泥中散華、未だ遠く   作:クサリ

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 さしもの蓮実も、その難題に対して即座に言葉を返すことはできなかった。しばらく眉間にシワを寄せても、返ってくる言葉がわかっているような指摘ばかり。だが、唸り続けていても仕方ない。蓮実はあえてその言葉を口に出すことにした。

 

「まだ訴えが出てない失踪者もいる……とかっスかね?」

「ああ、それはあり得るだろうな。だが、曽鈴が雇っていたというバイトでまだ連絡が取れない人物が何人かいる。彼らが連れている子供を合わせれば、“身元不明”の子供の数はさらに膨れ上がるだろう」

「そーなると、誘拐の暗数そのものが凄まじいことになる。この現代日本の世の中でだぜ? そんな派手な動き、漏れねぇハズがねーんだ」

「そりゃ……そうっスよねえ。普通の親なら言わずもがな、虐待するような親だって児相にクレーム出して手元に置こうとするようなモンっスから」

 

 むしろ、尻尾を出さずに十二人も拐ったらしい曽鈴が大した悪党であったと言って良い。ただ、そうなると当然の疑問が頭を過ぎる。

 

「でも、それだけのことをしておいて曽鈴は何がしたかったんスかね? 私が聞いたのは道すがら話したので全部っスけど、集めた子供に『ハロウィンイベントに参加してこい』なんて意味不明じゃないっスか?」

「そう、この事件の最大の謎はまさにそこだな。用意周到なこれまでと違って、今夜になって急に動きが雑になった。であれば、ハロウィン自体に何かあるのだと疑うのが筋だ」

「でも、わっかんねーんだよなぁ。飴にゃ確かに、特殊な成分とやらで僅かな中毒性があるって話だったがクスリにゃ到底敵わねえレベルらしいし。トリックオアトリートで流通させるにしたって、配れる数も範囲もたかが知れてるぜ?」

「何か特殊な儀式が進行している可能性も鑑みて、そういうことに詳しい神祇官殿に視てもらったが街にそれと言った様子はなかった。……ということで、これが現在我々が突き当たっている謎、壁というわけだ」

 

 『身元のわからない子供達は何者なのか』、そして『曽鈴内我の目的はなんだったのか』。ほぼ確定で犯人と言って良いはずの容疑者が死んでいるというのに、大きな謎が二つも見通しを阻んでいる。それは、まだこの事件が解決できておらず、水面下で何事かが進んでいるような不吉な予感を与えた。

 

「そこで千白さんの出番ってワケなんだよねぇ~」

「うわぁぁっ!?」

 

 唐突に背後、それも息のかかりそうな程の直近に声が聞こえたものだから、思わず悲鳴を上げて蓮実が振り返る。見れば、第六班長も歪間も大小の差はあれど驚いた様子で似たような反応を返していた。

 三者の驚きようをにまりとした笑みで迎えたのは、足先まで届かんという白髪を優美に垂らした長躯の美女だった。蛇のような感情の読めない瞳で蓮実のことを見下ろしてこそいるが、そこから敵意は読み取れない。狩衣を纏っている所から見るに祓魔師なのだろう。

 

「千白か。わざわざ驚かせてくるのはやめてくれといつも言ってるだろう」

「え~、さっきから居たのに気づいていくれなかったのは黒ちゃんじゃ~ん? ……なんてね。ごめんごめん、新顔さんが居たからちょっと印象付けにね?」

「お前という奴は……すまんな陽依くん。こいつは悪戯好きなんだ、気にしないでくれ」

 

 悪びれた様子もなく、口元だけの笑いでひらひらと手を振ってくる女に対して蓮実も苦笑を返した。なんというか、今日は出会う人物出会う人物全てのキャラが濃い。ここまで多様な方向に特徴を持った人物を見る日はこれから先も中々ないだろう。

 

「はあい、こんばんは~。私は加賀千白(かがちしろ)。呼びづらい名前だからさあ、ちーちゃんでもシロちゃんでも好きに呼んで」

「了解っス、ちーちゃん! 私は陽依蓮実、捜査協力者になったんでよろしくっス!」

「あらノリが良い。ねえねえ黒ちゃん、この子どうしたのさ~。面白そうな子じゃん」

「例の通報者だよ。唯一容疑者と話をしていたし、とにかく人手が足りんのでな。協力してもらうことにした」

「そっかそっか、じゃあ私のオシゴトの成果もちゃあんと聞かせてあげないとねえ」

 

 話の流れが掴めず、第六班長の方へと視線を向ける。すると、彼女は一度頷いて口を開いた。

 

「通報で聞いた事務所の規模ではフルメンバーを連れて行っても互いに邪魔になるだけだったからな。万が一の最大戦力としての私、閉所戦闘も器用にこなす歪間、いざという時の子供達の護衛として熊ヶ衣、罠があった場合に建物を外部から観測し増援を呼べる鷹司の四名で救出任務を組んだんだ。その間、他のメンバーを遊ばせる暇はない」

「だから、千白さん以下四名で『飴』の方を追ってたってワケさぁ。まだまだ他にもメンバーはいるけど、そっちは本部で情報纏めたり各所と連絡を取ったりの裏方仕事中~」

「一人だけ私用でサボっている問題児もいるのは頭が痛いがな」

「近衛ちゃんはもうしょーがないでしょ。班長が“説得”にいく暇、なかったからねぇ」

「……いないものを気にしても仕方ない、か。それで、わざわざ直接報告に来たんだ。報告には期待をするぞ?」

「おっとぉ、それは勘弁だよ黒ちゃん。元々手がかりなさすぎで雲を掴むような話なんだしさぁ~」

 

 大げさな所作でがっくりと肩を落とした、かと思えば。一転、自信ありげな表情で胸を張る。

 

「それでもばっちり掴んでくるのが才色兼備の千白さんなんだな~。飴の流通ルートや意味はよくわかんないままだけど、ひとまず製造元を調べてみたよ」

「製造元……とは言っても、市販のものには思えないが」

「そう、市販じゃあり得ない。でも、その割には集まった飴の規格がきっちりかっちり同じで手作業って感じでもなかったんだよねぇ~。だから」

 

 そこでもったいぶったように言葉を切って、ニヤリと妖しい笑みを浮かべて答えを告げる。

 

()()()()()()調()()()()()。そしたらビンゴもビンゴ、あの飴玉は何かしらの術式で製造されていることが分かった、ってね?」

 

「……術式、だと? 界異や穢れの影響で作られたものではなく?」

「そうだよぉ。結局何の意味があるか、まではまだわからないけど、アレは間違いなく人の手で作られてる」

 

 新たな情報を前に、第六班長が眉間に皺を寄せて考え込み始めたのを見て加賀はにまりと笑みを浮かべたまま歪間と蓮実の二人へと顔を向けた。

 

「ああ、そうそう。鷹司ちゃんが何か話したいことがあるようだったから、キミたち二人で聞いておいてくれないかな? 今なら熊ヶ衣ちゃんと二人で屋上にいるはずだからさ」

「……しゃーねぇなぁ、このジューコ様をパシリに使うんだからあとでひと揉みくらいはさせて貰うぜ?」

「ツケはクゥラちゃん払いでよろしくぅ~」

 

 明らかに意図を含んだ目配せを受け取って、気怠そうに歪間が腰を上げる。蓮実もまた、歪間に促されてその後へと続いていく。

 一人、その場に残された第六班長は何か嫌な予感を感じ取って重く声を投げた。

 

「なんだ、私にしか聞かせられない内容か?」

「そうだよ班長。悪い報せ、ってやつだ」

 

 ますます気の重くなりそうな返答を前に、第六班長は一度目を閉じ、開く。何であろうと受け止める肚を決めた彼女の瞳に迷いはなく、凛々しい意志の光が加賀へと向けられた。

 

「聞かせてくれ。それがどんなものでも、私には受け止める義務がある」

 

 

 

 

 警察署、屋上。時折、署員達が素振りに用いることもあるというそのスペースの端で、鷹司と熊ヶ衣が落下防止柵の向こう側を難しそうな顔で眺めていた。コツコツと足音を響かせながら扉を開けて屋上へと出てきた二人を見て、熊ヶ衣が目を丸くして蓮実達へと振り返る。

 

「あれ? どうしたんですか拾子さんに、蓮実ちゃんも」

「こんばんはっス。ちーちゃんに二人から話を聞いてこいって頼まれまして~」

「ちーちゃっ……あはは、もう随分と仲良くなったんですね?」

 

 非戦闘時の熊ヶ衣は、着ぐるみめいたパワードジャケットを白熊の人形のような形にまで縮小し、携帯している。故に、ここにいるのは生身の彼女だ。それが自分の胸元に頭が届くかどうか、というような小柄でかわいらしい姿であったのには驚いたものだが、聞けばこれでも成人しているのだという。

 

「ノリが似てんのかね、もう秒だったぜ秒。そんで────何があった?」

 

 歪間が水を向けると、義手隻眼の麗人、鷹司紗雪(たかつかささゆき)が赤髪を揺らし、再び夜の街へと視線を移す。

 

「……救出任務の後、ここで街の様子を観測していました。……熊ヶ衣さんはそれに付き合ってくれていたのですが」

「そうそう! それで、アレは怪しいんじゃないかって鷹司さんと話してたんです!」

「アレだぁ?」

 

 喉に酷い傷を持つ鷹司は、骨伝導スピーカーとAIを併用した合成音声でしか話すことができない。その負担を思ってか、大きな身振りで熊ヶ衣が話を継いで指を差した先にあるのは、街の植え込みに目立たないように置かれた魔女帽だった。無地の紺に赤いリボンが巻かれたそのトンガリ帽子は、小ぶりなサイズからして子供の仮装用であるようだ。

 

「んー、アレのどこが怪しいんスか? 誰かの忘れ物っぽいスけど」

「あれ自体が怪しいというわけじゃないんです! ただ」

「……同様のものが、あちこちに置かれています。……街の飾り、というには位置がおかしい」

 

 熊ヶ衣と鷹司の指していく先へと目を凝らすと、なるほど遠景ながらぽつぽつと同じものが散見されるように見えた。とはいえ、本当に遠景……視力が悪いわけではない蓮実ですら、言われて初めてピントを合わせられるかどうかといった所だ。

 

「うわ、ホントだ。凄いっスね、よくこの距離で分かるもんだ」

「……私は、狙撃手ですから」

 

 やるぅ~! と背中を軽く叩く蓮実に対して当惑したように体を揺らす鷹司は、それでもその手を振り払うことはしなかった。

 

「それでですね、よく見ると同じように配置されてる同一の物品が何種類かあるんですよ! ほら、あそこの犬耳カチューシャとか、猫耳カチューシャとか、棺桶と……か?」

 

 目つきも鋭く次々と指さして回る熊ヶ衣の動きが止まる。

 まさに指さしたその棺桶、子供一人が入るのがやっとのような飾りにしか見えないそれに────子供がふらりと入り込み。

 次に出てきたその時には、眼を紅く光らせ牙の伸びた“吸血鬼”として、姿を変えていたからだ。

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