「……それで?電話してくるのが遅れたと?」
「本当にごめんなさい」
通信室に駆け込んだなのはとフェイトは、ワンコールも終わらぬ内に応答した相手の言葉にただただ謝るしかなかった。口調は荒くはないが、応じてくれた相手の声色には確実なる怒りがこもっているのは誰の目から見ても明らかであった。
エースオブエースと稀代の執務官が平謝りするという事態だが、それを見ていた誰もが驚いたり焦ったりするようなことはしておらず、どちらかというと「仕方ない」と言ったような同情的な目で文字通り英雄な二人を眺めていた。
通信機越しに映るのはブロンドの髪、緑と赤のオッドアイの少女で、心配そうにオロオロしている五人の友人に囲まれている彼女は、大きくため息をついてから抑えていた怒りを爆発させた。
「もー……もぉおー!!どれだけ心配したと思ってるの!?急に帰ってこなくなって!2日もだよ!?2日!私がどんな気持ちで連絡を待っていたか分かる!?」
「本当にごめん、ほんっ〜〜〜とうにごめん!」
うがーっと言わんばかりに怒りを露わにする少女……なのはにとって娘でもある「高町ヴィヴィオ」の言葉に、モニター前で正座する二人はひいこらとただ頭を下げて謝ることしかできなかった。
「どうした?モニターの前に正座なんてして」
「娘に怒られてるお母さん×2の構図」
通りがかったボウマンたちソーサラーズの男連中が通信ルームの一幕に一言。それにはやては簡潔に答えたが、詳細を知らないメンバーは首を傾げるばかりだった。
「ヴィヴィオって怒るとめちゃくちゃ怖いのね」
一連のお怒りの言葉を聞いていたスバルの言葉に、一緒にいた六課メンバーであるティアナやエリオ、キャロも深く頷いた。
そして元ナンバーズであるチンクは興味深そうにヴィヴィオに叱られるなのはたちを見ていて、セインは聖王教会のシャッハに怒られた時を思い出してそっと視線を逸らした。
画面の向こう側で怒っているヴィヴィオだが、なのはの娘である彼女も気が気ではなかった。フェイトは執務官なので、夜の帰りが遅くなったり、出張で帰ってこない日があるのも納得できる。だが、なのはは前線から退いて教導官として働いているはず。にもかかわらず急な出張に加えて、本来帰宅する予定日を過ぎても帰ってこず、関係者に電話しようにも連絡は繋がらないという状況だったため、ヴィヴィオが不安になるのも突然だった。
幸い、不安に駆られるヴィヴィオを心配して、クラスメイトであり友達でもあるリオとコロナ、良きライバルであり友達でもあるアインハルトと、同じく師匠であるザフィーラや八神家と連絡がつかなくなったミウラ・リナルディも合流して、全員で高町家に集まってパジャマパーティーをしていた。
友人に囲まれているのもあって、ヴィヴィオの不安もすこし和らいでいたのだが、ようやく母であるなのはやフェイトから連絡が返ってきて、ほっとすると同時に怒りも込み上げてきて、通信の冒頭のような流れとなっていたのだった。
ワールドダウンの影響で通信ができなかったことや、怒涛の戦闘や目まぐるしく変わる状況もあって連絡する隙がなかったことから、当人であるなのはたちもただヴィヴィオに謝ることしかできなかった。
そして、愛娘の怒りがおさまったところで、なのはは本題を切り出す。もうしばらくミッドチルダの家に帰ることができないこと。そして今から起こり得る最悪の事態についても。
「それでね、ヴィヴィオ。ちょっと大変なことになってるの」
「……全部は言えないこと?」
ヴィヴィオの言葉になのはとフェイトも首を縦には振れなかった。ワールドダウンシステムの話は、まだ大々的に発表されておらず、管理局自体も本局が機能不全に陥った状況から立ち直るのに必死でもあった。
それにここでイタズラにヴィヴィオに事実を伝えても余計に娘を心配させるだけと言う親心も手伝って、なのはたちは全てを伝えず、あくまで「厄介な事件に巻き込まれている」というニュアンスで伝える。
歯切れは悪いものの、なのはたちに全幅の信頼を寄せているヴィヴィオは、なのはたちの言葉に頷いて答えた。
「わかった。ママたちがそういうなら、よほどのことなんだと思うから……。ママたちも無理しないように気をつけてね」
そう心配そうに言ってくれるヴィヴィオに、なのはたちは内心で、「聞き分けのいい娘に育ってくれて本当にママは嬉しいよ」と涙を流した。
「とにかく、異変があったらすぐに避難すること。あと魔力が動力源の交通機関には……」
そこで何の前触れもなくヴィヴィオと繋がっていた通信が遮断された。何度かリダイアルの操作をするが、通信機器は一切反応を示さない。
不思議に思うなのはたちだが、その作業を遮るように先んじてブリッジに行っていたサガミが戻ってきて、通信ルームにいる全員に言葉をかけた。
「みんな、状況を説明する。すぐにブリッジに集まってくれ」
▼
L-U級外縁次元探査艦「エンデュランス号」。
輸送艇に乗ってカルナログから脱したなのはたちを迎え入れたこの船は、L級次元航行艦の派生艦艇だ。
L級は新暦40年頃に第一艦艇のロールアウトがされて以降、本局で最も有名なネームシップである「アースラ」を始め、数多くの同型艦が建造された傑作。長距離探査に特化したL-U級をはじめ、輸送性を向上させたL2級、航行速度を向上させたLX級なども開発されていて、どれもがL級艦をベースに製造されている。
L級の特徴は簡素化された艦の制御システムであり、単にシステム化されただけではなく、内装や構造自体も人手が掛からない構造や技術が取り入れられているのも傑作艦と言われる所以になっている。万年人員不足に悩まされる時空管理局にとって、艦の制御に人手が取られることは大きな悩みであり、そういった現場の声に寄り添った結果、L級艦艇が生まれた背景もあった。
その技術的なコンセプトを受け継ぐ同型艦や派生艦の内装や構造は元のL級を模倣して作られていて、なのはたちが乗る「エンデュランス号」の内部構成もそれに準じている。
そのため、初めて乗った艦だというのに、なのはたちはアースラの内部構造に似ていることをすぐさま理解し、案内されるままに輸送艇の格納庫から艦内へと入っていくことができた。
カルナログ大気圏外でなのはたちを待っていたのはエンデュランス号だけではなく、クロノ・ハラオウン提督が指揮する管理局の主力艦 XV級大型次元航行船「クラウディア」、L級次元航行艦船「アースラ」も同行しており、その間を忙しなく連絡船や輸送艦が行き来していた。
「ようこそ、エンデュランス号へ」
「コラード学長!?」
エンデュランス号のブリッジにやってきたなのはたちにそう声をかけたのは、ファーン・コラードだった。陸士を示す茶色の制服ではなく、群青色の管理局指定制服とギャリソンキャップを被る彼女は、本来なら訓練学校の学長であり、なのはたちもなぜ彼女がここにいるのか驚きを隠せなかった。
「コラード艦長にエンデュランス号を任せている。過去に艦艇指揮の経験も持っていたからな」
「今は訓練学校の学長ですが、ハラオウン提督に言われたら断れませんもの。それに……このままでは新たな翼を育てることもできませんから」
なのはたちにそう言ったのはクラウディアからエンデュランスに移乗していたクロノ・ハラオウン提督だ。ファーンは少し困ったようにいうが、それにしても艦長の席に座る彼女の姿はやけに堂に入っているように思えた。
なのはたちとソーサラーズの一行がブリッジに集ったことを確認してから、クロノは中央にあるメインモニターを操作してゆく。
「状況としては最悪だ。とくに今回の真相を知る者たちからすれば」
メインモニターに映ったのはエンデュランス号含む3隻艦艇を中央に置いた次元空間の航路図。3隻は黒塗りされたエリアに侵入していて、ほかの航路図にも普段なら書き込まれていない黒塗りされた領域がいくつも点在している。
クロノはその黒塗りされたエリアはすでに通信が遮断される汚染領域だと説明する。
「通信遮断に加えて、各次元世界の局地で同時多発で魔力素が消失している現象が発生している。幸い、大都市などの人口密集地での被害はないが……その範囲は徐々に広がっている」
「ワールドダウンシステム……と呼称しますが、あの機能は魔力素にエネルギー源を依存してきた文明社会にとっては脅威以外の何物でもありません」
クロノの説明と共に声を上げたのは、アースラの艦長として復帰したリンディ・ハラオウン提督だった。彼女もクロノと同じくこの緊急時に対応するために管理局の指揮から外れてアースラを発艦させ、ソーサラーズに合流を果たしていた。
航路図を眺めながら、ソーサラーズからキィナが前に出て黒塗りされた領域を指差しながら言葉を繋げる。
「おそらく今の状況は本番前のデモンストレーション期間なんでしょう。各次元世界で観測結果を見て本格始動に移ることが考えられます」
「本格稼働までのタイムリミットはわかりますか?」
「観測範囲の情報を照らし合わせて……有効範囲の算出を考えれば、本格稼働は1日……もっと短いかもしれない。どちらにしても猶予はないでしょう」
キィナを筆頭にしたソーサラーズからの見解に、合流した管理局の局員たちがザワザワと騒ぎ出す。事前に説明を聞いていたとはいえ、魔力素が消失し、人から魔法が取り上げられるタイムリミットがそんなに間近だとは予想外もいいところだった。
そんな中、騒がずにじっと航路図を見つめるはやてにボウマンは語りかける。
「世界が今日終わると言われて実感はないか?」
その言葉にはやては静かに頷いた。この数日間、ソーサラーズと共に行動していたが、事態の動きは性急過ぎて、はやて自身もついていけていないのが本音だった。そして、その戸惑いこそが当然の反応だとキィナは言う。
「それもそうよね。普通、こういった場面って悪役が世界征服の宣言をして、それを倒しに行くのが王道……でも、現実はそうじゃない。私たちは現実の終末の前に立ってる」
徐々に解き明かされていく敵の野望、立ち向かうための鍵……そうやって順序立てて現れてくるのが強大な敵。だが、今回は違う。何の脈絡もなく、圧倒的な力によって大切なものが奪われようとしている。
「……どこかのSF作品で見たことがある。「ある日」は「唐突」にやってくる。「伏線」など張る暇もなく。「説得力」のある破壊などはない、と」
広がっていく黒く塗りつぶされた領域を見つめながらクロノはそう呟いた。劇的な何かが起こるでもなく、唐突にくる終わり。それこそが今自分たちに迫っている「ある日」なのだと。まったくもって、世界とは理不尽なものだと思い知らされる。
「……我々は目前に迫った「ある日」を指を咥えて見てるつもりですか?」
そう問いかけるリンディに、ソーサラーズの設立者たちは背筋を伸ばして、クロノやリンディに向き直った。
「そうしないために、我々は組織を立ち上げ、これまで準備を進めてきたのです」
そう回答して、キィナは手に持っていた記憶媒体をモニターのコネクタに差し込む。すると、映し出されていた航路図が消え、別の地図が現れる。そこにはすでに三つの印と、大きな印が打たれていた。
「我々、ソーサラーズが把握している情報です。ワールドダウンシステムを全次元世界に浸透させるには中継器が必要で、そのポイントは3箇所。ひとつは準遺失世界「ラルドニア」、ふたつめは管理外世界「ブルックアイルズ」、そして最後は「ミッドチルダ」」
とくに、と前置きをしてキィナはミッドチルダに打たれたポイントを拡大。そのポイントはまさに首都クラナガンを位置していて、管理局の目と鼻の先を示していた。
「ミッドチルダにある中継器の場所はアインへリアルの地下バンカー……だったが、すでに受信部分が地面に露出している」
「管理局の本拠地に作られていたなんて舐められたものね」
すでに敵の計画は最終段階を迎えつつある。各所に設置された中継器は受信準備を始めていて、おそらく敵はその最終チェックに奔走しているだろう。敵の計画の完遂は目前だ。
「そしてこの瞬間こそが、我々に与えられた最大のチャンスでもあります」
キィナがそう告げると、モニターに今回の敵に対する作戦内容が表示された。
「作戦としては中継器3箇所への同時攻撃。そして、ポイントガンマに我々の有する最高戦力をぶつけ、起動間際で無防備となっているワールドダウンシステムの中枢部を破壊。そして……」
本計画の中心であるダインシーファを打倒する。
それこそが、ソーサラーズが提示した最終作戦だった。
来年もよろしくお願いします