与幸吉を救いたい   作:雨傘なななな

2 / 3
君は誰より眩しい光。

 日も届かない地下にある彼の世界で、彼は何度世界を呪ったのだろうか、何度自分の身の上を呪ったのだろうか、何度……死を願っただろうか。

 

 彼には、右腕と膝からの下の肉体と腰から下の感覚がなく、その肌は月明かりでも焼かれるほどもろく、常に全身の毛穴から針を刺されたような痛みを味わい続けていると言う。そんな身体で生きていくことに果たして意味はあるのかと考え続けて、それでも何故か今も生きている。

 どうすればこの呪いは消えるのだろうか?

 神にでも祈れば良いのか? この天に与えられた呪いを解くために??

 

 ……代わりに得たモノは大きいと彼を保護する老人の呪術師は言った。

 その力があればいつか君の大切な人やモノを守れるに違いないと。だが、こんな身の上で、こんな世界で、どうやってその大切なモノとやらを作れば良いと言うのだ。

 

 …………そう、思っていた。

 

「…………」

 

「メカ丸っ、今日の私はなんとですね、任務も訓練もないんです!」

 

「…………ソウカ」

 

 自身が操る傀儡のカメラを通して、最近得た友が語りかけてくる。

 手を伸ばす。痛みが走る。手を伸ばす。強い痛みが走って真っ赤な液体の溜まった自分の命を保護する棺桶の中で蹲る。

 まだ呪術に触れて半年も経っていないという同級生の彼女は、生まれてこの方呪いにしか縁のない幸吉にはあまりにも眩しい。

 

 何度手を伸ばして、何度痛みに涙を流したことか。

 彼女の眩しさはたった半年で幸吉に世界を呪った回数を超えそうなほどの回数、虚空へと手を伸ばさせていた。

 

「それでですね、実は真衣も桃先輩も今日は任務で予定があわなくて……」

 

「?」

 

 そして今日も彼女は幸吉の世界を明るく照らす。

 陽の光では彼の肌を焼いてしまう。しかし……彼女の明るさだけは、彼の一切を傷つけることはない。

 

「どーーしても観たい映画があって! もしメカ丸に予定がなければ一緒に行きませんか?」

 

 傀儡と映画に行くのか……?と幸吉は思わず口にしかけて、なんとか押しとめる。

 人生経験というものに乏しい幸吉にとって、彼女は初恋の相手だ。自覚したときは随分と取り乱したものだが……今は関係ない。つまりはそう、結局好きな女の子からのお誘いを断るなどあってはならないことだという答えに行き着くのだから。そこに幸吉の身の上は関係ない。

 

「俺モ今日ハ任務ガナイ。顔ヲ隠ス方法ガアルナラ……?」

 

「あっっ」

 

 確かに!と彼女……いや、三輪霞は思い出したように言った後、困ったように笑った。

 しまった、と幸吉は反射的に思う。言い方を間違えただろうか。どうにか顔を隠す方法を探そうという意図が伝わらなかっただろうか。

 ぐ、と顔を歪める。やはり自分には経験が足りない。伝えたいことも伝えられず、行きたい場所にもいけない!

 焦って包帯の隙間を掻きかけて、寸前で止める。ミュート機能はもちろんあるが、痛みに悶える声を万が一三輪に聞かせてはいけない。

 

 ゴクリ、と唾を飲み込み、また自分の身体を、天を呪う。

 

「ん〜〜〜〜、とりあえず制服にマスクとメガネを掛けてみましょう! それでどれくらい人間に見えるか確かめます!」

 

「三輪……分カッタ」

 

 彼女にあるのは自分への友情だけだ。それも数少ない同級生だからこその。……いや、数少なくなくとも三輪は皆に優しいのだろうが。

 ただ、自分とそうまでして映画に行こうとしてくれるという事実が幸吉には無性に嬉しかったのだ。

 

 

 

 

 

 

「ん~~、やっぱり難しいですね。残念ですけど……変質者になってしまいます!」

 

「………………ソウダナ」

 

 ……結局この日、二人は映画へは行けなかった。

 ただ服を着替えて、変装をして、全然隠せないものだなと二人で苦笑いをしただけだ。映画に行けなかったことは残念ではある。だが、その時間の尊さを二人は噛みしめた。

 いつ死ぬかも分からない立場だから。いつも辛く惨めな立場だから。

 

 

 

 

「あ、そうだ、メカ丸、聞いて下さい! この前話した映画、全然おもしろくなくて!」

 

 数日後、授業の合間。

 同じ呪術高専京都校に所属する女性陣達と件の映画を観に行った三輪はメカ丸に対して熱弁していた。

 

「アァ……ソレハ残念ダッタナ」

 

「ですです! メカ丸は来れなくてむしろ良かったですね!」

 

 画面越しに、メカ丸の口角が上がる。

 三輪霞は、呪術師だとは思えないほどに優しい人間である。そんな彼女がここまで否定的な意見を言うのは、もちろん映画が想像していた程面白くなかったのもあるだろうが……観に行けなかった幸吉への優しさでもあるのだろうと察して。

 

「ダガ……ソレデモ、一緒ニ観タカッタナ、映画」

 

 察されていることに微妙に不満げだった三輪が、その言葉に顔を明るくし、勢い良く肯定の意思を表示した。

 

「はい! 絶対いつか一緒に行きましょう!」

 

 変装をしていたときの苦笑いで少し仲を深めた彼らは、陽の差し込む暖かな教室の真ん中で楽しげに笑いあう。

 ……そのやり取りが与幸吉と言う人間の人生を地獄へと導いてしまうとは知らずに。

 

 

 

 

 

 

 考える。考える。考える。

 ずっと頭にあるのは三輪が放った「いつか」という言葉。三輪自身はきっと特に理由もなくメカ丸へと言った言葉だったのだろうが、それが自分を焦らせていることは客観的にも主観的にも理解している。

 

「俺は……どうすれば?」

 

 考え得る全ての方法を試した。反転術式を得意とする術師は自分に対してコレが治ることはないだろうと言った。

 ……訂正しよう。自分に関わってきた全ての人間が自分を見て一生この身体と生きていくことになるのは可哀想だと哀れなものを見る目で見てきた。

 その視線は幸吉を絶望へと誘う。誰の目から見ても治るようなものではないのだと突きつけられて。

 

「三輪……」

 

 目を細めて、身体を埋めて、自分の身体を見下ろした。

 

「ほぼ……死体だな……」

 

 ここは墓場、自分は棺桶に入っていて……そうだな、死因は焼死だろうか。全身に包帯を巻くほどの処置をしてもらったのならば例え救助が間に合わなかったとしても幸せだろう。あいにくこの包帯を巻いたのは幸吉自身なのだが。

 

 沈みゆく気分を晴らすため究極メカ丸のアニメをつけ、オープニングの楽しそうな音楽を聞き流しながらもう何度も考えたことへと思考を馳せる。

 

 動かしていた小さな虫型傀儡が学長室へと侵入し、本棚を探る。

 呪術に関する著書はあまり多くない。もちろん呪術界じょうそうぶの秘密主義や利己主義によるものだが、それでもないわけではない。既にほぼ全ての蔵書に目を通し、天与呪縛を治した例はないと知っているためあまり意味のある行為ではないのだが……。

 

 ちなみに例としては『呪術大全』という書物が最も参考になった。

 コレはかなり昔に書かれた書物だが……呪符や掌印、舞いなどを引き算することが最も重要とされる現代呪術に対して疑問を浮かべるという話を軸に構成されて……と、そこまで考えたところで幸吉はアラー卜がなっていることに身体の動きを止めた。

 

「……誰だ」

 

 青のアラートは侵入者。知り合いの呪力ではない。

 近くに呪骸がないことが悔やまれるが……幸吉の身体ではどうせここから移動などできない。侵入者の正体によっては自分はここで死ぬのだと短く覚悟を決めて、三輪を始めとした京都校の友人達に向けた遺書の送信ボタンを握りしめた。

 

「やぁやぁ、君が究極メカ丸……いや、今は良いよ。天与呪縛を持った身体の弱い人間!」

 

 暗闇から姿を表したのはニコニコと微笑む怪しげな女。

 なにを考えているのか想像もつかないその女は、納得したような感動したような表情でウンウンと頷いている。

 

「因果の破壊されたこの時代、私の計画が動き出すこの時代! まさか本当に彼の指定した人物がいるとは! あながち未来を読める術式を持っているというのも嘘ではないのかな」

 

 いやまぁそれも今から分かることかと再び頷いた女が、ようやく幸吉のことを認識したかのように目を合わせ、懐からなにかを取り出した。

 女の気配は明らかに強者のそれだ。才能のあるわけではない自分にはかつて五条悟との差が分からないほどの……。

 

(躊躇えば送る前に殺されるな……)

 

 生きているのに遺書を見られるのは気恥ずかしいという思春期のような思考により彼は動きを止めて様子を伺う。

 

「ああ、自己紹介がまだだったね。私は……まぁ羂索で良いよ。君に用が……いや、君に用がある人間を知っていてね」

 

「……………ココにはいないようだが?」

 

「うん。室町時代の人間さ。呪物化させてね。コレなんだけど……飲めば君は晴れて彼になる」

 

「……意味不明だな」

 

「だろうね。君ごときのスケールでは……ね?」

 

 馬鹿にするような笑み。ような、ではないか。実際にコチラを完全に舐めているし、恐らくだがそれだけの実力が目の前の女にはあるのだろう。

 

 ……ここで弱気になれば殺されるのは目に見えている。死んでしまいたいと思ったことは多々あるが、こんな得体の知れない者に殺されたいとは一切思わない。呪物の受肉元にされるなどもってのほかだ。

 

 ゆっくりと傀儡を動かし戦闘に備えつつ、幸吉はキッと羂索を名乗った女を睨みつけて牽制する。

 

「ああそれね、意味ないんだけどな〜、まぁ弱い獣ほどなんとやらってやつだよね。つまんない君に大した用件はないんだ。再開のためにもこれをはやく食べてもらえるかな」

 

 三輪霞と映画を見に行く自分の姿を幻視する。

 

「さぁて、彼は中々面白そうだった。私の手を離れた混沌になり得る要素の一つだよ」

 

「……そうか」

 

 話にならない。コチラの話を聞く気がない。理解できないことを理解した幸吉が送信ボタンを押そうとして……眼の前から女が消え、視界が暗転した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。