「いやー、本当のレプリロイドの使い方を見せてやる……なんて豪語したけど、あんな戦力持ってるなんて反則〜。こういうの柄じゃないけど、さすがに増援は呼べないからねぇ」
医療センター内に侵入を果たしたトゥリーは誰に言い訳しているわけでもなく、一人そう言葉を吐きながら長い廊下を歩いていた。廊下でこちらをみた職員や、非戦闘スタッフはすぐさま距離をとって避難することを徹底している。
いい判断だとトゥリーは称賛する。
こちらは一人だと油断して戦いを挑んでくれば残らず切り裂くつもりであったが、こうも交戦を避けられては張り合いもないというものだ。それに即退避することで情報を持ち帰り、攻める側の移動ルートもある程度把握されているのだろう。施設に入ってしばらくしてからどうにも移動ルートを誘導されている感覚もある。
ただ、施設内に侵入したトゥリーに明確な達成目標はない。今回はあくまでレプリカントの運用テストと威力偵察だ。連れてきた戦力の大半はおそらく撃破されるだろうが、この戦いで得られた情報の方が遥かに価値がある。
とくに「魔剣使い」が相手にいるという情報は大きい。もしあの戦力が「来るべき戦い」の場で、ソーサラーズの奥の手として投入されていたら戦局は大きく変わっていただろう。
向こうはその手札をここで切った。
逆説的に言えば、総合的な戦力差はレプリロイドとレプリカントに部がある。魔剣使いというカードを切らせたこと、そしてカードの戦力が知れたこと、それだけで今回の戦いはお釣りが来るくらいだ。
では、なぜトゥリーは撤退せずにこの施設に単身で乗り込んできたのか?それは単にトゥリーの興味と、アノンを撃破した相手の調査……いや、その感覚を人間的にいうのなら八つ当たりに近いものがあった。
しばらく誘導されるまま施設の中を進んでいくと、長い渡り廊下に繋がった。左右に扉のない一本道。その真ん中に一人の老齢の男が立ち塞がっている。
トレイル・ブレイザー。
トゥリーの記憶領域にはその男のデータが記録されている。元管理局の執務官で、その実力は当時最強クラスと恐れられていた実戦におけるスペシャリスト。特に近距離での格闘戦においては無類の強さで、二対の短刀型デバイス「フラガラッハ」を使った戦いでは模擬戦や実戦で無敗だったそうだ。
元に、今立ち塞がる相手もデータにある短刀型デバイスを両手に携えている。今もワールドダウンシステムの影響で魔力が使えないはずなのに、相手はバリアジャケットも展開せず、実体化した武器を構えていた。
「へぇ……中にも強い人いるじゃん」
戦闘力を上げるために防御を捨てる。魔法による防御力が無に帰している今だからこその戦略か……いや、それにしては余裕が感じられる。おそらく元からそういった戦略が得意な面があったのかも知れない。
だが、そんなことはどうでもいい。トゥリーは思考を戦闘モードに切り替え、相手と同じく二つの剣からなるクラニアム「アイゼナッハ」を展開し、構える。
相手であるトレイルが両手に持つ短刀型のデバイスは直刀タイプ。対するトゥリーのアイゼナッハのモデルは湾刀。それも腕に沿うように刃が備えられている形状で、その姿は剣というよりもトンファーのようにも見えた。
オールラウンダーなアノン、後方支援型のダーと違い、トゥリーは近接戦闘に特化した調整を受けている。相手が歴戦の猛者であろうが、負ける要素などない。
アイゼナッハを持ち、右足を前にし半身となり、右腕を90度近くに曲げて中腹あまりで拳を置く……ボクシングでいうヒットマンスタイルの構えをとったトゥリーとは対照的に、トレイルは両手を正中線に重ねるように前に突き出し、右手は切先を相手に、左手は逆手に持つという独特な構えで迎え撃つ。
「ここから先は通さん、とでも言っておこうか」
先に仕掛けたのはトゥリーだった。腰溜めに胆力を溜め、駆け出した勢いのまま壁走り。そのまま空中で宙返りを打って全身の体重を込めた一撃を放つ。電光石火のような一撃をトレイルは突き出した右手で受けては流す。
狙いが逸れた相手に間髪入れずに逆手に持った左手で追撃するが、トゥリーは腰を振って重心を上半身から下半身に引っこ抜き、その追撃を避けてトレイルの反対側に着地。と同時に背を向けているトレイルへ蹴りを放つ。
小さく鋭い呼気が漏れる。トレイルは放たれた蹴りを体の軸をずらしたスウェーバックで回避し、すぐさま攻勢に出る。お互いに間合いが狭い武器だ。こういった戦いは先に相手の間合いを潰した方が有利となる。懐に飛び込んで、一つ、二つ、三つと攻撃を重ねる。トレイルの攻めは洗練された動きだったことに対して、トゥリーの動きは合理的で機械的だった。長年積み上げられた研鑽の技を躱すと、ただ機械的にその攻撃に応じる。二、三回の攻撃で攻防が入れ替わるが、その応酬は獲物が短いゆえに素早い。
風を切る音が重なって聞こえて、トレイルとトゥリーの二人の頬を切先が掠めて傷をつけた。
「老兵はさっさと下がればいいのに。そんなにマスターに恨みがあるの?」
数度の攻防を経て後ろへバックステップしたトゥリーは、頬から流れた白い潤滑液を片手で拭いながらそう言葉を吐いた。
トレイル・ブレイザーという男は、敵対するソーサラーズを立ち上げたメンバーの一人で、その創設理由もトレイルが「ジョン・オールドマン」と「ダインシーファ」に接触していたことが由縁だ。彼が年老いても戦いに身を投じる理由を知るトゥリーから見ても、なぜそうまでして「人と魔法の選定者」へ反旗を翻すのか、理解に苦しむことでもあった。
そのトゥリーの言葉に、同じく頬の身を拭ってトレイルは答える。
「オールドマンにはな。あいつの顔は一発殴らんと気が済まん」
トレイルはジョン・オールドマンとは友であった。若かりし頃からさまざまな場面で助けられ、共に悪意ある者たちと戦った経験もある。だが……その過去があったとしてとジョン・オールドマンがやったことを許すことはできない。
ジョン・オールドマン……ダインシーファが、プレシア・テスタロッサが悲劇の道を歩み出すきっかけとなった事故の原因だというのなら、許すことなど出来ない。
「じゃあ、ここで倒しておかないとね」
「最新鋭のレプリロイド。年寄り舐めんじゃねぇぞ」
敵を撃破する意思を漲らせて駆け出すトゥリーを迎え撃つために疲労を感じ始めた肉体を力ませるトレイル。すると、トレイルの背後から影が飛び出し、襲いかかろうとしてきたトゥリーの刃を止めた。
「キィナ、それにハラオウン……」
「何を無茶苦茶やってるの!長時間戦えないくせに、前に出るなんて自殺行為よ!」
前に出てトゥリーのアイゼナッハを止めたのは、先ほどで指揮所にいたキィナ・ナズミだった。
年齢と過去の事件の後遺症で長時間の戦闘ができないトレイルの無茶にキィナはそう苦言をいう。さっきまで険しい顔をしていたトレイルも「す、すまない」としか言えずタジタジであった。
管理局時代はトレイルが上司で、キィナが部下という関係であったが、ソーサラーズを作ってからはその関係は「だらしのない父」と「しっかり者の娘」という関係に似ていると周囲から揶揄われるようなものになっていた。
「まったく!ほんとに無茶するんだから」
「よそ見なんて余裕だね!」
歳の割に無茶をするトレイルの行動に呆れるキィナに、トゥリーは隙だらけな構えにもう一太刀叩き込もうとアイゼナッハを構える。その動きにキィナは焦る様子もなく挑発するような笑みを返した。
「余裕なんて私にはないよ、でも……優秀な後輩がいるから安心はしてるかな!」
その言葉と共にトゥリーの背後に高速で黄金の旋風が迫った。反対側の通路から回り込んだフェイトが加勢に加わっていたのだ。
「キィナさん!」
「コンビネーション、パターンA!」
背後からの強襲に意識を向けた隙にキィナは受け止めていた剣を弾き飛ばし、下から上へ相手を蹴り上げる。その蹴り上げた先に待ち構えていたフェイトが鎌状態となったバルディッシュの実体刃を思いっきり振り抜く。なす術なく斬撃の餌食となったトゥリーはフェイトが入ってきた渡り廊下の入り口まで一気に吹き飛ばされた。
「ひっさしぶりだけどバッチリだね」
キィナのコンビネーションへ完璧な返答をしたフェイト。二人はハイタッチを交わしてすぐに敵に視線を向けた。
「この……」
ボロボロになりつつある防護装甲からパラパラと破片が落ちつつも、トゥリーの戦意はまだ衰えていたなかった。三人を睨みつけながら立ち上がってアイゼナッハを構えたが、その途端、鈍い射出音と共にトゥリーの腕に収まっていたアイゼナッハが弾き飛ばされ、宙を舞う。
「外したか」
手を離れて、くるくると回転した刃は壁に深く突き刺さる。それを見て、自身の打った一撃の狙いが逸れたことを理解したボウマンは、構えたベリルショットの銃口を下ろした。
「ボウマン!目が覚めたの!?」
「こんなだけ騒がしかった目を覚ますさ」
頭に包帯を巻いたままであるが、酸素ボンベをつけたボウマンは驚いているキィナに短く答える。彼が放ったのは高密度の魔力レール弾頭。それを放つベリルショットの一撃は強靭で、トゥリーの片腕には深刻な動作不良とエラーが発生しており、もう使い物にならない状態だった。
現れたキィナ、フェイト。そしてボウマンを筆頭になのはやスバル、チンクやセインも合流してトゥリーを包囲した。それぞれにはC.C.O仕様のデバイスが握られていて、もはやトゥリーに逃げ場などなかった。
「レプリロイド……トゥリー。大人しく投降してください」
バルディッシュを構えたまま、フェイトは静かな声で膝をついているトゥリーに降伏を迫った。その様子をキィナは険しい表情で見守る。相手はレプリロイドで、機械だ。機械が降伏することは考えにくい。そんなことフェイトもわかっている。でも、彼女はそう言葉をかけた。わかっていながらも降伏を促すフェイトの振る舞いは、初めて執務官になったあの頃から全く変わっていない。
そんなフェイトの言葉に、トゥリーは小さく笑みを浮かべながら武器を地面に捨てる。
「認めてあげる。貴女達は確かに脅威だわ」
落ちたトゥリーの武器、アイゼナッハから規則的な電子音が響き始める。その音を聞いた瞬間、その場にいる全員の背中に泡立ったような感覚が走った。
「……次は負けないよ」
「全員伏せろ!」
同時に爆轟と衝撃。
近くにいたフェイトと一緒に倒れ込んだキィナが起き上がると、そこには吹き飛ばされたことで穴が空いた渡り廊下の残骸だけが残されていた。