とある理想の異世界伝 作:爪先
「勇者だったのか。わざわざ異世界から大変だな」
上条当麻にそっくりな少年は上里翔流にそう言った。
「それで、あんたのいた世界に俺とそっくりな人がいたと。へえ、そんなことあるのな」
結論を言えば、彼は上条当麻ではなかった。
単に記憶を失っていたわけでもないだろう。まさか不幸不幸と嘆いている上条といえど記憶を無くすようなことにはなるまい。彼は上里のことも、魔神のことも、学園都市も知らなかった。上里の矢のような質問攻めに事態を把握しかねて、頭の上にはてなマークをたくさん浮かべていた少年も、どうやら自分にそっくりな人物の存在を感じ始め、トラオリから上里が勇者であると聞くと、それは異世界人であると確信した。
「本当に、幻想殺しという言葉にも覚えがないんだな?」
「いまじん?そんな魔法あったかな……いや俺は魔法が得意じゃねえから……」
ツンツン頭を掻きながら上条似は言う。尖っている先端から水滴が垂れ落ちる。河原の不気味に積まれた石を濡らす。赤色の空と相まってこの世とあの世の境界線のようだ。
別人、か。
ほっとしたのだろうか、と上里は考える。残念だと思ったりはしていないだろうか?しかし幻想殺しを持たず、上里のことを知らない上条がいることに不気味さを感じなくもない。
上里が黙り込んで何かブツブツと考えている間、暫くぼーっと上里を眺めていた少年だったが。
ふいに言った。
「そのカミジョーというやつは、お前の友達かなにかか?」
何だって?
上里は目をカッと見開いて、
「上条当麻がぼくの友達だって?上条当麻が?友達?いやいやいやいやまさかまさかまさか。きみは、いや上条当麻は友達じゃなくて……なんだろうな、敵?では……いや敵……とは呼びたく……恩人?まさかまさかそんな。確かに色々と学ぶことは、まあ確かにあったかもしれないけれどね、まあ確かにあったさ。あった。でも恩人……ではない。そうじゃないよ。そう。そうそう。ぼくについてきてくれている子たちは右手の力に操られていたわけではないと、そう教えてくれたのは確かにまあ今思えば上条当麻かもしれないけれど。しかし知人というのも違う。そんなに薄い関係じゃないね。非常に不本意だがそんなに薄くない。知人という言葉は実に味気ないね……じゃあなくて、でも濃くもないんだ。ぼくが学園都市にいたのはほんの数日なんだ、もっと……いやいや、上条は……上条当麻は……どこかにぼくと彼の関係性を表すいい言葉があるはずなんだけど……」
不定形な思いがそのまま流れ出たといっていい。
上里はあらかた言い終えてもまだ上条との関係性を測りかねていた。本当に上条当麻とは、幻想殺しとは何だったのだ。
上里が上条に壊された幻想とは、結局何だ?
一方、突然の饒舌っぷりに若干驚いている者も2名ほどいた。
「なんだよ、お前」
上里の「世界中の木を切り倒しても足りないような」長台詞を途中からポカンとした顔で聞いていた上条似は少し引き気味に、
「そのカミジョーが好きだったのか?」
とのたまった。
さんざ考えていた上里だったが、この問いに関しては即答できる。
すなわち。
「違う!!!!」
「(違うって割にはそんな顔じゃなかったですけどねー)」
その後。
「ここがきみの家?」
「……なんというかこう、アンティーク調っ?で素敵です……」
上条当麻かと思ったらそっくりさんだった異世界人に案内されたのは彼の家であった。ススキのような植物が風に揺れているが、それが本当にマッチする、まるで色味の無い家だったから上里たちはリアクションに困る。
「まあ入ってくれよ。勇者さまにはちと狭いかもしれないけど」
「おじゃましまーすっ」
入ってみるとそこもススキ風味であり、すこし砂っぽい。平屋で奥行も横幅も広いとは言えなかった。
「うん?」
なんとなく見覚えが……あるようなないような。
「ちょっと待っててくれ。いま何か出しますよっと」
上条似が玄関から入ってすぐ右、おそらく台所にあたる場所だろう、に行ったところで、上里はこの家にドアがないことに思い当たった。どうしてるんだ、夜中。
「なんかすごく風を感じる家ですね、ここ。壁にも穴だらけなんでしょう。真冬とか、どうにかなりそうですっ」
本当に嫌そうな顔をするトラオリ。
「ここの人たちはみんなこんな家に住んでるのか?」
天井から落ちてきたホコリを払ったあと、上里はくせで首に右手をやった。さっきまで見てきた街の様子とはだいぶ違うように思えるのだが。
「いや、そんなことないんですけど……まあ、ここみたいな都市の中でも山に近い地域にはこういう家多いですねっ。あ、城壁の中に山があるってことではないですよ。外の山に近いってことです」
「まあ中心地からは少し歩いてきたしね」
なんだかんだで20分くらい歩いた気がする。その間は上条似が上里の世界のことを知りたがり、上里を質問攻めにして困らせていたがそれはまた別の話である。
リビングと思しき場所のテーブルになんとなく陣取っていると、
「ごめん待たせちまって。こんなものしかなくてごめんな」
一瞬で2回も謝った異世界人が運んできたのはなにやら不気味な緑色の液体と茶色で円形の物体だった。
「アンクさん特製のバーギフティーとバーギフクッキー!こんななりだけど実はうまいの。どうぞ!」
「なっ!?バーギフってあのバーギフですかっ!?さっき道に生えてた!?」
「あれ、よく見てるなー。そうそう実は食べられるのよあれ」
「……やっぱり異世界でも生きる力は逞しいのか上条当麻……!」
ちなみにバーギフとは上里の世界でいう雑草の部類に入るらしい植物で、胃腸の機能を改善するそうである。
上条似も上里の隣に腰を下ろして、
「なんだ金を落としたって?なんだ勇者サマもたいがい不幸なんだな」
お前が言うな!と突っ込みたくなる気持ちを上里は抑える。コイツは上条の見た目で上条ではないのだ。
「俺も見ての通り貧乏だからさ。多少の食料くらいでしかもてなせない。助けてもらったのになんだか申し訳ないな……」
そういえば川に流されていたのだった、彼。さっきアンク、とか言ったか。
「そもそも、なんで川なんかに流されてたんだ?」
「いや、今日の晩飯になるかと思って魚とってたら滑ってな。それでそのまま」
(……あの川そんなに深かったですっけ……)
しばらく上条似の少年アンクの淹れた飲み物を啜りつつ、二、三質問が飛び交った。
「ふうん、きみも学生だったのか」
「親が入れてくれたんだ。エレステってのは学校の街でもあるからな」
学校の街?
「そうなの、トラオリ?」
トラオリは何気にクッキーをバリバリ食べていた。さっきまであんなに嫌がってたくせに。彼女は口に入れた分を飲み込むと、
「ええまあ。元々外にあった学校とかもこの状況ですからね、避難という形でここにきてるところは多いですよっ」
「あれ、教会のほうで招待とかしてたんじゃなかった?」
「そうですね……、司祭さまがそんなことをしていたようなしてないような」
外の状況、というのは魔物の勢力が拡大していることだ。たしかにいつ襲撃されるかわからない場所で教育も何もできないだろう。城壁に囲まれたここに逃げてくるのもわかる。
(しかし、学園都市に似てるな……)
四方を壁に囲まれて、その中には多数の学校が存在する。ここだけ切り取れば学園都市みたいだ。バリバリ中世だけど。
(まあ、似ていたとしても意味はないか)
今はとりあえず装備を整えなくては。
「今晩は泊まっていくか?路銀もないんじゃ宿にも行けないだろ?」
アンクの提案をありがたく受け入れさせてもらって、とにかく今日の宿はゲットだ。
「しかし今後はどうしようか。今日は泊めていただくとしても……」
「うーん、どうしましょうね……」
思案する2人。なんだか生きるのに精一杯で、魔王を倒さないといけないという目標を忘れそうになるがそれを忘れると元の世界に帰ることもできないだろう。
旅費がないなんて問題はさっさと解決しなければ。
すると、2人の顰めっ面をしばらく眺めていた上条似アンクが言った。
「じゃあクエストに参加すればいいんじゃねえの?」
「「……クエスト?」」
上里とトラオリは聞きなじみのない単語に思わず目を合わせて二人困惑した。