僕らが扱う事件では、法も守って、人も守る。
イコールに見えて、実際にはそうじゃないこの矛盾が、いつでもつきまとう。
自分たちを正義だなんて思うつもりはないけど、厳正すぎる法の番犬になりきるつもりもない。
難しいんだ。考えるのをやめてしまったほうが、楽になれる。
まともにやろうと思ったら戦いながら、事件と向き合いながら、ずっとそういうことを考え続ける仕事なんだよ。
【クロノ・ハラオウン提督のセリフから抜粋】
時空管理局の存在目的は「次元世界の平和維持」であり、その組織も次元世界が共同で運営している。次元の海に設置された次元航行部隊や、無限書庫、ミッドチルダの地上本部等がクローズアップされがちだが、高い理想を掲げる組織運営に必要な施設は次元世界各地に点在している。
第4世界「カルナログ」もその例に漏れておらず、首都グラニマから西部に進んだ先には大規模な国際空港が敷設されており、さらに隣接する土地は時空管理局直轄の施設が立ち並んでいる。
カルナログは次元世界内でも工業化が進んでおり、管理局に納品する次元航行船の各種部品の製造や、デバイスの外装部品の製造、輸送用の艦艇やヘリコプターの製造、魔力で駆動するモーター・クルーザー(MC)の生産工場など、組織運営や生活インフラを支える企業や工場が多数存在している。
その工業化が最も進んでいるのが西部で、輸出のために近隣に国際空港が建設されているのも立地の利便性から見ても必要な配置だった。
ひとつ懸念されるのが、その工業区画の一画に管理局内でも特に重要な施設、「古代遺失物」の保管施設がある点にある。
もともと保管施設はミッドチルダにあったのだが、新暦0067年に発覚した保管施設のシステムの脆弱さや、施設そのものの老朽化も相まって移設が決定し、新暦0072年に新たに敷設された。ミッドチルダで保管、封印されていた古代遺失物はほぼ全てこのカルナログのは保管施設に移送済みである。
当初は周囲の企業から反対もあったものの、防護システムの安全性や、万が一の場合は施設自体がシェルター化し、暴走した古代遺失物が外部に漏れないことを管理局が根強く説明、説得し、ようやく敷設に漕ぎ着けることができた苦労の多い施設でもあった。
移設から10年間あまり、特に目立ったトラブルや事故もなく、管理局が回収した古代遺失物を保管するその施設の正面玄関に一台のMCが停車する。
降りてきたのは高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、そして八神はやてであった。大急ぎで対応する保管施設職員に案内されながら三人は正面玄関に入っていく。
なのはたちが訪問した理由は、先日発生した地上本部の組織的な指令系統の麻痺。緘口令が敷かれ、大々的に発表されていない管理局の危機に対して、なのはたちは管理局の重要施設である保管施設に赴き、古代遺失物の保管、封印措置に問題がないか、またはその混乱に乗じて外部勢力がテロの標的にしないかの視察のために訪れた。
……というのが建前である。
「知っての通り、ワールドダウンシステムは魔力素性質を反転することができる。反転した魔力素をリンカーコアが蒐集すれば、その作用は肉体にも及ぶ。例えるなら体内にある魔力が強制排出されるわけだ」
時は遡ってソーサラーズとはやて率いる機動六課の面々との対談の時。レリック奪取という目的を話したボウマンに反対するなのはたちの言葉を収めて、ボウマンは言葉を続けた。
ダインシーファの作り出した「ワールドダウンシステム」はとにかく強力だ。下手をすれば魔導師全員が無力化され、リンカーコアの過剰消耗で障害が残る危険がある。
「だが、対処法がないわけではなく、その方法は2種類ある」
そう言うと、ボウマンはあらかじめ準備していたデータを投影する。
「一つは魔力素を密閉し、外界に漏らさないようにすること。魔力は特定配列にすると通り抜けることができなくなる。この技術は防護魔法や、次元航行船の船体コーティングにも使用されている確立された技術だ」
そもそも次元航行船は次元間を行き来する船であり、ある程度の強度や魔力がない環境下でも最低限の運用できる配慮がされている。すでに実用化されている技術なので、信頼性や安全性も非常に高い。
ボウマンは横へ移動して置いてあった片手で持てるほどのサイズとなっている酸素ボンベを手に取った。
「船体コーティングと同じ技術で作られた酸素ボンベ内に高濃度の魔力素を注入して、酸素と一緒に術者に送る。これによってワールドダウンシステムの影響下でも魔力を使えるようになる。しかしこの方法にはデメリットもあって、使用できる魔力量に制限がかかることだ」
ボンベ内の魔力素は一般的な魔導師の戦闘時間で1時間が限界。
砲撃魔法や広域魔法をバンバン使えば残量も比例して減少していく。
魔力量に物を言わせてガンガン攻めるタイプからするとミスマッチと言えるものだった。砲撃魔法や広域魔法など、個人の魔力資質などに頼って使えばあっという間に空っぽになるわけだ。
「この酸素ボンベを使った魔力の運用は、使用する魔力量を常に節約することを意識しなければならないので戦闘中にも多大はストレスがかかる。それもまたデメリットだな」
だから、そのデメリットを補うのが二つ目の手段となる。
「説明した通り、ワールドダウンシステムは空気中の魔力素を反転させる作用を持つが、その作用にも限界値はある。特に魔力を生み出す物質に対してはその作用が大きく減衰する。魔力を生み出す物質。具体的に言えば高密度の魔力結晶体やエネルギー結晶。つまり、ジュエルシードやレリックが該当する」
「魔力源を持つ古代遺失物が、ワールドダウンシステムにとっての特効薬になる……ということ?」
はやての言葉にボウマンは頷く。ちなみに技術検証はすでに済んでいて、魔力素濃度が薄い空間内でも「魔力を発生される物」があれば運用も問題はない。
「A.M.F(Anti Magi-Link Field)環境下でもレリックウェポンが影響を受けなかった点から、膨大な魔力を有し、それをエネルギー源とするロストロギアはワールドダウンシステム環境下でも同じようなパフォーマンスを発揮することができると考えられている」
そこで、とボウマンは酸素ボンベと同じ机に置かれていた一つの機器を取り出す。両手で持てるサイズ感のそれをはやて達に見えるように置くと、回転式のロックを解除する。なのは達は初めて見るその機器は、何かを保管するもののように思えた。
「P.M.F(Pro Magi-Link Field)発生器。まぁアンチの反対語プロに変えただけっていうネーミングセンスの欠片もないものだが、効果範囲内ではワールドダウンシステムの影響を大きく下げ、魔力を使用できる環境を整えるわけだ。だが同時にP.M.F発生器には動力源となる高エネルギー結晶体が必要になる」
「その動力源がレリックというわけですか」
機器からケースを取り出す。そのケースに収納できるよう作られた窪みはレリックの形そのものである点から、P.M.F発生器はレリックを原動力にすることを前提に開発された代物でもあった。
「ダインシーファとの戦いで、レリックというエネルギー源は必要不可欠だ。故に管理局に封印、保管されているレリックを奪取する。君たちに頼みたいのはレリックを奪取するまでの時間稼ぎ、そして奪取を担当する我々の監視だ」
その言葉にはやて率いる機動六課の面々は困惑した表情をする。やっとの思いで封印したレリックを奪い、それを使うというのだ。複雑な感情と、管理局員としては認められない犯罪行為であるが、ソーサラーズの面々に躊躇いはなかった。
「お互いに信用しすぎるのは組織体制的にもよくはない。だから、奪取し、作戦後に返還するまでの間、レリックの所在を監視してほしい」
管理局を裏切ることはさせない。罪を被るのは俺たちの仕事だ。そう言って、ボウマンははやて達に協力してもらうように頭を下げるのだった。
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レリック。そのコードネーム自体に歴史的な遺物や、残骸という意味があるそれが確認されたのは新暦0067年頃と言われていて、かの有名なジェイル・スカリエッティ事件の発端ともなった第一級捜索指定ロストロギアだ。
レリックには一つ一つに刻印ナンバーがあり、その個数は少なくとも50個以上。確認されている限りでは過去に周辺を巻き込む大規模な災害を起こすほどのエネルギーを有する危険なロストロギアだ。
そのエネルギー結晶体という利便性から、過去には意図的にロストロギアを臨界状態にして周囲を破壊したり、証拠はないものの、新暦0071年にミッドチルダで発生した空港火災も、密輸されていたレリックが何らかの原因で爆発したことによるものという見解も出ている。
色々と憶測や因縁のあるレリックではあるが、その性質としては高エネルギーを帯びる「超高エネルギー結晶体」であること。そして、外部から大きな魔力を受けると爆発する恐れがあるという点だ。
前述したように個体数も多く、管理局の保管施設には20個を上回るレリックが封印、保管されている。
「情報通りなら……ここだな」
工業地帯の連絡路から飛び降りる形で侵入したボウマンは、管理局内からの信頼できる情報筋なため、比較的に迷わずにこの場所に辿りつくことができた。ジャミングと映像撹乱のための装置の電源をオフにしてたどり着いた保管庫の扉へキーの解除装置を取り付けていく様子を、背後にいる二人が険し目な表情で眺めている。
「随分と呆気なく入れたよね」
「隊長たちが時間稼ぎをしているからでしょ」
手際よく作業をするボウマンの背後には、インテリジェントデバイスの「クロスミラージュ」と、アームドデバイスの「リボルバーナックル」をそれぞれ展開し、バリアジャケットを身につけるティアナとスバルが、ボウマンの行動を〝監視〟していた。
他に方法がない点と、打開策を提示できなかった点から、はやてはボウマンことソーサラーズの方針を受け入れ、機動六課は保管施設の気を逸らすことと、時間稼ぎ、そしてソーサラーズの監視を受け持つことになった。
前者の気を逸らすと時間稼ぎははやて、なのは、フェイトが担当し、奪取を実行するボウマンの監視にはティアナとスバルが同行することになったのだ。
ただ、なのはたちが施設の視察に来ているとはいえ、こうもあっけなく侵入できるとはティアナたちも思っておらず、有事に備えてバリアジャケットを展開していたが徒労に終わったと感じていた。
「昔の管理システムには致命的なシステムバグがあった。当時と比べればかなり手が加えられているが、基本が変わっていないから結局は穴をつくことができる」
そう言ったのは解除作業を終えて道具を片付けたボウマンである。システムの補強はされているが、肝心のシステム基盤までは変えられていなかったため、大元のデータの書き換えさえできれば改竄はいくらでもできる状態となっている。ちなみにこの情報、現在の管理局内では機密中の機密で、上層部の一握りの人間しか知らない。もし外部に漏らせば懲罰対象待った無しの情報である。
すでに封印用の扉は解除されていて、倉庫内にはレリックを入れたケースがずらりと並んでいるのが伺えた。
そのあまりの手際の良さや、封印施設内のシステム欠陥を的確に突いた手腕に、執務官であるティアナは鋭い眼差しをボウマンに向ける。
「随分と手慣れてますね?」
「……過去にやったことがあるからな」
短くそう答えるボウマンに、今度はティアナとスバルが目をくらった。事実、ボウマンは過去、まだミッドチルダに保管施設があった頃に施設へ侵入し、ロストロギアを盗み出すことに成功している。その時はまだボウマンは管理局の航空武装隊所属で、自身で施設内の職員の気を逸らし、そして制御室を制圧したのだが、それに比べたら今回の奪取は穏便であった。
「過去にやったって?え、嘘」
「時間は限られている。物を取って、ダミーを置いたらさっさと引き上げるぞ」
疑問が尽きない二人を捨て置き、ボウマンは目的のナンバーが刻印されたレリックを数点取り出し、ダミーが入った同じケースを収納する。ケース内のレリックは基本的に封印状態であるため、活性化しない限り外部にエネルギーが漏れ出すことはない。なので、ケースを開けて中にあるレリックを精密に調べられない限り、発覚の恐れは低くなる。それに封印されているレリックをわざわざ取り出すような危険行為をするとも考えなくかった。
「やはりレリックを狙いましたか」
その言葉に、ティアナとスバルは即座に振り返ると、自分達を除いて誰もいなかったはずの入り口に、人影が佇んでいた。人影の背後には鉛色の光と共に開かれていたゲートが閉じていく様があった。
ボウマンも二人に合わせて振り返ると、保管庫内に人影が踏み込む。その足音はやけに機械的で、白いアーマーと肩に搭載されていたプラズマ砲が、より輪郭を鮮明にする。
「危険な存在は排除しなければなりません。私は彼のように矛盾を抱かないので」
レプリロイド、アノン。ダインシーファの補佐的な役目を果たしているその存在は、彼の掲げる計画の障害になりうる存在を抹消するために、この施設内に〝飛んできた〟のだ。
「レプリロイド……なんてタイミング……!ティア!なのはさんたちに連絡を!」
「だめ!音信不通!」
スバルとティアナのやり取りと同じくして、ボウマンの腰にある計測器がブザー音を発した。それはワールドダウンシステムの効果範囲内にいることを示すブザーであり、この空間……アノンがいる場所から魔力素が消失しつつあった。
「さっさと酸素マスクをつけろ!」
「貴方達にはここで果ててもらいましょう」
念の為に渡していた魔力素が充填されたボンベに繋がる酸素マスクを装着するように促したボウマン。そんな彼の腹部を、人工筋肉と装甲で覆われたレプリロイドの蹴りがとらえた。
内臓や骨が軋む音が体内から響くのを感じながら、モロに直撃を受けたボウマンはそのまま倉庫内を吹き飛ばされて、保管庫の壁を突き破ったのだった。