泥中散華、未だ遠く   作:クサリ

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 ウィル・オ・ザ・ウィスプに近づくにつれ、叩きつけられる熱波は加速度的に熱量を増していく。加賀があらかじめ防火・防熱の(まじな)いをかけていなければ、一呼吸で気道と肺を焼かれていたことだろう。しかし、ウィル・オ・ザ・ウィスプの厄介な点はそこではない。

 

「くそっ、熱すぎんだろ!」

 

 身じろぎするような挙動と共に周囲へ放たれた炎の塊を、才谷が超常的な膂力を以て気流を掻き乱し吹き散らす。散り散りとなった炎は遠く、ギリギリで形を保っていた電柱に取り付き、青白く燃え上がらせた。

 界異の干渉を受けつけないはずの才谷が、炎に対し熱を感じている。その事実が示すものは、つまり。

 

「厄介だな! この炎は『穢れ』でもあり『物理的な炎』でもあるようだ!」

 

 物質と霊体、両方を焼く炎。何よりも厄介なのは、物質と霊体どちらを薪として生じた炎であろうが、必ず元の性質を残していることだ。

 物質を燃やしても穢れた火が広がる。霊体を燃やしても高熱を孕んだ火が生まれる。貪欲に全てを飲み込み燃やし尽くす炎は灰と穢れを無尽に生み出し、世界を灰燼に変えてしまうまで止まることはないだろう。

 

「それで消防の放水じゃ消えなかったんですねこれっ!?」

 

 堕魅闇の甲殻の一部をスキー板のように装着し、表面部に張り巡らされた結界の反発作用で高速滑走を行うクゥラが第六班長に振りかかる炎へと割り込んだ。浮遊する甲殻板を次々と炎にぶつけて振り払い、ウィル・オ・ザ・ウィスプまでの障害物を全て振り払う。

 瞬間、高熱により劣化したアスファルトを砕く勢いで第六班長が踏み込みを行う。

 

 ────祓魔一刀流奥義、『牡丹(ぼたん)』。

 

 本来は鍔迫り合いの状態からさらなる踏み込みを以て敵を押し込み、その衝撃にて致命の隙を作り出す剛剣の極み。

 しかし、技と力を極めた第六班長なればこそ、多少の間合いはもはや誤差でしかない。

 

 剛剣に押し出された空気が歪み、その暴流を総身から溢れ出した加護が包み込んで“斬撃が飛ぶ”。

 

 ごうごうと音を立てて飛来したソレはウィル・オ・ザ・ウィスプの体を大きく切り裂いて、半ば程から消滅させた。

 しかし……

 

「……ふむ、やはり再生するか」

 

 消滅した先から滲みだすように炎が傷を埋めていく。穢れが高熱を、高熱が穢れを補完し合い、その両方を同時に消さない限りウィル・オ・ザ・ウィスプの炎は消えることはない。

 そこに理屈はない。ただ、そういうルールであるからそうなる、という理不尽こそが界異の本領であるが故に。

 

「だがここは攻めるべき場面だ。クゥラ、足元の支援を頼んだ! 才谷、腹を括るぞ!」

「りょ、了解っす!」

「足元って、え、ちょ、ほ、本気でやるんですか班長!?」

 

 来たる苦痛も代償も見据え、根性で耐えうると判断を下せばもう躊躇することはない。

 ウィル・オ・ザ・ウィスプに対して更なる踏み込みを────赤熱化し溶け始めているアスファルトの中へと、一切の逡巡なくその足を踏み入れた。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 注連鋼縄に繋いだ祓串を地面に落とすように刺し連ねていく。その間にも加賀の口は素早く祝詞を紡ぎ続け、その霊力を高め続けていた。

 それは言わば、骨組みを組み立てながら同時に肉付けをも行うかの如き神業。結界術に長けた加賀千白その人であるからこそ可能な極まった技術の一端だ。当然、そんなことを成すためには極限の集中が強いられる。

 故に、その集中を守るために奔走する影が二つある。

 

「邪魔は……させませんよっ!」

「おっとぉ、アタシが目の前に居んのによそ見か? 気の多い男はフラれちまうぜ?」

 

 穢れが疑似的な霊体として成り代わり、動き始めてしまった亡者────鬼種と呼ばれる存在の亜種、“焔口(えんく)”。青白く燃え上がりながら不気味に瞳を真紅に染めるそれらの襲撃を祓串の弾幕が縫い留め、機敏に戦場を駆ける黒刀が切り裂いていく。本来は拠点防衛用として使われる固定式重機関祓串射出機を構える熊ヶ衣と、こんな戦場でも相変わらず躊躇のない露出をしている歪間の二人だ。

 重武装である以上、どうしても動作が鈍く小回りの利かない熊ヶ衣の隙を軽装俊敏な歪間が埋め、歪間に向かう重撃は熊ヶ衣が受け止め被害を逸らす。二人のコンビネーションは良好で状況は好調であるように見える、が

 

「ぜ、全然数が減らない……。何体いるんですかコレ!」

「さーなあ、数える暇がないくらいの大盛況ってことだけは確かだぜ!」

 

 焔口は、人の死体に対し鬼火の類が憑くことで発生する界異だ。そして、この惨状を見るにウィル・オ・ザ・ウィスプもまた、鬼火の仲間にあたる界異だったのだろう。

 この通りが焼かれたのはまだまだ街がハロウィンに賑わっていた時間……その時に生じた死者が全て焔口へと変じたのだとすれば、もはやその数は考えたくもなくなる。なんせ、焔口自体、弱い界異ではないのだ。見た目に見合わぬ俊敏さと怪力を誇り、炎に包まれた体は防御にも攻撃にも不利を押し付けてくる。油断をすればあっという間に削り殺されるだけの脅威をそれは備えていた。

 

 軽妙自在に戦場を駆けずり回る歪間の足元から咽咬喰呪咏が広がり、数体の焔口を一息に呑み喰らう。穢れを喰らい、炎をその体で遮断、押しつぶすことで着実に数を減らしているが、どうにも速度が追いつかない。

 界異を喰らい増えているはずの質量が、片っ端から焔口の纏う炎に削られているのだ。

 

 相棒に無茶をさせてなおも好転しない状況に、それでも歪間はあえて勝ち気に笑みを浮かべて腕を広げてみせた。

 

「ハッ、見ろよ熊ヶ衣ちゃん! こんだけの人数がアタシ達に夢中だ。最ッ高に良い女だって証明じゃねぇか!?」

「ふふっ……あはははは! そっか、そうですね! 今は、私達が主役なんだ!」

 

 軽口を叩き合い、再び動き出す。時に避けられぬ攻撃を喰らい、時に炎に巻かれて致命的な熱を身に受ける。一枚、二枚、少しずつ形代紙が削られ……それでも、二人は追い詰められるほどに動きのキレが増し続けている。

 時に、第六班イズムとすら称される“根性”。それが窮地の中にいる二人を強力に後押ししていた。

 

 そして、そうして耐え凌いでこそ届く救いがある。

 

「システム、装備変更を要求」

『使用者からの要求を確認。マスターAIから各システムへ。装備をモードアサルトへ変更』

『手動照準へ移行。霊力圧縮装置オールグリーン、マスターAIから使用者へ権限を返還』

 

 遠く、まだ熱波に侵されていないあるショッピングモールの立体駐車場。戦場を広く見渡せるその場所から、機械仕掛けの両腕を巨大な砲身へと変形させた鷹司が歪間達を囲む焔口を睨み据える。

 

「……霊力圧縮50%……80、100、……120……ッ!」

『霊力圧縮、130%。多弾頭誘導霊弾射出機構、発射』

 

 砲身から放たれる霊弾は空中で無数に分裂し、光の尾を引く流星となって戦場へと降り注ぐ。

 鷹司の視線誘導を受けるそれは瞬く間に焔口達の頭部を撃ち抜き、ぽっかりと包囲網に大穴をあけてしまった。

 

「うわ、スッゲ。すっかり主役取られちまったなぁ、アタシ達」

「ほんと、才谷くんもですけど凄い人が入ってきましたよね……」

 

 僅かに姿の見える鷹司の隣で、双眼鏡を片手にした柊が手を振っている。かと思えば、何かを見つけたのかすぐにどこかへと指をさして鷹司へと訴えかけているようだった。

 

「鷹司さんが狙撃する間は柊さんが全体を見てフォロー……って感じなんですかねあのコンビ」

「たぶんそーなんだろ。なんか忙しそうだし、アタシ達はアタシ達でちゃちゃっとオシゴトこなしますかね!」

 

 にぃっと笑い差し出された拳に熊ヶ衣もまた拳をぶつけ、再び焔口の群れへと向き直った。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 じゅう、と肉の焼ける音を無視した踏み込み。それは半ば溶け落ち、軟化した地面に力の大半を殺されてなお第六班長の体をウィル・オ・ザ・ウィスプの懐へと運ぶには十分なエネルギーを誇っていた。

 しかし、十分な威力を乗せて攻撃を行うには足りない。十分な剣を振るうには十分な踏み込みが必要であることに変わりがなく、故に。

 

「班長ッ! オレを使ってください!」

 

 才谷の声に応じ、第六班長は足元に添えられた堕魅闇の甲殻板を蹴り声の方向へと跳躍した。

 その先には、バレーのレシーブのような体勢で腕を組み合わせ腰を深く沈めた才谷の姿がある。赤熱化したアスファルトに焼かれるダメージを穢淫によって引き上げられた身体強度で無理やりに耐え抜き、十分に『踏み込める』足場を作り上げたのだ。

 

「助かる!」

 

 才谷の身体強度を信頼した、遠慮容赦のない全力の踏み込み。受けた腕が軋み悲鳴を上げるのを歯を食いしばりながら、才谷は第六班長の身をウィル・オ・ザ・ウィスプへと向かって跳ね飛ばした。

 一切の防御を考えないが故に実現する圧倒的な加速。傷を恐れぬ死地への踏み込み。それは自身という存在の全てを攻めの一色に染め上げる奥義にして心構え。

 

 ────祓魔一刀流奥義、『彼岸桜(ひがんざくら)』。

 

 青白い火炎の体を斬り進み、修復される炎身に焼かれながら、第六班長は不敵に笑う。この敵には弱点部らしい弱点部がない、故にこそ()()はよく効くだろうと。

 目を覆うような重度の火傷を負った腕が懐から一つの筒を取り出し、ウィル・オ・ザ・ウィスプの体内へと放り落とす。それは数瞬の後、激しい閃光を放ち、燃え落ちた。

 

 AM10。浄化フラッシュバンとも言われるそれは高純度の加護を瞬間的に放つことで、穢れで構成される界異の機能を狂わせる。

 

 着地後、体に付いた炎を加護を放出しながら地面を転がることで消し去った第六班長が見上げた時には、ウィル・オ・ザ・ウィスプは輪郭を不定期に揺るがせてまとまりを失っているように見えた。

 

「ふ、二人とも! なんて無茶をするんですか!?」

 

 才谷を甲殻板に乗せながら慌てた様子で駆け寄ってくるクゥラに声を返そうとして、自分の喉がとうに焼け焦げていることに気づく。その身代わりに形代紙が燃え落ちて治るのを待つのも億劫で、第六班長はひとまず片手を上げることで返答の代わりとした。

 

 そして、異変に気付く。

 

『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa』

 

 子供の悲鳴のような甲高い(こえ)が、辺りから響く。ウィル・オ・ザ・ウィスプの上げる断末魔か? 

 否。それは……街を焼く、青白い炎全てから響く音だった。

 

 瞬間、あちこちで炎が膨れ上がり、ウィル・オ・ザ・ウィスプを小型化したような火球が宙を彩る。

 

 危機を悟った誰もが声を上げる間もなく、全ての火球は────爆発した。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 加賀の唱える祝詞は続いている。重ね掛けした防火の呪いにより要となる祓串も注連鋼縄も、まだ機能は果たす程度にはダメージを抑えられているだろう。加賀自身、熱や衝撃を少し感じた程度で作戦遂行に致命的なほどの影響は受けていない。

 だが、それでなお。加賀の胸中は穏やかなものとは程遠かった。

 

「へ、へ。熱いラブコールってのも、熱すぎるのは考え物、だな」

「まっ、たく。こんな時にも、冗談……」

 

 咽咬喰呪咏が加賀を包み込み、炎からその身を守っていた。それを更に歪間が覆いかぶさり、その上から熊ヶ衣が皆を覆うように層を作って。皆の献身と犠牲によって、加賀だけは負傷を免れていた。

 もちろん、形代紙を持ち込んでいる以上は二人も回復するだろう。その程度の負傷でこの威力の攻撃を凌げたのだから上出来だ。頭では分かっている。

 

 だが、加賀の医療者としての、医霊者としてのプライドは、決してその事実を許さなかった。皆を癒すはずのものが原因で、誰かが負傷をすることなどあってはならないことだった。

 

 己への憤怒、界異への憤怒。そのどちらもを焚べて、皆を傷つけないようにそっと立ち上がる。

 

 街の中心は、ほぼ全て燃焼しつくしたのかほとんど灰として崩れ落ちているような有り様だった。この分では、避難途中の一般人がどれだけ巻き込まれてしまったのか分かったものではない。身を突き動かす怒りが、さらに燃え上がった。

 皮肉なことに、全てが燃えたことで脅威も、障害物も何もかもが消え去っていた。濃厚に漂う穢れの中を、加賀は走り出す。

 もはや見る影もない最初の景色。だが、突き立てた祓串はそこに残っている。戦場を囲うように移動を始めた始点に注連鋼縄を結び付けて、とうとう祝詞は終局を迎えた。

 

「『幽明分けたりは火産霊(ほむすび)の火、御身を分けたりは十拳(とつか)の刃。天之尾羽張(アメノオハバリ)の威をここに現さんことを……!』」

 

 対炎熱攻性結界“アメノオハバリ”。その効果が今、起動する。

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