旅館から一路、当てもなく田舎道を歩き出した三人。
その一人、アグネスタキオンは道に立っている電柱に張られた案内に目をやる。
「おお、この先を言ったところに橋があるそうだよ」
マンハッタンカフェも同じように電柱を見やり、徒歩5キロという距離を見て頷く。
「…特に目的地もありませんし、行ってみますか…?」
「いいですねぇ、水路の水ば綺麗だし、きっといい景色さ見れそうです」
ユキノビジンはそういいながらパシャパシャと農道から見える景色をカメラに収めている。
ふと何かを思い出したかのように動きを止めて、カフェの傍によると小声で話しかけた。
「カフェさん、『お友達』さんは一緒にはいないンですか?」
「…ユキノさん、どうしてそんなことを?」
カフェは少し面食らったかのような顔をするとそうユキノに問い返した。
「いンえその…さっきからあちこちさ見まわしてることが多いですし、ひょっとしたら…と思いまして」
カフェはその問いかけにしばし考える。
『お友達』。
他の人には見えない、いつもはマンハッタンカフェの傍から離れることのない存在。
カフェに走ることを教えた、特別な友人。
「…実はここについてから、どこかへ走り去ってしまったんです」
「じぇ…!
大丈夫なンですか…?」
「…ここは都会とは違って、自然の力に満ちていますから、彼女も少しリフレッシュをしたいのかもしれません」
「ほえぇ…ふふ、いいですねえ、お友達さんもはしゃいでんのかなあ」
「なんだい、二人で内緒話かい?」
クスクスと笑いあう二人の間にタキオンが薄ら笑いを浮かべながら入ってくる。
カフェは嫌そうな顔を浮かべながらも、お友達の不在をタキオンに伝える。
「そうかい、君のお友達は今は傍にいないのかい。
まあ、いつもの地方遠征とは空気が違うからねぇ、きっとお友達も田舎の空気を満喫しているのだろう。
彼らも視覚情報から安息物質を感じ取ることができるのかなぁ」
「…ここは自然の力が満ちていますから」
(少し…満ちすぎているくらい)
カフェはふと、道端の畦をみやる。
そこには小さなウサギ…の頭を持った小人のようなものがメダカを釣り上げてはしゃぎ声をあげていた。
しかし、小人の彼には大物だったのか、ひどく暴れるメダカに振り回されいるようだ。
傍にいた角のはえた小人が支えるが、勢いよく針が外れ、二人は水路の中に落ちてしまった。
「…あ!あそこ、いま何か跳ねましたよ!
なンか小魚でもいるンですかね!」
「ほう!」
タキオンとユキノが水路に近づくが、二人の目にはメダカが数匹泳いでいるのが映るだけ。
「メダカだねえ、涼やかでいいじゃないか」
「…ほンとですねえ」
ユキノが近くに落ちていた小枝を拾い上げて水面に垂らす。
「えへへ、実家でしたザリガニ釣りを思い出しちまいます」
「このメダカたちは随分と慣れているようだ、あまり逃げないねぇ」
カフェの目にはユキノの垂らした小枝に縋りつく小人、妖たちの姿が映っている。
「ふふ、覗き込みすぎると彼らのように落ちてしまいますよ…」
「…?なんだいカフェ、何かいるのかい」
タキオンが更に水路の水面に目を近づけると、メダカの一匹が勢いよくはねて水滴がタキオンの顔に直撃した。
「うわぁ!冷たい!」
「ひゃあ!タキオンさん、でぇじょうぶですかぁ!」
ユキノが勢いよく引き上げた小枝につかまっていた妖二人は宙を舞い、勢いよく田んぼの中に飛んで行った。
「…うぅ、ひどい目にあった。
カフェ~、ティッシュをおくれよ~」
「…ふふ、ユキノさんいい釣りっぷりでしたね」
「じぇじぇ!な、なんかいたんですかぁカフェさん…!」
ユキノは小枝を抱えながら、周囲を見やる。
「…いえ」
カフェが妖たちが飛んで行った方を見ると、ひとりは何か怒り事を叫んでいたが、もう一方はそれを抑えつつ、何か礼を述べているようだ。
「…小さいものが二つ、あなたに救われたようです」
「ほ、本当ですかぁ!
…へへ、なんかええことしたんならいンですけど」
「カフェ~ティッシュ~」
「はいはい…ハンカチぐらい持ち歩いてくださいタキオンさん」
タキオンにポケットティッシュを渡しつつ、カフェは田んぼの妖たちに微笑みかける。
そのカフェの仕草に、妖たちは驚いたのかしばらく固まると、慌てて若い稲穂の中に消えていった。
「さあ、では行きましょう…」
「ひどい目にあった…」
「メダカって意外と跳ねンですよねぇ」
歩き去る三人の後ろを、農道に出てきた妖たちが見つめる。
…
「しかし、暑いねえ。
学園周辺とは違って湿度があるというかなんというか」
「山の木々さ空気に水を出してますから、風さ吹くと涼しンですけどね」
ユキノが木漏れ日を見つめながらカメラを構える。
「そのカメラ、ユキノ君は写真を撮るのが好きなのかい?」
「はい?」
「いや、携帯の機能もあるだろうに。
わざわざカメラで撮っているものだから」
「あ、いんえ。
好きって程じゃないですけンど、せっかくの旅行ですンで思い出さ残したくて。
おっとうに借りてきちまいました。
なンというかその…カメラだと、撮ってるなあって感じがして好きなンですよねぇ」
「ふぅん、私も記録をとるのは賛成だね。
こういった場で得られる感覚は現地でしか味わえないものだが、視覚情報を残しておけばそれを見るだけで想起させられるものがある。
その感覚もまた、残しておかなければ味わえないものだからね。
後で撮影を代わろう」
「はい!」
ユキノは嬉しそうに時折山に目をやるタキオンの横顔を写真に撮っている。
タキオンはふと、足を止めて山を見つめるカフェに気が付く。
景色を眺めているというより、一点を見つめ何かを見つけたように視線を集中させている。
「カフェ、何かいたのかい」
「…いえ…今、お友達の気配を感じたような」
「こん山にですかぁ?」
三人の前には青々とした葉を茂らせる木々に覆われた山が広がる。
時々吹く風に揺れる木々はまるで三人をみてひそひそ話でもしているかのようだ。
「おや、よく見ると山道があるね」
「山ン中さお社でもあるのかもしんねぇですね」
「ふぅん、どうやらそのようだ。
見たまえ、案内板がある」
「…」
カフェは二人の言葉を聞きつつも、感覚を研ぎ澄ませる。
お友達の気配とは別に、強い気配を感じるような。
「気になるのかい?」
「…いえ」
(今はお二人もいますし…お友達も弱い存在ではない。
特に心配はいらないと思いますが…)
カフェの真剣な横顔をみて、ユキノは考えるような顔をすると、すぐに不敵に笑う顔をみせ、山道を指さした。
「行ってみましょうカフェさん!」
「…え、しかし」
「大丈夫です!
まだ日さ高いですし、整った道なら迷う心配もないですから!
例え道さ迷ったとしても、あたしお二人さちゃんと守りますから!
それにほら、コッタな事もあるべかとあたし、クマよけの鈴さ持ってきてたんですよ!」
リンリンとユキノが鞄から人数分の鈴を取り出す。
「ああ、そういえば以前にもそんなことがあったねえ。
ユキノ君は山の知識に関しては専門家並みだからね、どうだいカフェ」
「…そうですね」
カフェは二人から再び山へと視線を移す。
(仮に怪異が出たとしても、私なら…。
お友達が傍にいるならなおさら…)
「…このあたりを収めている方のお社かもしれません。
ご挨拶に行ってみましょうか…」
「そうすんべ!
山登りなんて久しぶりだぁ、やる気ででぎましたよ!」
「思ったより階段も荒れてそうだ。
販路トレーニングとは違ったトレーニングになりそうだねぇ」
…
「ぬわあぁぁ!やめ!やめんか小娘!コショばい!コショばいからやめ!」
山中ではニャンコ先生の叫びが鳴り響いていた。
「ミサ」と名乗った女妖は、夢中になってニャンコ先生を撫でたり吸ったり抱きしめたりしている。
「んぅ~…ネコ、猫は好きだ。
ふかふか、いいにおいがする、太くて抱きしめやすい、これはいい猫だ」
ニャンコ先生は無茶苦茶にされながらも大きな抵抗は見せずされるがままにされている。
その様子を夏目は胡坐をかいて頬杖を突きながら眺めていた。
(どうやら、悪いやつではなさそうだ。
妖に好き放題されているニャンコ先生も珍しいけど)
「なあ、ミサっていったか」
「ん…あぁ、ミサは俺だ。
俺が名乗ったのだから、お前たちも名乗るべきだ、名乗れ人間」
どこか要領を得ない返答に苦笑いしながらも、夏目は警戒を解き名乗った。
「俺は夏目、夏目貴志だ。
君が抱いているのがニャンコ先生。
ミサはここで友達の害になりそうな奴を追っ払っていたといっていたけど、お友達はその…祓い屋か何かなのか?」
「違う、友はウマ娘だ。
「さまーうぉーく」とやらでここにきている。
…君はニャンコというのか」
「ぬあぁぁ!!のんきに自己紹介などするな夏目!早く私を助けにゃははは!」
(ウマ娘…この辺りではあまり見かけない人達だな)
「君もウマ耳を生やしているけど、ウマ娘なのか?」
「…そうとも言えるし、そうでないとも言える」
「ふんぬぁ!いつまで撫でているのだ!」
勢いよく、ミサの両腕からニャンコ先生が射出される。
転がったニャンコ先生は、テシテシと身づくろいをするとミサを睨みつけた。
「ふぅ…夏目、こいつは妖には違いないが、少々我々とは毛色の異なる存在だ」
「毛色が異なる?」
「こいつは我々よりも根源に近いというか、一つの生命というよりは思念の集合体だ。
そういったものは本来力が弱く、かような形はとれぬはずだが…」
「猫、どこに行く」
「ぬわぁ!よるなさわるな!」
ニャンコ先生は飛び掛かるミサを避けようと飛び上がるが、寸での所で捕まり再び両腕の中におさまってしまう。
「…どういうわけかこうやってウマ娘の形をとっているようだ。
今我々と会話しているのは、最も強い思念体なのだろう。
初めの時とは気配も異なるしにゃははははやめろ!そこはだめぇ!」
もみくちゃにされるニャンコ先生を前に再び夏目は考える。
(そういう妖もいるのか、話を聞いている限りこのあたりに悪さをしに来たわけではないようだけど)
「君の友達は今どこにいるんだ、一緒にいなくても大丈夫なのか?」
「友は今、学友と散策中だ。
離れていても様子は伺えるから大事ない」
「そうか…でも、あまりこのあたりを荒らすのはやめてくれ。
小さい妖たちが怯えて困っている」
「奴らは友に悪戯をする、友も弱くはないが、友が力を振るうと友人が減る。
友人が減ると友は悲しむ」
その言葉に夏目はハッとする。
「…その子は君が見えるのか?」
「見える」
「そうなのか…」
自分にも似たような経験がある。
妖たちは普通の人間には見ることも、言葉を交わすこともできない。
そんな存在の悪意を一人で対処してきた夏目の過去は、今でも思い出すたびに小さな痛みを心に残す。
「君はその人を守ってきたんだな」
「だが俺の存在もまた、友を孤独にする要因になっていた。
今はあまり干渉はしないでいる。
学園に入ってからは学友に囲まれていて幸せそうだ。
だが、この辺りは土地の力が強いのか、妙に力をつけて人に絡むやつが多い。
だから、憂いは絶っておいて損はない」
「それで山の妖を追っ払っていたというわけか」
ミサの腕の中でニャンコ先生が納得したように声を上げる。
「しかし、お前から漏れ出す力は大抵の妖にとっては脅威だ。
何もせずとも中級程度なら距離をとるとは思うが…」
「暴れるのは好きだ、走ることも好きだ」
フンスと鼻息を荒げるミサを前に、夏目大きくため息を漏らす。
「血の気の多いタイプか…だけど頼む、このあたりには俺の友人も多い。
あまり荒らしてほしくないんだ」
ミサは夏目の言葉にしばらく固まったように考え込んでしまう。
うんうんと唸った後、息を大きく吐き出すと意を決したかのように口を開いた。
「わかった。
俺がここにいる時間はそう多くない。
その間はあばれない、約束する」
「助かるよ」
話の分かるやつでよかった、と夏目が胸をなでおろす。
「だが条件がある」
その言葉に夏目の胸が高鳴る。
妖の条件というのは、人同士の約束事とはわけが違う。
一体どんな条件だと身構えると。
「俺と、友達になってほしい」