ダインシーファが去った後の時空管理局ミッドチルダ地上本部の状況は、一言で言えば最悪だった。
ヴォルケンリッターとの戦闘で一部のビルが被害を受けたが、それ以上に魔力素が消失したことが被害をより拡大させることになった。
ミッドチルダ。特にクラナガンのエネルギー事情は、そのほとんどが魔力由来となっている。大型発電機は魔力駆動による動力炉な上、ライフラインのほとんどがそこから得られるエネルギーに依存している。
簡単に言えばリニアレールウェイ、自動運転の輸送車、空輸向けのドローン。それら全てのエネルギー源に魔力素が必要不可欠。
そんな状況で魔力素が消失したらどうなるか?リニアレールウェイは制御から外れ、自動運転の輸送車も停止し、ドローンは墜落する。そして接続されていた機材のほとんども魔力その消失によって強制的にシャットダウンされることになった。
その結果、墜落してきたドローンの下敷きになる人や、急停止した輸送車から放り出される人が続出したのだ。
「負傷者はこちらに!医療チームが到着しました!」
「重症者が先だ!軽症な人はあっちのスタッフの指示に従って!」
「ストレッチャーに乗せるぞ!3、2、1!」
シグナムとザフィーラ、シャマル、そしてヴィータをはじめ、この件で被害を受けた人々が到着した医療チームに手当を受ける。その報告を聞きながら、渦中にいた八神はやてはグリフィスがまとめた被害状況の確認を進める。
「データはもちろん、稼働履歴すら消えていますね」
「やっぱりか」
「動力源が魔力に依存していたサーバーはすべてダメです。非常用バッテリーのものは無事でしたが……」
ダインシーファは意味もなくこの場所で魔力を消失させた訳ではない。はやてたちがいた場所は管理局の上層部席を置くエリアだ。近くには司令部にもなる指揮所や、データ保管のためのサーバールーム、人事や総務などの事務部隊がいるビルもあったし、次元本部と連動して指揮系統を担う通信ルームがあるのが決定的だった。
幸い、あの謎の技術による効果範囲は半径1キロメートルと限定的であったが、その範囲内にあった機器類はすべて壊滅したと言ってもいい。被害額にすれば、天文学的な数字となるほど。
「今頃、経理や総務がクローズサーバーだったことを恨んでるやろうなぁ」
時空管理局の情報は外部からの攻撃を受けないために幾重にも守られている上に、そのほとんどが外部に漏らさないためにクローズサーバーになっている。バックアップが生きていればいいのだが、それ用のデータバンクの機材も壊滅。サルベージ作業だけでも数日は要することになった。
現在の地上本部は著しく指揮能力と情報処理能力が消失している。事実上の壊滅状態と言えた。騒ぎ立てようにも上層部が有する通信機器の全てが死んでいるので、緊急事態を発布する手段も人による伝達にしか頼れないという状況であった。
「八神司令。どうされますか」
「お手上げや」
グリフィスからの言葉にはやてはあっさりと答えた。驚く副官にはやては弱い笑みを浮かべながら理由を伝える。
「見てわかるやろ。敵は魔力素を根こそぎ奪うことができる。AMFだとか、これまでの敵とは訳が違う。魔力素がなくなったら、私たちにできることは何もない。……終わりや」
ほんの数分。そんな僅かな時間で堅牢だと思っていた管理局の防御能力と指揮系統は徹底的に破壊された。ダインシーファがここで力を使ったのがせめての救いだ。もしロストロギアが封印されている施設で使われていたらその被害は計り知れないものになっていた。下手をすればミッドチルダや他の管理世界も巻き込む大惨事に繋がる危険性すらある。
魔法に頼って戦う自分達が、そんな相手に何ができる。
普段なら、何か方法があると立ち上がることもできただろう。しかし、今回ばかりはどうしようもない。それに相手は自分をよく知る上司だった人物だ。
信じた相手からの裏切りと、それが全ての黒幕であったことを知ったはやての心は完全に折れていた。
「はやてちゃん……」
「今はとにかく負傷者とデータバンクの復旧を急いで。このままやったら地上本部の指揮系統も麻痺してしまう」
唯一無傷だったリインフォース・ツヴァイとグリフィスに事態の処理をお願いして、はやては一人で近くのベンチに腰を下ろした。忙しく行き交う局員や医療スタッフを見つめて、はやては小さく呟いた。
「無力やなぁ……魔法が使えんってこういうことやったんやな……」
ダインシーファとの戦いで思い知らされた。魔法を奪われたら出来ることは何もないという現実を。夜天の書という力を無くしたら、何も抵抗ができないという事実。いいように手のひらで踊らされていた自分の滑稽さ。
思わず蹲るようにはやては顔を伏せる。瞳から溢れるものが止まらなかった。
「……ッ……悔しいなぁ」
家族であるシグナムやヴィータ、ザフィーラ、シャマル。みんながやられるところを、指を咥えて見ていることしかできなかった。司令官という視点から見える絶望的な未来に、はやては何もすることができない。
今自分にある手札だけじゃ、どうすることもできない。
「隣、失礼するよ」
ふと、声をかけられた。顔を上げると、一人の老人が目の前に立っている。管理局の制服も着ておらず、年相応のシャツとスラックス、そしてカーディガンを羽織っているその人物は、忙しく動き回る他の人とは違い、纏っている空気感は穏やかであった。
よく見るとその人物は片腕がなく、袖が通されていないシャツはだらりと地面に下がっているのが見えた。
「ずいぶんと深刻な顔をしているね、八神はやてくん」
「貴方は……?」
「グラハム・アーウィン。元管理局航空武装隊の指揮を取っていたロートルです」
といっても、引退してもう10年以上経っていますが、と言葉を続けるグラハム。彼の名前を聞き、はやてはすぐに思い出す事ができた。
グラハム・アーウィン。彼のいう通り、元航空武装隊の隊長で、「なのはが墜落した」当時まで在籍していた管理局員だった。ある事件で片腕と部下を失い、責任を取る形で引退したグラハムは、リハビリを受けているなのはと病院で出会い、それ以来、なのはの相談役の一人となっていた。
なのはからは「祖父みたいな存在」とも言われていて、娘であるヴィヴィオを連れて家族ぐるみで付き合いをしているとも聞いている。
そんな人物が自分に何のようなのだろう。はやて自身はグラハムとは初対面であった。なぜ彼は、自分の元にやってきたのだろうか。偶然にしては、非常に運がないタイミングだ。彼と深い関係のあるなのはは今は連絡が取れず、ヴィヴィオは何も知らないままクラナガンの郊外にいる。
彼が自分の元に来る理由なんて、思い当たるとこらがない。そうはやては思っていた。
「大変な時に声をかけてしまったかな」
「いえ、何というかその、……自分の無力さに打ちのめされたと言いますか……」
「しかし、貴方は自身の力でたどり着いた。ジョン・オールドマン中将……いえ、ダインシーファのもとに」
その言葉を聞いて、はやての表情はピタリと固まった。ジョン・オールド……ダインシーファ。なぜ、この人物がそれを知っている?はやて自身もついさっきたどり着いた真実だというのに。
「申し訳なく思っている。もっと早くに伝えるべきだという声もありました。だが、君たちにそれを伝えればチャンスを逃す可能性があった。だから、伝えなかった。君たち自身が気づくのを待っていたのだよ」
何を言ってる?はやてには、真横にいるグラハム・アーウィンの言葉の真意が理解できなかった。
「彼から聞いているはずです。然るべき場所でまた会おう、と」
「グラハム・アーウィンさん……貴方は、いったい……」
声が震える。はやての目を見てグラハム・アーウィンは立ち上がって、残っている一つの腕を差し出した。
「我々はソーサラーズ。ダインシーファに立ち向かう者たちです。我々は貴女達を然るべき場所へ連れてゆく準備ができている。それに乗るか、それともこのまま全てを諦めて滅びを待つか。決めるのは貴女だ」
何もわからない。何も理解できない。何もかもが想定を遥かに上回る。
はやての思考は混乱と困惑に揺れていて……パンッと強く頬を叩く音共に、長年培ってきた鋼の理性でぶん殴って混乱を沈めた。
ダインシーファ。魔力素を消失させる技術。そしてそんな相手に立ち向かおうとする謎の組織。
わからない事だらけだ。
だが、それがどうした。
闇の書事件を目の当たりにした時に比べればなんてことはない。あの頃も、何もわからないなんて当たり前。理解できないなんて当たり前だった。
立ち戻っただけだ。大したことはない。
顔を覆っていた手を離して見えたはやての表情に、もう迷いや悔しさは残っていなかった。
「……話を聞かせてください」
強い眼差しでそう答えるはやてに、グラハム・アーウィンは喜んでと伝え、この先へ続く道への水先案内を申し出るのだった。
ストックはここまでなので、以降は週一更新を目指します。