「ミッドチルダ地上本部所属、海上警備部捜査司令の八神はやて二佐です」
「ソーサラーズの実働部隊を指揮するボウマンだ。よく合流してくれた」
保護した管理局の魔導師達をミッドチルダに送る手筈を整えようとしていたら、その魔導師達を束ねる司令官が副官も連れずにふらりとカルナログにやってきた。その報告を受けて方々に便を手配しようとしていたボウマンはすぐにキャンセルの連絡をする必要に迫られた。
八神はやて。高町なのはやフェイト・T・ハラオウンに次ぐ管理局の有名人で、かのJ.S事件なども彼女の指揮で解決に導かれた。
そして、ジョン・オールドマン……ダインシーファが優先して狙う重要人物でもある。そんな彼女の保護と、打倒ダインシーファを目指すソーサラーズへの協力工作を主要メンバーが考えないわけもなく、こうやってはやてはボウマンやなのは達がいる場所に導かれたのだ。
そのほかにも、別行動をしていたティアナ・ランスター執務官や、カルナログで「ワイズナリー・バイエンス社」を調査していたヴァイス・グランセニックなどなど、はやてが到着する前に続々と八神はやて指揮下にいた魔導師達が、この郊外にある医療センターに集まりつつあった。
有名人や大層な肩書きを持つ魔導師達が集まっていることや、バタバタと受け入れで慌ただしくなっているソーサラーズのスタッフを見て、「特殊作戦でも始めるのですかな?」と医療センターの院長に言われたのも記憶に新しい。そしてボウマンは場所の提供や受け入れを許容してくれている院長に感謝を告げるしかなかった。
「格式ばった挨拶はどうかと思うたんやけど、身分を明かした方が話に入りやすそうかなって思うたんです」
その地位にいながらも大胆だな。なるほど、よく似ている。はやての横にいる高町なのはの大胆さを思い出しつつ、ボウマンは握手を交わした相手に席に着くように促す。
会談……というべきか、ソーサラーズとのファーストコンタクトとなった会議室に集まったのは錚々たるメンバーだった。
管理局のエースオブエースである高町なのは。
新進気鋭の執務官であるフェイト・T・ハラオウン。
J.S事件を解決した功労者であり、今後管理局の上層部に食い込むと目されている八神はやて。
ほかにも、有名な機動六課のメンバーであるスバル・ナカジマや先ほど合流した執務官、ティアナ・ランスター。ナンバーズの面々や、はやてと一緒にきた無限書庫の司書、ユーノ・スクライアなどなど……時空管理局を知っている人間なら一度は名を聞いたことがあるようなビッグネームばかりだ。
はやてと一緒にカルナログに来たユーノだが、今は他のソーサラーズのメンバーと共に別室にいて、色々と話を整理しているらしい。
夜天の書の主人に仕えるヴォルケンリッターの騎士達だが、先のダインシーファの撤退劇で怪我を負い、現在なミッドチルダのクラナガン医療センターで治療を受けているとのこと。動けるようになったら合流して今度こそ一矢報いると強火の決意表明を受けた主はやては、単身でカルナログに乗り込むことになったのだとか。
「すまないが、ソーサラーズの主要メンバーは現在別の外世界にいて現在はこちらに合流するために移動を開始している」
「グラハムさんから話は伺ってます。到着は明日になるのだとか」
はやての言葉にボウマンも頷く。ボウマンはあくまで実働部隊を率いる存在であり、「ソーサラーズ」という組織を運営する側の人間ではない。創設メンバーや運営に携わっている面々はダインシーファの動向を調べるために外世界に散り散りになっていて、現在は〝特殊な手段〟でカルナログのの拠点に集結することを目指している。
「はやてちゃん、グラハムさんと会ったの?」
はやての言葉に同席していたなのはが声を上げた。名前が出たグラハム・アーウィンという元管理局員はソーサラーズの協力者の一人であり、このメンバーの中ではなのはが一番交流を深めていた。グラハムの娘はStヒルデの数学科目で教鞭を振るっているらしく、ヴィヴィオとも面識があると話した。ボウマンからすればチンプンカンプンであるが、はやては気にせずに言葉を続ける。
「えらい紳士やったわ。カルナログ行きの船も手配しててくれてな?他のメンバーにも声をかけてくれてたみたいやわ」
はやての乗った便には同じように協力を要請されたユーノや、ソーサラーズの協力者、スタッフも乗っていてほぼ貸切に近かった。
ミッドチルダから管理世界カルナログに来るまでの移動時間で5時間程度。
これは管理世界間の連携を深めるため、「技術共益圏の拡大」の声明作用の一環として交通網が整備されたからだ。
次元間を航行する運行会社はゆるやかに増えていて、現在では豪華な特急艦艇を運用する高級運行会社から、一般市民でも旅行等で使える割安な運行会社も設立されている。
それもこれも、技術共益圏の拡大によって管理局の次元航行船技術の一部が公開されたことで、より安全な運行が可能になった点にあった。
はやてが乗ってきた次元航行船はミッドチルダとカルナログの首都を繋ぐ定期便で、日に二桁近い便が世界間を行き来している。ただ、交通網が整備されたのはミッドチルダを中心とした管理世界間に留まっていて、管理外世界や、ミッドチルダから離れた世界、ほかには資源採掘、環境保護、密猟者の監視、原生生物の保護が義務付けられている世界など、それらの行く方法は整備されておらず、基本的に管理局保有の連絡船に乗る必要があった。
「ユーノくんが一緒に来たのも驚いたけど、随分と手際が良かったんだね」
「状況が状況やからな。管理局の上層部は機能不全に陥ってるし、指揮系統の復旧目処は未定。バックサーバーのデータも全部飛んでしもうたから,事務方はみんなパニック状態や」
「それってかなりやばいんじゃない?」
「今、どっかでテロでも起こったら洒落になれへんからな。管理局も緘口令敷かれて上も下もどうにもならん状況になってる」
ダインシーファによる脱出劇でもたらされた被害は一言で言うと壊滅的で、今の地上本部は遠隔での現場管理や政治的判断も困難になりつつあるのが現状であった。はやて自身も地上本部に待機していても無意味だと感じ、こうやって指揮所を離れて現場へと出向くことを決断したのだ。
「騎士カリムはなんと言っていましたか?」
セインの質問に、はやてはひとまず連絡はしたと答える。
はやての友人であり、機動六課設立時の後ろ盾や、J.S事件の組織的な支援も行ってくれた聖王教会のトップであるカリム・グラシア少将。ミッドチルダを立つ前、半ばパニック状態の局員達を尻目にカリムへ通信を投げたはやては、「聖王教会の件があるからカリムはこっちまで来られへんけど」と前置きをする。
「出来うる限りのバックアップを約束してくれたわ。それと、ソーサラーズのメンバーとの会談も……」
「……悠長なことを言ってる場合じゃないかもしれないぞ」
はやての言葉を遮ったのはボウマンだった。同時に別室で話し合いをしていたユーノや、他のソーサラーズのスタッフたちも部屋に戻ってくる。その顔は深刻そのものだった。
会議室の端を歩いて全員の前に出てきたのは、ユーノともう一人、管理局の制服でも、無限書庫の制服でもない淡い水色のシャツと茶色のスーツを身につけた落ち着いた雰囲気を持つ男性がだった。
「みんな。ひとまず今の状況を改めて説明させて欲しい」
ユーノがそういうと、隣にある男性が軽く手を上げて言葉を繋ぐ。
「はじめまして、私はヒルデの歴史研究科に所属するトール・キャナダインです。ユーノくんとは学会で何度か面識がありますが、私の専門は古代ベルカ以前の暗黒期の歴史となります」
さっそくですが、とユーノは無限書庫から得た過去の文献を、キャナダイン教授は研究科で調べた資料やデータを光学式モニターを展開した。
「まずダインシーファという存在。それが成そうとしていることを説明する前に、その存在……産まれた歴史背景を僕らは知らなきゃならない」
6年前。次元世界の外縁部を調査していた探索隊が興味深い文献とデータを持ち帰ってくれました。そう言ってキャナダイン教授はとある資料をクローズアップする。写っているのは古い文献の資料であるが、それはなのはやフェイト、古代ベルカの技術を知るはやても、見たことのない文字列で書かれていたものだった。
「皆さんはダーク文字という古代文字をご存知でしょうか?あぁ、結構。簡単に説明します。
ダーク文字とは古代ベルカ以前の文明が残した文献の総称です。古代ベルカ以前の文明は短い時間の中で急速な繁栄と衰退を繰り返していたため、文字の形、文法も一貫性はなく、文明によって残される文献の形もさまざまです」
次元世界の歴史の階層は大まかに四つにわかれる。
一つは古代ベルカ時代の「創世記」と「乱戦期」。
二つ目は古代ベルカが衰退し、多くの文明が乱立した「混迷期」。
最後はミッドチルダが生まれ、新たな新暦が始まった「近代期」となる。
無限書庫を受け持つユーノの得意分野は古代ベルカの乱戦期までで、創世記やそれ以前の歴史ははっきり言って専門ではない。そしてトール・キャナダイン教授が得意とする分野は古代ベルカ以前の「先史期」、または「暗黒期」で、次元世界の歴史探究の中で、ユーノとキャナダイン教授は互いに面識があったのだ。
教授の言った「ダーク文字」とは、主に「暗黒期」に乱立した文明のものとなる。
「一貫性のない歴史的遺産を総じてダーク文字と呼んでいます。名前の由来は全てが謎に包まれているから。単純な名前ですが響きはいい」
さて、話を戻します。そう言ってキャナダイン教授はクローズアップした資料に視線を戻した。
「外縁調査隊が持ち帰ったのはこれまで発見された中で最も古いダーク文字の文献でした。年代測定では少なくとも約10億5千万年前の代物という結果が出ました」
「10億……!?」
あくまでざっくりとした年代測定ですが、と正確な数字まで導き出せないことにやるせなさを感じる教授。研究者の歯痒さは置いとき、はやて達はその途方もない過去からやってきた文献の存在に驚きを隠せなかった。
その文献は、古代ベルカがせいぜい数百年前だというのに、それよりも圧倒的過去に、文明や技術が存在する揺るぎない証拠でもあった。
「長きにわたる次元世界の繁栄と衰退が証明された瞬間ですね。だが、問題はここから。解読を進めたその文献の一節に「ダインシーファ」と「アルハザード」の文字が出てきたのです」
まだまだ未解読な部分はありますが、と前置きをしたキャナダイン教授は、解読できたいくつかの文字の中で、その一節を画面に映し出す。
「〝不運なる一昼夜の間に、偉大なる世界は滅び、姿を消した。人々は自らの業を恐れ、ダインシーファを生み出した〟。この偉大なる世界という単語は文字列には若干の差はあるものの、さまざまな時代のダーク文字に多く出てくる。我々はこの単語を別の呼び方があると推察しています」
偉大なる世界……それはすなわち、アルハザードであるということ。その見解を理解したはやては画面を見つめながら呟く。
「ダインシーファは人と魔法の選定者……アルハザードの滅びのような災厄を2度と起こさないために生み出されたシステムということですか」
「ご明察。といっても、あくまで文献上の話でなんら証拠もありませんがね。歴史を嗜むものとしては情けない限りです」
ダインシーファと対峙する上で歴史的な視点は欠かせない。トール・キャナダインはその道のエキスパートであり、ソーサラーズは歴史的視点を得るためにキャナダイン教授を協力者として招いたのだった。
「古から続いてきたシステムが、今は人から魔法を奪おうとしている。それが何を意味しているかはわからないが、一つ言えることは、ダインシーファはすでに人と魔法を選定する役目から外れつつあるということです」
そう締め括ったユーノの言葉と共に二人が展開していた光学式モニターが空中から消える。自分たちが対峙する敵の圧倒的な歴史的厚み。それを知って重苦しい空気感が部屋に漂う中、なのはが声を上げた。
「これからどうするつもりなんですか?そこまでわかっていたのなら、こうなる前に手を打つこともできたんじゃないんですか?」
「もちろん、色々と手を打ってきたが、相手は少なくとも10億年前から存在する神様みたいな相手だ。裏をかこうにも相手の方が幾手も上手だった。それにジョン・オールドマンとして管理局の中枢で暗躍できる立場もあった。管理局ならまだしも、設立して十年も経ってない我々のような非弱な組織でどうにかできる相手じゃない」
だから、我々は奴の急所を狙う。そう言葉を続けたボウマンは、そのためにこのタイミングで君たちに声をかけた、とも続けた。
「ジョン・オールドマンが正体を明かし、改革を実行に移そうとしている今この瞬間が奴の急所だ。ダインシーファはこれまで隠れ蓑にしていた立場も捨て、人から魔法を奪う準備を進めている。それと同時に奴は今最も無防備でもある。そこを叩く」
ダインシーファの計画は完璧であり、防ぐどころか妨害すらも困難なほどだった。残されたチャンスは計画実行の直前。そこにしかソーサラーズは勝機を見出すことができなかった。
「ワールドダウンシステムは、次元世界全ての魔力素の作用を反転させる代物で,そのエネルギーも膨大だ。そんなエネルギーを準備する以上、反応を隠すことは不可能だ」
「だから、ダインシーファは管理局の地上本部であんな真似をしたんか……」
管理局の心臓部で起こった情報網の破壊。管理局という組織の水面下で起こっている指揮系統や連絡網の麻痺。それらはまだ次元本部のおかげで対処は可能だが、それ以上のリソースを割くことはできない。悔しげに奥歯を噛み締めるはやてにボウマンは言葉を投げる。
「あくまで時間稼ぎだろうけどな。それに仮にバレても限定したワールドダウンシステムを使用されれば魔法は使えなくなる」
「ダメなのでは?」
魔力の一切が使えない環境を経験したチンクとセインが思わずそう声を上げた。ソーサラーズの勝機が計画実行直前と言っても、ワールドダウンシステムを使われれば魔道士達は詰む。
「だから事前に準備が必要だ。少々手荒ではあるが」
少々手荒?と首を傾げるなのはたちに、ボウマンはある画像データを光学式モニターに展開する。その画像は、なのはやフェイト、機動六課の面々が設立当初よく見たことのある画像で、はやてにとっては機動六課設立の原因となった代物が映る画像であった。
「エネルギーが臨海に達するまでの猶予は約2日。その期間にソーサラーズは、管理局の保管施設に潜入し、ロストロギア「レリック」を奪取する」
ボウマンから発せられたその言葉に、会議室が揺れた。