担い手さんがいく!   作:ラスキル

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定番なやつ


第五話 最低な出会い

三度目は最低だった。

 

その日の挑戦もひと段落つき、私はいつものように森に入った。

森の奥に踏み入ってゆくと、岩が剥き出しになった斜面へと出る。そこには湧水が渓流となって沢をつくり、奥まった場所には滝と小さな水場が出来ていた。少し上の方の斜面には無数の木々がそびえ立ち、いくつか獣道らしきものも見える。

 

(あとで、獣を狩るのもいいかもな)

 

水場の深い辺りはちょうど岩場の影になっており、また滝の音もあるため、たとえ誰かが通りがかってもおそらくは気付かないだろう。それゆえ、私もここでは誰かの目を気にせず解放的になることができた。

 

「———っと」

 

身に纏った衣服を脱ぎ、狩りを行うため持参した弓矢も近くの木へ掛ける。そして、全裸のまま水場へ足を踏み入れて、身を沈める。その心地よい冷たさに思わず、笑みが溢れた。

 

「ふぅ・・・気持ちいいな」

 

この国に来てから川や池、湖で水浴びをしたことは多々あるがこの場所が一番気に入っていた。この水場で競争の疲れを癒し、狩りに向かう。それが私の日常であり、日々の中で唯一の心休まる時間だった。

 

夕暮れが穏やかに水面を照らして、今日の終わりを告げる風を運ぶ。巣へ帰る鳥のさえずりが遠くの方から、少しにぎやかに聞こえてくる。時折、水の岩陰には小さな川魚の動く気配。そして、適度な水量の滝は直接に浴びても心地良さを全身に伝えて、この長く伸びた髪を梳き洗うにはもってこいだった。

 

(明日も挑戦を受け、勝利し、殺す・・・その次の日も、また次の日も)

 

 ばしゃばしゃ、と何度も水を手ですくって、脳裏に浮かんだ戯言を冷やす。そしてふと、視線を水面に落とす。そこに映し出された自分に思わず、顔をしかめた。

 

「なぜ、私はここにいるのだろう」

 

父から呼び出しを受けた時はあんなにも心が躍ったというのに。家族と、生きれると思ったのに。そんな泡い希望はとうに消えた。

しかめ面を水で洗い流す。栓無きことと押し込み、体を水に沈めた。

 

「———ん?」

 

その時、頭上に見える木々の奥から、風のものではない葉擦れの音が聞こえる。それは断続的に響いていて、時折土を踏み締める足音も混ざり合っていた。

 

(獣か...? いや、これは人のものだな)

 

そう思って耳をすませ、その音の正体を確かめようとする。そして反射的に、岩場に立てかけていた弓と矢を手繰り寄せる。

わずかに岩場の影から身をのり出して、森の奥を見る。

 

「ふむ」

 

が、ちょうど死角になっているためかその音の主の姿は見えず、心なしか遠ざかっていくようにも聞こえた。

 

(・・・狩りか、採取か)

 

確かこの山には、かなり美味な果実がなる木があると聞いた。

ただ、ここは人里からかなり離れた奥地のため、危険な獣が住みつきやすく、狩人であっても危険は大きい。ゆえに、この付近を今まで他人が訪れることは滅多になかった。

 

(まぁいい。やり過ごせば、すぐに立ち去るだろう)

 

正直言って、今は心が疲れていた。ゆえに隠れて、様子を伺うといった好奇心も起こらない。

 

 ———しかし、

 

「・・・っ?」

 

先ほどのものとは明らかに異なる気配が重なって伝わる。それは禍々しいほどの狂気と殺気があり...今度こそ間違いはなく、獣と呼べるもの。

 

「わぁ、本当にあった。ありがとう、君たちのおかげだね」

 

腑抜けた声に聴き覚えがある気がしたが、それどころではない。

獣が放つその衝動は明らかに一点に向けられていた。

 

「ん? どうしたの? 後ろかい?、——え? っ・・・?!」

 

思いがけない驚嘆に引きつった声が、かすかに聞こえてくる。

間違いなく獣は狙っており、そして気の度合いを探っても、このままではその者の生命を奪われることが容易に想像できる。

 

「あはははは、いやぁすまない。キミの縄張りに入るつもりはなかったんだ。できれば話し合いで解決をしようじゃないか...だめ?」

 

「———グォオォォォ!!」

 

「わっ、ちょっと待って! わ、わぁぁあぁぁ!!」

 

叫び声を聞いた途端、私は水場から飛び出ると軽やかな足取りで岩場を一気に駆け上がり、瞬く間に斜面へと登りでる。

そこにいたのは、やはりというべきかあの青年と、私の背丈の倍ほどもある巨大な猪。

助ける義理はないが、見て見ぬ振りが出来るほど落ちぶれてはいない。青年と猪の前に私は飛び出した。突然現れた私の姿に、猪はその動作を止めてその巨体をこちらに向ける。

その距離はほんの僅かでしかなく、私の乱入があと一瞬遅れていれば、その巨体の突進により青年の体は宙に舞い散っていたことだろう。

 

「えっ!?アタ———」

「下がっていろ」

 

状況が飲み込めていないのか、あっけに取られている青年を庇うように立ち、背中越しに声を掛けてから、猪と対峙する。そして、その獣係の相手を私に選び直し、足を掻き突進を開始しようとした隙を付き、弓を振り絞り矢を放った。

 

「グォオォォォッッ!!」

 

その矢は猪が突進を開始する前に脳天を射抜いた。震え上がるほどの咆哮が響く。それに気圧されることなく、第二射、第三射を両眼、喉元に放つ。

 

「グォオォォォ!!!!」

 

しかし、それでもなお猪は突進を止めることなく私に迫ってきた。

 

「このっ...!!」

 

猪の体を受け止める。

押しつぶされそうな重量感が四肢に伝わって、関節がみしりと、悲鳴をあげる。

次の瞬間。

 

「——————はぁぁぁァァァ!!」

 

私をかち上げようとする猪の頭部を掴む。そして、重心を受け流すように巨体を背負いながら、自分もろとも崖下めがけて投げ放った。

ドォォンと、豪快な響きと水柱を上げて私たちは滝壷に打ち付けられる。

 

「え・・・えぇぇ・・・」

 

ほんの数秒の出来事に、しばらく青年は呆然となっていたが、はっ、と我に返り斜面を軽々と下ってゆく。

そして、滝壷に溢れ返っている大量の血溜まりを見て、思わず沢に飛び降りた。

 

「・・・・・」

 

 間も無くして、猪の死体が浮かび上がってくる。だが、彼を身を挺して守ってくれた彼女の姿はどこにもない。

 

「まさか」

 

沈んでしまったのか?そう悟った青年は、少女を助けようと駆け出し、水音を立てながら沢へと踏み入っていく。

その時、

 

「———ふん。 馬鹿の一つ覚えのように向かってこなければよかったものを」

 

猪の身体を掻い潜るようにして私は水面から浮かび上がって、沢のほとりに上がり出る。少し身体を打ったが問題ではない。

 

「だ、大丈夫?」

 

「それはこちらの台詞だ、汝こそ大事はないか?」

 

マヌケ面の青年がこちらに駆け寄って心配そうに声をかけてくる。それに答え、青年に対しても問いかけをするが、これが不思議なもので青年は顔を真っ赤に染めながらこくこく、と頷くのだ。

疑問は残るが、青年の様子から無事を感じた私は、共に転がり落ちた弓と矢を担ぎ直し猪の亡骸に振り返ってため息をついた。

 

「気に入った水場だったが、当分は使えそうにないな。まずは猪の身体を運び出さねば」

 

「・・・・・・」

 

「むっ?ああ、念のため言っておくが、お前を助けようとしたのではない。後ほど狩りをするつもりだったからな、手間が省けた。ゆえ礼などいらぬ。

しかし・・・なぜまだこの国にいるのだ。汝は言葉が分からん阿呆なのか?」

 

「う、うん」

 

「?」

 

青年の反応を見て、違和感を抱く。恐怖や、不測の事態に思考が停止しているのなら、わかる。ただ、青年はそのどちらでもない。むしろ顔を紅潮させて、何かを恥ずかしがっているような。

 

・・・あっ。

 

よく考えてみれば、私は衣服も何もかも身に付けていない。

ゆえに、今の姿は———

 

待て、待ってくれ。咄嗟に飛び出して気が付かなかったが、何も纏っていないということは・・・つまり、今の私は、

 

———裸?

 

「・・・ひ、ひゃあああぁぁぁあぁぁっっ?!!」

 

今までほとんど上げたこともないような悲鳴を上げて、大慌てで水場の中へと身を沈める。それを見て、青年も硬直が解けたのか我に返り、急いで背を向けた。

なんたる迂闊、なんという失態...っ!!

 

「き、貴様・・・っ!!」

 

「?!い、いやっ、見てないです!  ええ、もう全然!!じ、実は目が悪いんだ!ええ本当!なのでキミの裸は全く見えてない!!」

 

「———裸だとわかっておろうがっ!!」

 

見られた! 間近で、力いっぱい見られたのだ!!

しかも、よりによって全裸! 

少なくとも、この生涯においてあの船の仲間にも・・・同性にすら見られたことがなかったのに?!

それを、よりにもよって、男にだとぉっっ?!

 

「・・・正直に言え、貴様、どこまで見た?」

 

「い、いえっ、全然見てないから!・・・・ち、ちらっと全身見えただけです」

 

「〜〜〜〜〜ッッ!!」

 

よし、殺す。

この男にとっては精一杯取り繕っているつもりなのだろうが、明らかにそれは逆効果で私の羞恥と憤怒はますます高まる。というか、この男わざと言っているのでは?

 

「あ、あはははっ・・・あ、あのぉ、アタランテさん?」

 

「———はっ」

 

ぷちん、と頭の中にある何かが切れて、燃え上がるように熱くなった思考が急速に冷えていく。

そうだ、わざとだ。この態度で確信した。背を向けながら、今見た光景を思い出してほくそ笑んでいるに違いない。

・・・殺しても文句はあるまい? 

私にも恥じらいぐらいはある。少なくとも異性に自らの秘所を曝け出したなど、屈辱以外の何物でもない。

 

「最後に、何か言い残すことはあるか?」

 

「あ、あのあのっ・・・! と、とりあえず・・・」

 

「———なんだ?」

 

青年は満面の笑みで、

 

「ご馳走様でした・・・」

 

「———沈めッッ!!」

 

「にゃっがぁぁ?!」

 

襟首を掴み上げて、そのまま後ろの沢に放り込む。

ドボンッ、と豪快な水柱が吹き上がり、青年の姿は滝壺の中へと消えていくのだった。

 

◇◇◇

 

「ほら、しっかりせんか・・・まったく」

 

 呆然とした気分のまま、私は衣服を羽織って再び滝壷に向かった。その間、先ほどまで全裸であったことが思い出されて、恥ずかしさで悶えてしまう。本当であれば、この青年を殺してしまいたい程だが、

 

(私も道徳心ぐらいは持っている)

 

一応ではあるが。

ゆえに、ぷかぷかと水面に浮いていた青年を引き揚げた。思えば、この青年と会うたびにこうして介抱してやってるような気がする。

・・・私のせいではない。この軟弱で間抜け面の男が悪いのだ。

 

「う、うぅん」

 

「おい、起きろ軟弱者」

 

滝壷から引き揚げた青年を岩場に横たえて、私はその頬をペシペシと叩く。青年は呻き声をあげながら目をうっすらと開く。

 

「目を覚ましたか。気分はどうだ?」

 

「え———」

 

声をかけられたことで、青年は側に立つ私の存在に気づき頭を押さえて顔を顰めながら起き上がってくる。

私は先程の痴態を見られた気恥ずかしさを押し隠す意図もあって、あえてしかめ面のまま見下ろした。

 

「ぼ、僕はなんでここに・・・」

 

「よい、何も思いだすな。そのほうが長生きができるだろう」

 

「美しいもの見た気が」「———何か言ったか?」「いえ、綺麗さっぱり何も覚えていません」

 

「うむ、よろしい」

 

お互い何もなかったと、言い聞かせる・・・これで、いい、のか?

いや、これ以上考えるのはやめておこう。一刻も忘れなければ舌を噛み切ってしまいそうだ。

 

「そうだ・・さっきはありがとう。おかげで助かったよ。ははっ、キミに助けられるのは何度目かな」

 

「礼はいらぬと言っただろうに」

 

「いやいや、お礼は大事だよ。お陰様で良いものを見れ「忘れろと言っただろう!!」

 

なんなのだこの男は!人がせっかく何も考えぬようしているというのに、なぜ掘り返す!!

 

「いや、それはできない。無理だよ。見たのは事実なんだから」

 

「無理でも事実でも、なんでも忘れぬか! さもなければその脳天撃ち抜いてみせようぞ!?」

 

「え、それは困る。せっかく話せたのに・・・大丈夫、誰にも言わないよ。僕の心の中に永遠に焼き付けるとも」

 

「ふざけるなっ!なれば、その心臓ごと撃ち抜いてみせる!」

 

・・・何をやっているのだろうか、私は。

我にかえり、弓を取りかけていた腕を引っ込めた。いつにもない自分の反応に、自分自身でも驚く。裸体を見られたことに対する羞恥心は確かにあった。それでも今まで、こんなにも相手に、ましてや名も知らぬ他人に感情的になることなど、思い出す限りほとんどなかったはずだ。

 

「?」

 

私はまじまじと青年の顔を見る。名は知らぬ、男か女、言われなければ気がつかぬ程の中性的。夜空のような髪に、宝石のような真紅の瞳の軟弱者。そういえば、あの日も安い口説き文句をかけてきたことを思い出す。

 

「私は何度も言ったはずだぞ、用がないのであればこの国を去れと」

 

「ん? ああ、そうだったね」

 

「そうだったではないだろう!?」

 

「ごめん。あの日出会ったキミがあんまりにも印象的でね、そんなこと『すっかり』忘れていた。あっはは・・・」

 

「笑うなっ!なんなんだ、汝は」

 

声を荒げながら、胸にかき抱く戸惑いがどんどん大きくなる。それにさっきから、なぜか顔が非常にほてって...暑い。わけもなく息苦しいほどに動悸が止まらず、言葉が時々もつれるほどだった。

 

今まで、私の近くにきた男は皆欲にまみれ、穢らわしい視線を向けてくる輩ばかりだった。しかし、目の前の青年はそれとは違った。会話してる内にやわらかな空気に飲まれるというか、馬鹿らしくなってくると言うべきか。それに猪に対して手も足も出てなかった癖、それを屠った私に対してこれほどに余裕をぶちかました態度は、どこから来るのだろうか?

 

あいも変わらず、人当たりのいい笑みを浮かべる青年を見ると、考えるだけ無駄な気がしてくる。

 

「もう、いい。いいから、他言しないことを誓い、ここから消えるがいい」

 

「いいのかい?良かった、その弓で射抜かれたらどうしようかと、少し怖かったんだよ」

 

「そうは思えんがな・・・ほら、私の気が変わらぬうちに去れ。そして、この国から出ていけ」

 

私はしかめ面を保ったまま、青年で手で追い払う。青年は「わかったよ」と返事をし、立ち上がる。むぅ、本当にわかってるのだろうか。

 

「じゃあね、今度はたくさんお礼を持ってくるから」

 

「・・・もしや、話が通じない獣か何かか、汝は?」

 

思わずため息をついてしまう。

なんなのだ、本当に。

 

 

流石に青年も懲りただろう。

私はあれ以来水場には足を運んでいない。体を洗い流す程度であれば付近の川でも十分だからだ。だからもう出会うことはない。

 

「それにしても変な男だったな」

 

今まで会った男と比べればある意味純粋な目をしており、不思議と向けられる視線は不快ではなかった。

・・・まあ、話を聞かないとこは難点であり私の痴態が広められてないかは不安ではあるが。

 

今日の競走も終わり、私は自分の天幕の元に帰る。

間も無く日も暮れる。そろそろ火を焚くかと準備をしようとした時、

 

「———おーい!」

 

と、何やら聞き覚えのある声が森の奥から足音と共に聞こえてくる。

ため息と共に、頭を抱えてしまう。

振り返れば腕いっぱいに果実を抱え、こちらに手を振る青年の姿。

 

「汝は・・・馬鹿なのか?」

 

「え゛っ」

 

それが、私たちの関係の始まりだった。

 




少しずつ変えていこう。
アタランテの水着はまだ・・・・
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