泥中散華、未だ遠く   作:クサリ

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「それい、いなくなっちゃったね」

「いなくなっちゃったね」

 

 ハロウィンの活気に賑わう街の中、シーツを被った幽霊の仮装の子供と、ローブを深くかぶった占い師のような仮装の子供がひっそりと言葉を交わす。その声音には奇妙に抑揚がなく、茫漠とした空白を感じさせた。

 

「こういうとき、どうするんだっけ」

「どうするっていってたっけ?」

「おかしをたべたら」

「いたずらだっけ」

「たぶん、そういってたよね」

「うん、そういってたよ」

「やっちゃう?」

「やっちゃおっか」

「じゅもんは」

「おぼえてるよ」

「それじゃあみんな」

「せーのでだからね」

 

 二人のささやきに呼応するように、街のあちこちで子供達が己の仮装に手をかける。

 

『トリックオアトリート!』

 

 魑魅魍魎行き交う街に、“まほうのじゅもん”が溢れ出す。

 

 

 

 

「うわあああ、どうなってるんスかこれ!? みんな落ち着いて!?」

 

 蓮実は情けない悲鳴を上げながら夜の街を逃げ回るしかなかった。第六班から貸し出された狩衣に、七枚の形代紙を所持しているにも関わらず、だ。

 その背後では、街にばら撒かれていた多数のアイテム……犬もとい狼耳だとか猫耳だとか、魔女帽などを用いて仮装した子供達が元気いっぱいに暴れているのだ。それも、子供の癇癪だとかそういうかわいらしいレベルではない。常人では目に留めることすらできない速度で狼男(仮装)が襲撃し、音もなく壁や屋根から黒猫娘(仮装)が奇襲をかけ、棺桶から現れた吸血鬼(仮装)がどこからともなく折り紙で出来た蝙蝠の大群を飛ばす。

 

「『トリックオアトリート』」

「『とりっくおあとりーと』」

「『トリックオアトリィート』!」

「ちょっとぉ!? なんで子供がこんなに力強いんですか!?」

「知らねぇよ! こらガキども暴れんじゃ……うおっ!?」

 

 青髪の祓魔師、柊水月(ひいらぎみずき)。ボリュームのあるツインテールにハート目が特徴の才谷竜馬(さいたにりょうま)。褐色肌に銀髪、尖り耳と特徴たっぷりの恵体に機械的な外装を身に着けた久浦亜魅耶(クゥラ・アーミャ)。まだ顔を合わせていなかった彼らと合流し街の騒ぎを止めに来たのは良いものの、状況は全くもって芳しくなかった。

 第六班名物である地獄の訓練を超えてきたはずの猛者達が、いとも容易く翻弄される。なぜか、それは飽くまで相手が子供達であるからだ。怪我をさせるなど論外、殴打を浴びせるのにすら気が引ける。

 しかも、そこまでの性能を使ってやることがなんというか、そう……“かわいらしい悪戯”であるのがまたタチが悪かった。

 柊の狩衣にキラキラのシールが四方八方から貼られていく。飛び抜けた反応速度で飛び降りてきた黒猫娘を受け止めた才谷の頬に、水性ペンが瞬き猫ひげのような落書きがされる。シーツを被ったおばけはあらゆる物体をすり抜けながらクゥラへと生卵を投げつけ、吸血鬼に至っては野次馬から貰ったジュースを飲んでご満悦だ。

 野次馬、そう、野次馬が居る。あまりに緊張感のないやり取りであるせいか、子供達がこれだけ派手に暴れていても危険な出来事であると民衆は受け止められていない。呑気にスマホを向け、翻弄される祓魔師に向かって応援の言葉をかけたりやりすぎるなよ、と野次を飛ばすばかりだ。

 そして、何よりタチが悪いのが、そう。

 

「『トリックオアトリート』」

「げっ!? 今度はオレ……ギャアアッ!?」

 

 決して無視できないような“悪戯”が一つ、紛れ込んでいることだった。

 魔女姿の子供が呟くように唱えると、その指先から薄紫色の閃光が瞬き才谷の腰を射抜く。対して、その反応は激烈。才谷は腰に手を当ててその場に倒れ伏し、ぴくりとも動かなくなってしまった。

 そう、あれは……あれこそは間違いなく“魔女の一撃”。つまるところ、“ぎっくり腰”だ。

 

「…………(ひ、ひぃぃ~~~~! 嘘でしょ!? 才谷くんが一撃!? 無理無理無理無理、あんなの絶対に受けたくないっ!)」

「才谷の野郎に効くってこたぁ、ありゃ界異とか縁起とかそういうんじゃねぇな。迂闊に受けるなよお嬢?」

 

 想像したくもない痛みに顔を蒼ざめさせながらかろうじてポーカーフェイスの維持に成功しているクゥラに対し、彼女を覆う機装である縁起『堕魅闇』が声をかける。彼の言う通り、才谷竜馬が敵から直接的な干渉を受ける、というのは少し異常な事態であった。

 才谷は、穢淫(えいん)と呼ばれる界異に憑かれ、やむなくそれを縁起としている()()祓魔師だ。戦闘時は女性化と引き換えに身体能力の向上、界異からの干渉をほぼ絶対的に弾く耐性といった恩恵を受けるのだが、その耐性が現在機能していない。

 

 つまり、これは界異の関与しない、純粋な子供達の暴虐ということだ。それでも、超常の力を用いて暴れる限り祓魔師達は対応を行わなければならない。

 

 街のあちこちで暴れる子供達の鎮圧、保護のために、第六班はいくつかのチームに分かれて対応した。その中でも、影のような縁起であるインちゃんを扱う歪間は子供達を傷つけず捕らえられる希少な人材だったが、残念なことに蓮実とは別チームとなった。ちーちゃんこと加賀も、聞くところによると結界術にも造詣が深いらしく、彼女のいるチームも捕縛に苦労はしないだろう。

 問題は。そう、問題は、蓮実がいるチームだった。スペック上は申し分ない優秀な集団であるのだが、ただでさえ脆い子供を、傷つけずに捕らえるとなると繊細な力加減を必要とする。あまり暴力的な絵面は民衆の手前避けねばならず、どうしても手段を選ばなければならない。如何に第六班の精鋭といえど、事態の収拾に苦労するのは仕方のないことだった。

 

「この年でギックリは! ギックリはマジで勘弁っスよ!? 乙女の尊厳的なアレがブレイクしちゃうっス~~~~!」

 

 初撃でそれを喰らわされた蓮実は全力で魔女との攻防を拒否していた。アレは……アレは本当にシャレにならないのだ。僅かな身じろぎが立っていられない程の激痛に変換されて、無様に地に這いつくばるしかなくなる。いくら効果時間が十数秒だからと言って、そう何度も喰らいたいわけがない。しかし、その“魔女の一撃”こそが蓮実に違和感を訴えている。

 

「おかしいじゃないっスか! なんでそんなピンポイントな術を使える子供がこんなにいるんスか~~!?」

 

 素早く動き回るカチューシャ組の正確な数こそ把握できないものの、目立つトンガリ帽子を被って光線を放ってくる魔女の数はぱっと見るだけで把握できている。その数、三人。たった三人、ではない。こんな限定的かつ、対人想定しかしていないような祓魔術の使い手……それも子供であることを考えると、三人というのは異常な数だ。

 

「なんかっ、規格化されてるっていうか、仮装ごとに能力決まってる感じしませんっ!?」

「才谷くんに効いたってことは、界異じゃないし……! コスチューム自体が装着者に能力を与える呪具とかそういうものなのかもしれませんっ!」

 

 蓮実の嘆きに対し、ダウンした才谷への追撃を防ぎながらクゥラと柊が答えを返す。そして、才谷もまた守られて這い蹲ったままでいられる()ではない。

 

「ぐ、ぎぃぃぃぃ……っ! 仮装が問題だっつうんなら……!」

 

 歯を食いしばり、激痛に呻き声を漏らしながら立ち上がる。地をしっかりと踏みしめて立ち、中腰に構えて腕を広げるその姿は少し不格好ではあったが子供達を真正面から受け止める気迫に満ちていた。それに触発されたか、狼男が一人才谷へと狙いをつけ、高速の突進を試みる。その手にきらめく星形のシールを押し付けるだけの、ただそれだけの悪戯。しかし、その速度によりもたらされる衝撃は確実に痛めた腰へ走る暴力的な電撃(いたみ)と化すだろう。

 

「『トリックオアトリートォ』!」

「だぁぁぁらっしゃぁぁぁぁ!」

 

 漢気溢れるその咆哮に反して、才谷の見せたものは芸術的なまでに繊細な体術だった。

 驚異的な運動エネルギーを秘めた狼男に対し、僅かな体幹の移動で突撃の軸をずらす。女性化により増した肉体のしなやかさ、柔らかさをクッションとし、芯のズレた衝撃を殺しながら狼男の腰に手を添えることで捕縛。目にも止まらぬ高速の手技にて狼耳のカチューシャを奪い取った。

 最低限の体動と子供への配慮を兼ね備えた神業。それを成した才谷は、それでも痛みを訴える腰を震える手で労わりながら戦利品を掲げて見せる。

 

「へ、へへ……どんなもん」

「才谷くんあぶなっ……!」

 

「「~~~~~~~~っ!!!」」

 

 そして、そこを無慈悲に狙う魔女の光線。身を挺して庇ったクゥラに却って押し倒されてしまい、二人して悶えることすらできずに地に転がった。

 

「お、おいおい、二人とも大丈夫か? マジで動けねぇのか? 俺様にゃ分かんねぇ痛みだぜ……」

「堕魅闇さん貫通して効くんスねあれェ! そっか衣服に当たってても効果発揮してるもんなぁ~!」

 

 やけくそ気味に転がって自分を狙う光線を避ける蓮実の横を、カチューシャを失った子供がゆったりした足取りで通り抜ける。思わずその手を掴もうとして……やめた。

 カチューシャを失ったその子供は、曽鈴の事務所で見た子供達と同じように生気を失っているように見えたからだ。地に転がった狼耳を取り返して復帰、というつもりもないのか、少し離れた所に座り込んで祓魔師達の攻防を眺めている。

 

「へ、へへっ。でも皆の予想、合ってたみたいっスよ! コスチューム取っちゃえば大人しくなるっス!」

「そういうことなら……これももしかしてっ!」

 

 何かを閃いた様子の柊が、上から飛び降りてきた黒猫娘をよろめきながら受け止めて、その眼前に何かを差し出す。

 それを目にした黒猫娘は手にした水性ペンから手を放し、受け取って、その隙にカチューシャを柊に没収された。

 

「え、何してんスかそれ? 栄養バー?」

「個人的な持ち込み物です。長丁場になりそうだったんで……皆、襲ってくる前に『トリックオアトリート』って言ってるでしょ?」

 

 トリックオアトリート。お菓子か、悪戯か。栄養バーを受け取った子供はどこか不満気な顔のまま先ほどリタイアした男の子の元まで歩き、そのままそれをはんぶんこにし始めた。

 ……まさかこの攻防、本当に“悪戯”、なのか? 

 

「え、ええ~、なんスかそれ……。いや、でも、そうと分かれば」

 

 まさかの事実に蓮実は頬を引きつらせながら、腰に巻き付けたポーチへと手を伸ばす。取り出したるは個包装の小さなチョコ。ハロウィンバイト中に子供にねだられた時にあげるために数を用意しておいたものだ。

 

「柊さん、これあっちの二人にもよろしくっス!」

「へっ、え、ええっ!?」

 

 ある程度まとまった数を柊に投げ渡し、蓮実は一転攻勢を仕掛ける。鍛え上げられた祓魔師達ほど動けるわけではないが、それでも身体能力には自信があった。

 背後から襲ってきた狼男を交わしざまに手招きしてチョコを渡し、捕獲。遠巻きから折り紙の蝙蝠を飛ばしてくる吸血鬼を呼び出してチョコを渡し捕獲。吸血鬼からはぎ取ったマントを魔女へ広げるように投げ、射線を遮りつつ近寄ってチョコを渡しつつ捕獲。お菓子をあげる素振りをすれば存外素直に捕まってくれるお陰で、拍子抜けするほど簡単に騒動を鎮めることができそうだった。

 

「……こんなことで良かったのかよ。何がしたかったんだこいつら」

「う、うう、酷い目にあったぁ……」

 

 “魔女の一撃”から復帰した二人が復帰してからは、もはや戦闘という雰囲気でもなくなっていた。スマホを構えていた民衆達もお開きムードを感じ取ったのか、少しずつ騒めき声が小さくなっている。これはもう終わりだろう、と柊は自分達の得た攻略法を他のチームへと連絡し始めてさえいた。

 

「『とりっくおあとりーと』」

「はいはい、お菓子っスね。ちゃあんと君の分もある……あれっ?」

 

 シーツを被せられたままの手が蓮実へと伸ばされ、蓮実もそれに応える。おばけ姿のその子の手へと落としたチョコはしかし――――無情にも路上へと転がり落ちた。

 おばけ。そう、おばけの仮装は、捕まえようとする手も障害物も何もかもをすり抜ける。当然、施しとして与えられたチョコですら、だ。

 何度かチョコを受け渡そうとしては失敗し、を繰り返すうちに、おばけからの無言の圧が強くなる。焦りに冷や汗を垂らす蓮実を前にとうとう堪忍袋の緒が切れて、両手を威嚇するように広げながらおばけは吠えた。

 

「おかしくれないなら、いたずらしちゃうぞーっ!」

「しちゃうぞ!」

「しちゃうぞーっ!」

 

 その咆哮に、才谷とクゥラからチョコを受け取ろうとしていた魔女と吸血鬼の二人が同調する。目前のチョコを振り払って駆け寄ってきた二人が、おばけのシーツに潜り込んで……

 

「「「おーばーけーだーぞー!」」」

 

 驚異の三人連結、合体おばけへと変貌してしまった。気の抜ける姿に反し、決してナメていい相手ではない。

 その合体おばけは、ふわふわと宙に浮かびながらしっちゃかめっちゃかに生卵と折り紙の蝙蝠、そして――――魔女の光線を撃ち下ろしてくるようになったからだ。

 

「う、うわああああ!何の悪夢っスかこれぇ!?」

「な、なんだ、何が不満だったんだ!?」

「おばけの子の手をチョコがすり抜けちゃうんスよ!たぶんあれ霊体判定になってるっス!」

「ええええええっ!?い、いそいで結界を貼らないと……ってあぶなぁっ!?」

 

 日々界異を相手にする境界対策課には当然霊体干渉を可能な状態にする技術がある。その内のひとつが祓串(ペグ)注連鋼縄(ワイヤー)を用いた結界だ。突き立てた祓串の周りを注連鋼縄で囲み、現世(ぶっしつ)幽世(れいたい)の境界を曖昧にするソレを使えば問題なくおばけにもチョコを渡せるだろう。だが……それにも準備と言うものが必要になる。三人分の手数で遠距離攻撃がばら撒かれる今、その隙を見つけるのは容易ではなかった。

 やはり厄介なのは、“魔女の一撃”。人のほぼ全ての動作に関与する腰への攻撃はぱっと見のバカらしさとは裏腹に凶悪な性能を誇っている。

 

 結界の展開が不可能なら、せめてそれが可能となるレベルまで直接おばけを大人しくさせるしかない。しかし、そのためには霊体への干渉手段が必要となる。結界の影響下になくとも霊体を攻撃するための手段も祓魔師達は持っているが、それは界異を祓うためのもの。子供を相手に使えば、ひとたまりもないという事実が祓魔師達の行動を躊躇わせた。

 

 このままでも、祓魔師達は何かしらの対抗手段を見出すかもしれない。しかし、その間に流れ弾が民衆に向かう可能性は無視できない程に高かった。

 故に、蓮実は自分が“切り札”を切るしかないと悟った。どうしても見栄えが悪く、色々と使い勝手の悪いソレは、もしかすればこの場を早期に収拾できる唯一の手段であるかもしれなかったからだ。

 

「柊さん! 境界対策課なら医霊手段はあるっスよね!」

「はいっ!? ……ええ、ありますけど何をする気です!?」

「これ以上騒ぎが大きくなる前に、ちょっとした運ゲーに賭けてみるのもいいかと思うんスよねえ……!」

 

 すうと息を吸い、蓮実は合体おばけの方へ歩み寄りながら謡うように、おどける様にそれを唱える。あくまで明るく、軽い調子で。

 

「『流れ流され気づけば此岸! あれれ転がりゃうっかり彼岸!』」

 

 くるりくるりと楽しそうに回る仕草までしてみせて。

 

「『生きるや死ぬやに振り回されて、魅せて見せましょ一生一die(いっせーいちだい)!』」

 

 緩く開かれた手を誘うように子供達に向けて、蓮実という女は笑ってみせた。

 

「術式昇天、“幽明境(ゆうめいさかい)”!」

 

 ────その手の内で、蓮の花が幾重にも花開く。

 それらは夜闇に輪郭を溶かしながら花弁を閉じ、中空に浮かぶ蓮の根を取り込むように一つの形を織りなし始めた。

 

「さあ、ゲームの時間っスよ子供達。君達には、体験版だけね?」

 

 蓮が模る、異形の(リボルバー)。それを向けたまま、陽依蓮実は茶目っ気たっぷりのウィンクを見せた。

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