Forceへ繋がる物語   作:紅乃 晴@小説アカ

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capture.2「J.S事件の2年後」

 

 

 

新暦0078年。

J.S事件から2年後。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……以上が、JS事件の最終報告となります」

 

その言葉を締めに報告用のアーカイブの投影を終えた八神はやては、ようやくと言った具合に一息をついた。投影のために下ろされていた暗幕が自動で上がっていき、窓からは夜空に浮かぶ月明かりが降り注ぎ、すぐに照明へも光が灯った。

 

部屋の主人が座る席で報告を聞いていたオールドマン〝中将〟は、少し疲れたという様子で自らの頭へ白手袋をはめた手を置いた。

 

「やれやれ、事件が解決して2年だというのに調査報告が今頃になって終わるとはね」

 

J.S事件、正式にはジェイル・スカリエッティ事件。不正に密輸されたロストロギア「レリック」をはじめとし、「戦闘機人」、「ナンバーズ」が大暴れしたその事件は、ミッドチルダ、首都クラナガン近郊を壊滅状態にした上に、古代ベルカで用いられた「聖王のゆりかご」すらも持ち出すといった事態にまで発展した。

 

事件の顛末を聞いていたジョン・オールドマンは事件当時は少将であり、外縁部調査隊の視察のためミッドチルダから遠く離れていた。事件発生時は次元世界の端にいて、中心部のミッドチルダへの帰還までに一年という時間が必要だった。

 

帰還した彼を待っていたのは変わり果て、復興作業に湧くクラナガンの街と、上官でもあったレジアス・ゲイズ中将の殉職という訃報だった。上官の死を悼む間も無く降り注いだのは将官クラスの承認が必要な書類、書類、書類。死人も飛び起きてきそうな激務である。

 

その渦中となったJ.S事件は、目の前で書類の束にもたれかかるように突っ伏す八神はやてが率いる古代遺失物管理部、機動六課の活躍によって解決に導かれた。

 

「いずれ起こりうるであろう陸士部隊の全滅と管理局システムの崩壊」というカリム・グラシア少将の予言に危機感を覚えた彼女の先見の目は、まさに称賛に値するわけだが、肝心の機動六課が事実上解散となったはずなのに、まだ彼女はJS事件の後始末に追われている。

 

今回の報告は、そんな彼女の作ってきた資料の集大成。さまざまな部署や部門で同じような説明を幾度となく行い、そしてようやく最終確認者であるジョン・オールドマン中将の元へとやってくることができたのだ。

 

行儀悪く用済みとなった山のような資料に顎を乗せるはやてを見て、オールドマン中将は困ったように笑みをこぼす。彼女とは第8空港の大火災からの付き合いだ。当時はカチカチに固まっていた様子だったが、打ち解けていくうちにプライベートでも何度か誘われ食事に付き合ったりと……今ではこういった風に気の抜けた様子もよく見せてくれている。

 

レジアス・ゲイズ中将が存命だった頃はよく愚痴を聞かされたものだ。その反対にレジアス中将からも「あのような小娘に便宜を図るなど」と飲みの席で苦言を言われていた。

 

地上本部を取りまとめていたレジアス中将がJ.S事件時に殉職してからというもの、彼と交流があり、さらに中将の人脈を把握してる点、次元本部との仲介役を担っていたオールドマンが地上本部の指揮系統の最前線に駆り出され、あれよあれよという間に「中将」に昇進したのはある意味必然でもあった。

 

本来ならカリム・グラシア少将にでも任せておきたかったのだが、聖王教会の件もあり彼女が昇進を固辞した結果、自分に鉢が回ってきたとオールドマン中将はよくこぼしていた。

 

「んんん……あー。ようやく解放されました」

 

「お疲れ様だな。八神くんはもう終わりだろう?家に帰ってゆっくり休んでくれ」

 

「オールドマン中将は?」

 

受け取ったデータをアーカイブに保存するオールドマン中将は、良い笑顔では次の資料を出して仕事を始めることではやての問いかけに答えた。その姿にはやては思わずゲンナリとした顔になる。

 

時刻は23時を超えたあたり。外の景色はどっぷりと夜に浸かっていて、ちらほらと他のオフィス棟の灯りもついているが残っている人間はごく限られていた。

 

「えー、オールドマン中将ー、もう帰りましょうよー。明日はお休みですよー?」

 

ついでにご飯でもご馳走してください。家に帰ってもみんな寝てると思うんで。二十歳を超えた下階級の女性がウザ絡みをしてくるのも中将の仕事の一環なのか、と考えながら、お構いなくオールドマン中将は他のデータを速読して承認のサインを書いていく。

 

その仕事ぶりはまさに鉄人。はやて自身も見習いたかったが、見習ったら体がもたないことは数年前に体感済みであった。

 

「まだ仕事をするんですか?」

 

「まとめなきゃならない書類があってね。嫌になるものさ。これも責任者の仕事というものだよ。給料分の仕事をしろと下からせっつかれるのも中将なんていう階級のせいさ」

 

まったく、私自身は偉くもなんともないんだけどね。そう言って光学式モニターと睨めっこをする中将。その階級欲しさに上にご機嫌伺いをしてる下士官が多くいるというのに、あんまりな言い草だと、はやても小さく笑う。「じゃあ私はコーヒーでも淹れてきます」と伝えて執務室の隣にある給湯室へと足を運んだ。

 

さすがは中将クラスの個人執務室。給湯室にはなんでも揃っている。コーヒーの豆も色々あるのだが、組み合わせを熟知しているわけではない。ということではやては適当な市販品を取ると湯を沸かして準備を始めていった。

 

「ジョン・オールドマン」という人物。

 

彼と出会って7年、はやてから見て、カリム・グラシア少将が良き姉という存在なら、ジョン・オールドマンはまさに理想的な管理局員で、良き上司であり、友人でもあるカリムを置いて中将という階級に就くことが妥当だと思える人物であった。

 

臨海第8空港の火災での出会いから、ジョン・オールドマンが陣頭指揮を取った回数は数えきれない。その指揮官としての質は、同じ立場に属するはやてから見ても他を圧倒するものだった。

 

彼の理念は実にシンプル。

 

犯罪者には断罪を。生存者には救助の手を。窮地の仲間を助けるために動き、かといって死地に送り込む様な真似は決してしない。

 

ある時、各次元世界で問題視されていた犯罪組織を一挙に検挙する作戦が立てられたのだが、その計画を察知した組織に管理局の保安部隊が罠にハマるという場面があった。

 

現場に入ったジョン・オールドマンに、地上本部から増援を送り保安隊を救出、圧倒的戦力で全面対決すべきと提案する他の佐官クラスの者たちの意見を押し留め、保安部隊の後詰め要員だった部隊を派遣。その総数は確認された犯罪組織の保有戦力と比較すると劣る人数であった。

 

誰もがジョン・オールドマンの指揮を下作と影で笑う。当然敵は罠にハマった保安部隊を盾に自分達より戦力が劣る相手を取り囲もうとしてくる。

 

それがジョン・オールドマンの狙いだった。敵の慢心と揺るぎない勝ちへの自信を利用し、取り囲むために分散した敵を地形や構造物を駆使して的確に各個撃破。気がつけば分散戦力のほとんどを消費した敵は丸裸になり、敵の組織体系は瓦解。逃げ出す敵はあらかじめ予測した退路に配置した管理局の魔導師によって残らず捕縛されるのだった。

 

その指揮手腕に当時現場にいた全員が驚愕したが、当時少将であったジョン・オールドマンは「現場にいた者たちが作戦を忠実に遂行してくれたから成り立った作戦」と評している。そんな謙遜が霞むほど、その作戦の結果は多くの賞賛を集めることになった。

 

その上、魔導士としての力も凄まじい。

 

密輸組織が持ち込んだ原生生物が脱走し、クラナガン市街地で暴れ回った時、ジョン・オールドマンはデバイスも使わずに結界と捕縛魔法を展開して一瞬で鎮圧してしまったことがある。魔力クラスで言えば現役の魔道士の中でも上澄クラスだろう。

 

それほどの力と才覚を持ちながらも、上層部の中でも珍しいくらいに彼の態度は常に紳士的で謙虚。傲慢さや立場を盾に威圧する様子もない。その姿勢だからこそメディア受けもするし、彼が地上本部の中将に昇進するきっかけにもなっている。

 

はやてなどの下階級の者たちにも威張り散らしたりすることもなく、なんなら相談事にもよく乗ってくれるので上層部の一人であるにも関わらずその人気は高い。

 

こうやって最終報告に来たはやての気の抜けた態度を見ても叱責することなく受け入れてくれているのだから、はやて自身もどんどんと彼の前では本音で話すようになっていった。

 

「さて、どうしたものか」

 

二人分のコーヒーを淹れて執務室に戻ってきたはやては、光学モニターに映る資料を前に困った様に顔を顰めて考え込むオールドマン中将がいる。

 

「何かお困りごとですか?中将」

 

口をへの字にして困る彼を見て、ついはやてが口を出してしまうのは当然のことであった。その言葉にジョン・オールドマン中将はちらりと黒い瞳を向けると投影している資料をはやてに向け直した。執務テーブルにコーヒーを置きながら向けられた資料の表題を見て思わず口に出す。

 

「人造魔導群の概略……?」

 

中将。その地位における最重要書類や機密書類は表には出ない。いくらはやてとの仲が良くとも、オールドマン中将は公私はしっかりと分けるので、機密文書をはやてに見せることなど一度としてなかった。

 

そして、今回の書類もあくまで管理局の上層に位置する者たち全般に送られた資料だ。はやて自身も過去に目を通したことがあるものだが、その時は超概算案だった上に書いている内容も荒唐無稽で、完全に絵空事だと思っていた。

 

しかし、今見ているのは最近送られたものであり、はやてが見た資料よりも完成されたもので、興味深く見るはやてのために、オールドマン中将はページを展開して大まかな内容のデータまとめて、眼前へ映し出した。

 

資料内では「シンセサイド・プログラム」と名称がついている。

 

「慢性的な管理局の人員不足を解消」と題されたその資料は、生体ユニットを研究する管理局の科学部が新鋭企業であるワイズナリー・バイエンス社と共同開発したもの。

 

自然的に発生する魔導士は不安定な人材。仮に魔導士に不可欠なリンカーコアを待ったとしても、その資質で能力は大きく左右される。

 

その結果、能力が高いものに負荷が集中するという負や連鎖を抱える仕組みが、今の管理局のシステムそのものと言えた。

 

「その問題点を解決するため、デバイスのAI技術と生体ユニットを掛け合わせた新たな人造生体ユニット「レプリロイド」。それらを統括するマザーユニット「レプリカント」。その二つをもって、新たな治安維持システムとする……それが、この資料の概要だな」

 

「……本気で進めるつもりなんですかね」

 

資料から顔を上げる中将に、はやては真剣な眼差しで問いかけた。

 

青い瞳はまっすぐとオールドマン中将を捉えていて、さまざまな思いを乗せたはやての言葉に、彼は息をついて椅子に座り込む。

 

「こう言った内容の書面が流れてくるという段階で、上層部……さらには最高評議会、時空管理局の中核を担う者たちからすれば、この内容はさぞ魅力的なことだろうな」

 

「たしかに、管理局の人手不足は深刻です。現場も事務方もねこの手も借りたいくらいに今の人員で回すのが精一杯。余裕なんてこれっぽっちもない……でも!」

 

「君の様に受け入れられない人は多いと思うよ。特に生体ユニットというのが忌避感を与える。もし実現すれば様々なデメリットが噴出するだろうね」

 

「なら、何故それを止めないのですか?そんな人道に反したことなんて……」

 

人道に反する。はやての言い分は尤もだった。自然的に発生する「リンガーコア」を持つ才能。それこそが魔法という力の希少性を際立たせて、助長させる。

 

「魔道士の人材不足」なんて理由は、膨れ上がった管理局の体制と各次元世界で発生し続ける魔法犯罪によって生まれたものだ。そんな理由のために命を弄ぶというなら、はやての言葉は的確であろう。

 

「書面上では、その生体ユニットは君たちの扱うデバイスとどう意義なのさ。残酷な話だがね」

 

オールドマン中将が言う様に、「シンセサイド・プログラム」で運用されるそれらは、あくまで生体ユニット。簡単に言えばAIを積んだデバイスに手足を生やさせて魔導師の代役をさせようというものだということは、資料内で何度も明記されている。

 

人格をもつ「人」あるいは「人という思考性の動物に類似した存在」。八神はやてに付き従うヴォルケンリッターの騎士のような人造人間(シンセティック)とは根本の定義が異なる。

 

レプリロイド、レプリカントはそ人として不可欠な要素を徹底的に取り除き、任務に忠実、命令を遂行するだけの生体ユニットなのだ。

 

「しかし、それを認めてしまったら……」

 

「最初は試験導入だろう。しかし試験がうまくいき、生産体制が確立されれば管理局の魔導士たちの代替え品として運用されることになる。自然的な魔導士の資質に捉われず、人為的な一定水準の戦力を必要な時、必要な場所に送り込むシステムになる」

 

助けを求める人たちに満足な安心感と平和を約束する。今の管理局にはそれが全くできていない。必要としている場所にその要件を満たした人材を送り込むほどの余裕すら、今の管理局には無い。

 

今、治安と秩序が悪化傾向にある世界が欲するのは、そう言った「即戦力」だ。

 

「それではまるで軍隊じゃないですか」

 

「その軍隊が今の次元世界には必要とされているのさ。JS事件から昨今までどうなっているか、君も人の上に立つ立場ならわかるだろう?」

 

その言葉にはやては声を詰まらせた。

 

レジアス・ゲイツ中将が推し進めていた武力による治安統治。その革新的なシステムの移行や、組織体制の見直しはドラスティックであったが、当人の死と共に、その改革の手綱を握れる者が居なくなったことで白紙に戻ってしまった。それからと言うもの、ミッドチルダを含めた次元世界の犯罪率は加速度的に上がっている。そして同じように治安も悪化の一途を辿っているわけだ。レジアスが危惧し、声高々に主張していた懸念が現実となって現れ始めた。

 

個人向けデバイスが発売開始されたことが現状の危うさを如実に表していると言える。

 

数年前までは管理局の人間しか持つことができなかったものが、今では一般市民にまでりゅうつうしているのだ。それが当たり前の様に普及してしまったことが悪手であることを知りながらも、世界の流れに誰も逆らうことができなかった。

 

今はまだ、このままでいいかもしれない。

 

だが5年……10年後は?パワーバランスが崩れ去ろうとしている今、数年後の世界がどうなっているかを予測することは困難極まる。はっきりとわかっているのは、今よりも碌でもないことになるということだけ。それが分かっていながら、倫理感や道徳がどうのと言って手をこまねくのは……客観的に見て愚策という他ない。

 

だからこそ、レジアスが提言した武力の拡充や人員の補填……治安維持システムの構築が今になってようやく求められるようになった。

 

「けれど……私は……」

 

それでも言い淀むはやてに、オールドマン中将は息をつく。窓に視線を向けると、冬が近づき始めた夜空にこの時期にしか見ることができない青白い天体が浮かんでいた。

 

「全てが挿げ替えられるわけじゃない。生体ユニットはあくまで治安維持のための補助輪だ。なんでもできるわけじゃない。最終的に求められるのは人と意志の強さだ。それが必要な時は君たちが頼りだ。だから職を失う心配はしなくていい」

 

その言葉にはやては首を横に振った。

 

そうではない。

 

はやてが危惧しているのはそんな短絡的な目の前の利益などではない。

 

意を決してオールドマン中将にこの問題の核心を伝える。

 

「デバイスが一般に普及して次は生体ユニット……それもまた全世界に普及したら?違法デバイスじゃなく、違法な生体ユニット……その技術を使った更なる魔法犯罪の増加……そうなると、もう収拾がつかなくなります。もし計画が実現したら、私たちはもう後戻りできないような気がするんです」

 

「もう遅いよ。我々はとっくに引き返せないところに来てる。……最も、それに気づくのが遅すぎただけさ」

 

絞り出すようなはやての言葉に、オールドマン中将はすぐさまそう言葉を返した。真っ黒な目がはやてを捉える。無感情な言葉だとはやては思った。心の奥底。脳の奥底がその違和感にざわつく。中将はもう一つ、こう付け加えた。

 

「我々が魔法なんていうものを手にしたその瞬間から、引き返すという選択肢は消えたのだよ」

 

そう言葉を紡ぐ中将の黒い瞳は、静かに揺らいでいた。

 

 

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