「カフェ…カフェってば、おい」
自らの前でバタバタと揺れる手を前にカフェは我に返って頭を上げた。
「どしたンですか、カフェさん。
さっきからぼーっとしちまってますよ、暑いんですか?」
3人は山の中腹にあるお社に挨拶を終え、その軒先に腰を下ろして涼んでいた。
そよ風が頬を撫で、手水に注がれる水の音が心地いい。
「あ…いえ、違うんです。
少しその…考え事をしていて」
そんなカフェの様子を見て、タキオンは顎に手を当ててニマニマと笑う。
「…ところで、カフェ。
先ほどは君のイマジナリーフレンド…もとい、お友達は見つけられたのかな?」
「…いえ、お友達の気配は先ほどの人がいた場所で消えていました」
「さっきのお兄さんですか?」
「はい…それと、お友達の気配とは別に何か大きな気配も感じたのですが…」
「ふぅん、カフェほどの感性を持つものが「大きな」とは、余程の力の持ち主がいたんだねぇ」
カフェは意外そうな顔をタキオンに向ける。
「ん?なんだい、カフェ」
「…いえ、タキオンさんにしては珍しい反応だな、と」
「もう長い付き合いだからね、君の感覚を尊重するくらいの経験はしてきたつもりさ。
それで、どうするんだい?」
「…それが、不思議なんです。
あの時は完全に気配が消えていたのに、今はうっすらと感じるというか…」
「それはさっきの場所なのかい?」
「…いえ、今はまた動いているようなのですが」
「ふぅん、理由はわからないが…今は君に姿を見せたくないのかもしれないねぇ」
「…私に?」
「で、でもお友達さんはいつもカフェさんの傍さいらっしゃるんですよねぇ?」
「言ったろう、私にも理由はわからない。
だけど、カフェが近づくまでは確かにあそこにいたんだろう?
理由として考えられるのはそれくらいか…あとは」
タキオンの目が怪しく、山に向かって光った。
「あの青年、夏目君が何かしら、関わっているのかもしれないね」
「じぇ…!?
あ、あのお兄さんがですかぁ!?」
「たまたまカフェが感じて、見つけたとたん消えたお友達の気配の位置に、たまたまあの青年がいたというのは、何かしらの関係が疑えるくらいには、できすぎた偶然だと思うがね。
君はどう思うんだい、カフェ?」
「…」
カフェはうつむき思案する。
振り返った時、あの夏目という青年とは間違いなく目が合っていた。
それに…。
(あの人、妖怪から声を掛けられていた…)
あの時すれ違ったのは、間違いなく「鬼」だった。
それが発した「夏目」という言葉、あの妖怪たちは青年を追ってあの場所に来たのだ。
(…もしかしたら、あの人は)
みえる人、なのかもしれない。
そんな予想が浮かんだ時、胸が高鳴った。
話してみたい、本当に彼が見ることができるなら。
…
小さいころから、私には不思議なものがみえた。
それは一つの形をしていなかったり、人形や絵、置物などいろんなものに宿っているモノだったりで、引っ込み思案な私は、様々な姿かたちのそれらに心惹かれた。
私は外で人と話すのが苦手だった。
「…ねえ」
小学校の教室で、私は一人の同級生に声をかけた。
「わ!…カフェさん?どうしたの?」
「肩に小人さんが付いてるよ、降りられなくて困っているみたい」
「…え?」
私はその子の肩に手を伸ばして、ソレが自分の掌に移るように促した。
ソレは私の手に移ると、恭しく頭を下げて礼を言った。
「…カフェさん、何をしているの?」
「…え?
あ、これは小人さんが…」
「こ、小人さんなんて見えないよ…怖いこと言わないでよ」
「で、でもほら、今は私の手の上に…」
「…どうしてそんな怖いこというの…!
わたし、小人さんなんてついて無いもん!」
「ど、どうしたの二人とも」
通りかかった担任の先生が私の周囲の騒ぎを聞きつけて、間に入る。
「だって…カフェさんが怖いこと言うんだもん」
「カフェさん、怖いこと言ったの?
だめよ、あまりお友達を脅かしちゃ」
私は困ったようにオロオロとする小人を下すこともできないまま、ずっとうつむくことしたできなかった。
たしかにソレは私の手の上にいて、私の目には映っているのに。
「…わ、またあの子がいる」
「一緒に遊びたいのかな…ねえ、声をかけてみようよ」
「だめだよ…!知らないの?あの子変な事ばかり言うんだよ」
「え、なに…変な事って」
たまには外に出てみようと、足を延ばした公園で、そんな言葉が私に届いた。
どうやら、同じ小学校の生徒がいたようで、私は気が付かないふりをして、一人公園のベンチに腰かけた。
すぐに出て行ってしまったら、あの子たちに嫌な思いをさせてしまいそうで。
幼いころのちいさな疑問は、小学校後半の時期には確信に変わっていた。
(私の見えているこの綺麗な世界は、ほかの子たちには見えていないんだ)
それに気が付いていてからは、私は私にしか見ることのできない世界に没頭するようになった。
学校ではできなくても、家に帰ればお話をする友達がいた。
寂しくはなかった、それらはいつもいろんな姿で私を楽しませてくれたから。
出会いは突然だった。
自室においてある大きめのドレッサーの鏡、ふとそれに目をやると。
「…?」
そこに私の姿はなかった。
いや、正確に言えばそこには「私の後ろ姿」があった。
本来鏡越しでなければ、見えることのない己の後ろ姿。
それがどうして自分の後ろ姿なのだと分かったのかは、今となってはよくわからないけれど、その時は確かにそう感じた。
「…あなたは、だれ?」
不意に出た言葉。
その言葉が鏡に映る私の後ろ姿を、全く別の…他者に変えてしまったのだと、今になっては思う。
それは私がどんなに問いかけても、返事を返すことは無かった。
だけど、私はどうしても「彼女」とお話がしてみたくて、暇さえあれば私を映さない鏡の前で、声をかけるようになった。
ある時から、私はその後姿を家の外でも見かけるようになった。
黒を基調にした服を身に着けた後ろ姿は、学校や帰り道、家の廊下など…鏡の中を飛び出した様々な場所で、私の前に姿を現した。
ちょっとした思い付きだったと思う、私はどうしても彼女の顔を見てみたくなった。
初めは普通に歩み寄って、ある時は音を立てずに忍び寄ってみたり、急に駆けだしてみたり…。
しかし、彼女は一度も私にその顔を見せることは無かった。
いつしか、私はそれを追いかけるのが常となっていた。
しかし、彼女は私がどんなに足が速くなっても顔を見ることどころか、追いつくことさえできないほどに速かった。
彼女の走り姿は柳の葉が風に揺れるように美しく、星間を貫く流星のように早くて、それを追いかける日々はどうしようもなく、楽しかった。
彼女はいつも私の傍にいてくれた。
「…ねぇ」
私はある時、ベッドの布団にくるまりながら、鏡の向こうの彼女に問いかけた。
「あなたはどうして私の傍にいてくれるの?」
鏡の彼女は答えない、ただ鏡の向こうの怪しく光る世界を見つめている。
ただ、私の前を行く存在。
だけど、私に…普通の人には見えない世界を持つ私にとってそれは、どうしようもなく大切な存在になっていた。
「ねぇ…」
だから、それをどうしても彼女に伝えたくて。
「ねぇ…あなたは」
どうしても伝えたくて、頬を流れる暖かな雫と共にあふれ出したそれを絞り出すかのようにつぶやいた。
「…私の、お友達になってくれる…?」
揺れる視界の向こうで、彼女がどういう反応を示したのかは、今となってはよく覚えていない。
だけど、どうしようもなく眠くなって、開いていることのできなくなった瞼の向こうで、彼女がかすかにうなずいたように見えて、私は確かな安らぎを覚えて眠りについたと思う。
そして、その時から彼女は私にとっての「お友達」になった。