とある理想の異世界伝 作:爪先
「何?今日はこれを倒さないと帰れないの!?」
思わず不幸だーっ、と叫びたくなるが、これも自分で選んだ道なので文句も言えないのが苦しいところか。
上里とトラオリはクエストに来ていた。
クエストである。
「ちょっと具体的にこのクリーチャーどう倒すわけ!?もう長いこと逃げてしかないけど!?」
「上里さまーっ私こわいですっー!!」
最近増え続けている魔物の討伐、これを軍隊に頼らず民間人に依頼しようという試みがクエストだ。話によるともう軍隊の方では手が回らないところも結構あるらしく、クエストに回されるケースが多くなってきているのだとか。多くの戦士が必要となってきたため、報酬も右肩上がりだという。
上条似の少年、アンクが昨日言っていた。
「小さめのクエストでも今はあんたらの装備を整えられるくらいの金がもらえるぞ?この街で最も効率のいい稼ぎ方だ。そもそも魔物が怖いからこの街の中に籠ってるってのに、その魔物と戦おうなんてヤツは珍しいわけさ。だから人手不足で報酬が高額化してる」
するとトラオリ、目を金色に光らせて(上里にはそう見えた)、
「やりましょうっ、上里さま!」
ということもあって上里とトラオリは依頼を受けに行ったというわけだが。
「これほんとに初心者向けなんだよな!?!?」
アンクに教えてもらったクエストの依頼を扱う館は、歩いて20分ほど、殺伐とした上条似の家周辺とは見違えるような街並み、その端っこにあった。道路が石畳だ。なんにせよ空が赤いから、上里はなんとなくドラキュラあたりの妖しい洋館みたいだと思った。
上里たちは早速門を叩く。中は外観から想像されるよりだいぶ小さく見えた。書類作成用の机、順番待ちの椅子などの木目模様が暖かいが、壁にかけられている魔物の剥製が不気味な雰囲気でカオスな空間だ。中途半端な明るさと埃っぽさが嫌なようで、逆にムードが作られているともいえる。
「(なんで魔物なんて剥製にしちゃうんだ、悪趣味だな)」
「(こういうの好きな人は好きなんですっ、バケモノに可愛い名前なんて付けて可愛がっちゃう変態とかっ!)」
A4サイズくらいの紙を渡される。繊維がそのまま見える粗雑なものだったが、こんな時代感なら自由に紙を使える、ということに驚いておかなければなるまい。平安時代の貴族が見たら卒倒しそうな大盤振る舞いだ。何か摩訶不思議な文字が踊っていたが、上里にも不思議と字が読める。異世界に来てから言語コミュニケーションで困ったことはないが、これは何故なのだろう。
などと考えながら記入を進める。ちなみにペンのインクは赤だった。つくづく徹底されている。
「なあトラオリ、ここ、住所とか生年月日ってどうすればいいかな」
用紙には個人情報の記入欄があった。上里はそもそもこの世界の住人ではないのだから書けることもないし、かといって仕事用に提出する書類にウソを書くことも気が引ける。後で問題になったら面倒だ。
「トラオリの経歴だけでなんとかならないか……?」
するとトラオリはしばらく考えた後で、
「もう職業欄には勇者って書いちゃいましょう!誕生日とかもそのままでっ!!」
上里が勇者であるとわかると、受付を担当してくれた耳たぶの大きなお嬢さんは大げさな歓声をあげて、すでに17人の戦士が挑んで全員失敗し喰われてしまったという龍型魔物やら、触手に触れただけで今後一生呪われるというタコ型魔物やら、上里には到底無理だろうと思われる魔物魔物魔物の依頼オンパレードであり、ついには「魔王倒しちゃってきて下さい!」なんて普通に言われてしまっちゃった。
右手を首に当てながら上里、
「そんなに期待されても困るんだけどな」
しかしこの過度な期待というか、こうやって囲まれることも今や懐かしい。
「まあまあみんな勇者には期待しているんですよ」
その後なんとか説得して初心者向けのクエストを回してもらったわけだが。
「上里さま、魔物ってこんなに大きいんですねびっくりです」
「うん、ぼくも驚いてるよ」
「逃げますか」
「逃げようか」
お楽しみの戦闘シーンでは、まず倒すべき敵について詳しく描写しなくてはいけない。
さあ、今回上里が立ち向かうのは魔物だ。
身長は上里なんかとさほど変わらないはずなのだが、不気味な翼が不気味で黒い存在感で勇者に迫ってゆく。伸びきった爪の先に赤い液体が光る。液体だけではない、生き物の肉が、それとわかるくらいにはこびりついたままだ。変色して黒っぽくなった赤は見るに堪えない。
上里は走る。
トラオリと走る。
「ひいっ、ひいーッ!!まずいですまずいですよ!?もう追いつかれますどうしようどうしよーっ!!」
魔物は叫び声をあげながらもうそこまで迫ってくる。長い爪は20センチ以上はあるだろう。もしかしたらもう少し長いかもしれない。あんなものに引き裂かれたくはない。
(いま思っている距離よりも、実際は爪の分だけ近づかれているわけだよね)
上里はちらと頭だけ後ろへ向け、追ってくる魔物を観察する。
さて、武器もないのにどうやって倒すんだ?
一応、クエストの前にトラオリに確認はとっておいた。彼女の使える魔法についてだ。
「んー、まあ私も勇者さまを預からせてもらってるくらいですからね、それなりに魔法は使えるはずですっ」
トラオリは胸を張って言う(張るものがあったのかはさておき)。
「なにか攻撃に使えるものは?」
上里は魔法なんてものはよくわからないが、一度トラオリにかけてもらったのは回復魔法だ。魔法で攻撃する場面には、幸福にも今まで出会わなかった。
するとトラオリ、急に目を逸らして、
「いやー私、雷とか炎とか、そういう攻撃的な魔法は苦手でして……」
「うわーん!!これなら宴会芸でしか使えない水流操作魔法なんて習わずに戦闘系の強いヤツやっとけばよかったなあッ!!」
そう叫ぶトラオリと上里は必死に走る。もうすぐそばまで敵は迫っている。一瞬でも立ち止まればたちまちあの長い爪の餌食だ。
「水流操作?ってどんなの!?」
真っ直ぐ前を見つつ、隣の異世界少女に声をかけると、
「水流の操作ですよっ!!そのまんまですっ!!はあっ、はあッ!!」
随分と余裕がなさそうだ。
「それじゃあアイツを上手いこと水場に誘い込んで、窒息させたりはできないのかな」
「それがっ!無理なんですよっあの化け物、首を切り落とさない限り動きを止めないんですって!!」
なんかまたクエストのハードルが上がってしまった。なんでこんな重要なことを説明してくれなかったんだ、あの受付嬢め。
(空気を必要としないなら、何をエネルギーにしているんだ?)
上里は必死に対策を練ろうとするも、迫り来る脅威を前に頭が冷静になってくれない。あの上里翔流、数々の危険なシチュエーションをくぐり抜けてきた上里でさえも、未知の恐怖からはなかなか逃れきれない。しかし、多少上里より知識のあるはずのトラオリより落ち着いていられるのは流石と言うべきか。
またちらと後ろを見る。魔物との距離は離れてもいないし縮まってもいないが、確実にこちらの体力が少なくなっているのに対して、あちらはどうもそんな様子ではない。同じ土地を踏み締めているはずなのに、あきらかに大きな魔物の足音が、恐ろしさを運んでくる。
魔物をどう倒すか?
トラオリのほうに余裕はない。何も考えずただガムシャラに逃げている。
では考えなくてはならないのは自分だ。足は止めない。同時に頭をフル回転させるだけ。魔物から逃げられる、魔物は倒せる、そんなイメージを固める。
こちらには損害を出さずに、確実に相手の首を、仕留める。そんな方法を。
考えろ。
あの長い爪を掻い潜って首元に辿り着けるか?
「……水流操作」
(トラオリがもし可能なら……あるいは)
「おおおお上里さまぁッ!!もうヤバいですっ、死にますっ!!」
魔物に追われて必死のトラオリに、上里はすっと近づいて耳打ちした。
(言葉も通じなさそうな相手だから作戦漏れを考慮する必要もなさそうだけどね)
「……って感じでいこうと思うんだけど」
「ええっ!?ほんとに出来るんですかそれっ?ホントに?」
とにかく作戦の実行前に追いつかれては元も子もないのだ。回転させる足は止めない。
まずは水場を目指さねば。
「私ほんとうに忘年会の出し物クラスのことしかできないと思いますけど……」
並走しながら上里のほうにも回復魔法をかけるトラオリだが、作戦の実行には自信がなさそうだ。
「そうやって器用に魔法が使えるなら大丈夫だと思うけどな」
「いやいやいや。私なんて全然まだまだですからねっ?司祭さまなんかはあんな魔物でも一発で倒せるでしょうけど……」
そういえば相手が1匹なのは不幸中の幸いというべきか。群れなどを作らない生物で助かった。しかし何処までもついてくる気持ちの悪い魔物だ。これだけ逃げていればもう諦めてくれそうなものだが……
「いや、それはないですね。魔物は一度獲物を捉えたら死ぬまで追い続けますよ。劇重ストーカーです」
「なんだその厄介極まりない習性……」
そろそろ仕掛ける時間だ。
一度魔物の注意を上里に向けさせる必要がある。トラオリに集中して魔法を使ってもらうためだ。目指していた水、川に近づいた今、
魔物を見据える。
覚悟を決める。
「一か八かッ!!」
ヒュッと、何かが飛んだ音がした。上里が掴んだ石を投げた音。それは程なく魔物の長い爪によって無惨にも弾き飛ばされる。
一瞬、魔物の動きが鈍る。
上里の狙いは相手の懐に突っ込むことだった。
(相手の注意が逸れた瞬間に、爪が突き刺さらない間合いに入るッ!!)
全力で走る。足場が悪い。思ったより足が川岸の石にとられて速度が出ない。
でも走る。
石を弾いた爪が戻されて殴打される展開は避けなければ。
「ぐっッ!!」
ノーマークのボディに渾身の一発を。
右手で。
魔物の身体に、ありったけの衝撃をッ!!
次の瞬間、上里は恐ろしく長い爪の真ん中あたりで強引に弾かれた。
河原の石の上でバウンドして止まる。内臓が弾けてもおかしくないくらいの衝撃だと思う。なんとなく血の味がしてきたがそれに気が付くまで少しの間があった。体が感覚を取り戻すと共に痛みが全身を刺す。
(一発入れてすぐ離脱したかったけど……)
「はは、上手くいかないな」
爪の腹というべきか、平面の部分で叩かれただけなのでバッサリとは行かなかったが立ち上がれない。
(まともに引き裂かれてたら真っ二つだよ、全く)
しかしダウンしてばかりではいられない。
ギシッと石が踏み鳴らされて魔物が近づいてくる。
赤黒く光る先端が迫る。
かろうじて顔だけ魔物のほうに向けた上里は鋭い爪の先端を見た。
「トラオリ、」
スッ、と。
あまりにあっさりと。
上里が、その瞬間目を閉じて頭を下げた、ちょうどその上で。
魔物の首が落ちた。
ドスッ、という音で意識が引き戻される。上里の頭頂部を貫く、その直前で魔物の爪は止まっていた。
「はぁッ、はぁッ……!」
久々に死が直前まで迫ってくる体験をした。少しでもズレていたらメッタ刺しになっていたかと思うと、いくら魔神たちと渡り合ってきた上里といえども肝が冷える。
間違いなく、気を抜けば死ぬ。
そんな空気をまだ感じている。
制服はいつのまにか血で染まっていた。
首が落ちた以上、スプラッタ的なビジュアルの予感はしていたが、返り血というのはこんなにも不快なものだったかと上里は思う。
(良くも悪くも平和ボケ、かな)
魔物の血は、純粋な赤、というより赤黒かった。
まだ首筋をその赤黒い血が伝っている。
魔物の首を落としたのはトラオリの魔法によって、だった。
「水に圧力をかけて一気に放水させるんですかっ?」
「ウォータージェット、ってやつ、できないかと思ってね」
ウォータージェット。
簡単に言えば水に圧力をかけて高速で噴射、それによって超硬質素材などを加工するものである。およそ硬いものを切るように使えるとは思えない水だが、科学技術によってそれはダイアモンドをも砕く。
「魔法で操る水に圧力、ですかっ?ええ、まあ出来ると思いますけど」
魔物から逃げている最中、上里は戦力を確認していた。
「具体的にどのくらいの力、かけられる?」
トラオリは背後の脅威に怯えて上里の質問に集中はしていなかったが、
「一回魔法で岩潰したことはありますけどっ」
「なにそれ怖……」
しかし通常ウォータージェットは大気圧の300倍くらいの圧力が必要で、速度は音速に近い。
本気のトラオリにどこまで出来るか、は完全に賭けだった。
(最悪目潰しというか、魔物に一発入れて離脱する時の保険になればよかったんだけどね)
正直に言えば、本当に魔物の首を吹っ飛ばせるとは思っていなかったのだ。
実感が湧かない、勝ったという気がしないのはそのせいもあった。
この結果に1番驚いていたのは、実は上里ではない。トラオリは自分の魔法の衝撃で後ろへ倒れ、ポカンとした顔で空を見上げている。
「しかし魔法にこんな使い方があったとはっ。物知りですねえ上里さま」
右手を差し伸べると倒れていたトラオリはガシッと掴んできた。自分で起き上がる元気はもうないらしい。
「よっと」
引き上げてみると、あらためてトラオリの軽さを感じる。こんな娘に死線をくぐらせてしまったことに責任を感じつつ、
「ありがとう、トラオリ。すごい威力だった。技術もそうだけど、意思も相当強いんだね」
それは心の底からの本心だった。現実世界でも「強い」人とは沢山巡り会ってしまったが、トラオリも同じように「強い」。
勇者のために、「強く」あろうとしてくれている。
そんなトラオリを上里は尊敬した。
さて、上里は特にこの時考えていなかったのだが、寝そべった人を引き上げるということは、引っ張った後に顔と顔が接近するということであり、
「えーっ上里さまそんなに褒めてもなにもでませんーって、あれ!?」
ちょっと照れて赤くなった頬が上里に向かっていく。
トラオリは起こされた体を腹筋以下小さな体の筋肉で支え、ふっと目線を上げると、
「?」
上里の顔がすぐそばだった。
(ひゃっ!?あわわわっ!!!!)
もう少し近づけば鼻と鼻がぶつかりそうな距離感。上里は意識的なのか無意識的なのかトラオリの目を真っ直ぐに見つめていた。上里のまつ毛の一本一本まで認識できる位置、少し風が凪いで上里の髪を揺らす、視界の端でそれを捉える。目を離してはいけない。トラオリはこの甘美な瞬間を一瞬でも逃したくなかった。目の瞬きを停止しようと神経が働く。興奮を乗せて血液が全身を巡る。耳朶は赤く、熱を帯びる。
風は2人の髪をそっと撫でて、空へと帰っていく。
「ほほう、そうやって遂に魔物を倒したわけか。すごいなお前」
クエストのあと、満身創痍の2人はたっぷりの報酬をかついで上条似の少年が住む家まで戻った。前の晩にここで一泊し、朝からクエストに出発していたがなんだかんだでもう夕方である。といっても、夕焼けが眩しいなんてことはない。もう普段から空は赤く、ここは異世界なのだ。
「まあぼくは何もしていないさ、何もできないと言ったほうがいいね。普通の高校生なんだから」
上里は砂埃まみれの制服をパタパタしつつ、今回の功労者のほうを向いて、
「トラオリがいなかったらぼくは死んでいただろうね。今度ばかりは本当に助かった、ね、トラオリ」
「しかしすごい魔法を使えるんだなこの子」
野郎2人の視線がトラオリに集まる。
しかし彼女の反応はない。
「あれ、トラオリ?」
「どうした?」
(うわあっ上里さまってあんなに綺麗な顔だったんですね間近で見るとちょっぴりヤバかったですっ……!!)
先ほどの不慮の事故でお互いの顔が急接近してから、トラオリは上里の顔を直視できないでいた。なんでも上の空状態である。すこしでも上里が視界に入ると動悸が高鳴る。自分の心音が響くように感じられる。ちょっとおかしくなってしまったとトラオリは思った。しかし直前まで魔物に追われ、死の期間が迫っていたからといって、この現象を吊り橋効果なんて言葉ひとつで片付けていいものだろうか。
「トラオリ、トラオリ?大丈夫か?」
ここではっ、と気付く。自分は何回も呼ばれていたらしい。
「えっ?あれ、うん、ええと……」
なんとなく言葉が出にくい。
「すっ、すいません上里さまっ。なんか疲れ、そうですっ疲れで!!ちょっとぼーっとしちゃってましたっ!!」
「で、この後はどうすんの?やっぱり魔王を倒しに行くわけだろ?」
上条似の少年、アンクが今日取ってきた山菜のサラダが夕飯だった。3人でムシャムシャと食みつつ、今後について話し合っていたのだが。
「今日はまた泊めてもらうとして、明日の朝にはもう出発しようと思っていたよ。これ以上迷惑はかけられないし」
「そうか?もうちょっとゆっくりしていってもいいと思うけどな。結局服も装備もまだ買ってないんだろ?」
アンクが葉物野菜を水で流し込んでから言う。
そういえばそうだった。自分でも忘れそうになるが、上里はさっきまで学生服で戦っていたのである。あの後洗ったとはいえ魔物の血がベッタリとついた服なんて正直嫌すぎる。それにきちんとした武器だってない。
どうする?とトラオリの方を見ると、彼女はハッと目を見開いて一瞬上里の顔を直視しかけたが、すぐに逸らしてしまい、
「まあどうせ出発するにせよ一回都市部の方には向かいますからねっ。道中揃えていけばいいんじゃないですか?」
そう聞くと、アンクは寂しいのかそうでもないのか、普通とローの中間地点のテンションで、
「そうか。それならそれでいい、明日まではゆっくりしていってくれ」
とつぶやいた。
なんとなく、眠れなかった。
この世界には夜に楽しみがない。といってもエッチな意味ではなく、月曜9時でもドラマはやっていないし野球のナイター中継があるわけでもない、そういう一般的な家族団欒的娯楽の話だ。そもそも照明の問題もあってあまり遅くまで起きてはいられない。
時計もあるわけではないから今が何時なのかわからない。食事のあと軽く湯浴みをしてからすぐなし崩し的に就寝タイムへと移行していったが、うつらうつらとしても完全な睡眠には至らないという不安定な時間が、それからだいぶ長く続いた気がする。
3人は川の字で寝ている。仲がいいとか、そういうことでもなくただただスペースがないのだ。2人に挟まれる形で上里は横になっている。左隣からは可愛らしい呼吸の音が聞こえてくる。今日も色々と大変だった。疲労回復の魔法があるから疲れていないとは思うのだが、それでもぐっすりと、深く深く眠っていた。
右隣はというと、こちらはあまりに静かで、死んでいるのではないかと思ってしまうくらいであるということが上里には意外に思えた。狭いスペースとはいえ、もっと広く使えそうな所を妙に縮こまって寝ている。
なんとなく、なんとなく彼の顔を眺めていた。
完璧に上条当麻の顔だ。
この顔を前にして、上里は何を思うのか。
とりあえず殺意ではないだろう。
上条当麻なら、上条ならもっと上手く異世界を生きられるのだろう。とふと思った。彼は上里には無いものを沢山持っていた。不幸なヤツの不幸なりのやり方、妙な所で強い精神、上条当麻は強い。
上条当麻は、なんにせよ、強かった。
トラオリだって上条のパートナーだった方が幸せだったかもしれない。
「いや、そんなことはない」
右を向いたまま、右手を伸ばす。
特に理由もないがなんとなく、何もなく彼の頬に触る。こんな距離であの顔と横になっている事実に笑いそうになって、
実際に笑って、
「ぼくもせいぜい頑張るさ、ヒーロー」
それから上里は目を閉じた。