか。安静にしていなければならないはずなのに何をやっているのか。
タカアキはユセに近付いた。
「ミイラはベッドに戻れよ……」
「あ、あれ? アキさん、起きてたんですか?」
「お前は起きてちゃダメだろ」
ユセは見つかると、イタズラがばれた子供の様に縮こまった。
「何してるんだ?」
タカアキには、ユセがどこかに向かっている様に見えた。何を目的にしているかは分からないが、怪我を押させる訳にはいかない。
とりあえず連れ戻さなければ。
「……今しかないんです」ユセは決意のこもった瞳で前を睨んだ。「今日、ここで見なければ私は一生後悔するでしょう……! ですから!」
「……そこまで言うなんて……一体なんだ?」
「星です」
タカアキは耳を疑った。
「あの、もう一度お願い」
「ほ・し・で・す」
ユセは一言一句はっきりと発音した。やはり聞き間違いではなかった様だ。
「そんなのに怪我を押したのか?」
「そんなの?」
ユセの目付きが変わった。優しげな瞳に、先ほどはなかった冷ややかな光が混じる。
「天体観測は私の生き甲斐ですわ! アキさんの魚と同じ……なくてはならないものですの!」
「そ、そうだったのか!」
魚と同じと言われ、一瞬で納得したタカアキ。タカアキは魚がなければ生きていけない自信がある。ユセも同じなのだ。途端に親近感が湧いてきた。
「よし、行こう! 俺が命をかけて連れて行ってやる!」
「アキさん……ありがとうございます!」
ぱあぁとユセの顔が輝く。やっぱり包帯に包まれているが。
「で、どこで見る気だ?」
星を見たいのは、病室からでも今いるこの場所でもない様だ。でなくては移動しようとはしないはずだ。
「あの神社ですわ」
ユセは高くそびえる山の頂を指差した。
「あ、あれか……」
指差された山を見上げ、苦い顔をするタカアキ。
「あの、無理しなくても……」
タカアキの様子から柔らかく引き留めようとするユセだが、タカアキは首を振った。
「余計に一人じゃ行かせられないな」
そう言うと慣れた手際でユセを背負った。
突然の行動に短く悲鳴を上げたユセだが、完全にタカアキに背負われると大人しくなった。
「これでいいだろ。怪我人に無理させる訳にはいかないしな」
「あ、あの、重くは……」
「ん? 妹よりは重いけど……まあ、ひょろひょろのあいつと比べても、な」
その後も何かモゴモゴと言っていたが、タカアキが歩き出すと何も言わなくなった。
山に差し掛かり、神社に直通している階段を登る。
お互いに無言だ。
聴こえるのは虫の音。そして密着しているが故に、お互いの心音。
「…………安心しますね……アキさんの背中」
「そう?」
タカアキにもたれかかって身を任せていたユセが、うっとりとして呟いた。
「……兄貴の背中も広くて、力強くて、格好よかった。この背中になら、俺の背中を預けられるって思えた」
タカアキの兄……血は繋がっていなかったが、昔から仲がよかった。二年前、タカアキの前から姿を消すまでは。
それでもタカアキはその兄を目標に生きてきた。
「今私はアキさんに背中どころか、全身預けてしまっていますけれど」
ユセは上品にコロコロと笑った。
「そ、そうだな。改めて言われると気恥ずかしいけど……」
心なしか先ほどよりユセの心音が早い気がした。彼女の様子から、おそらく気のせいだが。
人一人を背負っているせいで時間こそかかったが、タカアキは無事頂上に到着した。
「ふー、着いたか」
「ふふ、お疲れ様です」
ユセの労いの言葉を聞きつつ、彼女の指定通りに芝生の上にユセを寝かせる。
ユセを下ろすとタカアキは、大きく伸びをした。
「さて、と。早速俺も星の観察……といきたいけど」
そのままタカアキは近くの藪を流し見た。ユセが不思議そうな顔をする。
「そんなとこに隠れてないでこっち来いよ」
呆れた様なタカアキの声に釣られ、出てきたのは青年と少女。イエヤスとアリアだった。
二人は距離を取りつつ、タカアキとユセの後をコソコソと着いて来ていたのだ。ようやく二人の姿を認めたユセは、くすっと笑った。
「まだ負い目を感じているのですか? 気にすることはありませんよ。さあ、お二人もこちらで星空を見上げようではありませんか」
ばれてしまっては逆らい様もない。イエヤスとアリアはそれぞれタカアキの隣とユセの隣に腰を下ろした。
全員で寝転がり、満天の星空を見上げる。
帝国で見上げた星空と変わらない、輝く星々がそこにあった。国は違っても同じ空の下にあるのだと理解出来る。
「綺麗ね……」全員が全員、美しさに魅了される中、アリアが口を開いた。「私は今までこういうこと、しなかったから新鮮だわ」
基本的に夜には父の手伝い━━拷問だ。ない日はない日で、空を見上げるなどしない。
「そうなんですか? それは勿体ないですわ」
「……だなあ。確か宇宙って言うんだよな?」
ユセの言葉にイエヤスが頷く。革命軍ではある程度の知識は叩き込まれる。読み書きはもちろん、一般常識もだ。それに加え、邪魔にならない程度の専門知識も覚える。
イエヤスはそれこそスポンジが水を吸い込む様に知識を吸収する。その一環で宇宙についての知識も手にしていた。
「ええ。以前までは天動説と言って、私たちが生活している、この地球を中心に宇宙が回っていると信じられていて━━」
「……俺、なんか余計なこと言ったか?」
「みたいね。……まったく」
つらつらと語り出したユセに、顔を引き吊らせるイエヤス。それにアリアが答えるとイエヤスは苦い顔になった。
「……そうだな」
タカアキはそんな二人を見かねた。仲間としてやっていくならぎこちない関係は避けたい。特にナイトレイドなど強敵と戦う場合は、ギクシャクした関係が死を招くことにもなる。
言おうかどうか迷ったが、タカアキは口にすることに決めた。
「イエヤスはアリアが赦せないかもしれない。俺はこんなやつだから吹っ切れたけど」
タカアキは上体を起こす。二人の注目がタカアキに集まる。
「でも赦す必要はないかもな」
注目を集めたタカアキが言った言葉は、二人にとって予想外のことだった。
「俺が言えることじゃないかもしれないけど、それでも、イエヤスだけでもアリアを赦さずにいてほしい。アリアは罪を犯しているってことを、忘れないでいてほしい」
「アキ……」
「それだけは赦す赦さないの問題じゃないと思う。俺は神様じゃないから、人の罪を赦すなんて大層なことは言えないしな」
今は協力体制ではある。がそれでアリアの罪が消える訳ではない。後でいくら善行を積もうが、過去は変わらない。罪は罪。
「アリアも覚えていてくれ。人殺しは罪。俺は大嫌いだ。例え死刑囚だとかそういった人相手でも。悪人でも死刑囚でも……そして人殺しでも。人は人を殺しちゃいけない。同族を殺すなんてこと積極的にするの、生き物の中でもたぶん、人間だけだ」
どうしようもなく愚かしい行為だと、タカアキは思っている。なぜ生き物同士でしかも全く同じ生き物が命を奪い合わなくてはならないのか。
誰にも命を奪っていい道理はない。唯一生きるため。そのために他人の命を消費するのは仕方のないことだ。割り切るしかない。しかし、それ以外では許すことは出来ない。快楽のために殺すなど、もってのほかだ。
二人は俯いて何も言わない。正論で説き伏せるつもりもなかったが、イエヤスもアリアも黙り込む。
「ま、それでも相手のいいところを見付けて好きになるのは悪いことじゃない」
タカアキだってアリアのいい部分も━━もちろん悪い部分も━━知っている。
要は罪も含めて、その人を認めることが出来るかどうかだ。
「明日から頑張れよ。お前らならきっとお互いを認めることが出来る」
タカアキの言葉でイエヤスとアリアはお互いを見る。お互いの瞳に、お互いがどう映ったのか。
「━━ですから……あれ、皆さん聴いてました?」
三人で話をしている間、ユセはずっとつらつらと言葉を並べていた様だ。三人は顔を見合わせて笑った。
小さくだが。三人で初めて笑えた。
小さいが、大きな一歩。
タカアキは上手くいく確信を持ったのだった。