最初の違和感は、バイト内容。街のハロウィンイベントのサクラとして子供を揃えたは良いが引率役が不足となった、と雇用主から説明を受けたが、どこからそれだけの子供を集め、どうしてそれを見も知らぬバイトに預けることができるのだろうか?
次の違和感は、引き合わされた子供達の様子。仮装した子供たちは皆どこか生気が薄く、ぼんやりとした様子で唯々諾々と大人の言うことに従っているだけだった。薄暗い路地に構えられた『曽鈴探偵事務所』の前であったことも含め、どことなく不気味に感じたほどだ。
最後の違和感は、その時にちらりと覗いた事務所の中。蓮実の持つ霊感が境界異常────界異の存在と、子供の泣き声を感知したからであった。
だから、蓮実は任された子供達を預かってもらえるように友人に拝み倒し、事務所の門前を塞いでいた男達を言いくるめ、事務所二階の生活スペースで己の雇用主と対峙しているのだ。
「なんか怪しいって言われてもねぇ」
白い毛皮のコートに身を包んだ、上品な身なりの女が気怠そうにティーカップから紅茶を啜る。かなり失礼な疑問を投げかけた自覚のある蓮実の予想に反して、曽鈴探偵事務所の所長たる
「雇用する時にも説明したはずよ。この子達は企業の依頼をこなすために雇った子達で、ハロウィンのイベントが終わればきちんと親御さんの元に返す段取りだって。だから、万が一がないようにあなた達に面倒を見てもらおうって話よね」
「いやー……ははは。それはそうなんスけどね?」
苦笑いを浮かべたまま、蓮実はぐるりと生活スペースを見回す。一階が事務所としてはそれなりの広さを持っていただけあって、二階のこの場所も一人暮らしであるなら正直贅沢すぎるスペースの取り方をしているように見える。だが、今はその余りあるはずの空間を生気の抜けた表情をした子供達が埋めていた。
見知らぬ人間であるはずの蓮実に対して警戒を抱くでも興味を持つでもなく、ただ茫洋と与えられた玩具で遊ぶ子供達。泣き声こそ今は聞こえてこないが、やはり、何かがおかしかった。
わざとらしく子供達に目線をやってなお、曽鈴には焦りの色も緊張も浮かんだ様子がない。ただ自然体に、『早く仕事に戻ってくれないかな』とでも思っているような目つきでこちらを見据えてくるだけだ。だから、蓮実も早々に核心に踏み入ることにした。
「じゃあ、下にいるオバケ達。アレなんなんスか?」
果たして、効果は劇的だった。ぴくりと瞼を痙攣させた曽鈴は深く長いため息を吐いて、綺麗に結い上げたシニヨンを掻くように指で撫で付ける。
「んだよ、“見える”タイプかよ」
一言。それまでの品の良さを全て投げ捨てたような粗野な言葉を境に、曽鈴が纏う雰囲気ががらりと変わる。取っ付きづらい気品溢れる女性から、ガラの悪いフランクな態度へと。
「嬢ちゃんも人が悪いよなぁ。やっぱ最初から見えちゃってた感じ?」
「事務所前で説明受けてる時にチラっと、て感じっスかねー」
「マジか! そりゃ大失敗だ、玄関にカーテンでもつけとくべきだったぜ」
あっはっは、と互いに笑い合って、同じようなタイミングで肩をすくめる。なんだか妙に間の抜けた奇妙な一体感を感じて、曽鈴は頬杖を付きながら改めて目の前のバイトを見定めることにした。
「で、わざわざそれを確かめに来たのか? 一人で?」
「そっスね。友達の方を巻き込むわけにもいかないんで」
「緊張感ってモンがないのかねえ最近の若いもんは。殺されるかもとは思わなかったか?」
「いやー、もしかしたら誤解かもしれないじゃないスか。もし殺されるにしてもとっくに通報してるんで最低限の義務はこなしたし」
「そっかー、通報かー……通報!?」
口に含んだ紅茶を吹き出す勢いで思わず二度見を送ってくる曽鈴がおかしくて、蓮実はあははと朗らかに笑った。
「いやあははじゃなくて! おまっ……お前、それ全部誤解だったらどうする気だったんだよ!」
「良いじゃないっスか、誤解じゃなかったんだし!」
「今度からはもうちょっと考えて通報しような!? あーもーどうすんだよこれェ!」
頭を抱えながら自然な所作で懐に手を伸ばす曽鈴の姿を見て、蓮実もまたそろりと内ポケットの内側へと手を運ぶ。そこには、蓮実の“切り札”が収められている。蓮実だって、完全な無策でこの場に臨んだわけではなかった。
「しゃーない、ここはサクっと死んでもらって」
「……っ!」
曽鈴の懐から黒光りする銃身が覗いた瞬間、蓮実もまたソレを引き抜こうとして
ガシャアン、という大きな音が階下に響き渡り、曽鈴が目を見開いて動きを止めた。
「ガッ……!? これ、まさか……もう来たってのか……!」
苦しそうに身をよじり、喘鳴に開いた口から影のような“ナニカ”が噴き出す。それから感じるのは穢れの気配────つまりは、蓮実の言う所のオバケ。界異である証明だった。
影は噴き出した勢いそのままに曽鈴の体に振りかかり、全身を覆うようにして収縮していく。小さく、断末魔にも似た“ありえない”の一言だけを置いて曽鈴は痕跡すら残さず消滅した。
「なっ……なんスかコレェーッ!?」
危機を感じて後退る蓮実に対し、影は一瞥を贈るような仕草をするのみで向かってはこない。それでもぐるりと辺りを見回して子供達を確認するような仕草をするものだから、いざとなればいつでも飛び掛かれるように構えて、などと言う待ちの判断が良くなかったのだろう。
影は瞬く間に一階と繋がる階段部に下がり、その体を広げるような形で通行を塞いでしまった。
「ちょっ、通せんぼ!? ふざけるなっスよ、もー!」
そこから動く気配がないのを見て取り、試しに拳で叩いてみるがびくともしない。奇妙な弾力が手に返るのみで、衝撃は全てどこかに素通りしてしまっているかのようだった。辺りを見回せど、建物から出るための通行路はこの階段か、あるいは窓のみ。自分一人であれば窓からだろうとなんだろうと無事に脱出する自信のある蓮実であれど、そこに十数人単位の子供達が加わればそうもいかない。
子供。おかしいといえばそう、子供達だ。
目の前でオバケが現れて人一人食べてしまったというのに、彼らの関心がこちらに向く様子が一切ない。まるでプログラムされた挙動を繰り返すように適当な玩具で遊んで、何事かを囁き合っているだけだ。
「もうすぐだ」
「もうすぐだね」
「もどれるかな」
「もどれなくていいんじゃないかな」
「じゅもんはおぼえてる?」
「おぼえてるよ」
「『トリックオアトリート』」
一人が呟いたその言葉が、さざ波のように伝播し口々に囁かれる。やがて、全員の発声が綺麗に揃うとそれきり興味を失くしたように、それぞれが自分の遊びに戻って行った。
「……本当に、なんなんスか、これ」
何が何だか分からないが、とにかく不気味なことが起きている。非道が行われているのであれば助けなければと単身突っこんできた蓮実であるだけに彼らを見捨てるわけにも行かず、対処に困る始末だった。
だが、何かしらの事態が進行しているのは間違いがない。階下から響く物音は未だ激しく、故に蓮実もまた出来ることはなんでもしなければと拳を握った。