彼女を目にした瞬間、青年は心を奪われた。その緑と金色に輝く美しい髪、そして気品に溢れたその姿に見惚れてしまうのだった。
「む?まさか言葉を喋れぬわけでもあるまい。もう一度聞こう、汝は挑戦者ではないのか?」
はっ、と頭を振り現実に戻る。質問に答えなければ今にも弓で射られそうな雰囲気である。青年は身振り手振りで違うという意思を示し、口を開き
「噂で聞いたあなたの姿を一目見たくて」
と、回らない頭で絞り出した。
「ふっ、安い口説き文句だな。まあいい、挑戦者ではない者に用はない。そのマヌケ面と共にここを立ち去れ」
そう言い、アタランテは森の奥へと駆けていった。
しかし、もう間もなく日も沈む。彼女には悪いが今日のところはここで一晩を越させてもらおう。まずは火をおこす準備をしなくてはと、木を集めるために森へ向かう。
しばらく森の中を歩いていると、上から木の実が落ちてきた。見上げると、小さなリスがこちらを見ている。プレゼントのつもりらしい。
「ありがとう。有り難く受け取らせて貰うね」
そう答え森を進む。
青年が森を出る頃には手には一杯の食材があった。そのほとんどは森の動物から恵んでもらったものだ。青年は昔から動物に懐かれることが多く、今回も沢山の恩恵があった。森の動物達に感謝しながら今日のご飯にありつく。どうやら豪勢な食事になりそうだ。
◇◇◇
翌朝、何やら騒がしい声で目を覚ます。沢山の男達が集まってきているようだ。話を聞くと
「今まで一人一人挑んだから勝てなかったんだ!何人かで妨害すれば簡単なこった!」
そう言って意気揚々と勝負を挑んでいく。"無理だと思うけどなあ"と思ったがその勝負を見守ることにした。
アタランテと4人の男が走り出す。
アタランテはいつも通り男たちの少し後ろを走っている。すると男の中の一人が彼女に向かってとびかかる。それを横によけて躱し何食わぬ顔で走り続ける、他の男も次々とタックルを仕掛けたり無理矢理でも止めようとするが、ひらりと身を躱して一向に止まる気配はない。
男達は自分たちの中で一番足の速いものにすべてを託すつもりだったがそれもすべて無駄足に終わりそうだ。
あっという間に先頭の男を追い越しゴールする。そして男達を待っているのはアタランテによる平等の死だ。
それからも男たちは様々な方法で妨害し続けるが、アタランテはそのすべてを打ち破ってみせた。
青年はその間ずっとアタランテに見惚れていた。彼女の走り、そしてその表情、一つも色褪せることなく記録されていく。
『あなたにも、きっと見つかるわ』
彼女を誰かに取られるのは嫌だ。
今日の日のうちにこの国を離れるつもりであったが、”彼女を見ていたい、もっと知りたい”と考えしばらく滞在することに決めた。
◇◇◇
その日の夜、森の中を散歩していると一頭の子鹿に出会った。
どうしたんだろうと見ていると、少し走っては此方を見て、また走っては此方を見てくる。
どうやら"競争しよう!"と言っているようだ。青年も少しばかり走ってみたかったのでそれを了承した。アタランテの走りをみて感化されたのかもしれない。
しばらく人の姿で走ってみたものの、木々が生い茂る森の中ではいささか走り辛い。
そこで体を変化させ牡鹿の姿で走ることにした。青年は人間ではない。肉体をどんな物にも変化することができた。
蹄を鳴らし森を駆け抜ける、木々を綺麗によけ爽快感溢れる走りで駆けていく。
人の肉体ではできない四足走り。これで、同じ目線で駆けることができる、心なしか小鹿も楽しそうだ。
が、楽しそうに森を駆けるその二匹を狙う一人の狩人がそこにはいた。
確実に仕留めることができるように弓に矢をかけその時をジッと木の上から待つ。
"狙われている?"森を駆けている中、自分達に注がれる視線に気づく。
その瞬間、子鹿の脳天に矢が突き刺さる。子鹿はか細い悲鳴をあげて死んでしまった。思わず脚が止まる、即死だ、もう治しようがない。悔やむ暇もなく自らに放たれた矢が飛んでくる。止まっている暇はないようだ。
森を駆ける。いくら逃げようと矢が追ってくる。木から木へ飛び移りながら此方を追いかけてくる。
右に左に避けながら駆けるが躱し切れず次々と身体に矢が刺さる。
(このままでは埒が開かない!)
身体を大鷹に変化させ空へと羽ばたく。空は自由だ、誰にも邪魔されない。青年は逃げ切れたことに安堵する。
そう、思ったのも束の間、翼を矢で撃ち抜かれる。青年にとって空に逃げたことは悪手だった。狩人には、邪魔をする木々がなくなったのだから。
そこで体力が力尽きたようだ、大鷹の姿を保てず人の姿に戻ってしまう。
「(獣として狩られる最後なんて・・・ワタシらしいな)」
失笑しながら地上へ落下していく。地面に叩きつけられ衝撃が身体に響く。
どうやら血を流しすぎたらしい、指一本動かせない。魔力は充分にあるので傷の治療に大半を回す。"よくもまあここまでやってくれたものだ"と思わず感心してしまう。
「確か、この辺りに落ちたはずなのだが・・・」
恐らく矢を放ってきた狩人だろう、此方へ近づいてくる。
「血の跡が・・・なっ!どうして汝がいる?!それにこの傷、まさか汝があの獣?いや、それよりも早く手当を・・・」
自分を心配してくれているのだろう、心配そうに問いかけているらしい。返事をする前に意識は途切れていく。
意識が暗闇に沈む前、最後に見たものは深緑色の美しい髪だった。
次は青年の過去編かな。
ただの怪物で終わらせたくはない