環境庁神祇部境界対策課と言えば、異界から現れる超常現象や敵対的存在こと
そして地獄とも称される訓練の実施者であり、誰よりもその内容を実践する班長ともなれば、当然常人には想像も及ばぬ領域にまでその威を練り上げている。
事務所に足を踏み入れて一歩。天井に貼りついた
続き、二歩。大きく踏み込んだ一歩はその先で待ち構える
「あ、しまった。天井を傷つけてしまったか?」
刀身が天井を擦る、というよりはすぱりと切り裂いてしまったその痕を憂い気に見上げた後、衝撃にふらつくげたげたへと再度振り下ろしの一閃。先ほどよりも控えめに振るわれた一撃にも関わらず、二メートル近くあるげたげたの巨躯を今度こそ二つに切り割ってしまう。
「あーあー、あとで加賀ちゃんに怒られても知らねえぜっと!」
その横を、軽やかな疾駆で露出狂、
「へいっ、熊ヶ衣ちゃん! パース!」
「えっ、はいっ!?」
空中に跳ね上がり、回転する槍の柄を正確にオーバーヘッドキックで捉えた歪間は、見事なコントロールでそれを階段前の着ぐるみ、
そして、その光景を見せられて堪ったものではないのは熊ヶ衣が相手をしていた方の般若甲だ。目の前で同胞を砕かれた般若甲は交戦が命取りであると判断し、当初からの目的であった自己防衛のために逃避を選択するが、そこに追いついた第六班長の一撃によって自身の命たる妖刀を断ち割られてしまった。
それを尻目に、歪間は窮屈そうにオフィスの一角を牛耳る
「いよしっ、討伐終わりぃっ! 楽勝ラクショー!」
突入からここまで、僅か一分足らず。有象無象の界異達では、第六班の誇る精鋭達と数合交わすことすら容易ではない。得意げに胸を張って快勝の笑みを浮かべる歪間の自信は、決して伊達や酔狂の類によるものではないのだ。
と、そこへ。静かに歩み寄った第六班長の堅固たる拳骨が振り落ちる。
「いだぁっ!? な、なんだよ班長! アタシちゃんと作戦通りやったぜ!?」
「うむ、実に無駄の少ない戦闘だった。そこはよくやった! だが……熊ヶ衣へのパス、アレは何だ?」
「何って、役目が空振りになりそうだった後輩へのあたたかーい気配りってヤツだぜ? 班長もフリーだったから万が一もないしさ」
「戦場をよく見ていたのはよし! だが、咄嗟の対応をあえて迫るのはダメだ。誰もがお前のように器用ではないことを忘れるな」
「……ちぇーっ、わかったよ。悪かったな、熊ヶ衣ちゃん」
善意なのは確かで、何があってもリカバリーの効く状態だったのも確かだった。だがそれでも少々調子に乗った自覚のある歪間がバツの悪そうに頭を下げると、慌てたように熊ヶ衣が首を横に振る。
「いえいえ! 大丈夫です、私、もっと頑張れますから! それに……出番がなさそうでちょっと残念に思ったのは事実でしたし」
バツの悪そうに体を揺らす着ぐるみに対し、第六班長は頭を撫でて、焦ることはない、と声をかける。熊ヶ衣が入隊して、まだそれなりの時間しか経っていない。根性あるこの若者が才人に囲まれてしまう環境だからこその焦りに呑まれて潰れてしまうのは惜しいと第六班長は常々思っているし、だからこそ他の班員達と同じように目をかけていた。
「……あーいや、ゴメン、前言撤回するわ。熊ヶ衣ちゃん、出番あるかもしんないぜ」
「へっ?」
「階段塞いでるインちゃんが殴られだした。界異じゃないみてーだが、ちょっとずつ威力が増してってる」
今も己と繋がり、地味なダメージを申告してきている縁起、
「えい! とりゃ! おんどりゃー……あっ!?」
果たして、二階へと足を進めた第六班メンバーを待ち受けていたのは重い打撃音と共に震える黒い壁と、その向こうから聞こえてくる間の抜けた叫び声だった。黒い壁こと咽咬喰呪咏、通称インちゃんはそれほど痛痒には感じていないようだがサンドバッグを続けさせるのも忍びなく、歪間の表皮へと帰還させる。突入前の陽動に幾体かの界異、そして追加で曽鈴を喰った影響からかその質量は飛躍的に増しており、歪間の体が真っ黒に染まってしまった。
そして、肝心の下手人。
殴打を受け止めていた壁が消え去り、慌てて崩れかけた体勢を立て直すその女は、穢れを打ち消すエネルギー……加護を込めた拳を構え直して鋭く祓魔師達へと向き直る。
中途半端に金に染めた長髪をサイドテールに結った、碧眼の女。長身を誇る第六班長に追い縋る程の体躯は、ざっと見て百八十はあろうか。恵体に比してもその胸は豊満であり、可愛らしさの残る雰囲気とは妖しいギャップを引き立てている。油断なく引き締められた、というには少々愛嬌が乗りすぎている顔には警戒の色が滲み、数秒祓魔師達を睨めつけた後にころりと表情を変えた。
「なにもの……ってあれ、その恰好は祓魔師さんっスか?」
「そうだとも。君が通報者の……ええと、陽依蓮実さんかな? 失礼だが、そちらのポケットには何を?」
見るものを安心させるような威厳を構えて頷く第六班長は、警戒する蓮実が手を伸ばしかけたジャケットの内ポケットに僅かなふくらみがあることを見逃さなかった。恐らく、通報者本人ではある……あるが、呪詛犯罪者のアジトに乗り込んでいた以上、何かしらの呪具を拾っていたとしてもおかしくはないのだ。
「えっ、ええっ!? な、なんもないッスよ~? ほら!」
ひょこひょことサイドテールを揺らしながら、挙動不審にジャケットを裏返して見せる蓮実。見れば、確かに先ほどまであったように見えたふくらみはない。だが……あからさまに泳ぐ瞳が何かを隠していると喧伝しているようなものだった。
素直と捉えるべきなのか、ちょっとアホなのだと捉えるべきなのか。唐突に降って湧いた難問に少々頭が痛い思いになってきた気はするが、それでも第六班長は鷹揚に頷いてみせる。
「失礼、見間違いだったようだ! ここに子供達が集められているのはこちらでも確認しているが……」
異様に生気の抜けた子供達の様子を確認して、第六班のメンバーは思い思いに眉を顰める。
「少し時間を貰えるかな。彼らの保護もしないといけないが、君にも事情を伺いたい」
面倒くさいことになった、と蓮実は思ったが、それは自分から首を突っ込んだことだった。もはや彼女には首を縦に振るしか選択肢は、ない。