「三拠点と敵の本拠地への同時攻撃は納得する。しかしメンバーの選抜はどうする?」
ソーサラーズから作戦の概要を聞いたクラウディアを預かるクロノは、その作戦を立案した面々を見渡しながらそう言った。するとキィナの隣にいたトレイルが、次元世界の広域図をモニターに表示し、ポインターで位置を示した。
「我々の位置はここ。ラルドニアとブルックアイルズのちょうど中間の位置だ。そしてミッドチルダは最も遠い位置にある」
なのはたちから見ても現在位置から最も遠いのはミッドチルダだ。
ここから高速艦艇で向かったとしても丸一日は移動にかかるし、当時要員数が限られる高速艦艇では送り込める戦力も他の世界と比べるとかなり心許ない。
「つまり、ここからメンバーを派遣できるのはラルドニアとブルックアイルズのみということ?」
部隊人員はクロノ指揮下のクラウディア、リンディ提督指揮下のアースラ、そしてソーサラーズのエンデュランスにいる者たちだけ。3隻による人員は多い様に見えて、世界を相手取るには少な過ぎる。管理局からの増援も期待したいところであるが、通信網がダウンしている上に管理局の組織体制もまだ復帰していない状況から見て増援の可能性は限りなく低いだろう。
そんな中でソーラーズのキィナはクロノの隣にいたはやてに視線を向けた。
「はやてさん。ヴォルケンリッターの復帰の連絡は聞いていますね?」
「全員、全快しています」
その言葉にはやては頷いて答えた。
先ほど、なのはとフェイトがヴィヴィオに通信する前にはやて宛にメッセージが届いており、シグナムやヴィータ、ザフィーラ、シャマルと、彼女を守護する騎士たちは全員医療センターを後にし、臨戦体制を整えているとのことだった。
ただこちらに合流するための艦艇はないことや、移動時間もあることからミッドチルダに待機してもらうことしかできない。しかし今はその状況がいい方向に動いていた。
「彼女たちにミッドチルダの中継器をまかせたいが構わないでしょうか。我々は三チームに分かれ、ラルドニアとブルックアイルズ、そしてポイントガンマに向かう」
「ミッドチルダが手薄になるのでは?それにワールドダウンシステムの影響も」
「すでにカルナログにいたソーサラーズのメンバーがミッドチルダに入っている。P.M.F発生器を携えてな」
はやての疑念に答えたのはボウマンだった。カルナログでのレリック奪取時、すでにP.M.F発生器は手渡されていて、そのままミッドチルダに向かう手筈となっていた。
周辺の魔力素特性を反転させ、消失させるワールドダウンシステムの切り札とも言えるP.M.F発生器の性能は、カルナログの医療センターでの戦いで証明されている。
「いつのまに……」
「あの施設の管理責任者はソーサラーズの一人だ」
その言葉に、当時管理責任者と施設の職員と話をしていたなのはとフェイト、はやてはお互いの顔を見合わせた。
「全然気づかなかった……」
「彼にはC.C.O仕様のデータも託している。ヴォルケンリッターの力になってくれるだろう」
そう付け加えるトレイル。はやてが懸念していたワールドダウンシステムの影響、そして戦略についてもC.C.O(クローズ・コンバット・オプション)も準備しているので対策は万全だ。
「はやてちゃん」
「……ここはシグナムたちに任せるしかないな」
それにミッドチルダは管理局地上本部がある。指揮系統はぐちゃぐちゃであるが、これまで幾度も危機に直面した管理局職員や魔導師たちがいる。彼らが何もしないとは思えない。
今なのはたちがここにいる以上、ミッドチルダの明日を守るため、ミッドチルダにいる管理局の仲間たちが立ち上がってくれることを信じる他なかった。
「ラルドニアとブルックアイルズのメンバーについてはすでにソーサラーズから選出済みだ。先遣隊も出発している。だが、ワールドダウンシステムの影響下もある。連絡を取り合うために、この3隻の艦艇をそれぞれに配置する必要がある」
「アースラはラルドニアに。その世界なら滞在経験があります」
「エンデュランス号はブルックアイルズに行きましょう。あの世界は過酷な環境です。エンデュランス号の機能が役に立つと思います」
アースラを指揮するリンディ提督、そしてエンデュランスを預かるファーン・コラードは即座に判断する。本来なら三隻ともに敵の本拠地に向かうべきだろう。
だが、もし万が一、ワールドダウンシステムが起動した場合、中継器が健在なら瞬く間のうちに魔力素が反転し、魔法と人は永劫に切り離されることになる。時間を稼ぐためにも中継器の破壊は絶対に必要だった。
それに加え、この三隻にはP.M.F発生器を応用した通信装置も準備されている。この通信機はワールドダウンによって魔力が使えない状況でも通信を行うことができるため、リアルタイムで状況を連絡し合うことができるようになっている。
通信リンクを持つ三隻のうち、二隻の向かう先は決まった。
「では、クロノ提督のクラウディア号がポイントガンマ担当でいいか?」
「問題ない。VX級は速力、攻撃力共に一番高い艦艇だ。何があるかわからない敵拠点に行くなら、俺の船がベストだろう」
クロノの指揮するVX級は管理局の次世代型主力艦艇だ。L級の良さを踏襲しつつ、増加傾向にある魔法犯罪にも対応するべく、旧主力艦艇よりも総合火力は向上している上に、魔力消失砲でもある「アルカンシェル」も搭載している。
いざとなれば衛星軌道上からの援護攻撃もできるので、本拠地に乗り込む突破力、攻撃力を見てもクラウディアが適任であった。
「決まりだな。そして、ポイントガンマに行くメンバーだが……」
《それは私からオーダーをさせてもらおう》
ほんの一瞬、メインモニターにノイズが走った。
ノイズの直後、パッと画面が切り替わる。そこには一人の男が映っていた。灰色の髪の毛、片目を隠すような髪型、そして真紅の瞳。その顔を直接見たものは歴史上、ごく僅かだ。
だが、はやては忘れてなどいなかった。目の前で〝変貌〟した瞬間を目撃していた彼女は、モニターに映った人物が誰なのか瞬時に判断し、口を開いた。
「ダインシーファ……!」
その言葉に隣にいたなのはやフェイト、ブリーフィングのためにブリッジにいた全員の視線がメインモニターに注がれている。即座にトレイルが逆探知を支持すると、オペレーターから発信元の特定結果が伝えられた。
通信の発信元の位置は「ポイントガンマ」。
相手は敵の本拠地から通信を行い、強固な防衛能力を持つ通信防壁を突破し、難なく通信に割り込んできたのだ。
しかもワールドダウンシステムの影響で通信が遮断されている状況にも関わらずだ。
《やはり期待通りだった。君たちは今まさに戸口に立った》
そう満足気にいうダインシーファに、真っ先に気づいていたはやてが苦々しい表情をする。そのはやての視線の影響か、ダインシーファはわずかに目を細める。
「……オールドマン中将」
《言っただろう、八神はやて。然る時にまた会おうと。君たちと再会するのを心待ちにしていよう》
「何を勝手な……!」
「ダインシーファ!そちらの目的はなんだ?何故こんな計画を実行しようとする!」
はやての言葉を遮る様にクロノが声を上げた。今は少しでも情報が欲しい。長らくダインシーファが隠れ蓑としていた人物像と関わりがあったはやてには悪いと思いつつも、クロノは情報を得るために思考を切り離していた。
《目的?そんなの決まっている。誰もが笑って明日を迎える世界を手に入れるためだ》
「魔法と人を断ち切って、それで本当にそんな世界がくると思っているんですか!」
《いや?まったく》
にべもなくそう返したダインシーファの言葉に、隣にいたはやてが思わず声を詰まらせた。なのはやフェイトたちもあまりの返事に顔色を変える。だが、とダインシーファは強い声色で言葉を続けた。
《それ以外に道はないことは知っている》
はっきりとした強い言葉だった。その場にいる全員が静まり返る中で、ノイズや歪みのないダインシーファの言葉が響き渡る。
《君たちは何度も繰り返してきた。魔法という力を発見し、研究し、積み上げてきた。文明と技術を。そして自らの手でそれらを壊し、更地にしてからまた積み上げる。それを延々と繰り返してきた。いたずらに。何度も同じ様にだ》
「それを壊してきたのも貴方じゃないのですか?」
《私は火種を作るだけだ。それをどう使うかは常に人に託してある。もちろん、いくつかの試練を用意はするけどね》
「その試練を乗り越えられなかったから滅んだと?」
はやてとクロノの言葉の応酬に、今度はダインシーファが少し沈黙し、静かに口を開いた。
《……それ以前の問題だ。得た火種で人は更なる高みに登ろうとして転げ落ちる。そればかりだった》
その顔は怒り……というよりも、諦めや焦燥、何度も何度も繰り返したのに上手くいかなったことを後悔しているような……そんな表情がこもっていた。
ダインシーファは億単位で過去から現在まで続いてきた存在だ。故に幾度も見てきたのだろう。
人の愚かさと、救いようのなさを。
《試練なんて目もくれずに得た火種を弄び、奪い合い、争う。そう言って幾重もの世界と文明は滅び去っていった……わかるだろう?その無意味さが。だから私はこう考えた。魔法こそが人を人たらしめる根源の一つであると》
「だから、人と魔法を切り分けようというの!?そんなの……」
《独善的……もしくはエゴだとでも言うか?だが、もう遅いぞ。もう数千年前にその言葉を言うべきだったな》
確かにそれはダインシーファのエゴの他にならなかった。億年と続けてきた「人と魔法を選定するシステム」が一人歩きし始めて、考え抜いた結果に出た結論。だが、一人歩きし始めた時点でダインシーファはそのシステムから弾き出されている。
スカリエッティが言ったように、億年も保っていたダインシーファの理性というシステムはすでに壊れてしまっている。
だが、それがどうだというのだ。
そんなことダインシーファ自身がとっくに自覚している。でも、そうしないと人は永遠に繰り返すし、魔法という便利な力をいいように利用し続ける。それの欲の結果、誰かの笑顔を願う優しい人が悲しんだり、死んだりする世界は永遠に続く。
彼の決断はもはや揺るぎのないものになっていた。
「そんなことはさせない。私たちが止めてみせます」
重い空気の中、はっきりとした口調でそう声を上げたのは、真っ直ぐとダインシーファを見据える……高町なのはだった。
彼女の目をみて、ダインシーファは小さく笑みを浮かべる。
《ああ、そうだな。君たちはそう言って試練を超えてきた》
その身勝手な試練という言葉に憤りを覚えているのは、なのはだけではない。隣にいたフェイトも挑むような目でダインシーファを見据える。
「……私の母が死んだ事故も試練とでも言うつもりですか」
はやてもそうだ。闇の書の事件で随分な目に遭った。レリックもそう。マリアージュ事件も……そして、フェイトの母であるプレシアを狂わせた事故も。
その全てが「人」と「魔法」を切り離すためだというのなら、それを見過ごすつもりなどない。
「ダインシーファ。貴方がどれだけ歴史を積み上げてきた存在だろうか。俺たち人間からすれば神に等しい存在なのかもしれない。けれど、あえて言おう。……人間を舐めるなよ」
クロノの宣戦布告とも言えるような言葉に、ダインシーファは満足そうに頷く。
《いいだろう、勇者たち。ならば私の元まで来るがいい。私は逃げも隠れもしない》
《もし、君たちの誰かが私の元に辿り着いたとき。その時は必ず何かが変わる》
《楽しみに待っているぞ》
それと同時に通信は途切れる。戦う直前に対話した、なのはたちとダインシーファとの最後の言葉だった。
次は来週となります