泥中散華、未だ遠く   作:クサリ

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「ほんとだもん! ぼく、みえぎしけんただもん!」

「おかあさん……おかあさん、どこぉ」

「やー! なんで、こえちがうの! きもちわるい!」

「おまわりさん、おまわりさん、おれ、どうなってるの……?」

 

 第六班は基本的に、対界異を前提とした祓魔師集団だ。時折呪詛犯罪者を相手にすることはあるが、本来的には戦う者達であり、その被害者を大量に、かつ長期に亘って保護するような構造にはなっていない。故に、地元の警察署を頼って子供達の身元照合を行ったのだが……。

 

「見事なまでの阿鼻叫喚っスねぇ」

「無理もない。十四名の身元不明の子供達……それも証言がまともに取れない状態となればな」

 

 自販機の前に少しの椅子が用意されただけの、簡易的な休憩スペース。気が重そうに缶コーヒーを煽る蓮実の隣で、第六班長もまた沈痛な面持ちであたたかい茶を片手にため息を吐いた。

 

「女の子が男みたいな名前を自称して、男の子が女みたいな名前を自称して。体の異常を訴えるけどうまく説明できる子がほとんどいない、でしたっけ。どうなってるんスかね」

「それ以上の詳細は部外秘になる。君が捜査協力者なら話してもいいんだけどな」

「いいっスよ? 乗り掛かった船だし」

「ははは、協力的な姿勢はありがたいが、そう簡単に言うものではないぞ? 私達(祓魔師)についてくるということは、界異と対峙するということだからな」

「いいっスよ、それでも。もうバレてるでしょーけど、私は“ナチュラル”っスから」

 

 界異という非実体、いわば霊的な存在を感知したり、それに生身で干渉を行うことのできる素養は決して普遍的なものではない。故に、祓魔師にはおおざっぱに三つに分けた区分がある。

 すなわち、装備の力で素養を補う“戦略的(タクティカル)”、血筋や修練によって人為的に身に着けるよう意図された“伝統的(クラシカル)”、突然変異的にあるいは先祖返り的に素養を生まれ持つ“先天的(ナチュラル)”。

 もちろん、複数の属性を兼ね備える人材は存在するが、元よりおおざっぱな分類として使われるためあまり気にされていないし、なんなら境界対策課所属であればなんであろうとタクティカル祓魔師と呼称する向きもある。

 あまり重要な分類とは言えないが、今回において重要なのは蓮実が先天的に祓魔の術を身に着けている人間である、ということだ。

 

「……ふふふ、本来ならば界異との戦闘をナメるなと言う所だが、気に入った! 躊躇いなくそう言い切れる根性があるのならば、界異を前にしても最低限逃げることはできるだろう」

「おっとぉ、意外に好感触? 私も同道の栄誉は賜れそうっスかね?」

「うむ。その調子の乗りやすさも胆の太さと受け取っておこうか。今はとにかく人手が足りないからな」

 

 茶化して笑う蓮実に第六班長も笑みを返し、姿勢を正して話を本題へと戻す。

 

「では、捜査協力者殿にも情報を共有しよう。我々はまず、“蝙蝠唄(こうもりうた)”として存在が噂されている界異を追っていた」

「蝙蝠唄、っスか?」

「そうだ。深夜になっても起きているような子供に歌うように語り掛ける存在らしい。ええと、その内容はたしか……」

 

「『おとこのこならあめをあげよう。おんなのこならうたをあげよう。きみはどっち?』だぜ、班長」

 

 いつの間に近づいてきていたのか、気づけば歪間が蓮実の隣へと腰かけていた。第六班長とは逆隣りに座る形になったのだが、なんだかヤケに距離が近い。しかし、それ以上に蓮実には気になる所があった。

 

「あれ、今は服着てるんスね」

 

 そう、歪間は、非常にラフなTシャツ短パン姿ではあれど服を着用していた。初対面には思わずその露出度に変態だと騒いでしまった蓮実が拍子抜けしてしまうほどにはマトモな格好だ。

 

「さすがにケーサツ本拠地ど真ん中で堂々とヤラかしゃしねーっての。それに」

「それに?」

「……事件に巻き込まれてショック受けてる子供の前でやることじゃねーだろってさすがにジューコさんも思うワケ」

「お前はいつもそうしろ、本当に」

 

 第六班長の呆れたようなため息に、けらけらと軽く笑いながらおしるこ缶を口に運ぶ歪間。あまりに慣れたようなやり取りはもう何十回と繰り返されてきたのだろう。僅かに第六班長への同情が起こりかけた折に、当の本人が軽い咳払いをして話を戻した。

 

「そう、それで……その歌に対して『男だ』と答えると飴が降ってくるらしい。この飴は全て同質のものであると鑑定が出ていて、それが蝙蝠唄の存在の証拠とされている」

「なるほど。じゃあ、『女だ』って答えるとどうなるんスか?」

「不明だ」

「……不明?」

「ああ、なんせ女と答えた場合の証言はどこからも出ていない」

「その代わり、親が寝て起きたら子供が失踪していた、なんて事件は細々起き続けていたらしーけどな」

 

 あまりにもあからさまな情報の欠落と時間帯の一致。これで関連性を疑うな、というのは無理があるだろう。

 

「それはまたなんとも、怪しいっスね」

「だろ? でもなー、これがなー」

「我々は、蝙蝠唄の実在そのものが怪しいと踏んでいる」

 

 蓮実は、その発言を一度、二度咀嚼して、それでもやっぱり首を傾げた。

 

「どういうことっスか? 蝙蝠唄前提の話が繋がると思ってたんスけど」

「うむ。私達もそう思っていた……それが相手の掌の上だったかもしれない、ということだ。業腹だがな」

「前々から違和感自体はあったんだよなー。『嘘つくような子じゃない』男児が失踪してたり、どこから広まったのか分からない蝙蝠唄の噂そのものだったり」

「そもそも、失踪の機序が不明であるのにそこにルールを見出させようとする意図が見え隠れしていたのが不審だったな」

 

 だが、その不審も『何か誤解させておきたい本質があるのだろう』とか、『もしやそれが界異の弱点に繋がるのではないのか』と言った方向の発想に結び付いてしまっていた。蝙蝠唄の非実在を疑えたものはほとんどおらず、頭を過ったとしても時間の経過と共に急激に危うくなっていく子供達の安全を前に議論している暇がなかったのだという。

 

「だが、今日……ハロウィンの夜になって、急激に子供達の行方不明が相次ぐようになった。未だ深夜帯になってもいないのに、だ」

「これは明らかに蝙蝠唄の情報と矛盾するだろ? しかも、ヤツはご丁寧に痕跡を残しやがった」

「ハロウィンで配られていたお菓子の中に、蝙蝠唄が残した『飴』と同じものが確認された。これは明らかな我々に対する挑発だ」

 

 めきり、と音を立て、第六班長の手の中で缶が潰されていく。淡々と話すその顔には似つかわしくない憤怒が、その手に現れる万力に込められていた。

 

「でも、それだけだと実在を疑うまでには足りないっスよね。他にも証拠、あるんじゃないっスか?」

「……うむ。ここからは、保護した子供達からの聴取で分かった部分だ。性別や容姿、性格こそ異なるが、彼らが口にした名前は皆、今までに失踪した子供達のものと一致した」

「そこまで違ってたら別人なんじゃ……?」

「いや、そうでもねーぜおっぱいちゃん。夜灯呑(やとうのみ)って界異がいるんだ」

「おっぱ……ああもう、今はそれで良いっス。それで、そいつはどんな界異なんスか?」

 

 セクハラを苦笑で流して聞いた所によると、それは小さな蛇のような姿をした界異であるらしい。これに襲われた人間は元の性別観────ジェンダーと呼ばれるものを奪われ、『自分にとって異性はどんなものであったか』を体現した姿と性格に変えられてしまう。早い話が、自分が抱いている異性観そのものといった姿に性転換させてしまう界異であるらしい。夜灯呑を生け捕りにして特定の儀式を行わなければ永久に元に戻れないというのだから恐ろしい話だ。

 

「名前は一致してても、性別や性格が違えばどーしても同一人物だとは認識しづらい。誘拐を行う下準備にはうってつけってワケ」

「恐らく、犯人は夜灯呑で性転換させた子供達に対し、もう一体別の界異……催眠暗示をかける『忘我』と呼ばれる種で自発的に家から外に出させ、それを回収する手口で誘拐を行っていたのだと考えている」

「現場で見た子供達の様子が忘我の関与していた証拠ってーワケだな。トランス状態からの解除もマニュアル通り行けちまったし」

「じゃあ、事件はこれでほぼ解決なんじゃないんスか? あとは夜灯呑さえ見つければ子供達も元に戻るし、犯人も……」

 

 死んだ、とは敢えて言わなかった。目の前で行われた惨状を思い出すからではない。ただ、そうして言及することが目の前の祓魔師達を糾弾するような意味を持ってしまうような気がしたからだ。

 

「いや、そう簡単な話じゃねーんだこれが。なあ、班長?」

「ああ。まだ発見されていない子供達がいる、という他に、どうしても見過ごせない不審点がある」

 

 そこまで話して、第六班長は額に手を当てて、緩やかに頭を振った。理解できない事態に対し、どう対応するべきか思い悩んでいるようにも見えた。

 

「トランス状態から復帰し、自分の名前を思い出せたのは十四名中に九名。残りの五名は未だに自分の名前すら思い出せないでいる……というか、な」

「今日中に訴えの出た事例を含めても、失踪者は合計で十二名だ。余りの二人、どっから来たんだろうな?」

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