緑色の液体で満たされた培養槽の中で白い空気の泡が音を立てて溢れていく。
ここはレプリロイド、レプリカントを製造する上で欠かせない素体の生成ライン。来るべき戦いに備え、戦力となるレプリカントの量産が問題なく進んでいる中、レプリロイド専用の素体生成培養槽の一基が稼働していた。
それを端末を持って見つめていたダーの前で、泡立っていた培養槽内の液体は静かになると徐々に排出されていき、液が完全に無くなると同時にボコンと密閉扉が開く。真空状態だった容器内に空気が逆流する音が聞こえた。
「ふぃー、なんとか逃げれたよ」
培養槽から出てきたのは素体姿のままのトゥリーだった。液に使っていた新品の素体の動きを確認しつつ、ペタペタと素足で歩いてくるトゥリーに、待機していたレプリカントがタオルを渡す。
カルナログでトゥリーは自爆した。だが、寸前に記録メモリの全てをクラウドに保管し、そのデータを新たに生成した素体にダウンロードしており、今は問題なく稼働している。人ならざる存在故の脱出手段であった。
今頃、カルナログにあったトゥリーの体は完全に四散していて、パーツが残っていたとしても自然崩壊するように設定されているため、追跡することはもちろん、トゥリーが逃げ仰たことを判断することも不可能に近い。
髪から滴り落ちてくる緑色の培養液をタオルで拭うトゥリーに、素体ユニットの生成とデータのダウンロードを補佐していたダーが視線を端末に落としたまま言葉を投げる。
「トゥリー。今後、こういう無茶はダメですからね」
「わかってるよ。2回目はいくらバックアップがあっても記録劣化は免れないからね」
今回の自爆による離脱はレプリロイドの最終手段でもあった。
自壊を伴うこの方法は完全に記録メモリを維持したまま行える回数は一度が限界で、2度目以降からはクラウドにデータを保管する際に記録メモリに欠陥が出やすくなり、仮に成功しても人格モジュールへの著しい障害や、記録メモリの欠損なんど、重大なエラーにつながる危険がある。
故にトゥリーはその貴重な一回を使用した訳だが、もともとカルナログでの威力偵察と施設内での戦闘を決断した時点で、自壊を使用した離脱を考慮して行動していたのでなんら問題はない。
それに、この機能を使うことは今後ないだろう。
今回対峙した敵……管理局の英雄たちとソーサラーズは間違いなく、自分たちがいる場所へ辿り着き、決着をつけることになるのだから。
「……やはり彼等は脅威ですか?」
端末にデータを入力する手を止めて問いかけるダーに、用意されたインナーに袖を通したトゥリーは揺るぎない口調で答える。
「間違いなくね。だからこそ万全にして迎え撃つ」
いくら妨害工作をしようが、いくら壁を用意しようが、敵はそれを踏み越えて必ずこの場所にやってくる。敵の力を身をもって経験したトゥリーにはその確信があった。
だから、今更足掻く気はない。ある程度の敵の力は知ることはできた。敵がここに来ると言うなら存分に戦力を準備して迎え撃つだけだ。
思考を共有するレプリロイドだが、敵を排除することを諦めていないアノンやトゥリーに比べ、ダーの思考は、それほどのバイタリティを獲得することはできなかった。人間らしく言えば、ダーはこの戦いに勝つことに諦めを感じていた。
「脅威の前で敗北が決めつけられている……それが、私たちなのかもしれません」
「あくまで可能性だよ、ダー」
装備を整えたトゥリーは鋭い視線を、同じく培養槽の中にいて、修復を続けているアノンに向ける。
「アノンも、私も……まだ負けてない」
レプリロイド、レプリカントは降りかかる脅威を排除するために作られた。自身たちの存在意義のためにも、トゥリーは闘いを諦めるわけにはいかなかった。
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「おおー!全員元気そうでなにより!」
「どこが元気!?めちゃくちゃ怪我してるんですけど!」
トゥリーによる医療センターの襲撃から数時間、再び病室に放り込まれたなのはたちと久々……約5年ぶりの再会を果たしたジャンの気さくな挨拶に思わずはやてがツッコミをいれていた。
現になのははまだ身体のあちこちにガーゼや包帯を巻いていて痛々しい姿をしている。しかしその程度で「エースオブエース」である高町なのはがへこたれる訳がない。目が死んでいないのだからとジャンは快活に笑って、なのはの隣にいるフェイトにも手をあげて挨拶をした。
「あ、ジャンさん。久しぶり」
「おお!フェイト!敵を撃退したって?さすがだな!やはりケツのでかい女は最強だな!」
「ジャンさん、輪切りにされるのとなます切りにされるのどっちがいい?」
「んあ?獲物はバッサリ輪切り派だな、俺は」
なのはのためにりんごの皮を剥いていた包丁をギラリとジャンに見せつけながらそういうが、当の本人は全く悪びれる様子もなく、不思議そうな顔でフェイトの怒りのオーラがこもった言葉に返事する。
そんな反応に「思い出した、そういえばこの人はこんな人だった」と額に手を添えるフェイトに、はやては慰めるように肩に手で叩いた。そんなやりとりも不思議そうに見るジャンだが、ふと思い出したように入り口のある方に親指を指す。
「おい、フェイトよ。あの二人は?」
「エリオ、キャロ!?」
そこにいたのは防衛戦から帰還したエリオとキャロ……フェイトの家族である。二人もサガミやジャンと同じく、カルナログに向かう中で外世界から帰還したメンバーなのだが、見るからに二人の視線が鋭い。向けられているのは当然ジャンである。フェイトにセクハラ発言をしつつも気安い態度に、家族である二人の警戒心が高くなるのは必然であった。
「貴方、フェイトさんとどういう関係ですか?」
挑むような目でいうエリオに、ジャンは袖を折り込み、七分丈みたいになった管理局制服のまま腕を組んで堂々とエリオに向き合った。
「ハムナマの戦士。フェイトよ、もしやこの二人は噂で聞いてた……」
「うん、私の家族だよ」
「おおぉ!そうか!そうか!フェイトの家族か!そいつはいい!」
フェイトも〝ハムナマの戦士〟と認定しているジャンの言い分は訳がわからなかったが、快活に笑ってから警戒心むき出しなエリオの背中をバンバン叩く。
「すまないな!そりゃあ警戒するか!」
無遠慮な距離の詰め方で話しかけた。今まで見たことのない性質な相手に、エリオもキャロもポカンとした表情をしていた。
そのままフェイトに「二人を借りるぞ!」と言うと、エリオたちを連れてジャンは病室を後にする。
「よっしゃあ、二人とも飯を食おう!」
「え、え、あの……」
「同じ釜の飯を一緒に食えば、お前さんたちもハムナマだからな!」
「いやあの、だからハムナマってなに!?」
助けを求めるようにエリオとキャロがフェイトたちを見るが、全員がにっこりと笑ってから答えた。
「エリオ、ハムナマはハムナマだから」
「意味がわからないんですけど!?」
「ジャンさん、同じ釜の飯を一緒に食べればハムナマって審査基準下げたん?」
「おうよ!狩を一緒にできれば文句なしだが、サガミのやつがワガママを言うなって言うからなぁ!」
とくれいそちってやつだ!とはやての問いに対して豪快に言いながら、ジャンはそのままエリオとキャロを連れて食堂に向かって行ってしまった。二人が拒否すればジャンもそのまま引き下がるのだが、相手を無碍にできないところをフェイトはよく知っている。おそらくご飯から帰ってくれば自分の家族たちもハムナマに認定されるだろう。……うん、深く考えいけない。そう思考を切り上げると、ジャンと共にいたサガミは申し訳なさそうに「いつも悪いな」となのはたちにひと言。
「さすがに非戦闘員を原生生物との無情バトルに引っ張り出すのは可哀想すぎる」
「それはそう」
ジャンはもともと原始的な狩猟民族の生まれだ。訳あってその狩猟民族の最後の生き残りになってしまったのだが、彼はめげずに自分の文化と生き様であるハムナマの精神を貫き通している。
ちなみにフェイトのみならず、なのはやはやても「過去の事件」でジャンやサガミと協力して事件解決をした際にハムナマの戦士に認定されている。当然、二人とも深く考えてはいない。ハムナマはハムナマなのだから。
「サガミくんも久しぶりだね」
気を取り直してなのはは空色の髪の毛を揺らす5年ぶりの友人に言葉をかけた。
サガミ・バルディオ。もともとサガミは外縁調査隊のメンバーになる前は外世界「ヘンリーバンダー」に暮らしていて、ロストロギア移送中の管理局の魔導師がその世界に逃げ込んできたことをきっかけになのはたちと出会った経歴を持っている。
紆余曲折あり、現在は外縁部調査隊に所属しているが、なのはたちと再開したのは本当に久々であった。
「5年ぶりか……背も伸びたようだな」
「背よりももっといろいろ成長してるで?」
「言い方が親戚のおじさんのそれですよね」
「話題がなくて困ってるやつだ」
「ひどい言われよう」
上からはやて、フェイト、なのはの順で最後に泣き言を言ったサガミに、三人は可笑しそうに笑ってから久々の再会に言葉を交わした。
カルナログで起こった戦いによる混乱は、ソーサラーズのスタッフによる迅速な対応によって収束しつつあった。
敷地内の破損や、渡り廊下の使用不可な部分を除けば問題なく施設の使用は行えるのだが、問題はワールドダウンシステムの影響。戦闘時間は約1時間程度であったが、発電システムを魔力由来のものに依存していたことで、医療機器や電子機器の全てが使用できなくなった。
無論、その点に関してはソーサラーズも準備はしており、医療施設地下に大規模な内燃機関による発動機を設置していたため、ワールドダウンシステムによって魔力由来のエネルギー源が途絶しても、すぐに非常用の電源に切り替えることができた。
故に電子機器や患者に対する被害はゼロで済んだが……それは準備をしていたからこそで、ミッドチルダや他の医療施設ではそういった備えは全くされていない。
もし、ワールドダウンシステムが全次元世界で使用された場合、魔力由来のエネルギーに頼る医療機器は軒並み使用できなくなり、それによって命を繋いでいる人々にも悲惨な結末が訪れることになるのだ。
そんな暗い結果が判明したというのに、なのはたちが和やかに話している中、おなじく病室でベッドに腰掛けていたスバルがおずおずといったように手を上げる。
「あ、あの、なのはさん。彼らは?」
「サガミ・バルディオ隊員で、彼らは外縁部調査隊の実働部隊メンバーだよ」
「外縁部調査隊の!?じ、実物見るの初めてです!」
「こら!バカスバル!」
思わずいってしまったようで、そばに立っていたティアナに頭を引っ叩かれてるスバル。それを見られていることに気づいたティアナも慌てて姿勢を正した。なのはたちは旧知の仲であるが、スバルやティアナから見たら外縁部調査隊にいるということだけでも本局勤めの魔導師とは別格扱いなのだ。経験や技術、力すらもスバルたちとは一線を画している。そんな扱いにサガミは疲れた様子で腹の底からため息をついた。
「なんだか客寄せパンダになった気分だ」
「というか、なのはさんたちはどうやって彼らと知り合いに……?」
「まぁ……話せば長くなるけど」
「5年前に外縁世界で高町たちと出会って、いろいろあって最終的に管理局にスカウトされた」
「すごく端的に言ったなぁ」
そこまでの経緯で世界が破壊される危機が2回ほどあったのだが、その話をすると本当に長くなるためサガミは「詳しくはこの事件を解決してから」といって、全員を見渡す。
「今は昔話に花を咲かせてる暇はないからな。人員の保護と治療が終わり次第、すぐにここから出発するぞ」
「出発って……どこに?」
ティアナの問いにサガミは天井……いや、自分たちの上を指差して答えた。
「宇宙」
「え」
その言葉と同時に、医療センターの近くにある広場にはすでに複数機の輸送艇が宇宙から降下し、着陸態勢に入っていたのだった。