十月三十一日、言わずとしれたハロウィンの夜。日の沈んでからそう時間も経っていない薄暮の街には既に魑魅魍魎やテレビの向こうのヒーロー達に扮した人々で溢れ、常ならぬ活気をもたらしていた。なんでも、今年はどこぞの企業や団体が連携して仮装した人に対するサービスを提供しているだとかでその賑わいは大層なものだ。街のあちこちでは子供たちが『トリックオアトリート』の呪文を交わし、友達から見知らぬ大人にまで見境なくお菓子かイタズラの二択を迫っている。
しかし、一度商業的なエリアから外れてしまえばその光と喧噪は遠くなる。一転して寂れた雰囲気のある路地裏では、いかにも街のチンピラといった風情の二人が気怠そうにその事務所の門を守っていた。一人は欠伸を漏らして気怠そうに門にもたれかかり、一人は直立こそしているものの退屈そうにスナック菓子を口に放り込んでいる。
「見張りっつったってイマドキ門前に突っ立ってるだけの仕事があるかよ、なぁ?」
「あるんだからしゃーねえだろ……ヒマな仕事で金払いは良い。文句あんのか?」
「ねーけど、街の方が楽しそうな分なーんかヤな気持ちになるだろうが」
「僻みか?」
「うっせ。てかさっきから何をぼりぼりぼりぼり食ってんだよ」
「どっかの菓子。さっき通した“バイト”から貰った」
「てめっ、いつの間に……俺にも寄越せよ」
スナック菓子を差し出す側と受け取る側。もはや周囲に注意を向ける様子すらない体たらくの二人に、転機が訪れる。不意に、人影が一つその場を訪れたのだ。
その出で立ちは常軌を逸していた。もはや何の意味を成しているのかもわからないようなベルトを数本体に巻き付け、両肩から垂れ下がった布切れがかろうじて乳房を隠すような様相。それ以外の衣は何一つ身に着けていない癖に、なぜか両腕両足にだけはしっかりと布地を被せた刺青の女────もはや仮装の域ではない。十人が見れば十人が痴女であると断言するような異常者が、男達に声をかける。
「よう、兄さん方。こんなとこでなにやってんだ?」
「うおっ……な、何って、なあ?」
当然、この女は男達の知り合いでもなんでもない。見知らぬ不審者の登場に思わず顔を見合わせた二人は一瞬遅れて自分の仕事を思い出し、どうにか気を取り直して女に凄んで見せる。
「なんでてめーにそんな事を話さなきゃなんねーんだよ。ホラ、痛い目見る前に帰った帰った」
「そうそう、仮装会場ならもっと向こうだぜ。さすがにその恰好は……捕まるかもしんねーけど」
「んだよ、二人ともつれねーのなあ。もっとアタシに興味持ってくれていいんだぜ? ホラ……♡」
女の指が乳房を隠す布にかけられ、ゆっくりと持ち上げられていく様に男達は生唾を飲み込んだ。見れば、女は肉付きこそ薄いものの、なるほど挑発的な格好をするだけあって美しい肢体を持っていた。華奢な肉体の上から気の強そうな顔が、挑発的に視線を送ってきている。元々が街のはぐれものである男達が、仕事に対する責任感と目先の誘惑を天秤にかけるのにそう時間はかからなかった。
だから、気づかない。女の表皮に刻まれた刺青がゆっくりと蠢いていることにも、それが女の足先を通して地を這い、男達が守っているはずの事務所へと静かに侵入を果たしていることにも。
「っへ、なんだよ。そういうことならちょっと裏に……」
「おい、後で代われよ?」
「分かってるって。だから交代するまではちゃんと見張り────」
ガシャアン。男達の背後、事務所の内部から大きな破砕音が連続する。思わず振り返った男達の隙を突いて、二つの影が新たにその場へと躍り出た。
一つは、屈強な長躯を持った浅黒い肌の女傑。もう一つは、着ぐるみめいたシルエットに物々しい武装を身に着けたクマのような何か。
瞬時に男達を制圧した彼女達に対して、蠱惑的な笑みを浮かべていた痴女は至ってシリアスな声音で告げた。
「手前に三、奥に二。ターゲットは二階に固まってたからお掃除して階段封鎖しといたぜ」
「よくやった。まさかお前の露出癖が役に立つ日が来るとはな、歪間」
「おーっと! この場での小言はノーセンキューだぜ班長、急ぎなんだろ?」
「うむ! 熊ヶ衣、歪間に装備を渡してやってくれ」
「はいっ!」
鈴を転がすような声と共に頷いた着ぐるみの背嚢から異形の黒刀を引き渡されると、痴女は『曽鈴探偵事務所』と看板の提げられた建物へと向き直り、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
それらは公的な祓魔機関である境界対策課により所持を許されている装備であり、つまるところ彼女達は公務員────タクティカル祓魔師であった。
「この路地と周囲は観測ポイントから鷹司が監視を。熊ヶ衣は万が一に備えて階段部の防衛につけ。奥の界異は歪間、手前の界異は私が祓滅を行う。では、行くぞ!」
「「了解!」」
一人は力強く、一人は軽やかに、一人は重たい足音を響かせて。三者三様の踏み込みと同時に、その強制捜査は始まった。