閃光のリベリオン   作:塩焼きイワシ

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第一章 収束するツバサ


タカアキはイエヤスを背負い、アリアの後を追ってひたすら走っていた。

 最初に会った時に気付いてはいたが、やはりアリアはそれなりに戦闘訓練を受けている。良家のお嬢様とは思えない身のこなしだ。

 アリアの方も、タカアキの実力に気付くくらいには鍛えられている。先ほどの、自分の正体がバレてからの落ち着き様も普通ではなかった。

 どこでそんな訓練を……という疑問はすぐに解消された。

 やって来たのは帝都にあるスラムの一角。ただの民家にしか見えないその家に、アリアは遠慮もなしに扉を開け、ずけずけと中に入る。

 殺風景な部屋にいたのは一人の老人だ。

「アリアちゃん。いつも入る時はノックしろって、おじいさん言ってるだろ?」

 老人は部屋の中央に配置されている机に腰かけており、こちらを見ずに言い放った。何やら机の上に細々したものをばらまいており、老人はそれに囲まれていた。

 タカアキは、一瞬見ただけで老人がかなりの使い手だと分かった。ボサボサの白髪をものぐさそうにかいている姿はただのだらしない老人だ。だが、いくつもの死線をくぐってきた歴戦の猛者であることは一目瞭然だ。

 アリアはこの老人を師に、修行したのだろう。

「緊急の要件よ」アリアは老人の台詞を無視し、続いて入って来たタカアキとイエヤスを指差した。

「治療を行ってちょうだい。今すぐ」

「あ〜……急に眠くなってきた〜。こんな夜更けだしなぁ」

 ようやくイエヤスをチラリと見た老人は、わざとらしくあくびをした。それにアリアは、苛立たしげに眉をひそめる。

「夜行性の癖に何言ってるのよ」

「じゃあ、報酬としておっぱいを……」

「いいから、は・や・く」

 半分以上ガチ切れしていると思われるアリアの威圧感に、老人はやれやれと首を振る。そしてタカアキに近付き、イエヤスを軽々と担ぎ上げた。

「あ、おい」

「心配するな。すぐ直してやる」

 老人はニッと歯を出して笑ってみせると、奥の部屋へと消えて行った。

 そんな様子に呆然としているタカアキに構わず、アリアの方は遠慮もなしに椅子に座る。

「……座ったら?」

 タカアキがどうしていいか目を泳がしていると、アリアが対面の席を目で示す。タカアキは一瞬迷ったが立っている必要もないので、大人しく従うことにした。

「随分落ち着いてるな」

 気付けばタカアキは口を開いていた。お互い向かい合わせの沈黙が重すぎたのもある。あるが、それよりもアリアの様子が初対面と随分違うのが気になったのだ。

 頬杖を付いて机の上にばらまかれた部品を見ていたアリアは、タカアキに目を向ける。

「あなたこそ。さっきはかなり取り乱してたのに」

「俺は切り替えが早いんだよ」

「私もよ」

 アリアは再び部品に目を落とす。単純に話をしたくないのか、それとも気まずいのか。

 タカアキは構わず口を開く。

「どうしてイエヤスを助けてくれる? ━━いや、俺もか。自分で拷問にかけてた癖に」

 そう言うとまたアリアはタカアキを見やる。そして一つ嘆息する。

「……家畜に借りを作りたくなかった。それだけよ」

 アリアの言い方はぞんざいだったが、どこか柔らかいものを感じた。

「借りって……俺、何かしたか?」

「私を庇ったでしょ? 生意気にも。あの時本当は死ぬつもりだったけど、借りが出来たし。返すまであなたを死なせる訳にはいかなかったのよ」

 それで満足? とアリアは肩をすくめる。

 言われてタカアキは黙り込んでしまった。

 確かにアリアはサヨを殺したと宣言したし、自分たち田舎者を家畜と呼んで侮蔑している。

 しかし死ぬ気だったのが本当なら潔さを感じるし、わざわざ借りを返そうとしたのも義理堅く気品を感じる。

 アリアが善人なのか悪人なのか判断がつかず、タカアキは困惑してしまった。

「それにね……」とアリアは何か言いかけたが、言葉を続けずに口をつぐんでしまった。

 何だよと目を向けたタカアキに、手を振って何でもないと示した。

 タカアキが首をかしげていると、奥の部屋から老人が出てきた。治療が終わったのか、タバコに火を付け、二人に近付く。

「よう、アリアちゃん。要望通り処置したぜ。一週間もすりゃ完治するだろうよ」

「そう、ありがとう」

 老人とアリアの素っ気ないやり取りに、タカアキはもうか? と目を丸くする。

 それに老人は歯を見せて笑う。

「楽勝よ。俺を誰だと思ってんだ」

 タカアキは言葉も出なかったが、やがて頭を下げてお礼を言った。現実味がなかったが、実際にイエヤスに会わせてもらうと、確かに落ち着いた呼吸をしていた。病気で苦しんでいる様子はない。

 タカアキは心底ほっとして、イエヤスのベッドにもたれかかった。

「ドク。俺の名前だ」

 安堵しているタカアキの背中から、老人は言った。

「恩人の名前だ。覚えとけ」

 

 

 それから安心からか急に眠気に襲われたらしいタカアキを寝室に案内し、アリアとドクは玄関部屋に戻って来ていた。

 ドクは今度は机の上には座らず、椅子に座って先ほどの作業の続きを始める。細かい部品は全て時計の一部であり、ドクはそれを修理していた。

「……で、何があったんだ?」

 ドクが時計をいじりながら、アリアに問いかける。

「うちがナイトレイドに襲われたの。お父さんとお母さんと……それに護衛たちも。あいつらに殺されたわ」

 ギリッとアリアは歯を食い縛る。手も爪が手のひらに食い込むほど握り締められていた。

「なるほどなぁ。それであのガキは?」

「……恩人よ。家畜だけど」

「……それだけか?」

 そこでドクはようやく手を止めた。くすんだ瞳がアリアを射抜く。やはりこの瞳には逆らえないな、とアリアは思った。

「何か危ないモノを感じたわ。危険種なんて目じゃないほどの何かを」

 それでナイトレイドは引いたんだと思う、と付け加える。

 正直あの瞬間のことは思い出したくない。身体がすくむなんてレベルの話ではなかった。生物の根源を脅かす様な何か……アリアはそれを強く感じた。タカアキの様子からすると自覚はなさそうだったが。

 ドクはそれを聞き、唸らせた。あごひげに指を這わせ、昔の出来事を思い出している。

「現時点では何とも言えんが……とりあえず、治療費はもらおうか」

 ドクの視線は明らかにアリアの胸に向かっていた。

「いつも実験体をあげてるでしょ。家畜の健全なやつ。そっちの方こそ、ツケが貯まってると思うけど?」

 とりつく島もないアリアに、ドクはわざとらしく舌打ちした。

「……それでもう一人のガキを治療させた理由は?」

 それを聞いてアリアはあからさまに不機嫌な顔になった。

「女の方が何も吐かずに死んだのよ。……しばらく泳がせるわ」

「目を覚ましゃ逃げ出すだろうよ」

「それはそれよ。ナイトレイドに合流するなら、一緒に殺すわ」

 そこでアリアはおもむろに立ち上がった。

「今日はもう寝るわね。部屋、借りるわ」

 それだけ言うと、アリアはさっさときびすを返してタカアキとは違う寝室へと向かった。

 その背中を見送り、ドクは嘆息した。

「俺の胸で泣いてもよかったのに」

 ようやくドクは時計を直し終わり、静かに机に置いた。

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