夢を見た。
それは、ひどい戦争だった。
なんの関係のない人が大きな力渦に巻き込まれて死んでゆく。自分にとって大切な人がどんどん死んでゆく。いつか戦争は終わると誰もが言うけれど、状況は悪くなる一方だった。次々と戦争に参加する国家や組織が増えていって、もうどうすれば戦争が終わるのか誰にもわからなくなるほど、戦いは泥沼化していった。
見るに耐えなかった。
家族を失って悲しむ人々。愛するものを奪われて憎悪に染まる人々。明日が見えなくて怯える人々。明日を迎えられない絶望に悲鳴をあげる人々。このままいけば、世界はきっと滅んでしまう。そう思えるほど、その戦争の中にある日々は暗澹たるものだった。
見るに……耐えられなかった……。
自分だけ安全な場所にいることもまた耐えられなかった。
大切な人たちは傷つきながらも、この戦いをどうにかしようと奔走しているのに、何もできない自分がもどかしくて、歯痒くて、あまりにも無力だった。
そんな自分にもできることはあった。
聖王のゆりかご。
古代ベルカの王、「聖王」が所持していた戦船で、聖王家がその中で生き、死んでゆくことからゆりかごと名付けられたロストロギア。
誰が何の目的で作り上げ、聖王家に託したのか。その起源は定かではない。
しかし戦乱によって混迷する世界におけるゆりかごは、そのパワーバランスを崩れさせる力を有する超質量兵器であることは疑いようのない事実だった。
私にはそれに乗る資格と、この戦争に終止符を打つ力がある。きっとそれは今以上に多くの人を傷つけ、戦う力すらも奪ってしまう。けれど、その力で争うものたちの戦うエネルギーを吸い上げて、戦いそのものをできなくすることはできるはずだ。
ゆりかごでもたらされる破壊は、きっと後世の再生につながる。
そうすれば、いつかきっと私の大切な人たちが笑顔で笑い合える世界が戻ってくる。
そう信じて、私は私の大切な人と、大切な人々のためにゆりかごに乗り込んだ。
乗れば確実に死に至る戦船。私一人の命で大切な人たちの笑顔が取り戻せるのなら、それでいいと思った。
迷いなんて無かった。
《オリヴィエ様は、この世界に何を望むのですか?》
声が聞こえる。
優しい声だった。
長い間、空を揺蕩っていた気がする。私と言う魂とエネルギーを吸い取って、戦争を終わりにするために飛び続けたゆりかご。もう目も見えていない。体を動かすことも叶わない。
重力に引かれて身体が沈んでゆくような感覚の中で、私の意思はその優しい声に応えた。
(そうですね……明日が迎えられることが当たり前で……誰もが笑っていられる……平和な世界……それが、私の求める夢です)
《……きっと、貴女の夢は叶うでしょう。貴方はそのためにゆりかごに乗ったのですから》
その言葉を最後に私の身体から魂だけがするりと抜け落ちて、重力に向かうまま軽くなったすべてが落ちてゆく。
途切れそうな意識の中、落ちながら見えたそれは、桔梗色に染まる宇宙と、銀河に輝く星々の瞬きだった。
新暦0080年。
J.S事件から4年後。
「ふぁあ〜」
自宅から聖ヒルデ魔法学院に向かう通学路で、街路樹から差し込む穏やかな陽気に当てられて、高町ヴィヴィオはまだ眠っていたいと主張する身体の気だるさをあくびと一緒に外へと追い出していた。
聖ヒルデ魔法学院初等部3年生。ストライクアーツの大会と激熱な夏が終わり、季節は秋へと向かおうとしていた。暑かった気温は徐々に下がり始め、通学路には夏服から冬服に衣替えしている生徒もちらほらと見える。ヴィヴィオは動きやすさ重視でまだ夏服のままだが肌寒さも感じることから来週あたりからは冬服に変えようとも考えていた。
「おはようございます、ヴィヴィオさん」
はた、と後ろから声をかけられて振り返ると、そこには中等部の制服を着た友人が歩いてきていた。
「おはよう、アインハルトさん」
「随分と眠そうですね」
「うん。最近なんだか寝た気がしなくて……」
歯切れの悪いヴィヴィオの言葉にアインハルトは首を傾げる。出会った当時のことを思うとヴィヴィオとアインハルトは、ずいぶんと親しくなっていた。
アインハルト・ストラトス。
ヴィヴィオは古代ベルカに生きた聖王「オリヴィエ・ゼーゲブレヒト」の複製体であり、アインハルトはそのオリヴィエと共に生きた古代ベルカの覇王、「クラウス・G・S・イングヴァルト」の血筋と記憶を受け継いだ現代の覇王だ。
ヴィヴィオはオリヴィエの複製体なので当人の記憶はなく、魂の形が非常に似通った性質を持っているのだが、アインハルトは過去の覇王の記憶があるため、オリヴィエが「ゆりかご」に乗り込んだ後悔や、自分の無力さを今もなお強く心に刻みつけられていた。
そんな二人の確執は、夏の特訓と大会を通して徐々に解消されていって、今では現代に生きるヴィヴィオとアインハルトととして交友を深めている。
「練習のダメージが残っているのでしょうか?」
ただ、生来クラウスは心配性気質であり、それもしっかり受け継いでいるアインハルトも心配性であった。昨日は日曜日で、アインハルトもヴィヴィオと一緒にノーヴェが経営するナカジマ・ジムで練習をしていた。練習後も個人端末でメッセージのやりとりをしていて、ヴィヴィオが「おやすみ」とメッセージを送ったのは22時になる前あたり。
7時間以上は睡眠は取れているのに、なぜこうも頭が冴えないのか。
「たぶん、夢を見てる……と思う」
これもまた歯切れの悪い言葉だった。ヴィヴィオも困ったように笑って言葉を続ける。、
「よく覚えてないんだ。ただ、朝起きると、なんだかとても悲しい気持ちになってるの」
それはまるでここではないどこかで起こった悲劇に胸を痛めるような悲しさで。けれど、朝起きて母であるなのはと共に朝食を食べるとそんな気持ちはすぐに無くなっている。眠気についても通学時間で徐々に無くなっていくので、特に問題はない。
そう結論づけるヴィヴィオに、アインハルトが何かを言おうとしたとき、警報音を掻き立てながら警備車両が車道を走り去っていく。ふと視線を向けると、通学路の脇道に周辺警備をする管理局の局員がいるのが見えた。二人とも「おはようございます」と声をかけると局員も「おはよう。気をつけていってらっしゃい」と声を返してくれた。
「最近、警備の人増えたよね」
「魔法犯罪が増えてきてますからね。ヴィヴィオさんのお母様方も忙しいのでは?」
「んー、なのはママは教導隊にいるからそんなにだけど、フェイトママは忙しそう。昨日も帰ってきたのが夜遅くて、朝も起きてこなかったよ」
「物騒な世の中になってきましたね」
「あ、でも自分から向かって言っちゃダメですよ?あくまで護身のためですから」
ビシッと指を立てて言うヴィヴィオに、アインハルトはあわあわとしながら言葉を返した。
「も、もう危ない真似はしませんよ!?」
「ほんとうかなぁ〜?」
「うう、信用がない……仕方ないですけど」
しょんもりとするアインハルトには、覇王流の強さを証明するために腕のある者を襲うと言う「辻斬りカイザー」という黒歴史がある。そのせいか、ヴィヴィオやコーチであるノーヴェにも「無茶ダメ絶対」と言い聞かされているのだ。
「じゃ、アインハルトさん!また夕方にジムで!」
「はい。ヴィヴィオさんも」
学校に到着すると、ヴィヴィオは初等部のある校舎へとアインハルトへ手を振りながら歩いていった。少しすると同級生のコロナやリオとハイタッチを交わして楽しそうに話をしているのが見えた。
それを見送ってから中等部の校舎に向かうアインハルトの顔は少し暗かった。
それはヴィヴィオと話した治安の悪化。今の混迷が、過去の古代ベルカにおける戦争間際の空気感を思い出させる。
(クラウス。もしあの戦争が現代で再び起こったら……ヴィヴィオさんもまた、ゆりかごに乗り込むのでしょうか)
もう破壊されて存在しないはずのゆりかご。
しかし、過去の記憶を持つアインハルトには納得できない部分もある。
ヴィヴィオもオリヴィエ殿下と同じように……優しすぎる心の持ち主なのだから。