堕ちた先にもまた光が   作:無知無知

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邂逅

 無人地帯と化した東京、新宿。その一角で一人の男が戦っていた。戦っていると言っても普通の人間の目にはただ男が一人で駆け回っているようにしか見えない。見えるのは呪力と言う特別な力を操ることが出来る呪術師と呼ばれる人間たち、もしくは呪いの塊である呪霊だけだ。

 

 廃墟に似つかわしくないスーツを纏った男はその呪術師と呼ばれる者たちの一人だ。といっても彼は生来からその力を持っていたわけではない。力を手に入れたのはつい先日、渋谷で大虐殺が起こったハロウィンの日だ。

 

 あれから日本は、いや、世界は変わってしまった。首都が壊滅したことにより日本は経済、政治ともに甚大な打撃を受け、更に日本政府が公式に呪霊の存在を認めたことにより世界中の宗教観が揺さぶられた。男の人生も劇的に変貌することになった。

 

「……」

 

 男の目にははっきりと敵が見えていた。三メートル近い毛むくじゃらの獣のような呪霊。術式こそ持たないが高専基準の等級換算ならば準一級程度の強さを誇る。

 

 男は呪霊の繰り出す舌や爪による攻撃を難なく躱し、弾いていなしていた。だが突然息を小さく吐き、大きく距離をとった。

 

『イヒヒヒヒ』

 

 呪霊はその動作を男が疲弊して諦めたものだとそう判断し口を三日月のように歪めて笑う。

 

 獣の咆哮のような、ヒトの悪意に満ち溢れた哄笑のような声を上げて呪霊は突進する。

 

『ヒヒヒ゛ッ!?』

 

 瞬間、迂闊に踏み込んだ呪霊の頭部は巨大なガベルによって叩き潰された。血を撒き散らし煙を上げながら体が消えていく。

 

「時間の無駄だったな……」

 

 スーツの男、日車(ひぐるま)寛見(ひろみ)はポツリと呟いた。自らの能力を試すために戦ってみたはいいもののあまりにも張り合いがなさすぎた。大の大人が足し算をいくら繰り返しても成長は見込めないようにこの程度の呪霊を祓ったところでなにかの足しになるはずもない。

 

 せめて術式を持っていれば自らの領域の性能を確認できたのだが。

 

 無駄な思考を打ち切って日車は再度歩き出した。彼はこの力を手にした瞬間から死滅回遊(しめつかいゆう)というゲームに巻き込まれている。宣誓をしなければ力、正確にはその一部である術式を剝奪されてしまうという話だった。それが何を意味するのか正確には理解していないが取り上げられるのは不本意だった。

 

 総則(ルール)によると剥奪を避けるには十九日ごとに他の泳者(プレイヤー)を殺さなければいけないらしい。当然他の泳者も自分以外の泳者も殺そうとするだろう。つまり殺し合いのサバイバルゲームに強制参加させられたということだ。

 

 

 

 しかし日車は現状を特に悲観していなかった。殺されることへの恐怖は凍てついた心にはなく、殺すことへの恐怖ももう持ち合わせていなかったからだ。もう既に、強制されるまでもなく二人殺している。

 

 廃墟の中を黙々と進む。呪霊の気配はそこら中にあるがこちらを襲ってくる様子はない。実力差を弁えて隠れているのか、あるいはただ腹が空いていないのか、知識が少ない日車には判別がつかなかった。

 

 ふと、この世界のどこかには呪術を学ぶ場所があるのだろうか、と小さな疑問が過る。呪いを扱うのだから真っ当な場所ではないだろうが、少し胸が躍るような気がした。呪術師として力を振るうのは悪くないし学ぶことは嫌いではない。

 

 しかし、学生達に交じって自分が教えを受ける姿を想像すると、どうにも苦笑が止まらない。

 

「三十半ばを超えて学生に戻るか……」

 

 そう言葉にしていることに気づいて慌てて口を抑えた。ずっと一人で過ごしていると独り言が多くなってしまう。彼は内向的ではないが社交的な性格でもなかった。人間関係を煩わしいと感じたことはないが孤独を嫌っていたわけでもない。だが流石に一週間近く誰とも喋らないでいると誰かと語らいたい気持ちが湧き出てくる。

 

 だがこうして一人で生き続けることも俺の罰ということなのだろうか、と日車は寂莫とした感情をも受け入れた。真っ当に生きる道はもう自分には用意されていない。これから先、一人の時間の方が長くなるのは明白だ。ならば早い内に適応するべきだ。

 

 しばらく進んでいくと繁華街だった場所に突き当たった。建物には激しい損傷はなく食料もそれなりにありそうだった。

 

「今夜はここでやり過ごすか……」

 

 いくら呪術師として人間離れした力を得たとはいえ疲労は蓄積され、腹も空く。一日中行軍するのは無理があった。呪霊は夜に活発になることはもう知っていたし、まだコロニーまでの距離もある。

 

 しかしまずはここら一帯の呪霊を祓い、安全を確保しなければならない。そう考え日車は呪力の気配を探ろうとしたが、

 

「……!」

 

 甲高い悲鳴と呪霊とは異なる生者の気配を察知して体が反射的に動いた。一部の呪霊は人間に擬態して誘い出すものもいるが、これは間違いなく人だった。

 

 駆け出し、気配の大元に向かう。入り組んだ路地の中に入ると、大型の呪霊が小さな子供を掴んで口の中に放り込もうとしていた。

 

「───!!」

 

 反射的にガベルをその頭目掛けて放り投げる。呪力で強化されたそれはいとも容易くその頭部を粉砕した。

 

「きゃあっ!!」

 

 宙に投げ出された子供を跳躍し受け止める。そこで初めて日車はその顔を目にした。

 

 幼い少女だった。歳は十あるかどうかといったところ。親はどこへ行ったのだろうか。はぐれたのか、それとも殺されたのか。

 

 会ったばかりの少女の過去を想像しながら着地し、そっと少女を降ろす。

 

「……怪我はないか?」

 

 そう聞くと少女は頷いて返事をした。顔も服も汚れに塗れている。後で洗ってやらなければ、などと考えている自分に気づきまた苦笑する。人殺し風情が殊勝なことを。

 

「離れていろ」

 

 日車は少女に短く告げて、眼前の呪霊達に目を向けた。数は二十五。等級換算すれば一級三体、準一級三体、二級十二体、三級七体。準一級術師ですら一人で相手取ることは自殺行為に等しい集団だったが微塵も焦りは感じていなかった。

 

 高専基準の等級など彼は知らない。だが肌感覚で彼は目の前にいる敵が自分には遠く及ばないことを感じ取っていたからだ。

 

 先刻と同じようにガベルを敵集団の中心に投げつける。それだけで複数体が祓われたが勢いが落ちたところを、群れの中の一匹に掴まれてしまった。

 

 日車はそれを見てもまるで動揺しせずに真っすぐとガベルを掴んだ呪霊に向かって疾走した。

 

 武器を奪われて尚向かってくるその姿を蛮勇と蔑むように呪霊は口角を上げる。しかしその直後それは驚愕の表情に変わった。

 

『ギッ!?』

 

 手許からガベルは消失し、日車の手に戻っていた。何が起こったのかを理解するより早く頭部を粉砕され消え失せる。

 

 またガベルを投げ、巨大化させ振り下ろし、槍のように伸ばし、時には素手で貫き、次々と呪霊を祓っていく。半数以上が狩られてようやく実力差を悟った呪霊達は逃走を試みたが、日車はそれすらも許さなかった。

 

「───」

 

 容赦ない追撃は自分のためではない。逃走する呪霊など普段なら見逃している。もしここで逃がせば少女の命を狙いに来るかもしれないと危惧したからこそ敢えて殲滅しているのだ。

 

 背後にいる小さな命を感じながら木槌を振るい続ける。

 

 人の道を外れたと自認していた日車だったが幼子をこんな場所に置いていくほど心は凍てついていなかった。今でこそ殺人犯に身を堕としているが、弱者の声から目を背けず、彼らの力となるために法を学び弁護士として活動していたのだ。たとえ力がなかったとしても彼は少女を守ることを選択していただろう。

 

 既に自分は弁護士でなく、ここは法廷ではなく、弁論ではなく暴力しか手許に残っていない。それでも駆け出しだったころに感じていた、熱い何かが体に駆け巡るような感覚が蘇ったような気がした。

 

 

 

 

 

 




原作はそこそこ読み込んでいる自信がありますが設定の齟齬やキャラの解釈違いなどあるかもしれないので暖かい目で見守るなり見逃すなりやんわりと指摘するなりしてもらえると幸いです。
よろしければ評価お願いします。オリジナルの創作もしているので見てくれると作者が喜びます。
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