とある理想の異世界伝 作:爪先
トラオリが持ってきていたという金貨はどこにも見つからなかった。
つまり上里たちは無一文。
今までも野宿野宿の0円生活だったが、さすがにここから魔王を倒しに行かなくてはならないとなれば、それはもう誰が見ても無理だろう。
食糧もなく、武器もなく、衣服もない。
「うっ……私の責任ですっ……ううう」
もういまにも泣き出しそうなトラオリはへたんと座り込んで動かなくなってしまった。道には結構人の量が多かった。盛えている街というのは本当だったが、これではずっと好奇の眼で見られ続けるだけだった。そんな中トラオリの感情は益々溢れた。嗚咽、涙、さまざまな形で流れ出た。上里は居た堪れなくなった。これでは少し落ち着くまで次の行動に移せそうにない。
上里は考えた。
ぼくはトラオリを元気付けられるだろうか。
現実世界の方でも、上里自身が失敗することもあったし、周りの子たちが失敗することもあった。
それをどうやって乗り越えてきたか?
上里は己の右手が周囲の人間に与える影響について悔やんできた。その原因を怨んだ。憎んだ。苦しんだ。抗った。
誰かが新しい見方をくれた。
異世界からも引っ張り出してくれた人がいた。
誰かと付き合っていくには、自分の、相手の、それぞれの失敗を受け止めて、受け入れて、乗り越える必要がある。
失敗を乗り越えるための、その一手。
そんな手を差し伸べられるだろうか。
「トラオリ、これはぼくにも責任がある。勇者だって呼ばれてきたのに、今も何も出来ていないぼくにもね。本来、勇者ならどうにか打開策を見つかるだろうさ。でもぼくにはどうしようもない。だからトラオリ、君だけのせいじゃあないよ」
上里はゆっくりと言って聞かせた。
とかくコミュニケーションとは難しい。異世界人となら尚更だ。
特に落ち込んだ人を元気付けることは困難だろう。
上里はたびたび、その拳によって語り合ってきた。
ツンツン頭もそう、喋る犬とも、そう。
しかし今は言葉を尽くした。本心からの感情を言葉にした。
トラオリはうるっとした目でじっと見つめてくる。上里のトラオリを気遣う気持ちは優しく伝わった。
彼女は込み上げてくる感情を抑え込むように、溢れた涙目を拭い、
「……ありがとうございますっ……そんな優しいこころの勇者さまで、ほんとうに、本当によかったと思いました……」
と、無理にでも笑う。
一緒に上里も笑顔をつくった。
「トラオリには笑顔が一番だ」
失敗を忘れてはいけないが、水に流すものは流さなければいけない。
とりあえず落ち着ける場所を探して作戦会議をしようと、2人は歩き出した。
「いつまでもメソメソして上里さまに迷惑はかけたくないですからねっ!頑張りますよっ!!」
ほどなく2人して川沿いのベンチへと腰をおろす。城壁の中の街とはいえとにかく巨大だ。休憩する場所は適度に設けられているらしい。
とりあえず確認しておきたいことがあった。
「具体的に、なにかアテはないかな?教会とか、司祭さんの知り合い、とか?」
と言うと、トラオリは珍しく難しい顔をして、
「そうですね、その辺りなら協力してくれる人はいそうだと思いますが……」
「?」
トラオリが言い淀むのも珍しい。
「何か、あるの?」
「いえ、まあその……私司祭さま以外の教会の方って苦手でして……」
牧師などは、まことに勝手な上里のイメージだが、説法が長かったり規律に厳しそうな感じがある。この世界の宗教がどんな教義なのか、など詳細は全く知らないが、トラオリも様子を見ていると敬虔な信者というわけではないだろうから、そこらへん馬が合わないことはあるのだろう。そして司祭というのはトラオリにとって特別な存在らしい。
「じゃあどうしようか……」
2人が思案していると。
川の上流から何か流れてきた。普通の人程度の大きさがある。
先に気づいたのは上里だった。
「ねえトラオリ、あれ何かな、」
だんだんと近づいてくる。人みたいな何か、だと思っていたがどうやら違うらしい。
普通に、人が流れてきていた。
突如、水面を叩く音がし始め、やがてその人は顔を水から出して、
こう言った。
「不幸だーっ!!」
川から流れてきたのは、赤ん坊が入った桃では無く、ましてや太宰治でも無く。
ツンツン頭の少年だった。
だいぶ見覚えのある尖り方だ。
「おい、きみは……」
トラオリは上里の普段見せない表情に驚いた。上里も驚いているのだが単純な驚きという衝撃だけでなく、苦しみと憎しみ、それに相対する筈の羨望と何か、
愛情ではないがそれに近いもの、
それら全てを含んだ複雑な心模様が表情に表れていた。上里自身、この感情に名前をつけることは難しいだろう。
上里は一点、正面の少年の目、その一点を見つめて問うた。
「上条、当麻か?」
上里によって引き揚げられたツンツン頭の少年は、まず何が何やらわからない様子で、キョロキョロと辺りを見回していたが、
「カミジョー?誰だそれ?」
とのたまった。
上条似の少年は残念ながら学生服ではなかった。川の冷たい水に全身濡らされた彼はくしゃみを一つして、それから白のシャツのようなもの、濡れて張り付いているがそれ以前にぴっちりとしていた服を軽く絞ってみたりしている。ボタンがほつれている。頭のツンツンの先から水が垂れている。
「きみは、本当に上条当麻ではないのか!?ぼくと同じように異世界に転生したわけではないと!?」
勢いづいている上里とは対照的に上条似の少年はまだ混乱の真っ最中だ。
「あの……誰かと間違えていませんか?」
上里は自分がどんな表情をしているのか、鏡もないのでわかるはずもなかったが、正面の少年には嫌というほど見えている。
「きみ……なんだかすごく悲しそうだ」