堕ちた先にもまた光が   作:無知無知

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小さな明かりに照らされて

 日車が全ての呪霊を掃討し路地裏から表に出ると、少女はブルブルと震えながらも彼を待っていた。

 

「……」

 

 日車は立ち止まったまま硬直する。どんな言葉をかければいいのか、どんな顔をすればいいのかまるで分からなかったからだ。

 

 子供、しかも女児の相手など一度もしたことがない。している場面を見たことはあるが。

 

 あれは清水が親戚から姪っ子を預からされて、なぜか事務所に連れてきた時だった。ゲーム機や菓子を応接室に置いて遊んでやっていたところを日車は仕事机から眺めていた。正直なところ減給してやりたかったが子供の世話と言うならば仕方がないと自分に言い聞かせた日のことを思い出す。

 

「ふ……」

 

 懐かしい思い出に思わず笑みが零れた。

 

 それなりに手を抜き、それなりに真面目で、それなりに冷淡で、それなりに情に厚い、普通の人間だった彼女の思い出が溢れ出す。

 

 能力こそ決して高い部類ではなかったが、潔癖さ故に破滅した自分と違って彼女は理不尽を受け流すことが出来る人間だった。今思えば彼女の方が弁護士としても、人間としても自分より優れていたのかもしれない。

 

 日車は呪術師となったあの日、彼女の目の前で人を殺した。あの時は反応を見ることすらせずに法廷を抜け出したが、きっと怯えと嫌悪の入り混じった表情をしていただろう。

 

 いま彼女は何をしているだろうか。失意のどん底で嘆いているだろうか。それとも吹っ切れて前に進んでいるのだろうか。出来れば後者の道を歩んでほしかったが最早今の自分にはなにもしてやれることはないし、その資格もない。

 

「……」

 

「……大丈夫?」

 

 心配そうな表情で少女は日車の顔を見上げていた。幼いながらも聡明そうな顔つきをしている。

 

「ん、ああすまない」

 

 子供に気遣われてしまうとは。しかしこの状況で他人の心配が出来る子供は中々珍しいような気がした。この様子なら過度に気を遣う必要もないだろう。そう判断し日車はいつも通りのトーンで語り掛けた。

 

「とりあえず食料と暖を用意しようか、ついてきてくれ」

 

 

 

 そして慌ただしい夜が始まった。キャンプ用品店から炭や寝袋を、食料品店からはカップヌードルや菓子パンにレトルトカレー、飲料などを、衣料品店から少女の着替えなどを(もちろん日車は店外で待っているだけだった)それぞれ拝借した。

 

 既に発生している結界の中では政府の方針により電気水道などのライフラインが生きているらしいがここまで破壊されつくした廃墟ではそうもいかなかったらしい。当然生鮮食品は腐りはて酷い臭いを放っていた。

 

 

 

「おじさん、優しいね」

 

 焚火で沸かした水を使って作ったカップヌードルを啜った後、少女は顔を上げて日車にそう言った。

 

 湯を使って温めたタオルで顔と身体を拭き、装いを改めてようやく少女は年相応の、普通の子供のように見えた。数時間前まではまるで貧民街にいたような有様でとても見ていられなかった。

 

「……優しくなどない。ただ大人として当然のことをやっているだけだ」

 

 日車は顔を上げず、焚火の明かりに削り出された自分の影を見つめたままそう返答した。すると少女は首を傾げて再び口を開く。

 

「当然のことが出来ない人って世の中一杯いるよ」

 

「……それはそうだ」

 

 犯罪者は欲に負け法を破り、検察は面子のために無実の人間を罪人にし、裁判官は思考を放棄して検察の主張を呑む。それが世界だ。当然のように、規範に従って生きることの出来る人間は確かに多くはない。

 

 中々に芯を食った言葉だと、日車は感心し顔を上げた。この状況下でも動揺をあまり見せず言葉にも知性が宿っている。話しをするのも悪くないかもしれない。

 

「だが俺は余裕があるから君を助けたに過ぎない。もし自分の身を守るので精一杯なら見捨てて逃げていただろう」

 

 日車はその言葉に微塵も欺瞞を感じていなかった。自分という人間にそこまでの度胸などないと信じ切っていたから。

 

「そうかな?」

 

 少女は自分の言葉を否定されても特に気にした様子を見せずカップ麺のスープをちびちびと飲み始めた。あまり塩分を摂りすぎるのは健康によくないと忠告したくなった日車だが、ぐっと堪える。親でもない自分にそんな資格はないだろう。

 

「おじさんはどうしてそんなに強いの?」

 

「さあ。自分でも分からない。気づいたらこうなっていた」

 

 本当に分からなかった。羂索という呪術師が過去に彼にマーキングを施し、真人と呼ばれる呪霊の力を利用して遠隔で彼の眠る才能を呼び起こしたことが原因なのだが、今の彼には知る由もなかった。

 

「ふふ。変な話」

 

「自分でもそう思う」

 

 そうして二人は小さく笑いあった。互いに人と会話するのが久しかったからだろうか、なんてことのない会話でも安らぎを感じた。

 

 ひとしきり笑いあった後、日車は口許を引き締め目の前の少女に質問した。

 

「君、名前は?」

 

「ひより……」

 

「俺は日車だ」

 

 少女は名前だけ、日車は名字だけを口にした。更に質問を重ねる。

 

「なぜ、君はこんなところに? ……頼れる相手は近くにいなかったのか?」

 

「一人、いた。あの日もお姉ちゃんとずっと一緒にいたの」

 

「…………そうか」

 

 いた。過去形で語るということは、つまりそういうことなのだろう。そう察して日車は押し黙った。弁護士だったころはどれだけ残酷な現実だろうと立ち入らなければいけなかったが今の彼にそんな権利はない。

 

「どうなったのか聞かないの?」

 

「聞かずとも分かる。さっきの君のように呪いに───」

 

「違うよ」

 

 日車の言葉を少女が遮る。火の光を反射するその瞳からは悲しみと強い怒りが滲んでいた。

 

「殺されたの、人間に」

 

 

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