泥中散華、未だ遠く   作:クサリ

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「クゥラさん!? なんで……」

「皆を守る、のが、私の役割、ですから……っ!」

 

 禍々しい気配を漂わせる火球を前に、クゥラもまた咄嗟の判断を下していた。堕魅闇の機能を用いて自身と二人に対しての結界展開。その上で、二人を抱きすくめるようにして自身の身を盾とする。浴びせかけられた炎熱と濃厚な穢れによって形代紙が一気に四枚も散るような威力を受けてなお、クゥラは自身の役割を貫き通した。

 

「……すまん。助かった」

 

 根性。普段から繰り返し口にしているその言葉を見事に体現する部下達に対し、第六班長も更に気炎を燃やし、ウィル・オ・ザ・ウィスプを睨みつける。

 その蒼炎は爆発に伴う熱と穢れをたっぷりと吸収し、自身の負った不調を強引に治療したようだった。

 

 振り出し、いや、なお悪い。今の攻撃は確実に戦闘範囲の外にいた一般人をも巻き込んだはずだ。積み重なる犠牲の数に全身に篭る力が僅かに強くなる。

 

 その、次の瞬間。

 

 ────すぱんっ。

 

 そんな軽い音を立てて、ウィル・オ・ザ・ウィスプの体が真っ二つに斬れ落ちる。同時に辺りを包み込む清浄な気配を感じ、第六班長は目を見開いた。

 

「これは……もしや、やったのか!? 加賀!」

 

 すぱんっ、すぱんっ、すぱんっ、すぱんっ。

 軽い音が連続し、蒼の炎身が分割されていく。慌てたように炎同士がくっつき治癒しようとするが、それすらも間に合わないような速度に音が加速し始めていた。

 

「な……何が起きてんですか、コレ」

「対炎熱攻性結界、ってヤツだ。“アメノオハバリ”────かの燃え光る神を斬り殺した神剣の伝承を再現する結界」

 

 その結界の中では、炎の存在は許されない。結界が感知し続ける限り、その炎は不可避の刃に身を裂かれ続ける。その熱と穢れが全て散り散りとなり、消え失せるその時まで。

 もはや連続した一つの音にしか聞こえない速度で裁断が行われ、あっという間にウィル・オ・ザ・ウィスプの炎身が斬り散らされていく。

 

「鬼火系界異に対して開発された特攻術式だ。さすがにこれで────」

 

 ────その時だった。

 これまで以上に濃厚な穢れが空間に充満し、チカリと小さな火花が目の端で光ったのは。

 

 散り散りとなった炎が切り裂かれながらも一つに収束し、手のひら大にまで縮こまる。その炎の背後に、規格外の穢装を放つ霊体が構築され始めるのを三人は鋭敏に感じ取った。

 

「こ、コイツ、まさか……復活すんのか!?」

「いや、もっと悪い! そうか、ウィル・オ・ザ・ウィスプは元々『松明持ちのウィリアム』……!」

「ま、まさか、『炎そのもの』の界異から『炎をかざす幽霊』の界異に変貌してるぅっ!?」

「マジかよ。今まで散々見立てを利用しやがってたとはいえ、そこまでやる?」

 

 炎が斬られる。斬られる。斬られる。だが、もはやいくら斬り散らされてもその界異の本質はそこにはない。

 その変質はある意味で異常ではあるが、ある意味では順当なものであった。『ハロウィンの子供は、何にだってなれる』のだから。

 

 泥のように形を失った穢れの塊が、動揺抜けきらぬ三人へと迫る。いちはやく復帰した第六班長が迎撃に黒不浄を構え────るよりも早く。どこからともなく飛翔した祓串がその魔手を撃ち抜いた。

 

「随分とつれへんどすなあ、こんな祭りに呼んでくれへんなんて」

 

 しゃなりしゃなりとしなやかな足取りでその場に現れたのは、赤髪を腰にまで伸ばした碧眼の女だった。総身から立ち溢れる加護は再び穢れに侵されつつあった空間を一挙に清浄なものへと押し戻し、戦場の空気を一変させる。

 

 近衛嗣乃(このえつぎの)。第六班最後の女……第六班長に次ぐ大駒がようやく、盤上に着地した。

 

「……呼んでも来なかったのはお前だろう。任務のアサインを無視するんじゃない、バカモノ」

「あら、そらごめんなさいな。いつもみたいに班長さんが来ると思っとったから」

 

 その人柄を簡潔に説明すると、修行狂いの一言で済む。基本的に山で修業を続け、任務のアサインを受けても平然と無視を決め込んで第六班長が手荒な説得に来るのを待っているくらいだ。今回は危急の案件であったから、最初から来ないものとして迎えに行くこともなかったのだが。

 

「どかんどかんとうるさくとったまれへんから、思わず山を下りてきてしもた。やのに、祭りのメインは逃してしもたみたいね」

 

 頬に手を当て、つまらなさそうに呟く近衛に対し、変貌したソレは体から無数の蝙蝠────正確にはそれを模した穢れの断片を撃ちだす。一つ一つが高い濃度を持ち、半ば物質化したそれは言わば刃の嵐に等しい。まともに受ければ、いくら形代紙があれどあっという間に殺しつくされるだろう。

 しかし、近衛はつまらなさそうに一瞥するとふわりと身をかわし、あまつさえ蝙蝠の一つを拳でソレへと打ち返して見せた。

 跳ね返された蝙蝠はその切れ味を持って、不定形の穢れと化したソレを強かに切り裂く。膨大な穢れをもつソレに取ってかすり傷ではあるが、ソレが再生する様子はなかった。

 

「うっとうしい。まださいぜんの方が強かったねえ、あれは殴れへんし」

「だから最初から来いと……まあ今は良い。協力する気はあるんだな?」

「さすがにこの有り様を見てしもたらね。寝覚めが悪くなるわあ」

 

 は、と軽く笑みを漏らして、第六班長は息を深く吸った。負傷はあるが、致命的なものは形代紙が吸い取ってくれた。腕が動く、足も動く。積みあがった犠牲を悔やむのは後で良い。

 

「第六班員に告ぐ!! 第六班はこれより敵界異へと最大火力による撃滅を仕掛ける!!! 動けるものはこれよりこの場に集まり攻撃を仕掛けろ!!!!」

 

 ビリビリと空間を震わせるほどの声量が、遮るものの無くなった戦場に木霊する。余りの大声に嫌そうな顔で耳を塞いだ近衛がようやくかと笑みを浮かべ、才谷がハッと気合を入れ直し、クゥラが大きく息を吸ってソレを睥睨する。

 他のメンバーも、これですぐに集まるはずだ。打ちひしがれ膝をついているような班員がいるはずはない。こうした鉄火場でそうはならないようにと、地獄の訓練を乗り越えてきたのだから。

 

「そないなら、一番槍はいただきましょうかねっ!」

 

 狂ったような鍛錬により身に着けられた筋力。それをバカげた出力の加護に任せて底上げした、怪力という言葉ですら生温い超人的な膂力が短剣型の黒不浄を殴り飛ばし、射出する。

 構うことかとソレが伸ばしたかぎづめのような触手を次々と貫き千切り飛ばし、ソレの本体へと大穴を穿った。

 

「これ以上、暴れんじゃねえっ!」

 

 そこに躍り出るのは才谷竜真。見慣れてしまった、それでいて妙に嫌な予感のする黒い光線をかいくぐり、ソレの懐へと躊躇なく踏み込む。融解を超えガラス化した地面を踏み砕きながら放たれるアッパーは、その体躯に見合わぬ威力を爆発させる。ぶわり、不定形のはずのソレの体躯が宙に浮きあがる。

 

「ここで決めるなら……遠慮はいらないっ!」

「そうとも、強気でいけェお嬢! 俺様は無敵だァ!」

 

 高速で滑走し、浮いた巨体の真下を陣取ったクゥラは背水の陣の覚悟を決める。────自身を覆う結界の臨界爆破。クゥラ自身の防御力を決定的に損なうその諸刃の剣が、才谷に向けられた反撃ごとソレの一部を消し飛ばした。

 

「お……っとォ!? 間に合いました!?」

 

 無防備なクゥラに向けられた穢れの爆発を、駆けつけた柊が祓串の投擲で弱め、その隙にクゥラの体をかっさらう形で無力化する。遠く、ウィル・オ・ザ・ウィプスの変容を目にしたその時から長距離を走り抜け、なおも有り余る体力は日々の鍛錬の結実であった。

 

「……目標を補足」

『多弾頭誘導霊弾射出機構、発射』

 

 こうなれば邪魔者を纏めて削り殺そうと、体の大部分を蝙蝠に変じて飛ばしたその瞬間に、はるか遠くから無数の光条が迎え撃つ。だが、些か距離が遠い。迎撃される前に周囲を削り殺さんとすれば────

 

「結界効果、変更。【障壁結界】────これ以上、千白さんの前で好き勝手はやらせないよお?」

 

 意味を失くした結界を貼り替えられ、穢れ持つ存在に振りかかる重圧が蝙蝠たちの動きを鈍らせる。

 

「へっ、アタシ達を」

「忘れてないですよねっ!」

 

 そこに辿り着いた歪間が辺りに散らばり、更なる何かへと変じかけていたソレの欠片を裁断。咽咬喰呪咏が喰らうことで完全に無力化する。

 そして、熊ヶ衣が落下してきたソレへと接触。その手に構えた超大型祓串射出機構、いわば祓魔パイルバンカーというべき一撃を以て、ソレを吹き飛ばした。

 

 その先に待ち受けるは、第六班長。独特のリズムを含む歩法……祓魔術『反閇歩法』を用いて引き上げられ、その身に満ちる暴虐が心技体の元に完全に制され、解放の時を待っている。

 

「慣れない身に変じたのが失敗だったな。日々の鍛錬が物を言うということだ」

 

 ────祓魔一刀流奥義、『燕子花(かきつばた)』。

 

 最後の最後。明確な終焉の気配を感じたソレが、身を弾けさせて僅かでも逃れようと試みる。だが、何もかもが遅かった。

『牡丹』が剛剣の極みであり、『彼岸桜』が被弾を顧みぬ心構えの極意であるのなら、『燕子花』は正しく技の極み。

 

 完成された術理、効率を極めた剣運びにより、一片の逃亡すら許されない。ただ、黒刃の軌跡に刻まれ塵芥に還るのみ。

 

 時間にして、十数分程度。あまりにも濃密に死を交わした決戦はようやく、終わりを迎えた。

 勝利に湧く班員達に振り返り、場を纏めようと口を開くその瞬間。

 

 柊によりもたらされた情報に、戦勝ムードは一度に吹き飛ばされることになる。

 

「班長! さっき、蓮実さんの姿を見かけたんですが────彼女、有得流我を追ってました!」

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