閃光のリベリオン   作:塩焼きイワシ

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ユセ「よく分かる星空講座の始まり始まり~ですわ!」
イエヤス「あ、なんかマトモそうだ」
ユセ「辺りが暗くなって、一番最初に輝く星、何か分かりますか?」
アリア「一番星? そういえば、なんの星かは知らないわね」
ユセ「答えは金星です。時期によって明方に見えたり、一番星になったりしますわね」
ユセ「なので、明けの明星や宵の明星という名前がついたのですわ」
タカアキ「へええぇ~」

イエヤス(こんなまともなの初めてかもしれないぜ…)


5

 翌日、病室に連れ戻されたユセの見舞いをしてから、イエヤスとアリアは村に繰り出した。理由は簡単。ホリマカに今日中にこなす様に言われた指令書があるからだ。

 一枚の紙に三つほど指令が書かれている。ホリマカの言った通り雑用だ。

「なんだか絶妙に面倒臭いものが揃ってるわね」

「……それは村の人に失礼なんじゃ」

 指令の内容はいずれも村の人からの依頼の様なもの。出来れば手伝ってほしいといったものだ。

 ホリマカから全部やれと言われた以上、手抜きは出来ないが。

「どれからやろうかしらね」

「そ、そうだな」

 指令に目を通すアリアだが、イエヤスが妙に落ち着かない様子だ。アリアと目を合わせることもしない。そもそもアリアを見ない。

「なんでそんなビクついてるのよ。とって食ったりしないけど」

「へっ!? い、いや〜」

 イエヤスがアリアと二人きりでいるのは初めてだ。いつもはタカアキもいたからだ。決して女子と二人で何かをするから緊張している訳ではない。

 イエヤスはアリアに苦手意識を感じていた。嫌い云々よりも苦手だ。その恐怖心を植え付けたのはアリアで、アリア本人も自覚している。

 アリアは一つ嘆息した。

「どうでもいいけど、仕事には引きずらないでよね。足を引っ張られても迷惑だわ」

 

 

 

 タカアキは今、焦っていた。森の中を駆け抜けながら必死に頭を回す。

 あれも駄目これも駄目、と考える内に敵が近くまで迫って来ているのを感じた。

 タカアキの目の前に、巨大な大樹が現れた。思わず足を止める。すぐに周りを囲まれてしまった。

 ジパンウルフ。ジパングに生息する危険種で、集団で狩りをする。そのご多聞に漏れず、ジパンウルフは数匹でタカアキを囲う。

 ジパンウルフは夜行性だ。今は朝。元気なものだ。

 そんなタカアキのボヤキも意味はない。ジパンウルフは慎重に獲物との距離を積める。

「攻撃はすんなよー」

 タカアキの真上から、ホリマカの声が降り注ぐ。タカアキの背後にある大樹の枝に座っているのだ。

 タカアキが焦っていた理由はこれ。訓練内容として、戦わずして危険種を追い払えというものだ。

「無茶だろ!? どうやれば━━」

 タカアキの抗議が終わる前に、ジパンウルフの一匹が跳ねる。大跳躍を見せタカアキに牙を剥いた。

 それを刀を盾にしつつかわす。別のジパンウルフが飛びかかる。かわす。

 波状攻撃だ。ジワジワとタカアキの逃げ場をなくしていく。

「ジパングの戦士には、戦わずして勝つって理念があるらしいぜぇ。刀を抜くのは戦いを回避出来ねぇ時。東方剣術の流れを組んでる一閃流も、同じじゃねぇのかい?」

 暢気な声で暢気にホリマカが言う。動物相手に無茶だろ、と思ったタカアキだが、そこで一つの方法を思い付く。

 タカアキは攻撃を避けるのを止め、刀を正眼に構えた。タカアキの気配を本能で感じ取ったジパンウルフが攻撃を止める。

 タカアキの周りを回りながら、様子を窺う。

 タカアキは大きく息を吸い、吐き出した。気合いは十分だ。

 息をもう一度吸い込み、構えた刀を真上に持ち上げ……

「━━━━ハッ!」

 気合いと共に吐き出し、降り下ろした。

 森の木々が震えるほどの音量。そして圧力。ジパンウルフは怯えだし、一目散に逃げ出した。

「よし」

 タカアキはジパンウルフを別の方法で攻撃することを選んだ。

 本能を揺さぶることにしたのだ。恐怖はどんな生き物━━いや、生き物だからこそ持っているもので、死や危険を回避するのに絶対に必要だ。タカアキは危険種にも当然備わっているだろうと判断した。

「いやあ、見事だったぜ」

「物理的には攻撃してないぜ」

「ああ、合格だ」

 ホリマカが木から降りてくる。満足そうに口元を吊り上げている。

 しかし、タカアキは何故実戦にはせず、戦わないことを修行の第一段階に選んだのか分からなかった。タカアキとしては早く強くなりたいのだ。

「これって意味あるのか? タツミを取り戻すためにも、俺は強くなりたいんだ」

 だから訊いた。ホリマカは渋い顔をした。

「そうだな……お前さんには“素質”がある。人を束ねるだけの素質がな」

「……俺はそんな、大層なもんじゃ」

「いや、最初に言ったろ。お前にはでっかい器がある。そのためにも、敵を蹴散らす覇道じゃなく、人を束ねる王道を行ってほしい」

 そのすぐ後に「ドクから聞いた話じゃ、難しいかもしれんがな」と小さく呟いた。

「? 何か言ったか?」

 タカアキにはホリマカの声は聴こえなかった。ホリマカは頭を振る。

「まあ、お前さんのダチを取り戻したい粋は認める。ただ覚えとけよ。暴力を振りかざして全てを奪っても、結局何も得られないぜ。だから俺は王道を行ってほしいんだがなぁ」

「ホリマカ……」

 しみじみと言うホリマカに、タカアキが思ったことは一つ。

「あんた、案外まともなことも言うんだなぁ」

「おい、殴られたいのか?」

 

 

 

 物事は順調に進んでいた。

 アリアとイエヤスのコンビはこの一週間しっかりと雑用をこなしていた。試しにホリマカが二人を訓練に参加させ、連携をさせてみたが、そちらは上手くいかなかった。

 日常生活には支障はないが、戦闘となると別の様だ。どうにもイエヤスのぎこちなさが目立ち、連携が上手くいかない。

 タカアキとは完璧にこなしてみせるが、アリアと組むと途端に動きが悪くなる。苦手意識が先行している様だ。

 最初の頃より大分マシだが。

 アリアによると、会話もそれなりにする様になったらしい。

 一方タカアキは戦わない方法と同時に、戦い方も教わっていた。

 ホリマカはセントビーチェを使って世界を旅してきた男だ。荒事も少なくなく、腕がかなり立つ様になっていた。

 トリッキーな戦い方が得意なホリマカとの戦闘は、タカアキにいい方向で刺激を与えた。アダユスの軌道が非常に読み辛いというのもあるが、ホリマカの強弱織り交ぜた絶妙な戦い方は、さすが幾多の修羅場をくぐっているだけある。

 タカアキはそれを順調に吸収していった。

 

 

 

 

 ジパングに来てついに二週間近く経った。アリアやイエヤスも、雑用の合間に訓練を挟んではいるが、タカアキほど成長は出来ない。

 その上二人にはなんとも微妙な、ギクシャクした関係があった。

 イエヤスも最近は辺にへりくだることもなくなったが、アリアが急に声をかけると、ビクッと肩を震わせる。

 アリアとしてはイエヤスなどどうでもいいが、一日でも早く帝都に戻りナイトレイドを殺したいと思っていた。そのためにタカアキに協力しているのだ。

 だが、仲間として活動する以上和は保たなければならない。

 なので今日もこうして、イエヤスと共に雑用に励んでいる。

 今しがた、その一つを終えたところだ。

「いつもいつもありがとうね〜」

 中年の女性が洗濯物を干しながらアリアに笑いかけた。当のアリアは竹で出来たカゴに、野草を山盛りに突っ込んで立っていた。

 女性に頼まれて山に取りに行ったものだ。いわゆる薬草で、普段は女性の夫が取りに行っているが、山は危険種が出没する。つまり腕の立つアリアたちの出番だ。

 ホリマカはそういった仕事を用意し、アリアたちにさせていた。

「いつものところに置いておくわね」

 週に二、三回同じことをしている。慣れたものだ。

 女性の家にお邪魔をさせてもらい、台所に薬草を置く。

「あっ、バカ! 弄んなって」

 騒々しい声が、台所にいるアリアの耳に届いた。この声はイエヤスのものだ。その他にもちらちら。

 今、彼は同じ女性の依頼で子供たちの相手をしている。女性が家事をしている間、子供たちが危険な目に会わないようにする……つまり子守りだ。

 本当なら立場を逆にした方がよかったとアリアは思うのだが、「子供の遊ばせ方なんか、分かんねぇだろ?」とイエヤスに言われ、断念したのだ。

 そんなことはないのだが、イエヤスの方が子供に好かれるのは事実だった。

「どうだ! イエヤス様特製夫婦鶴!」

 アリアが部屋を覗くと、イエヤスが三人の子供たちと折り紙で遊んでいた。イエヤスが誇らしげに掲げたのは文字通り、折り鶴が二つくっついた状態のものだった。

 これを一枚の紙で作り上げたらしく、子供たちは歓声を上げる。

 他にもイエヤスと子供たちの周りには、折り紙で出来た様々な動物が転がっていた。

「相変わらず器用ね」

「お、アリアか。だろ? こういうのは俺の得意分野だ」

 イエヤスが胸を張るがアリアは特にコメントを返さなかった。

 しばらくして女性の洗濯も終わり、子供たちに別れを告げた。

 そろそろ午後に差し掛かる時間帯。二人はすでに依頼を全て終えていた。慣れもあるが、今回は簡単だったのだ。

 それからタカアキとホリマカ、それからユセと合流し、光明館の自室で昼食をとった。

 ユセはこの二週間で、綱糸の切り傷はほぼ完治していた。さすがに左肩は包帯で固定はされているが、もうミイラではない。

「もう終わったのか、慣れたモンだな」

 アリアとイエヤスの報告を聞き、ホリマカは箸を止めた。今回の昼食は、タカアキが釣ってきた川魚を旅館が調理したものに、ご飯、味噌汁、漬物、それに茶碗蒸しという料理だ。

「そんじゃあ、午後は訓練すっか?」

「う……まあ、いいけど」

 イエヤスが即座に苦い顔に変わる。まだ完全には馴れていない様だ。

 三人での訓練内容を話し合っていると、出入口の扉が激しく叩かれた。声から女中だろう。

 扉を開けると女中と、先ほどの女性が焦った表情で立っていた。五人はすぐに何かあったのだと悟った。

 タカアキがどうしたと訊くと、

「ジンちゃんが……帰ってこないの!」

 と泣きながらも女性は答える。

 泣きじゃくっている女性を一旦落ち着かせ、詳しく話を聞いた。

「つまり……村の子供ら数人で森に探検に行った。けど途中でそのジンがいないことに気付いた他の子供らが帰ってきて、ジンがいなくなったと報告した……」

 女性をなだめるのに時間がかかったが、つまりそういうことの様だ。

 平原はそこまで危険ではないが、森の中……それも奥だとかなり危険だ。崖もない訳ではないし、地元の人間でも迷うほど入り組んでいる。

 そして何より怖いのは危険種。森の奥には危険度の高い危険種もばっこしている。

「普段は危ないところに行く様な子ではないんです。ただ、最近は皆さんに遊んでもらえて気が大きくなっていたみたいで……!」

 女性はまた泣き崩れてしまった。

 もしかしたらイエヤスやアリアの真似をして、森の奥に足を踏み入れたかったのかもしれない。

「俺たちの、せいか?」

「今はそんなこと考えるより、子供を探すのが先だ」

 イエヤスが俯いて拳を握るが、それをタカアキが叱咤する。事態は一刻を争う。今もまさに危険種に襲われているかもしれないのだ。

 女性に子供たちが入った森を聞き、早速行動に移す。

「よし、手分けをしよう。俺とアリア、イエヤスとホリマカのペアで捜索。ユセは村で待機していてくれ。子供が戻ってくるかもしれない。それとクレイマンで捜索範囲を広げてくれ」

 危険種が出てくる可能性を考え、戦闘能力を偏らない様な編成にしたつもりだが、ホリマカがそれに待ったをかけた。

「アリア嬢はイエヤスと行きな。タカアキは俺とだ」

「あんた、こんな時に!」

「こんな時だからこそだろぉ?」

 ホリマカはタカアキにニヒルに笑ってみせる。それでタカアキはホリマカの意図を察した。

 極限状態での人間が下した判断は、その人を的確に表す。つまりその人の気持ちや気分には影響されずに行動する、というものだ。

 咄嗟にとった行動の方が、考え抜いて出した行動よりもその人の本心と言える。

 ホリマカは、この状況でイエヤスの本心を引き出そうと言っているのだ。

 理屈は理解出来る。出来るが……

「私は反対よ」

 タカアキが切り出すより先に、アリアがホリマカの提案を切り捨てた。

「家畜二号が本当に危ない時に、いい行動が出来るか分からないわ。もし、上手くいかなかったらどうする気?」

「そんときゃあ、お前……チームは解散した方がいいな。この程度で上手くはまらんなら、ナイトレイドの連中相手にゃ戦えねぇよ」

 タカアキも含め、全員は押し黙ってしまった。

 正論だ。ここで挫けてはナイトレイドとは渡り合っていけはしまい。

「でも……!」

「多少強引なのは分かってる。だが、ここでやらねぇならいつやるんだよ?」

 子供の命がかかっている以上、イエヤスもアリアも下手は打てない。決断する時は今だとホリマカは言う。

 一瞬の沈黙。

 次に口を開いたのは、

「乗ったぜ」

 イエヤスだった。

「アリアには確かに苦手意識がある。正直怖い女だよ。でもな」

 イエヤスは静かに自らのバンダナに触れた。かつてサヨに贈られたバンダナ。イエヤスの宝物の一つだ。

「俺も男だ。いつまでも女相手にびびってられないぜ!」

 拳を強く握りしめての啖呵を切った。サヨ、それにタカアキやタツミとの思い出が、イエヤスを奮い立たせている。

「……言う様になったじゃない」

 それを見たアリアが、一瞬だけ笑みをこぼした。満足そうな笑みを。

「よし。各自、状況開始! 絶対に子供を探し出すぞ!」

 タカアキの号令にはその場の全員が強く応えた。

 アリアも、イエヤスも、ユセも。もちろんホリマカも。

 各々自らの役割を果たすため、行動を開始した。

 




王道展開は好きです(自分で言う

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